青春に贈る葬送曲

長月夜永

#42 白騎士 第二部 (三)

 


     三



 二本の矢が衝突し、地面に落下する。再び放たれた矢が、反対方向から迫った矢に射ち落とされた。

「けッ、アイツ、魔弾《エイム》でも持ってんのかよ」

 颯希さつきが毒づいて再び矢を放ち、迫りくる矢を真っ向から射ち落とした。

「相手が颯希さんほどの実力者、ということですね。だったら、アレを射ち抜いたら、私は颯希さんを超えた、と受け取ってもいいですよね?」

「おいおい、言ってくれるじゃねぇかよぉ、有紗ありさ? それならあたしはおぇより先にアイツを射ち落としてやる!」

 有紗と颯希がほぼ同時に、高速の三連射――矢継射《ヤツギウチ》を繰り出した。



 グループ編成の後に、有紗、悠奈ゆうな陽向ひなたを引き連れた颯希は、まずテニスコートに足を運んだ。南門から迫ってきた小鬼型《ゴブリン》の集団を倒しきった後、屋上に見えた白いよろいの人影はない。

 なにかしらの痕跡を探してはみたものの、やはり収穫はなかった。それから図書館へと向かった。

 裏門に着くと、颯希だけが中に入る。四人で入ろうとしたところ、障害物の多い館内で奇襲を受けたら、全員が退避するまでに時間がかかってリスクが高い、という悠奈の進言があった。

 それならば誰か一人が先行することになり、一番に申し出たのが有紗だったが、「偵察はあたしの仕事だ」と颯希が制して中に入っていった。

 颯希には鷹眼《スナイプ》という、遮蔽物の先にいる敵のシルエットが見える動的戦技《アクティブスキル》がある。だが、今回の敵は鷹眼に引っかからないため、直接図書館の中に入って様子をうかがう。

 偵察を終えた颯希が出てくると、館内に不審な存在は見当たらなかったと告げた。となると残るは駐車場。四人は図書館の南側を迂回うかいしてそこに向かう。

 道中、有紗が急に矢をつがえて発射した。

 唐突な颯希の挙動に三人は唖然あぜんとしたが、その理由は颯希の視線の先にある。二〇メートルほど先に、短弓を構えた白い鎧の騎士の姿があった。

 颯希と騎士を結ぶ直線上に、二本の矢が転がっている。颯希は騎士が放ったものを狙って矢を射たのだ。

 白騎士は身を翻すと、駐車場へ向かうように走り出した。それを逃がすまいと四人が追いかけ、今に至る。



「陽向くん、挟み撃ち、行ける?」

「行けるもなにも、やらないといけないんだよね?」

「うん! 行こう!」

 悠奈が右から、陽向が左から回り込むようにして白騎士に肉迫する。

 わずかに陽向が速い。いや、あえて悠奈が遅れているのだ。

「でああッ!」

 両手で持ったバスタードソードを、右に振り払う。だが、手応えはない。直撃の瞬間に純白の鎧姿が消えていたからだ。

「陽向くん、後ろ!」

 陽向が首を右に回すと、両手剣の切っ先に騎士が乗っている。その姿が目に飛び込んできた瞬間、ようやく刀身に乗っている重さに気がついた。

 陽向が振り向くのを待っていたのか、愕然がくぜんとする表情を見た瞬間に騎士が跳ねた。前方宙返りを披露するとともに、右足による踵落かかとおとしを陽向の左肩にたたきつける。

 陽向の体が完全に沈み切るより早く、白騎士は左足で陽向の体を蹴ってトンボを切って飛び退いた。

「やあッ!」

 瞬間的な走行速度を高めた急迫拳《バレットレイド》による悠奈の急襲が白騎士に迫る。

 勢いに乗って繰り出された右ストレートは、敵の左肘と左膝による白刃取りによって直撃に至らなかった。

 白騎士がすかさず悠奈の右手をつかみ、体を引き寄せては膝蹴りを見舞う。依然として悠奈の手をつかんだまま、再びそれを引いて、二撃目の膝蹴り。さらにそれをもう一度。

 腹部に三度の強烈な膝蹴りを受けた悠奈は、力の抜けた体をその場に放り捨てられた。

「悠奈ぁッ! ヤロウ、よくも! ――有紗、ひたっすらにアイツを射て!」

「はい、了解です」

 有紗が絶え間なく白騎士めがけて矢を連射している間、颯希は上空めがけて、何本もの矢を射ち放つ。やがてそれを終えると、矢を六本取り出した後、その場に矢筒を置き去りにして駆け出した。

長岡ながおか先輩、なにをッ?」

「いいからお前は射ちまくれ!」

 颯希の意図がつかめぬまま、有紗は言われるがままに白騎士に矢を射かけ続ける。

 有紗の射線沿いを走り、颯希は白騎士に迫る。有紗の矢の嵐を片っ端から射落としている白騎士めがけて矢を放った。

 眼前から迫る数多の矢を落とすことに精一杯なのか、白騎士は転がるようにして颯希の射撃をかわす。さらに、地面に背中がついた一瞬、有紗めがけて矢を放つ曲芸を見せた。

「有紗!」

 颯希の声と重なるように、有紗の耳元で風を切る音が鳴った。当たらなかったのか、当てなかったのか。どちらにしても、顔の真横を強烈な敵意がかすめたことで、有紗の動きがわずかに止まった。

 白騎士にとって、その束の間の静寂は、まさに狙い通りに招いた好機だ。矢をつがえ、颯希に肉迫する。接近して構えた矢を射つと見せかけ、跳び蹴りで一気に距離を詰めた。

 敵の蹴り技が当たるより早く、颯希は流転避《ロールシフト》で回避する。起き上がりざまに白騎士に矢を射ろうとしたところで、またも流転避をすることになった。

 跳び蹴りを躱された白騎士が、つがえたままの矢を転がっていった颯希めがけて放ったからだ。
 続けてもう一度矢をつがえようとしたところで、その場から飛び退いた。白騎士がいた場所を、一本の矢が勢いよく通り抜けていく。

「いいぜぇ、有紗!」

 颯希が矢をつがえて、瞬く間に狙撃の二連射を見舞う。

 それらを白騎士は、軽やかな素早い跳躍で躱す。

 これで、持ち出した六本の矢の内、残るは三本。ではなく、残弾は五本だ。これは数え間違いではない。颯希は、動き出す前に上空に向けて射ち、落ちてそのまま地面に転がっていた矢を回収していたのだ。

「まだまだぁッ!」

 颯希はさらに連射を仕掛ける。白騎士が弓矢を構えて反撃に移る暇を与えないほどに。静的戦技パッシブスキルの魔弾の影響もさることながら、持ち前の弓の技術を発揮し、何度も、正確に、高速で射かける。

 矢がなくなれば、あちこちに散らばる矢を拾い上げて射ち放った。常に次に拾う矢の位置、到達時間、そこまでの残弾数を考慮し、攻撃を絶やさず移動し続ける。

「ホント、どうしたらあんな戦い方、思いつくの……」

 戦場に矢をばらいては矢筒を捨てて赴き、手持ちの矢がなくなれば足元にあるものを回収して射る。

その颯希の戦闘スタイルを、有紗はとても奇抜で破天荒だと思った。

 有紗にとって颯希は弓道部の先輩だ。的中率は常に九割を超えており、実力ある者として尊敬している。

 ただ、その人柄はあまり好ましくなかった。三年生の多くは高校生の上級生らしく、模範的な身だしなみをしている。

 対して颯希は、顔の右半分を前髪で覆い、髪全体が赤茶色に染まっている。スカートの裾もやたら長く、その見た目はある意味不良少女。

 言葉遣いから振る舞いまでもが粗暴で、教師に注意されない日を見ないほどだ。

 そんな颯希を、有紗は妬ましく思うことがあった。いや、現に今でもそう思うことがある。

 有紗が弓道を始めたのは、小学五年の春だ。中学の間も続け、経験年数でいえば五年になる。

 颯希同様、有紗もまた的中率は九割以上を維持していた。その実力がついたのは中学二年の終わり頃。この的中率を誇るまで、実に三年の月日を費やした。

 対する颯希が弓道を始めたのは二年の半ば。わずか半年足らずで九割の的中率を見せたことに、当時の弓道部員たちはえらく驚いたらしい。

 自分が何年もかけてひたむきに努力して得た成果を、なぜあんな豪放で粗暴な人間が半年足らずで成し遂げたか、有紗は酷く疑問視しながら嫉妬していた。

 やがて異空間で颯希も戦っていることを知り、何度か肩を並べ、有紗の中で一つの答えが浮かんだ。

 ――この人は弓道に興味があったわけでも、上手くなりたかったわけでもない。ここでやられたくないから、上達せざるを得なかった。

 有紗は想像した。

 弓道部の練習中、矢をつがえ、弦を引く颯希の目には、的ではなく敵が映っていたんだろう、と。

 敵を一矢で倒す、あるいは数本の矢で追い詰めるための部位を浮かべて、矢を放っていたのだろう、と。

 そして有紗自身、何度かの戦いを経て、薄々感づいていた。弓道で得るものだけでは、ここでは戦い抜けないと。

 その最たる例が颯希だ。曲芸や軽業の最中に射撃を織り交ぜ、近・中・遠距離を見事にカバーしている。

 とはいえ、戦場に矢をばら撒くという戦法を見たのは今回が初めてだが。

「結局、私もああならないといけない、のね」

 依然として動き回る白騎士めがけて矢を射続けながら、今見ている颯希の雄姿をここにおける自身の理想像として定めた。

 もちろん嫉妬の気持ちも、認めざるを得ない悔しさもある。だが、生き残るためにも、勝つためにも、受け入れるべきだと悟った。

 有紗は矢の射角をわずかに下げる。敵の足元を狙うように、より低い位置を狙って矢を放つ。

 突然変化を見せた有紗の挙動に、白騎士だけでなく颯希も気づいた。そこにどんな意図があるか、なんとなく察しがついた颯希は口角を上げて八重歯をく。

「ははッ! 分かってきたじゃねぇか、有紗!」

 颯希の士気が上がり、動きの勢いが増した。より素早く、より激しく動き回り、白騎士めがけて苛烈に射撃を吹雪かせる。

 その間、視界の隅に映った影がわずかに動くのを見た。そこから颯希もまた挙動に変化をつける。

 それまで敵の東側に位置していた颯希だが、有紗が放つ矢の間隙を縫って、攻撃を続けながら徐々に西側へと移動していく。さらに、それまで膝より上を狙っていた射角を、有紗同様に足元を狙うように放ち始めた。

 常に敵との距離を保ち、常に敵の行動範囲を一定に止めるように牽制けんせいしながら猛攻する。

「そこだ、行けッ!」

 それが果たして誰への言葉か。白騎士がその理由を知るのに、そう時間はかからなかった。

「うあああああッ!」

 白騎士の背後に迫る影が一つ。両手で持ち、左肩に担ぐように構えた、刀身がほんのりと青く輝く長得物を、あらん限りの力を振り絞ってぎ払った。

 極限まで収束したものが破裂したような音と衝撃が走り、白騎士の体が前方に吹き飛んだ。

「へへ、どうだい? 俺の、竜穿軍《クラッシュオブアーミー》……」

 苦し紛れな爽やかな笑顔を浮かべて、陽向はその場に崩れ落ちる。

 宙を舞い終えた白騎士は、一度地面を蹴り、次の着地でどうにか踏みとどまった。着地の瞬間に屈めた上半身を持ち上げる。その瞬間、今度はかぶとの左ほおあたりに衝撃を受け、今度こそ地面に体を投げ出した。

「はッ、やるじゃねぇか。陽向、悠奈……」

 いまだ三度の膝蹴りを食らった腹部が痛み、険しい表情を浮かべる悠奈だが、渾身こんしんの右ストレートは見事に白騎士の顔面に命中した。

「や、やったぁ……」

 腹部を押さえながら、悠奈がその場にへたり込む。その頭に、いつの間にか歩み寄っていた颯希の手が置かれた。

「――ちッ、まだ起き上がんのかよ」

 毒づく颯希の声に、悠奈は顔を上げて、先ほど拳打を決めた相手を見る。

 倒れていた白騎士は、しれっとした動きで体を起こし、立ち上がった。そして、颯希、悠奈、陽向、有紗の順に、視線とともに兜を動かす。

「見事です。あなたたちの連携は、称賛するに値します」

 くぐもってはいるものの、艶のある女の声が兜のバイザーの中から発せられた。

「しかし、合格点にはまったく届いていません」

 白騎士の声を間近で聞いた颯希と悠奈には、その発言が意味するもの、そしてこの戦いの理由がまるで理解できなかった。

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