青春に贈る葬送曲

長月夜永

#32 白騎士 第一部 (一)

 


     一



 鬼人型《オーク》と悪魔型《バフォメット》との戦いがあった日の夜。夕飯を食べ終え、風呂に入った湊輔そうすけは、自室の布団の上に座って、スマートフォンのコミュニケーションアプリを開いていた。

 戦いが決着する前に気を失ってしまった湊輔は、事の経緯を有紗ありさに教えてもらう約束を交わしており、つい先ほど『今電話してもいい?』とメッセージを送ったところだ。

 それから五分と経たないうちに、有紗から『大丈夫』と短い返信が来た。親指で発信ボタンに触れて、スマートフォンを耳元に添える。何度かコール音がなった後、通話がつながり、有紗の声が耳に届いた。

「もしもし?」

「あ、有紗? えっと、お疲れ様、です……」

「ふふ……お疲れ様」

「え、そこ笑うとこ?」

「さぁ? まぁ、あまり気にしないで」

「んー、分かった。それより、今日のことなんだけど……」

「あら、湊輔って割とせっかちなのね」

「そ、そうか、な?」

「こういうときって、まずはテキトーに雑談をしてから本題に移るんじゃなくて?」

「えー……なにその、女の子を口説くためのステップアップ、みたいな……」

「あら? 私を口説くために、連絡先を交換したんじゃないの?」

「へ? ――いやいや、そんなつもりない、し? というか、電話しようって言ったの、有紗じゃん?」

「ふふふ、そうね。そうだったわ。ごめんなさい、冗談よ、冗談。――そうね、どこから話せばいいかしら?」

「……そうだな、まずは鬼人型のリーダー、かな。俺が気を失った後、誰が倒した?」

広瀬ひろせっていう、あの大きいおのを持った変質者よ。――湊輔、あの人が悪魔型の体を両断したときのこと、憶えてる?」

「あぁ、おぼえてる。しばらくは忘れないと思う」

「あのときとほとんど同じ流れだったの。ドゥーガ――そう、鬼人型のあのリーダー格、ドゥーガって名乗ったわ」

「……ドゥーガ」

「えぇ。湊輔がドゥーガに剣を突き刺した後、福岡ふくおか先輩がドゥーガの顔を殴りつけたの。そしたらドゥーガは後ろに下がって――私たちを賞賛したわ」

「賞賛、って、え、褒めたってこと?」

「そうよ。私たちのことを強い、って。見誤っていた、って。それから、私たちが、戦士だ、って。ただ、広瀬先輩に関しては、人間じゃない、獣だ、って。それからね。ドゥーガと広瀬先輩の戦いが始まったのは」

「悪魔型、と同じ流れだった、って言ってたな?」

「えぇ、大差なかったわ。広瀬先輩が構えて、ドゥーガがひたすらに攻撃し続けたの。でも、広瀬先輩は一ミリとも動じていなかったわ。最後に、ドゥーガは飛びかかりながら剣を振り下ろしたの」

「あぁ、悪魔型のときと、まったく一緒だ」

「広瀬先輩はそれを斧で弾いて、あの一撃でドゥーガを真っ二つにしたわ」

「なんていうのかな……呆気あっけ、ないな」

「そうね、私としても、あの最期はすごく、呆気なかったわ」

「そこで、俺たちは現実に戻された、ってわけ」

「えぇ、そう」

「なら、悪魔型は? 鬼人型のリーダー――ドゥーガが俺たちのところに来たときには、まだ広瀬先輩と戦ってたはずだけど?」

「ドゥーガが私たちを褒めた後、福岡先輩と向き合ったの。戦いを再開しようとしたときに、広瀬先輩が割って入ってきたわ」

「つまり、俺たちがドゥーガに気をとられていた間に、広瀬先輩が悪魔型を倒した、ってこと?」

「いえ、倒してはいないわ。あの人が言うには、どこかに行ったらしいの」

「どこかって?」

「分からないわ。たぶん、あの空間から逃げた、っていうことじゃない? だから、まだ生きているってことになるわ」

「……あの空間から、逃げる? ――そういえば、有紗って、あの空間の端っこまで行ったことって、ある?」

「――ない、わね。そもそも、端があるのかって話だけれど」

「うん、それもあるな。まぁ、みんなが言うように異空間、だから、どんなにおかしいことが起きてもおかしくなさそうだけど、でも、改めて考えてみると、色々変なんだよな」

「例えば?」

「敵の出方。いつも、俺たちの目の届かないところから現れてる、はずなんだ。有紗は、敵が出てくるところ、見たことある?」

「ないわね、まったく」

「じゃあ、俺たちが使ってる武器が出てくるところは?」

「それも、ないわ。異空間に招かれた時点で――そういえば、武器っていつも、教室の中にしかないわね」

「んー――うん、それもそうだ。前に、柴山しばやま先輩と話すことがあったんだけど――」

「人狼型《ワーウルフ》のときに一緒に戦った、あの人ね?」

「あぁ、そう。柴山先輩が、言ってたんだ。俺たちは、戦わせられてる、って」

「それって、誰かが私たちを異空間に呼んで、武器を与えて、敵を出してる……糸を引く黒幕がいるってこと?」

「確証はない、けど、先輩はそう言ってた。黒幕がいったい誰か分からない以上、戦って、生き残るしかない、って」

「……………………ねぇ、湊輔」

「――なに?」

「この戦いに、死、って、あると思う?」

「……………………分か、らない。以前、福岡先輩や深井先輩が、死にそうなくらいの重傷を受けたのは、見たことある。でも、二人は生きてる。無事、なんだ。いや、だからって誰も死ぬことがない――なんて言うのは、さすがに無責任だと思う」

「――そう」

「俺たちってさ、ある意味、生きてるってより、生かされてるんじゃ、ないか? 柴山先輩や、広瀬先輩みたいな、人間離れした強さを持つ人がいるから、俺たちが死なないってだけで、もしああいう人がいなくて、あの悪魔型みたく、でかくて、厄介な敵が来たら、命の保障、なんて……」

「ねぇ、湊輔……変な質問、していいかしら?」

「ん? ――うん、いいよ」

「なんで――なんであなたは、死ななかったの?」

「……………………」

「私が見てる限りでは、たぶんあなたは、二度、死んでるはずよ。一つは、人狼型のとき。ヤツが本気になって、私を狙って、荒井あらい先輩を狙って、それから――あなたを狙った。あの瞬間、私、あなたは死んだと思ったの」

「……………………」

「それから二度目は、食堂と図書館に挟まれたあの路地。あそこで鬼人型にとどめを刺そうとしたところで、剣が飛んできたの、憶えてる?」

「あぁ、憶えてる」

「福岡先輩が相手をしていた一体が投げた剣。あれは確実にあなたに当たるはずだった。なのに、あなたはそれを間一髪で避けたわ。どう見ても、視界の外にあったはずだけど、私の見間違い――いいえ、記憶違い、かしら?」

「――いや、有紗の見間違いでも、記憶違いでもないさ。確かにあの剣は、俺の視界には入ってなかった。あれは俺の腹に刺さって、それから目の前にいた鬼人型に首を斬られて、俺は死ぬはずだった。人狼型のときもそうさ。アイツの腕が俺の胴体を貫通したんだ。その一発で、俺は死ぬ、はずだった」

「まるで、自分の死があらかじめ視えていた、みたいな言い方ね」

「まるで、じゃない。えていた、視せられたんだ。俺が死ぬ瞬間を。それから、その死の瞬間を回避する、俺自身の動きも。――鬼人型のときはかわして終わりだったけど、人狼型のときは、躱してから破突《ペネトレイト》と抉牙《バイト》をして、あの場から逃げるところまで、視えてた」

「そう……。なんだか、湊輔って、異空間じゃ死ななさそうね。自分の死があらかじめ視えて、それを避ける方法も視えるなんて、まるで予知じゃない?」

「予知、か。まぁ、そうなんだろう、けど」

「ちなみに、だけど」

「なに?」

「あの時、ドゥーガが私を狙ったの、分かってた?」

「……あー、いや、あれは――直感? なんとなく? ドゥーガの眼が、有紗を見てた、気がしたから」

「そう……あれは偶然、なのね。でも、改めてお礼を言わせて? ありがとう、湊輔」

「いや、いいって。そんなに感謝されてもな……」

「なんなら、その死を予知する能力、私を守るために使ってくれても、いいのよ?」

「――なぁ、それってつまり、わざと自分から死にに行け、ってこと?」

「ふふふふ、ううん、ごめんなさい。これも冗談。――自分の身くらい、自分でどうにかするわよ。――でも、湊輔のその力、もしかしたら静的戦技《パッシブスキル》、なのかもしれないわね。それがある限り、それが動く限り、湊輔、あなたは死ぬことはない、と思うの」

「……静的戦技、か。便利なようで、使いどころに困る戦技《スキル》、だな」

「死なないことの折り紙付き、だと思えば、思い切って戦えるじゃない?」

「有紗、やっぱり俺に死ねって――」

「言ってないわ、そんなこと」

「……あ、だいぶ長くなったけど、そろそろ切ろっか?」

「……あら、ホントね。ふふ、男子とこんなに長く電話したのって――ううん、こんなに長く話したの、初めて」

「そ、そうなんだ? へ、へぇー」

「湊輔、私、なんだかあなたと気が合いそう」

「え? そ、そう? ――い、いやぁ、それは光栄といいますか……。あぁ、有紗って、あんま男子と話さないの? 俺、クラス違うから、普段の有紗って、どんなのか分からないけど……」

「そうね、あまり男子と話すことはないわ」

「へ、へぇー、そーなんだ。いやー、な、なんか、意外だ、なぁ……」

「意外?」

「え、あ、うん。ほら、有紗って、こう、えっと、ほら、モテそう、だし?」

「ふーん……湊輔って、私のこと、尻軽女みたいに思ってたのね?」

「い! いやいや! そ、そんなつもり、じゃなくって! いや、その……ごめんなさい」

「ふふ……あははははッ。――ふぅ……ねぇ、湊輔、自覚ある? 異空間や戦いのことになると、すごく堂々としてるのに、こういう世間話になると、すごく臆病になってるの」

「え? そ、そう? いや、全然分かんなかった」

「ねぇ、私のこと、もう少し知りたい?」

「ん……うん、知りたい、かな? いや、知りたい、です」

「じゃあ、もう少しだけ、私との電話に付き合って、くれる?」

「も、もちろん! 喜んで……」

「ありがとう。――じゃあ、なにから話しましょうか……」

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