青春に贈る葬送曲

長月夜永

#27 幽霊型《ゴースト》(終)

 


     六



「……あ、颯希さつきちゃん」

「よぅ、美結みゆ、お疲れさん。それに剣佑けんすけもな」

 颯希、悠奈ゆうな陽向ひなたが教室に入ると、奥の席の椅子に腰を下ろしていた美結と剣佑が三人に顔を向ける。

「すごく、大変だった、みたいだね……」

「おぅ、まぁな。これから改めて作戦会議だ。……それで、剣佑、陽向、なにがあったか教えな」

 陽向は剣佑の斜め前の席から椅子を引っ張ってきて座ると、バスタードソードを足元に置いた。

 陽向が腰を落ち着けた時点で、剣佑が話を切り出す。

「颯希さんたちと別れてグラウンドに行き、あの浮遊する敵――悠奈の言葉を借りれば、幽霊型ゴーストですね。ヤツらと戦っていました。しばらく応戦していたんですが、突如として背後に現れたんです」

「……骨人型スケルトン屍人型アンデッド、六〇、っつってたな?」

「はい。おおよその数ですが、一度に現れた増援の数では今回一番でした」

 颯希と陽向が話している最中、悠奈もまた手近な席から椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。

「あの、背後から現れたって、どんな風に現れたんですか?」

「……どういうことだ、悠奈?」

「颯希さん、テニスコートでのこと、思い出してみてください」

「テニスコート? あぁ、仮面被ったローブ姿――死霊術型ネクロマンサーがいたんだよな。そいつを射ち抜いて、骨人型騎士種スケルトンナイトが出てきた」

「骨人型騎士種が出てくる直前のこと、おぼえてますか?」

「あぁ、死霊術型が袋からなんかを……あッ」

 颯希がパチンと指を鳴らし、悠奈がうなずく。

「アイツ、なんかばらいてたな。白い粒みたいなもんを。それが集まって丸くなって、骨人型騎士種の体ができあがったんだ」

「そうです。――それで、グラウンドで戦ってたとき、なにか変わったことがありませんでしたか?」

 悠奈に尋ねられ、剣佑は気難しそうな顔で視線を落としては考え込み、やがて頭を横に振った。

「いや、幽霊型に気をとられていてな。陽向に言われて背後を見たら、すでに敵が増えていたんだ」

「そう、ですか……。――じゃあ、陽向くんはどう?」

「そうだねー……幽霊型たちは体育館側に集まってて、俺と日下さんはそっちを向いてたから、どんな風に現れたか分からないけど……ただ」

「ただ……?」

「足音がさ、いきなり後ろから聞こえてきたんだよ。ほら、グラウンドの端から来たか、校舎の脇を抜けてきたなら、遠くから近づいてくるような音がするじゃん? でも、いきなりだったんだ。いきなり背後から……そういえば」

「そういえば?」

 なにかを思い出したような表情を浮かべた陽向を見て、悠奈が体を前に傾ける。

「幽霊型たちがさ、俺たちを取り囲むように一斉に回り始めたんだ。周りの景色が見えないくらい、詰め寄って、それ以上近づかないで、ただただ周りを回ってたんだ。ね、日下くさかさん?」

「あ、あぁ、そういえばそうだったな」

「それから?」

「しばらく回った後、アイツら、また体育館側に行ったんだよね。――そうだ、幽霊型たちが回ってるとき、かすかにだけど、パラパラって感じの音がしたかな。気のせいかもしれないけど」

 陽向の話を聞き終えた途端、颯希が悠奈の肩を軽くたたいた。

 悠奈が颯希を見上げると、八重歯をいて、不敵な笑みを浮かべていた。

「悠奈、テニスコートでこいつらが来る手前、なんか言いかけてただろ? あれって、つまりそういうこと、なんだろ?」

「――はい、そういうことです」

 悠奈と颯希は、敵の増援が突然現れたことに合点がいった様子だが、剣佑と陽向はいったい何事かと不思議がっている。美結に関してはまるでどこ吹く風だ。

「いったいどういうことだ、悠奈? すまないが、詳しく説明してほしい」

 颯希に促され、悠奈はテニスコートで起こったことや、剣佑と陽向の話から導き出した推論を説明した。

「なるほど、死霊術型がもう一体いる、と」

「しかも、そのもう一体が屋上から、敵を作り出す? 生み出す? 粉だか粒みたいなものを撒いてた、とはねー……」

「でも、ソレがまだ屋上に留まってるかまでは――」

「みんな、敵が、校内に入ってきてる……。階段を上がる足音も、聞こえる……」

 美結が順風耳レシーバーで校内に進入してきた敵の足音を捉えて告げると、他の四人の表情に緊張が走った。

「ま、時間もねーみてぇだし、とりあえず屋上に――」

 颯希が話している途中で美結がすっくと立ち上がり、腰のさやから二本の湾曲した剣を取り出すと、教室の扉を躊躇ちゅうちょなく蹴破って廊下に出ていった。

 悠奈と陽向は唖然あぜんとしているが、颯希と剣佑はまったく動じていない。

「さて、雑魚の相手は《死神》様にお願いするとして、あたしらは屋上に行くぞ」

 先導する颯希に剣佑、悠奈、陽向が続き、非常階段から屋上へと向かった。

「――はッ、間抜け野郎、まだここにいやがった。悠奈、これ持ってろ」

 颯希が非常階段のかげから頭を出して屋上を見渡すと、黒いローブ姿の怪しい人影の背中が見えた。颯希は矢筒を悠奈に持たせて、中から矢を三本引き抜く。

「え、ここからだとフェンスが邪魔に……」

 颯希と標的の間には、A棟校舎とB棟校舎のフェンスが重なっており、隙間を縫ってるにしても難しい立ち位置だと悠奈は懸念を示した。

 だが、悠奈の心配など気にも留めないように、颯希の表情は自信に満ちあふれている。

「言ったろ、悠奈。あたしは《弓聖・颯希》様だ――ってなァ!」

 颯希は矢をつがえて弦を引き絞った弓を、斜め上に向けて矢を放った。

「すまない、行かせてくれ」

 颯希が一本目の矢を放つと同時に、剣佑が静かに言いながら、悠奈と颯希を追い越して非常階段の陰から飛び出た。

 放物線を描いて、グラウンドを見下ろしているであろう人影――死霊術型に矢が襲いかかる。それは背中から腹までを貫通した。

 一本目の矢が当たる直前に、颯希はすでに二本目の矢を放っていた。今度は左肩の肩甲骨あたりを射ち抜く。すると、死霊術型の左の袖から袋のようなものが落下した。

「覚悟ぉッ!」

 左肩を右手でかばいながら体をよろめかせる敵に先ほど飛び出ていった剣佑が急迫し、ローブの右肩めがけて断甲刃《ブレイクスラッシュ》を叩き込んだ。

 その衝撃に耐え切れず、死霊術型はその場に膝をつく。

「せああッ!」

 剣佑の攻撃はまだ終わりではなかった。左腰まで振り抜いた剣を抜き放つように、今度は右に向けて真一文字に斬り払い、フードを被った頭をね飛ばした。

「お、終一閃《エクストラ》か。あれで決めるとこなんて久々に見たぜ」

 剣佑のとどめの一撃を見て感心しながら、矢筒をよこせという風に悠奈に手を伸ばす。

 突如、それぞれの視界に異変が起こった。これまで辿たどった時間と風景が巻き戻されるように移ろい、やがてそれぞれの二限目へと引き戻された。



 一年B組の教室。悠奈は自分の席に着いていた。途切れていた雅久の声が再開される。

 ――あ、終わったんだ……。

 悠奈は目だけを動かして、教室の様子をうかがった。

 色のない殺風景な日常の風景には彩りがよみがえり、周囲には授業を受けるクラスメートと、授業を行う英語教師の姿がある。

 つい先ほどまで動く死体と骸骨、ローブ姿の幽霊と怪しげな人型を相手に、四人の味方とともに戦いながら走り回った光景が、悠奈にはうたた寝で見た夢のように思えた。

 だが、颯希、美結、剣佑、陽向の顔は思い出せる。手にはめていた手甲と、それで敵を殴った感触も、四人と言葉を交わしたことも、しっかりと記憶に残っている。

 ――颯希さん、かっこよかったなぁ……。

 ふと、自分の体に颯希の手が触れた感触や骨人型騎士種との戦いぶり、なにより何度か向けられた笑顔を思い出すと、顔から全身がほのかに熱を帯びたような気がして、教科書を立ててはその陰に顔を隠すようにうずめた。

「OK. Thank you, Gaku. Well......Yu-na, what about you? ――Yu-na?」

 教科書の例文を応用した文章を雅久が発表し終えると、英語教師が悠奈を指名した。だが、悠奈の耳には届いていない。

「悠奈、悠奈ってばッ」

「え? ――あ、はいッ」

 隣の席に座るクラスメートに肩を揺すられ、顔を上げた悠奈は自分が指名されていることに気づいて立ち上がった。



 その日の授業がすべて終わって下校時刻となり、悠奈は荷物をまとめると、美術部の活動が行われるB棟校舎にある美術室に向かった。

 美術室が近くなると、制服の胸ポケットに青色のラインが入った生徒の集団とすれ違う。どうやら、三年のどこかのクラスの六限目が美術だったらしい。

 その人混みの奥に、赤茶色の長髪が一際目立つ女子生徒の姿があった。左には長い黒髪の女子生徒に、右にはオールバックのショートヘア、切れ長の目つきが特徴的な男子生徒が並んでいる。

「あれ? 悠奈じゃん!」

 午前中の戦いで魅せられた、屈託のない無邪気な笑顔。

「あ、颯希さ――きゃッ」

 颯希が足早に悠奈に歩み寄ると、その小柄な体をめいっぱいに抱きしめた。

「悠奈ちゃん、お疲れ様」

「あ、美結さん、お疲れ様でふッ」

 抱きしめられながら押しつけられる颯希の胸元から顔を離して、悠奈が美結に挨拶した途端に、またも頭を引き寄せられ、ワシャワシャと頭を撫でられる。

「……颯希ちゃん、喜びすぎ」

「あー? いいだろー、可愛いんだしよー。おいシバ、こいつ悠奈だ!」

 後ろであきれたような顔をして立っている泰樹たいきに、颯希は悠奈を見せつけるように紹介した。

「えっと、佐伯さえきゆう――ひッ」

 悠奈は颯希の猛烈なスキンシップに目を回しながら、向き合わされた泰樹に挨拶をしようと顔を上げたところで、思わず小さく悲鳴を上げておののいた。

「おーいシバ、こんな幼気いたいけな女子に向かって、そのつらはねぇだろ……」

 本人にはそのつもりがなく、しかし自覚がありながらも、やはり鋭い目つきとしかめたような面構え。

 その生い立ちから強面な男性を何人も見てきて、異空間でも物怖じせずに敵に殴りかかるほど、幼顔で小柄ながら肝が据わっているはずの悠奈ですら怖がらせるほどに凄みを帯びているらしい。

「うるせぇ、これは生まれつきだ。――悪ぃな、別に怖がらせる気はねぇんだよ」

「だからよ、せめてこう、もっと笑顔で――いやそれもアウトだ」

 颯希に言われたように、泰樹は笑顔を見せる。だが、目を見開いて右側の口角だけを上げたその表情は、むしろ捕食対象を目の前にして喜ぶ獰猛どうもうな獣の不敵な笑み。否定された途端に元の表情に戻した。

「あ、あの、その、えっ、と……さ、さえ、佐伯、悠奈、です……よろしくお願い、します……」

 悠奈は酷く動揺しながらも泰樹に自己紹介をして頭を下げた。もはやいつ泣き出してもおかしくないくらいにおびええきっている。

 すると頭になにかが優しく置かれた感触がして、ゆっくりと顔を上げた。。

柴山しばやま泰樹だ。よろしくな」

 相変わらず仏頂面が視界に映ったが、この短時間で慣れたか、感覚が麻痺まひしたか、先ほどよりもどこか柔らかく見えた。

 泰樹が手を離したところで、またも颯希が悠奈を、今度は後ろから抱きしめる。

「で? どーよ? 可愛いだろ? なぁ?」

「……別に……理桜りおほど、いや、どうってこと――」

「おーい、聞こえてたぞ? ――なぁ、美結も聞いてたよなぁ?」

 颯希は泰樹の隣に立つ美結に尋ねた。美結は無言でほほ笑みながら、うんうんと頷く。

「だからお前ぇはシスコンって言われんだよ、シスコンシバ」

「おい、これで何度目だ? 俺はシスコンじゃ――」

「そーいや悠奈、お前美術部なの?」

 切れ長の目を細め、一層顔をしかめる泰樹をよそに、颯希は頭一つ違う悠奈の顔を上からのぞき込む。

「あ、はい、そうですよ」

「へぇー、そっか。じゃあ邪魔しちまったな、悪ぃ悪ぃ。あたしらそろそろ行くわ」

「は、はい。それでは颯希さん、に美結さん、と柴山さ――あれ、もしかして」

 悠奈はなにかに気づいたように言いよどんだ。その様子に颯希も察したようで、振り返るなり隣の泰樹の肩に手を置いた。

「おぅ、そうだ。こいつが今日剣佑が話してた《英雄のシバ》だ」

「今度はそれか。まぁ、どうでもいいけどよ――あ? おい、長岡ながおか、もしかしてそいつ……」

 悠奈に背を向けていた泰樹が、振り返ると訝しげに悠奈を一瞥し、颯希を見た。

「ん? あぁ、そうだぜ。悠奈も戦ってるよ。もし一緒になったときは頼むぜ、シバ」

 颯希に肩を叩かれると、泰樹は悠奈に改めて顔を向けた。

「そうか、そうなのか。なら、そういう意味でもよろしくな、佐伯。じゃあな」

 悠奈は思わず息を呑んだ。先ほどまで鋭い剣幕のように見えていた泰樹の表情が、とても柔らかく和やかにほころんでいる。

「それと悠奈、あれだけは忘れてくれよ! 頼むぜ!」

 泰樹は背中を向けたまま、颯希と美結は笑顔で悠奈に手を振ってその場を後にした。

 颯希のスキンシップを受けていた最中、ワシャワシャでられたことで乱れた髪を整えるためにヘアゴムを外す。先ほどのその心地よさを思い返し、ほんのり赤く染まった顔に微笑を浮かべながら、悠奈は目と鼻の先にある美術室に向けて歩み出した。

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