青春に贈る葬送曲

長月夜永

#24 幽霊型《ゴースト》(三)

 


     三



 剣佑けんすけを先頭に、悠奈ゆうな美結みゆ陽向ひなたは図書館から正門へとひた走る。やがて、遅緩な足取りで正門から進行してくる骸骨の集団との距離が一〇メートルに迫ったところで、いったん足を止めた。剣佑と美結はさやから得物を引き抜く。

 悠奈は骨人型スケルトンの数をざっくりだが数え上げる。

「……ホントだ、阿久津あくつさんの言ってた通り、三〇近くいますね」

「……悠奈ちゃん、美結、でいいよ。私、苗字より名前で呼んでほしい、な」

「あ、はい、分かりました、美結さ――えッ? えぇッ?」

 悠奈が言い終えるより早く、そして真っ先に動き出し、敵の集団に突っ込んでいくはずの剣佑すら差し置いて、美結が駆け出した。

 なにより悠奈が驚いたのは、そんなことではない。いや、突然走り出したことにも驚きはしたが、それ以上に、美結のスピードに対してだ。隣にいる美結に視線を向けると、すでに姿はなく、視線を骸骨たちに向けた時点で、頭蓋が一つ宙を舞っていた。

「――え、えぇー? ヤバ……」

 陽向も同様に驚きを隠せず、呆然ぼうぜんとして固まっている。

日下くさかさん、あれって……」

 悠奈が剣佑の隣に歩み寄って尋ねると、「いやー参ったなー」といった風に苦笑を浮かべている。

「これだけ距離をとれば、戦闘モードにはならないと思っていたんだが……もう少し早く足を止めるべきだった」

 黒い一陣の風が骨人型の群集の中に飛び込んだり、外へ飛び出したりする様を見ながら、剣佑は独言をつぶやく。悠奈が戸惑いながら正門の方向と隣の剣佑を交互に見ていると、ようやく剣佑が応答した。

「すまない、説明は後にしよう。ああなった美結さんは敵がいなくなるまで止まらない。二人は、グラウンドの敵に当たってくれ。ここが終わったら俺たちも向かう。悠奈、陽向を上手く使ってやってくれ」

 悠奈の返事は聞かずに、剣佑は黒い風に巻かれる骸骨の集団めがけて駆け出した。取り残された悠奈と陽向は顔を見合わせる。

「よ、よく分かんないけど、あたしたちはグラウンドに向かおっか? 美結さんは十くらいって言ってたし、そのくらいなら、頑張ろ?」

「う、うん、そうだねー。一〇くらいなら――って、待ってよ美結ちゃーん!」

 悠奈も悠奈で、陽向の返事を待たずに走り出していた。重みのあるバスタードソードを引きずるように、陽向もまた走り出した。

 A棟校舎の角を曲がり、B棟校舎の脇を抜けるとグラウンドがある。そこに、これまた骨人型と似たように遅緩な動きで徘徊はいかいする影がいくらか悠奈の目に映った。グラウンドに踏み込む手前で、足を止めると、遅れて陽向が到着した。

「美結さん、屍人型アンデッドって言ってたっけ……。なんかヤダなー。ホラーゲームみたいにグロそうだし、臭そうだし……」

「うーわ、ホントだ……映画とかゲームで見たことあるけど、実物ってもっとエグいんだねー……」

 はたしてこれを『実物』と言えるかはさておき、血色のない、青白い皮膚。朽ちているのか痛んでいるのか、ところどころ赤色や赤茶色、赤紫色などに変色している。白内障のように白く染まる瞳、歯茎がき出しな口元、ボロ臭い着衣。個体によって程度は様々であれ、どこからどう見ても、『アンデッド』だ。

「陽向くんは、ゾンビの倒し方の定石セオリーって知ってる?」

「あぁ、もちろんだよ。頭を潰すか斬り落とすか、でしょ?」

「うん、正解。それが通じれば、あたしたちだけでも行けると思う。陽向くんはバスタードソードだからリーチもあるし、後ろをとられなきゃ倒せるよ」

「いやー、悠奈ちゃんにそこまで言われちゃあ、頑張るしかないよねー。よーし、いっちょやっちゃいますかー」

 陽向が得物を構えてグラウンドに躍り出る。まずは手近な一体に狙いを定めて肉薄すると、剣佑に教わった振り方のコツを活かして、屍人型の頭に上段斬りを繰り出した。

「そぉ――れッ!」

 切っ先は頭をかすめ、首元から脇腹にかけて左半身を縦断し、腰の辺りで勢いを失った。

「うっそぉ……」

 狙いが外れたことに落胆し、動きを止めた陽向に向かって、屍人型は両手を前に伸ばしたまま前進する。体に剣の刃が埋まっていることなどお構いなしに、脇腹あたりからズルズルと音を立てて、ゆっくりと陽向に迫る。

「う、うわうわうわ……! きもッ! こっち来んな!」

 堪らず陽向が後ずさると、屍人型の体に埋まった剣の先がズルズルと生々しい感触を走らせながら抜けていく。

 しかしそれでは決定打にはならない。いまだ生ける死人は白い目を陽向に向け、あんぐりと口元を開きながら近づいてくる。

 そして、突如として屍人型の頭が斜め後ろに吹き飛んだ。首から上の部位を失った体は仰向けに倒れ込む。

「うわ、案外軽く飛ぶんだ……。あ、陽向くん、大丈夫?」

 陽向に襲いかかる屍人型の頭を飛ばしたのは、悠奈の手甲をはめた右腕によるアッパーカットだった。

 目の前に迫るボロボロの体と醜顔と、その面を下げた頭部を飛ばした悠奈の勇敢さに、陽向は思わず唖然あぜんとして立ちすくんでしまった。

「え、あぁ、うん。……大丈夫」

「いきなり真上から斬るより、横に振って首か足を狙っていこ? 足を斬ると二度手間になっちゃうけど、歩けなくするだけでも有利になるからね」

「う、うん、そうするよ……ホント、悠奈ちゃんって勇気あるよねー……」

「え、そうかな? ――それより……あと、一一だね。陽向くん、あたしがちょっと離れても戦えそう?」

「んー、まぁ……頑張るよ、うん」

 陽向の頼りなさそうな、力ない返事に悠奈はうなずくと、まとまりなく点在している死人の外縁をなぞるように走り、少し遠目の敵から殴り始めた。

 今しがたの自分の答えように陽向は少なからず後悔したが、比較的はぐれがちな一体に目をつけ、走り寄っては屍人型の足めがけて両手剣を横ぎする。剣の重さと勢いにひっぱられてつんのめってしまうが、ボロボロなジーンズを履いた足は割とあっさり膝下から分断され、上部が地面に倒れ伏した。

 ところどころ髪の毛が抜け落ちた頭部の横に立ち、てこの原理を利用して上段斬りを見舞い、今度こそ首を斬り落とすことに成功した。

「――よしッ!」

 顔を上げてグラウンドの向こう側を見る。あれから悠奈はすでに二体の頭を飛ばし、今まさに三体目にとりかかっているところだった。

 左のボディブローで屍人型の体を折り曲げ、右の握り拳を開いて頭をつかむと、地面めがけて勢いよくたたきつける。そして再び右手を握り締めると、瓦割りのごとくそれをほぼ垂直に振り下ろし、頭蓋の形をゆがめて沈黙させた。

「えぇー……」

 年齢よりも幼い顔つきで、片側の側頭部あたりで結んだセミロングの黒髪。百五十と少しといった身長の、小柄で可憐かれんな少女とは思えない動きを見て、陽向は愕然がくぜんとする。

 視線の先で、悠奈が次の敵に駆け寄るのを見て、陽向も負けていられないとばかりに次の標的を定める。

 すでにのろのろとした足取りで近づいてくる一体を見据えて、左肩に担ぐように両手剣を構えながら肉薄し、横薙ぎした。剣先は屍人型の首を見事に捉え、斬り飛ばす。

 段々と調子が上がってきた陽向は、次の敵を探すようにグラウンドを見渡した。すると、黒い影が凄まじいスピードで駆け抜け、屍人型の首を止めどなくね飛ばしていった。

「あれって、もしかして……?」

 やがてすべての死体が地面に伏すと、影は動きを止め、手に持った得物を腰の鞘へと差し込んだ。腰まで伸びた黒髪に、細身のシルエット。紛れもなく美結だ。

 陽向は先ほどグラウンドに出てきた辺りに目を向けると、盾を携え、剣を収めた鞘を腰に下げた剣佑がいた。

 美結はうつむきながら剣佑がいる場所へと歩みを進める。それに倣うように、陽向と悠奈も駆け出した。先に着いた美結がハッとしたように顔を上げると、剣佑となにやら話している。だが、美結のか細い声は二人には届かなかった。

「おぉ、悠奈に陽向、無事でなにより!」

 美結との話を中断して、剣佑は近づいてくる二人に向けて手を振る。それを見て、美結が振り返った。

「……あ、悠奈ちゃんに陽向くん……お疲れ様。すごいね、屍人型を、あんなに倒すなんて……」

 悠奈と陽向は驚いた様子で、どこか不思議そうに顔を見合わせた。

「えっと、半分は美結さんが――」

 最初に陽向が斬りかかり、悠奈がとどめを刺した一体、それから悠奈が三体、陽向が二体。二人が六体倒したところで美結が参戦し、残りの六体を圧倒的な速度で一気に片づけた。

 悠奈がそれを言おうとしたところで、美結の肩越しに、唇に人差し指を当てている剣佑を見て言いよどんだ。

「私が……なぁに?」

「い、いえいえ、なんでも、なんでもないですよ? ね、陽向くん?」

 美結が小首を傾げて問いかけると、悠奈は慌てて言い繕って陽向に振った。急に話を振られた陽向は、少々顔をひきつらせながら美結を見る。

「え、えぇ、そうですよ。俺たち、頑張りましたから……ねー、悠奈ちゃん?」

「そういうこと、だそうですよ、美結さん。それより、他に敵は?」

 美結の後ろにいた剣佑が、美結の肩に手を置きながら隣に移動する。

 剣佑の顔を一瞥いちべつすると、美結は俯いて耳を澄ました。少しの間を置いて、顔を上げて剣佑に視線を向け直す。

「敵は……いないみたい……でも――今日はやっぱり、変」

 美結がグラウンドに目を向け、三人も同様に視線を死体が転がるグラウンドへと向ける。

「第三波を倒しきっても終わらないということは、今日は長丁場になりそうですね」

「……うん。ちょっと大変だね。悠奈ちゃん、陽向くん……まだ、頑張れそう?」

「私はまだまだ行けますよ」

「俺は正直なところ――これが結構重くてつらいんですけどねー……まぁ、やらなきゃいけないなら、やりますよ……」

 気勢の衰えを見せることなく意気込む悠奈とは対照的に、陽向は疲労感に満ちた表情を浮かべている。

「陽向は今日が初陣だからな。無理もない。次の敵が出てくるまで休んでいるといい」

「……え、陽向くん、今日が初めて、なの? ……あまり無理しちゃ、ダメだよ?」

 剣佑と美結に言われて、陽向は疲れを見せたまま引きつった笑顔を浮かべて頷くと、その場に座り込んだ。

「――それにしても、敵の出方といい、数といい、今回はやはり異例だな……ん?」

 グラウンドを見渡していた剣佑がなにかに気づき、体育館がある方向へと見る。つられて悠奈と美結もそちらを向き、陽向は座ってうな垂れたままだ。

「あー……颯希さつきちゃん」

 三人の視線の先には、同じ高校の制服だが、裾が足首の上あたりまであるロングスカートを履いた女子生徒がいた。B校舎と体育館をつなぐ連絡通路から出てきたらしい。

 突然美結がその女子生徒に向かって駆け寄り、合流するなりなにか話すと、並んで三人のもとへ歩いてきた。

 シルエットの印象は美結と似ている部分がちらほらあるが、美結を陰とすれば隣にいる女子生徒は陽。腰の上あたりまで伸びた暗めの赤茶色の髪に、キリッとしたつり目が特徴的な面立ちには姉御感を覚える。そして、顔の右半分が流した前髪で隠れており、左側を編み込んで仕上げていた。

「あぁ、最後の一人は颯希さんでしたか」

「よぉ、剣佑。相変わらず暑苦しい顔してんな。それと――お前らだな、新顔の……陽向と――悠奈、だっけか――美結?」

「……うん、塩谷しおたに陽向くんと、佐伯さえき悠奈ちゃん」

 颯希は両手を腰に当てて上半身を屈めながら、のぞき込むように陽向と悠奈を見やる。不敵な笑みを浮かべる口元には、先のとがった八重歯が光っていた。

「悠奈ちゃん、陽向くん……颯希ちゃん、長岡ながおか颯希ちゃんだよ。よろしくね」

「おぅ、颯希だ、よろしくな!」

 美結に紹介されて、颯希は意気揚々と親指を立てた握り拳で自身の胸元を指す。

 それまで座り込んでいた陽向だが、重い体を引き上げるように立ち上がった。

「えーと、塩谷でーす。よろしくお願いしまーす」

「さ、佐伯悠奈です。こちらこそお願いします」

 二人が挨拶を返すと、颯希が陽向に詰め寄り、ぎらつく眼光を陽向に浴びせる。

「おーい、どーした? なんかめーっちゃお疲れって感じじゃん?」

「颯希さん、陽向は今回が初陣。つい先ほどまで戦っていたので、だいぶ疲弊しているんですよ」

「――へぇ、そっか。今日が初めてか。そりゃ大変だったな。――で、悠奈はどうよ?」

「あ、あたしは今回が三回目です……戦技は全然ですけど」

「ただ、元々キックボクシングをしていただけあって、素のままでも十分に戦えますよ」

 しょぼくれて視線を落とす悠奈を、剣佑がフォローした。すると、颯希が興味津々な顔で悠奈に近づき、顎をつまんで持ち上げると、その顔を覗き込む。

「ふーん、キックボクシングかー……いいねぇ。可愛い顔には似合わず、ってか?」
 颯希はニッとやんちゃそうな笑みを浮かべて、悠奈の顎をつまんでいた手を離して持ち上げ、頭をポンポンと叩いた。

 颯希の屈託のない笑顔を間近で見て、さらに頭をポンポン叩かれたことに、悠奈は思わず顔を赤らめ、また俯く。

「んで? まだ敵いんの? 戻らねぇってことは、まだいんだろ?」

「それが、どうも今日は異例のようで……」

「あ? 異例?」

「えぇ、正門で第一波、骨人型が四十ほど、南門あたりから第二波、同じく骨人型で二十弱、続いて第三波、正門に骨人型が三十ほどとグラウンドに屍人型が十ほど、です」

「……ホントだ、妙だな? ま、あたしが来たからには大船に乗ったつもりでいな。すぐに片づけてやんよ」

「……じゃあ、颯希ちゃんに、頑張ってもらおうかな……体育館の裏に……五」

 再び敵が現れたようで、それまで静かにしていた美結が口を開いた。颯希は美結を見るなり、また不敵な笑みを浮かべる。

「五? やけに少ねぇな? 骨でもゾンビでもねぇってか?」

「うん、そう……足音が、しないの」

「はー、だったら鳥か? ならあたしに持ってこいの相手じゃねぇか」

「……それより颯希ちゃん、武器は?」

「ん? ――あ、いっけね。持ってくるの忘れてた」

「今日、朝から教室にいなかった、よね?」

「おぉ、腹の調子悪くて、保健室で寝てた。悪ぃ、ちょっと取ってくるから待ってろ」

 そう言い残して、颯希は体育館とB棟校舎をつなぐ連絡通路に向かって駆け出した。

「ふぅ、まったく相変わらず、ですね」

「……颯希ちゃんの、ああいうところ、私好きだけどな」

「ははは。まぁ、憎めない人ですね。――ですが、颯希さんを待っている暇はないようです」

 剣佑は目を細めると、体育館の上に視線を向けた。美結と悠奈、陽向はそれを辿る。

 体育館の屋根から五つのゆらめく影が、ゆっくりとした速度でグラウンドに降り立った。

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