青春に贈る葬送曲
#23 幽霊型《ゴースト》(二)
二
「動的戦技と静的戦技《パッシブスキル》……まるでゲームみたいですね」
悠奈は陽向とともに剣佑から戦技の種類と習得方法の説明を受ける。まるでゲームの登場キャラを強く育てていくようで、ゲーム好きな悠奈は戦技の習得に対して胸を躍らせていた。
三人は正門から離れて昇降口前を通り過ぎ、図書館に向けて歩みを進めている。剣佑の提案で、図書館に行って戦技を見つけるためだ。
「戦技が書いてある本って、いっぱいあるんです?」
「そうだな……戦技自体は様々あるのは確かなんだが、それが書いてある本はなかなか見つからん。異空間に来るたびに、どの本になんの戦技が書いてあるかが変わるから、そう易々と見つかるわけではないんだ」
「うわー、それは大変ですねー。あの、俺の武器って見ての通りバスタードソード? 両手剣なんですけど、戦技をゲットできればブンブン振り回せるようになります?」
「両手剣なら……烈風斬《ハリケーン》だな。剣を横薙ぎに振り回す戦技で、攻撃のたびに速度が上がるようになっている。静的の金剛躯《アダマント》があれば、さっきの骨人型《スケルトン》みたいな雑魚相手なら、多少殴られた程度では勢いを削がれることはない」
「へぇー、烈風斬かー。他には、こう、剣を軽々と振れるようになる戦技ってありません?」
「筋力自体が上がる戦技、ということか? ないわけではないだろうが、どのみち戦技を得るまでは努力しなければ、な。――よし、剣を構えてみろ」
唐突に剣佑が歩みを止めると、陽向に両手剣を持って構えるように指示する。その意図がつかめないながらも、陽向は渋々といった様子で、両手で持っていたバスタードソードを正眼に構える。
「もう少し足を開いて、腰を落とすんだ。――そうだ。そのまま、縦に振ってみろ」
陽向は両手剣を頭上に持ち上げて、振り下ろす。その重さと勢いに引っ張られて、体が前につんのめる。
「今の振り方だと、全体的に隙が大きくなる。それに加速度運動だから、速度が乗るまでの初動が遅い。両手剣の特徴は、振り始めて勢いが乗ってからが本領を発揮するところだ。だが、初動の速度を高める方法がある。てこの原理は知っているな?」
陽向はそうだが、悠奈もまた頷いた。
「てこの原理、つまり、支点、力点、作用点を使って、最小の力と動きで、初動から最大の威力を出す。まずは支点だが、これは鍔の下を握っている右手だ。そして力点が左手、作用点が刀身の先になる。試しに一回振ってもらったが、あれは作用点を持ち上げているようなものだ。作用点を持ち上げると、全体的に大きく振り回した形になる。だからまずは、支点を持ち上げる形に変える。つまり、作用点は大きく動かさない」
剣佑は鞘から剣を引き抜いて両手で持ち、先ほどの陽向と同じように正眼に構える。そして、柄をつかむ左手を放して、その上に右手を乗せるように添えて手首を返す。すると作用点、つまり切っ先を下に向けて、そのまま両手を顔の真横、耳のあたりまで上げる。刀身は体の脇を抜けて背中に位置した。
「ここから力点、つまり左手で柄を引き下ろす。右手は柄を握ったまま、重さを測るように連動させるんだ。この動きができれば、大きく振りかぶって振り下ろすという加速度運動ではなくなって、構えた時点から百の力、百の速度で振り下ろせる。これを応用すれば、どんな方向からでも素早く振り始めることもできるようになるぞ」
構えたところから柄を左手で引き下ろすように、ゆっくりと剣を振り下ろす。同じ動作を、先ほどよりも早く繰り返し、さらに何度も繰り返す。
剣佑の説明を聞いて、動作を見た陽向は、同じように両手剣を支点――右手を中心に持ち上げ、力点――左手で引き下ろすように振り下ろす。切っ先が地面に当たり、ガンッという音を立てた。相変わらず体は重さと勢いに引っ張られているが、そこでやめずに何度も同じ動作を繰り返した。
「後は足腰だな。勢いに引っ張られないように、もう少し重心を下げて、腹圧をかけて踏ん張るんだ」
「うーわー……素振りとか初めてなんだけど、だいぶ腕にきますねー……」
陽向の飲み込みは早く、五、六回を超えたあたりでぎこちなかった動作が若干滑らかになってきた。
「陽向くん、どぉ? 戦えそうな感じ、する?」
「あはは……悠奈ちゃんって、割と、S、だったりする? んー、まぁ、露払いぐらいは、やりたいかなー」
素振りをやめた陽向は両手剣を持つ腕をだらりと下げ、前傾してぐったりした様子を見せる。剣を鞘に戻して、陽向の素振りを眺めていた剣佑はどこか満足そうなほほ笑みを浮かべている。
「陽向、お前は筋がいい。もっと鍛錬すれば、きっとさらに強くなれるぞ」
「そ、そーですか……ありがとうございます」
「――ッ! 日下さん、あれ!」
図書館がある南方向を見ながら、悠奈が声を張り上げた。咄嗟に剣佑と陽向も悠奈の視線を辿る。
その先には、ガシャガシャと音を立てて進行する骨人型の集団がいた。
「くッ……タイミングが悪いな。悠奈、陽向、戦技はお預けだ! 行くぞ!」
「はい! ――じゃあ陽向くん、無理しなくていいから露払い、お願いね!」
鞘から剣を引き抜いて先駆ける剣佑を追うように、悠奈が走り出す。
「露払い、ね。――まぁ、自分で言ったことだし、そのくらいはしようかなー」
陽向は両手に握る得物を一瞥して顔を上げると、意を決したように表情を引き締めて踏み出し、走り出した。
集団との距離が五メートルほどのところまで近づいた剣佑は、盾を体の前に構えて、速度を各段に高めて走り出した。
「うおおおおおおお!」
先頭に立つ骨人型に差し迫ると、勢いよく盾を押し出して敵を殴打し、撥ね飛ばした。立て続けに両脇にいる骸骨を、盾で殴り、剣で斬り払う。
「右、行きます!」
「頼む!」
遅れて追いついた悠奈は、向かって右側から集団を急襲する。一体、また一体と殴り砕き、着実に数を減らしていく。
ふと、視界の左端に骸骨の姿が映り、左足で後ろ蹴りを見舞う。肋骨に直撃したものの、押し退けるだけで、砕けることはなかった。
――やっぱり、手甲で殴らないとダメなんだ!
引いた左足で改めて踏み込み、左の手甲で裏拳を放つと、破砕音を上げて弾け飛んだ。
「悠奈! コイツらは武器じゃないと倒せぬぞ!」
「確かに!」
「これで――最後ッ!」
今回の集団は、先ほどの正門にいたそれと違い、数が半分にも満たないほどに少なかった。剣佑と悠奈の奮戦であっという間に決着がつき、あたり一面が白い骨の残骸で埋め尽くされている。
「見事。戦技がないとは思えないな」
「いやいや、ホントになにもないですよ。ただ殴ってるだけですから」
悠奈が慌てながら否定すると、それを見て剣佑は陽気に笑う。
「おぉ、陽向。すまないな、全然活躍の場を与えてやれなくて」
「あはは……大丈夫です、そんなこと気にしてませんから。それに、こんな長いと二人に当てちゃいそうですし」
「それもそうだな。そもそも両手剣は単身で複数を相手取るのに向いている武器だから、近くに味方がいるとやりづらいだろう。――まぁ、そう気を落とすな。どうも今回はいつもと違うらしい」
陽向に慰めの言葉をかけた剣佑は、足元に散らばる骸の破片に目を落とす。剣佑が違和感を覚えているように、悠奈も同じような違和感に表情を曇らせていた。
「確かに、正門にいた数を考えると、もう少し多く出てくるはずなのに、半分ほどしかいませんでしたね」
「悠奈も気づいたか。あぁ、そうだ。骨人型なら、正門のヤツらが第一波なら、第二波は倍近く出てくる。……まぁ、いいさ。第三波が来るなら来たで、片づければいい。――それに、まだ終わらないなら好都合だ。図書館で戦技を探すか」
悠奈たちが骨人型の第二波と衝突したのは、図書館のすぐそば。剣佑の提案に乗り、先に歩き出した剣佑の後ろを悠奈と陽向は追いかける。図書館の玄関まであと少しのところで、静かに扉が開かれ、一人の女子生徒が姿を現した。
腰まである長い黒髪、遠目に見ても分かるほどの端麗な顔立ちで、その左半分を隠さんばかりに前髪が覆っている。俯きがちな佇まいからは、曇天のように重く陰った雰囲気が感じられる。
その女子生徒を見るや否や、剣佑が手を振っては名前を呼んだ。
「おぉ、美結さん! お疲れ様です!」
剣佑の声に気づいた美結という少女は、どこか虚ろげな目で剣佑を、そしてその後ろにいる悠奈と陽向を見据えた。そして、近づいてくる剣佑に歩み寄る。
「お疲れ様……剣佑くん。……さっき、外が騒がしかったんだけど……剣佑くんが、戦ってたの?」
「えぇ、そうですよ。俺だけでなく、そこにいる悠奈と陽向も一緒でした」
美結の声はあまりにもか細く、少し離れている悠奈と陽向には言葉のすべてを聞き取るに至らなかった。剣佑に手招きされて、二人は剣佑と美結へと歩み寄る。
「この人は美結さんだ。阿久津美結さん、三年の先輩だ。――美結さん、佐伯悠奈と陽向――ん? すまない、苗字まで聞いてなかったな」
「塩谷です。塩谷陽向、です。どうぞよろしくー」
「……佐伯、悠奈、ちゃん、と、塩谷、陽向、くん? 阿久津、美結、です。よろしくね」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
美結のか細い声と、どこかたどたどしい口調に、悠奈はどこか一抹の不安のような、心配するような心境になる。だが、剣佑がなんの抵抗もなく堂々と話しているからか、不信感までは抱かなかった。
「それで、剣佑くん。あたし、さっきまで図書館で、本を読んでいたから、今どんな状況か分からないの……教えてくれる?」
「そうですね……今回の敵は骨人型でした。正門で四〇、すぐそこで二〇足らずを倒しました」
「四〇、と……二〇……? なんか、変なの」
剣佑の報告を聞いて、美結も違和感を覚えたようで、小首を傾げた。
「えぇ、俺も思いました。第一波と第二波の敵の出方がこれまでと違います。もしかしたら、今回は異例の一戦になるやもしれません」
すると美結は伏し目がちになって押し黙る。虚ろげな瞳は、さらに色を失って、漆黒に染まったかのように悠奈の目に映った。
「それにしても、本を読んでいたということは戦技探しですか? さすが美結さん、勤勉家ですね!」
急に口を閉ざした美結の様子に動じることもなく、剣佑は話題を振る。
「……そんな……私、まだまだ弱いから、もっと、みんなの役に立てるように、勉強、しないと……ね」
美結は顔を上げて、苦笑いを浮かべながら答える。先ほど見えた、深淵のような真っ黒な瞳が、わずかに明るさを灯した。
「み、美結さん、さすがにその謙遜は行き過ぎではないかと……。もう十分に強いではないですか……」
「……そぉ、かな?」
悠奈が狼狽する剣佑と、キョトンと呆けている美結のやり取りを眺めていると、陽向が耳打ちをしてきた。
(ねぇ、あの美結さんって人、本当に強いのかな? 身長こそ高いけど、体が弱そうな感じしない?)
(どう、だろうね……。まぁ、確かに覇気がないっていうか、凄みがないっていうか……)
悠奈は改めて美結の全身を目でなぞる。陽向が言うように、肌は白いどころか青白く見え、長身ゆえか体の線も全体的に細く、虚弱体質と思われても仕方がない。
足元まで落とした視線を、再び持ち上げる。すると、腰に二本の剣を差している鞘が目に飛び込んだ。それは直線的というよりも、湾曲した形状をしており、幅広で短い印象を受けた。
「……そうだ……剣佑くん、図書館に用、あったの?」
美結に言われて、本来の目的だった戦技探しを思い出して、剣佑はポンと手を打った。
「そういえばそうでした。悠奈と陽向はまだ戦技を持ってないそうなので、少しばかり探そうかと思っていたところです」
「……そっか、そうなんだ。……じゃあ、私も一緒に……」
急に口を閉ざして、美結は目を細めて俯いた。いったいどうしたのかと、剣佑が問いかけようとしたところで口を開き、か細い声で告げた。
「……敵……正門……二〇? ……ううん、三〇」
悠奈と陽向、剣佑の表情に緊張が走る。そして、美結は三人の緊張をさらに高めることをつぶやいた。
「……グラウンドにも……一〇、くらい? ……でも、足音が、違う」
「骨人型だけではない、ということですか?」
「……うん……たぶん、屍人型《アンデッド》……」
「それなら、とりあえず正門に向かって、敵が合流する前に片づけましょう。――悠奈、陽向、敵襲だ。まずは正門に行こう」
「……私も、行くよ」
剣佑に促されて二人が頷くと、美結が同行を申し出た。剣佑は堪らないという風に満面の笑みを浮かべる。
「おぉ、美結さんが一緒に戦ってくれれば百人力、いや、万人力です! 是非ともお願いします!」
「……剣佑くん、そんなに、おだてなくて、いいよ? ――よろしくね、悠奈ちゃん、陽向くん」
顔の左半分を前髪で隠した少女は、漆黒の瞳の底に灯を燈して二人を見ると、柔らかな笑みを浮かべた。
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