青春に贈る葬送曲
#17 鬼人型《オーク》(五)
五
体育館に入った四人は、グラウンドに面した壁下の小窓から外の様子を窺う。
「泉さんの言った通りだ。鬼人型とは違うヤツがいる」
小窓の向こうに広がるグラウンドには、灰色の肌を持つ大柄で屈強な体つきの人型が数体と、見慣れない異形の姿があった。
「あれ、だよねー? キモ顔よりおっきいし、複数で群れてるわけじゃないから、大型っぽいねー」
「あぁ、確かになぁ……にしても、あんなの初めて見るわい」
二メートル以上ありそうな鬼人型たちと比べると、別種の異形はさらに大きい。
湊輔は割と最近知ったことだが、敵には小型、中型、大型という分類づけがある。
小型は小鬼型や骨人型、人獣型のように、体が人間と同じか少し小さいものを指す。
中型は今回敵対している鬼人型のように、体が人間と同じか少し大きいものを指す。
また、小・中型は複数で群れていることも特徴として挙げられる。
小型は一〇から三〇、中型は三から一〇程度現れ、場合によっては今回のように増援として、途中から数が増えることもある。
大型は翼人型や人狼型のように、体が人間よりも大きいものを指し、二体以上で群れて出現することはない。
つい先ほど乱入してきた敵は、鬼人型が見上げるほど背が高い。
湊輔たちの位置から見えているのは背中だけだが、そこから両側に大きく広がる至極色――極めて黒に近い深い赤紫色――の翼が特徴的だった。
鳥のような羽毛のある翼ではなく、こうもりのような皮膜がついた翼だ。
湊輔は視線を異形の頭へと向ける。
見えているのは後頭部だが、その両側から象牙色の角のようなものが、ねじれて弧を描くように伸びている。
視線を落として足元を見る。
骨格は人間のものではない。重種の馬――ペルシュロンやブルトン――のような太くたくましい蹄行型の足に見える。
後頭部から背中、腰から足先までが小紫色に染まっている。これが湊輔たちから見える異形の外観だ。
「ブゥオオアアアアア!」
異形が右足を踏み込み、体を前傾して吠え上げる。どうやら鬼人型たちに威嚇しているらしい。
対する鬼人型たちも負けず劣らず、「ゴアァッ!」「ウゥアァッ!」と獰猛な声を上げて吠え返している。
異形を取り囲むように立ち並んでいるうちの、向かって左側にいた一体が無骨な剣を両手で持ち、振り上げるや否や異形に向かって襲いかかる。
――ドゴォッ! ドシャ!
鈍い音が上がるとともに、吹き飛び、校舎の壁に打ちつけられた。もちろん、襲いかかった鬼人型が。
湊輔には見えた。大きな翼の向こうで動く体の一部を。鬼人型を吹き飛ばすために振り上げたそれを。
人狼型もそうだったが、胴部についているのは人間のような腕だった。
太く、たくましく、引き締まった筋肉でゴツゴツとした見た目の腕。もちろん小紫色に染まっている。
その手には武器が握られていた。
柄が異形の拳一つと半分が収まるほどに短い、剣のような、棍棒のようなシルエット。
そして武器を持った手を振りぬいた瞬間、異形の頭部の全容が目に飛び込んできた。
馬だ。歯をむき出しにした、馬の頭。ねじれた角を生やした馬の頭。
昔、マンガかゲームかなにかで、似たようなものを見た記憶が湧き上がるように脳裏に浮かんだ。
――まるで、悪魔だ。
「――バフォメット」
有紗が異形の姿に目を向けながら、小さくつぶやいた。
「有紗ちゃん、悪魔とか知ってるんだ?」
「えぇ、まぁ、世間的に知られている程度なら、ですけど」
「黒山羊の頭、人間の体、鳥の翼、獣の足……っていうのが特徴だけど、結構当てはまってる、よね?」
二菜の話を聞いて、他の三人は改めてグラウンドに立つ異形の姿に目を向ける。
ちょうど鬼人型が、今度は三体、雄たけびを上げながら一斉に異形に襲いかかった。
すると異形は至極色の翼を大きくはばたかせ、後ろに飛び退いたかと思えば、すかさず右側に飛び移り、手近な鬼人型めがけて得物を振り払って一撃を見舞う。
異形の一撃を受けた鬼人型は吹き飛び、その先にいた仲間にぶつかって共に倒れ込んだ。
「黒山羊、というか……あれ、馬ですよね?」
有紗が目を細めて異形の頭を見ながら言う。
湊輔は山羊と馬の頭を思い浮かべて、異形の頭と比べる。
――確かに、馬、だよな?
「うん、よし、アレは悪魔型《バフォメット》って呼ぼう! そうしよう! 悪魔型!」
なぜか二菜はテンションを上げてはしゃぎ始める。
「……それで、どうします? その、悪魔型、と鬼人型。敵の敵は味方、なんて状況にもならないと思いますけど」
湊輔の問いかけに、それぞれが思案するような仕草をとる。
まず口を開いたのは、壁に背中を預け、胸の前で腕を組んでいた耀大だ。
「うぅむ、鬼人型をやろうとすれば、おそらく悪魔型が横槍を入れてくるじゃろうな。逆に悪魔型をやろうとすれば、鬼人型が横槍を、みたいになるんじゃろうな。どうしたって混戦乱戦になるのは必至じゃな」
「だよねー。あ、でも、こっちには有紗ちゃんがいるじゃん!」
二菜はつまり、漁夫の利を得ようというつもりらしい。
みなまでいうまでもなく、その意図が伝わったのか、あるいは察したのか、有紗が頷いた。
「遠くから鬼人型に矢を射かけて消耗させて、悪魔型に片づけさせる、ということですね?」
「アッタリー! あたし天才じゃーん? じゃーん?」
湊輔としても、その戦法には納得だった。だが、そう上手く事が運ぶとも思えなかった。
「あの、遠くから鬼人型を射つのはいいんですけど、もしヤツらの注意がこっちに向いて、こっちにしかけてきたら、悪魔型も一緒にこっちにきますよね? いや、もしかしたら、そんなこともあるのかなー……と」
最後の辺りは遠慮気味になったのか、声のトーンが落ちていた。
二菜は目を見開いて湊輔を見ている。
「うん、確かにそうだね。湊くんいいよー、鋭いよー。まぁ、別にグラウンドに出て、アイツらと同じ高さで戦う必要もないじゃん?」
「おぉ、そうじゃな! 有紗は校舎の上から矢の雨を降らせればいいのぉ!」
「よーし! それじゃ、さっそく屋上に行こっか!」
二菜は立ち上がると、耀大、有紗、湊輔が立ち上がる間に旗を振って強壮をかける。
グラウンドで鬼人型と悪魔型の戦いが激化する傍ら、四人は体育館を後にしてB棟校舎屋上に向かう。
強壮がかかったことによって、屋上までの足取りはとても軽いものになっていた。
普段なら一階から屋上に向けて階段を駆け上がると息が上がるものだが、屋上に着いた時点でもまだまだ余裕が感じられた。
「ホントすごいですね、旗のサポートって」
湊輔が言うと、二菜はニッと笑顔を浮かべる。
「でしょー? これがあれば一〇〇メートル走も持久走も楽勝なんだけどねー」
「あー、それは確かに。それで、どうやって仕掛けます?」
湊輔はグラウンドがある方向を見る。
フェンスは屋上を取り囲むように設けられているため、射かけるにはそれを越えなければいけない。
「フェンスが邪魔、ですね……あ、あそこなら」
なにかに気づいた有紗が向かったのは、屋上に出入りするための塔屋だ。
頭を下から上に動かしているところを見るに、高さを測っているらしい。
そして、振り向きざまに言う。
「深井先輩、攻勢をかけてもらってもいいですか?」
なぜここで攻勢が必要なのかという風に首をひねるが、
「うん、いいよー。ちょっと待ってね――それッ」
二菜は旗を振って、攻勢をかける。
「ありがとうございます」
二菜にお礼を伝えながら、塔屋を背にして一〇歩ほど離れると、踵を返すや否や塔屋めがけて駆け出した。
そして、パルクールのウォールラン、クライムアップで壁を駆け上がり、塔屋の上まで登り切った。
あまりにも流麗なその動きに、三人は唖然とした表情で呆けてしまっている。
「いやー、驚いたわい。颯希さんみたいじゃのぅ」
「颯希さん?」
「うむ、シバさんと同じクラスの長岡颯希さんじゃ。有紗みたく弓矢を使う人でのぅ」
「すっごいアクロバティックに動きながら射つ人なんだよ! もう、使う武器間違ってませんか? ってくらい!」
二菜が興奮気味に、耀大の話に割り込んできた。
「なんか、三年の先輩ってみんなすごいっていうか、変わった人ばっかりですね……」
相槌を打って、湊輔は塔屋の上で矢をつがえた弓を構える有紗に目を向ける。
先ほどの壁を駆け上がる姿を見たせいか、その立ち姿さえも凛々しく、荘厳に見えた気がした。
「有紗ちゃーん、どおー? 射てそーぉ?」
二菜が手を振りながら、声を張って有紗に尋ねる。
「はい、大丈夫です。さっそく仕掛けま――え、誰?」
有紗は引き絞っていた弦を緩めて構えを解き、上半身を屈めて、覗き込むようにグラウンドに目を凝らす。
湊輔、耀大、二菜もフェンスに近づき、下で起こっている鬼人型と悪魔型の戦いに目を見張る。
いつの間にか、鬼人型の数が増えていた。
湊輔たちが武道館近くで追い詰めて手傷を負っている一体と、そこに駆けつけてきた三体、グラウンドに後から現れた三体、そして今度は四体が加わり、全部で一一体になっている。
体育館の中から見ていたときに、悪魔型に吹き飛ばされた二体はすでに復帰していた。あの程度で死なないとなると、鬼人型の耐久力・生命力は尋常じゃないものと分かる。
鬼人型たちは悪魔型を取り囲むように位置取りしながら襲いかかっている。
悪魔型は向かってくる敵を薙ぎ払ったり、先ほどのように翼をはばたかせて跳躍して避けたりしている。
そして、そこに一つの人影が歩み寄っていた。
有紗が思わず構えを解いたのも、その人影が気になったからだ。
湊輔が通う高校の制服を着て、左手をズボンのポケットに入れている。右手には光沢感がまったくない、鈍色の大きな斧を持ち、肩にかけている。
「はぁ……残る一人は広瀬さんじゃったか……」
その姿を見た耀大が嘆息を漏らした。
隣にいる二菜もげんなりした様子で顔をしかめている。
「さいあくー」
湊輔の中で、言い知れぬ不快感が煮え立つように湧き上がってきていた。
広瀬――名を大瑚という。
今視界に映っているのは大瑚の背中だけのはずが、まるで以前目が合ったときに向けられた、殺意に満ちた威圧感のようなものをひしひしと感じていた。
「ブゥオアアアアアアアアアアアアア!」
突然悪魔型が前傾姿勢をとり、威嚇するように牛のような鳴き声を轟かせた。
その視線は周囲を取り囲む鬼人型たちではなく、その向こうにいる、大斧を担いで悠々と歩み寄る大瑚に向けられている。
鬼人型たちも一斉に振り返り、大瑚に向けて視線を集中させた。
その鬼人型たちの包囲網まで数メートルのところで、ふいに大瑚が立ち止まる。
そして、両足を開くとともに腰を落として構えた。
「ブアアッ!」
その瞬間、悪魔型が一声鳴いて動き出した。
直線状にいる鬼人型たちを得物で払いのけながら、大瑚めがけて襲いかかる。
距離が詰まったとき、振り上げた右手の得物を横薙ぎする。
そのとき、湊輔はようやく悪魔型の得物の正体が分かった。
体育館の中から見たときには、片手で扱うことを目的にした短い柄と剣のような棍棒のようなシルエットの刀身だったが、実際は鉈だった。
切っ先が平らな、先端に向かって幅広く伸びた形をした鉈を両手に一本ずつ握りしめている。
「――なッ!」
悪魔型の右手に握られた鉈が大瑚の真横から襲いかかり、直撃した。
ガタイのいい鬼人型を吹き飛ばした、あの一撃だ。
だが、大瑚は吹き飛ぶどころか微動だにしていない。
先ほどの構えのままに、悪魔型の横薙ぎの一撃を受け止めている、ように湊輔には見えた。
今度は左手の鉈が斜め上から振り下ろされる。
この一撃も、大瑚に直撃した。だが、やはり微動だにしない。
悪魔型はさらに攻撃をしかける。
右手の鉈を右斜め上から振り下ろし、左手の鉈を左斜め上から振り下ろし、両手を掲げて真上から振り下ろす。
どの攻撃も大瑚に直撃したが、その体が崩れ落ちることはなかった。
湊輔の脳裏に、人狼型との戦いで知り合った、荒井の言葉が浮かんだ。
「――金剛躯《アダマント》?」
「あぁ、その通りじゃ。広瀬さんは金剛躯を持っとる」
「でもね、普通ならあそこまで耐えきれないと思うんだけどね……」
二菜がとても訝しげにつぶやく。
遠目に見ても、大瑚の体は傷だらけになっている。それなのに、倒れるどころか一つも揺れを見せずにいる。
「まさか、立往生……だったりして?」
言いながら湊輔が耀大に顔を向けると、耀大は首を横に振った。
「いや、さすがにそれはないじゃろう。現に、悪魔型はまだ広瀬さんを見とる」
湊輔は再びグラウンドの光景に目を向けた。
そのとき、悪魔型が翼をはばたかせ、土ぼこりを上げながら飛び上がった。その高さ、屋上にいる湊輔たちが見上げるほど。
「ブゥウアアアアアアアアアアアアアア!」
先ほどよりも甲高い咆哮を上げながら、鉈を持った両手を頭上に掲げて自由落下する。
着地の瞬間に、両手を勢いよく、大瑚めがけて振り下ろした。
ギイィン! と金属がぶつかり合う音が響く。
大瑚は右肩に担いでいた大斧を離し、右手は石突き近くを持ちながら、左手で刃の根本近くを握ることで両手持ちにして、とっさに頭上に掲げては悪魔型の振り下ろしの一撃を受け止めた。
湊輔たちもそうだが、鬼人型たちもその様子を緊張感漂わせて眺めている。
一瞬の膠着状態の後、大瑚が悪魔型の鉈を弾いて押し返した。
鬼人型ですら吹き飛ばす、筋肉の塊とも思える豪然たる肉体を撥ね退けたことに、湊輔は驚きを隠せなかった。
そして、次に起こる事態に、さらに目を見張ることになる。
後ろによろめいた悪魔型に向かって、大瑚が飛びかかる。
柄の部分を両手で持ち、改めて右肩に担ぐように構え直した大斧。
鈍色のそれがほんのりと赤く色づいたように、湊輔の目に映った。
「ふぅんぬぅあああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
屋上にいる四人までハッキリと聞こえるくらいの大音量の叫び声とともに、大瑚が大斧を振り下ろす。
その一撃は、まるで大地を、空間を斬り裂くような、例えようのないすさまじい衝撃を生み出した。
悪魔型の体からなにかが吹き飛ぶ。
それは左半身にあった、至極色の大きな翼と、小紫色に染まった太くたくましい左腕だった。
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