青春に贈る葬送曲

長月夜永

#9 柴山泰樹 (三)

 


     三



 商店街に入り、三つ目の交差点を右に曲がって少し歩いた先に、『喫茶イチゴ』と書かれた看板が掲げられた建物があった。

 暖色系のレンガ調の壁に、四等分にされたガラスがはめ込まれ、金属の棒の取っ手がつけられた木製の扉。湊輔そうすけ雅久がくが生まれるより前からあるような、レトロな雰囲気漂う喫茶店だ。

「おぉー」と言葉にならない感嘆の声を漏らしながら、湊輔と雅久はお店の外観に見惚みとれる。

 ふと湊輔は違和感を覚えた。

 木製の扉にはめ込まれたガラスの一枚が白く塗りつぶされている。

 それが気になって近寄ってみると、塗りつぶされているのではなく、内側から紙が貼りつけられているようだ。

「ん、『店主不在のため、しばらくお休みいたします』だってさ」

 雅久がのぞき込むように顔を近づけて、貼られた紙を眺める。

「店主不在、か。『お休み』って書いてるから店じまいってわけじゃないんだろうけど。『しばらく』ってことだから、いつ開店するかも分からねぇな」

 湊輔はうんうんとうなずき、

「仕方ない、今日はもう帰ろう」

「いいのか? 実家兼店舗って言ってたから玄関から挨拶するってのもありだぜ?」

 そう言いながら、雅久は店の前を右に行ったり左に行ったりして建物周りの様子を伺っている。

「いや、よしとくよ。あんまりウロチョロしてると怪しまれるし」

「そっか。じゃ、今日はもう帰るか」

 二人は商店街の表通りへと戻り、駅へ向かった。

 一〇分足らず歩いて、駅に着く。

 駅舎の引き戸を開けて中に入ると、やはりここもいつもより高校生の数が多い。

 湊輔と雅久が乗る電車は一時間に三、四本の頻度で走っている。

「あー、ちょうどさっき出たとこか。惜しいな」

「座るとこないし、外出る?」

「そうだな、そうすっか」

 駅舎の待合スペースにあるベンチソファやテーブルはどこも埋まっていて座る場所がなく、かといってこの人口密度の高い室内で待つのも気が向かないため、湊輔と雅久はホームに出る。

 跨線橋こせんきょうを通り、乗車する電車が来るホームに着いたとき、「あ……」と湊輔が声を漏らした。

 ホームの奥のベンチに座る二人の男女。一人は泰樹たいきだ。学校の制服とは違う、うっすらとストライプの柄が入った白色のワイシャツに黒色のジーンズを合わせている。

 隣には少女が座っており、上は淡い青色のデニムジャケット、下は濃紺のミニスカートに黒色のレギンスという組み合わせだ。

「隣に座ってんの、誰だ? 彼女?」

「さあ……? あ、もしかしたら妹さんじゃない? ほら、荒井先輩が言ってたじゃん?」

「あー、それもあり得るな」

 湊輔はシスコンという言葉を聞いたことがある。ただ、それが厳密にどんな人を指すかまでは詳しく知らない。印象としては、姉あるいは妹にいつもデレデレしている、というような感じだ。

 ベンチに座る二人は、これといって言葉を交わすことなく、それぞれスマートフォンをいじりながら電車を待っている。

 仮に泰樹の隣に座っている少女を妹とすると、湊輔が思うシスコンの印象とは違い、泰樹をシスコンだと言っているのはただの誇張で、実のところ兄妹仲が良いだけなのではないか、というような考えが浮かぶ。

 あるいは、やはり妹ではなく彼女、あるいは女友達、親戚といった関係ではないか、というような考えも浮かんだ。

 先ほど湊輔と雅久が出てきた駅舎の出入り口から、ぞろぞろと人が出てきて、跨線橋を上がっていく。少し遅れてホームにアナウンスが流れる。どうやら、二人が乗る側とは逆の路線を走る電車が来る時間らしい。

 奥のベンチに座っていた泰樹たちも荷物を持って立ち上がる。

 やがて電車がホームに到着し、扉が開く。

 跨線橋を渡って来た人々が次々と乗車していく。

 泰樹たちも同じように電車に乗り込んだ。

「湊輔、行くぞッ」

 突然雅久が湊輔の腕をつかみ、電車に乗り込む。

「おい雅久、これ違うだろ?」

「いいんだよ、これで」

 雅久が隣の車両の奥に視線を向けている。その先には泰樹と少女の姿。

「まさか、追いかける気? なんで?」

「なんでも、だ。俺の直感がそうしろって言ってる」

 電車は扉を閉めて、走り出していた。

 車内は満員というほどではないにしても、座る場所がないくらいには人が乗っている。

 二人は扉の横にある窓際に並んで立つことにした。



 一つ先に進んだ駅で、泰樹と少女が降車した。

 それを見た雅久と湊輔も電車から出る。

 湊輔はふとあることに気づいたが、それはすぐさま杞憂きゆうに終わった。

「はぁ……改札が前にあって良かった」

「なんで?」

「なんでってそりゃ、後ろにあったらあの二人に見つかるかもしれなかっただろ?」

「別に大丈夫だろ。俺たちがどこの駅で降りるかなんて、いや、そもそも電車通かも知らないわけだし?」

「まぁ、それもそうか……」

 前を歩く二人の姿を見失わない程度の距離を保ちつつ、湊輔と雅久は改札を通って駅舎を抜け、外に出る。

 一つ進んだ駅で降りることができたことに、湊輔は安堵あんどした。

 帰りの分を踏まえると、もし五つも六つも進んだ先の駅で降りたのなら、高校生としては馬鹿にならない出費になるからだ。

「はぁー、俺こっち側って来たことないんだよなー」

 駅舎を出た先の風景を眺めながら、雅久が声を漏らす。

 湊輔もまた、初めて訪れた地に好奇心と不安が入り混じった複雑な思いに駆られていた。

 駅前に延びる大通りを五分ほど直進した左手に、中規模程度のスーパーが見えた。

 湊輔と雅久の前を歩く二人は歩道から外れて、そのスーパーへと向かう。

 中に入るのかと思いきや、駐車場の脇に止めてあるクレープの移動販売車へと近づいていく。

「へぇー、あれか? 話題のクレープ屋って」

「知ってんの?」

「直接聞いたわけじゃねぇんだけどよ。クレープを売って回ってる車があって、めっちゃ美味ぇって女子が話してたのを聞いたんだ」

「なるほどな。甘いの好きだもんな」

「おうよ」

 クレープの移動販売にすごく興味津々といった雅久だが、湊輔と話しながらスマホをいじるふりをしつつ、メニューの看板を眺める二人の姿を視界の端でているあたり、今回は尾行に専念しているらしい。

 どうやら欲しいものが決まったらしい。少女がメニューに書いてある商品の一つを指すと、泰樹が車内のオーナーに伝える。

 一〇分と経たないうちに出来上がり、オーナーが商品を差し出す。

 少女がそれを受け取ると、泰樹がお金を払った。

 クレープを買い終えると、今度は少女がなにかに気づいたようで、空いた手で泰樹を引っ張る。

 向かった先にあるのは、一〇台近く並んでいるガチャガチャのマシンだ。

 そのうちの一つに歩み寄ると、泰樹がしゃがみ込んで硬貨を入れてレバーを回す。

 出てきたカプセルを取ると、クレープにかじりついている少女に手渡す。

 受け取った少女の反応はどことなくイマイチな感じだ。

 再び泰樹が硬貨を入れてレバーを回して、出てきたカプセルを渡す。少女はまたもイマイチな反応を見せる。

 再び回す、渡す、イマイチ。回す、渡す、イマイチ。

「……いったい何回やってんだ、あれ」

「そろそろ一〇回目……たぶん」

 すると、「やったー!」と湊輔と雅久がいる場所まで聞こえるほど、少女が甲高い歓声を上げる。

 とても満足そうな様子ではしゃぐ少女と、やっと終わった、と安堵の一息をつく泰樹。

 二人はスーパーから離れて、再び歩道を歩き出す。

 それから一〇分ほど進んだ先で、この辺りでは一際大きい建物がある敷地に入っていく。

「へぇー、総合病院か」

 敷地の出入口付近にある石碑を見て、高くそびえる病院の建物を見上げる湊輔と雅久。

「どっちか片方が通院してて、もう片方が付き添い……みたいな?」

「んー、もしかしたら、誰かの見舞いかもな? さて、どうする?」

「どうするって言われてもな……」

 湊輔が横に移動して敷地の中を覗く。

 石畳の道が建物の入り口手前まで延びており、左右に芝生が広がってあちこちに広葉樹が植えられている。

 また、道沿いにはベンチがまばらな間隔でいくつか置かれている。

 湊輔の視線が石畳の道や周囲の芝生、それから病院の入り口へと向いたとき、泰樹と少女はまだ中に入っていなかった。

 泰樹が少女に先に行くように促しており、女子は渋々といった様子で病院の中へと入っていく。

 そして泰樹の顔がこちらに向いた瞬間、湊輔は強烈な殺気に近いものを感じ、咄嗟とっさに隠れるように脇に身を引いた。

「お、おい、どうした……?」

 湊輔の挙動を見て、雅久がいぶかしげに尋ねた。

「いや、入口にいた柴山先輩がこっちを向いた、というか目が合った、というか睨まれた、というか……」

 湊輔は下を向いて小さい声でしどろもどろに話しており、雅久にははっきりと伝わらない。

「いったいなにがあったってんだよ……」

 これでは要領を得ないと、雅久は先ほどの湊輔と同じように、敷地の出入口から覗き込むように中の様子をうかがう。

 そして「あっ……」と小さく声を漏らして、半歩後ろへ退いた。

「おい」

 すごみを感じる、低くハスキーな声。

 それを聞いて、湊輔は思わず顔を向ける。

「お前ぇら、なにしてやがる……」

 先ほどまで病院の入り口前にいた泰樹が、般若はんにゃ彷彿ほうふつとさせる形相で仁王立におうだちをし、きつく鋭い切れ長の目で突き刺すように二人をにらみつける。

「え、あ、いや? き、奇遇? 偶然? ていうんスかね? あ、あはは……」

 完全に動揺しながら弁解する雅久が、チラリと湊輔を見る。助け舟を出せ、というように。

 湊輔が切り出すのを遮るかのように、先に泰樹が口を開いた。

「お前ぇら……今日荒井あらいと一緒にいたやつらか。病院に用……ってわけじゃねぇよな。わざわざ電車に乗って追っかけて来たくらいだしな? で、俺になんか用か?」

 ――おいおい、完ッ全にバレてんじゃん。

 ガックリと肩を落としてうつむく湊輔。それから顔を上げて、話し出す。

「えっと、確かに柴山先輩の後をつけていました、すみません。本当は逆方向の電車に乗って帰るつもりだったんですけど、雅久が急に……」

「おぉい、そりゃねぇぜ、湊輔ぇ!」

「いや、事実だろ? ――でも、俺は柴山先輩に用がありました。それを知っていたから雅久が動いたんだと思います」

「へぇ、そうか。で、俺に用ってのは?」

 ほんのわずかに泰樹の目つきが緩む。

「……今日の人狼型ワーウルフで戦技《スキル》について教えてもらったり、前回の翼人型《ハーピー》で危ないところを助けてもらったり、とどめを刺させてもらったりして、そのお礼を言いたくて」

 泰樹にとってあまりに意外なことだったのか、口元を小さく開いて驚きの表情を見せた。

「はぁ……律儀なやつだな。――そこのベンチに座って待ってろ、いいな、逃げんなよ?」

 石畳の道の端に置かれているベンチを指すと、泰樹は足早に病院へと向かって歩き出す。

 その後ろ姿を見送ると、湊輔と雅久は顔を合わせる。

「お、俺たち、助かったのか……?」

 雅久が呆然ぼうぜんとした顔で尋ねる。

「んー、なんか違うけど、まぁ、助かったよ、うん」

 湊輔は雅久の左肩の後ろをポンポンとたたいて、ベンチに向かうよう促した。

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