見えない彼女

ノベルバユーザー354355

見えない彼女

人は誰しも『恋』をする。

その恋の相手は様々だ。


人、動物、アニメ、映画、食べ物。

でも、俺が恋をしたのは『透明人間』だった──。



第1章 「恋のはじまり」

高校一年生の夏、君はやってきた。

夏休みだからといって特にすることもなく、自分の部屋に引きこもって外の景色を眺めていた。
「本当にいい景色だなぁ」
そんなことを思いながらふと視線を道路の方にやると一人の女の子が歩いていた。その姿を目で追っていると、その子と目が合った。
身長や顔つきからして同い年くらいだろうか。俺は一度も恋というものをしたことがなかったが、その時ばかりは何故か君と話したいという気持ちが芽生えた。直接会ったこともないのに。

あの女の子を見かけてから丁度、一週間が経った頃。俺は公園のベンチに腰掛けていた。頭の中はまだあの女の子のことでいっぱいだった。そんな時、
「ねぇ、隣いい?」
地面にあった視線を声の聞こえる方に向けるとそこに立っていたのはあの女の子だった。
「いいよ」
とは言ったものの、特に話すことなんてなかった。しばらくの間、沈黙が続いたが最初に口を開いたのは彼女だった。
「私のことが見えるんだね」
言っている意味が全く分からなかった。
「見えるに決まってるよ」
そう言うと彼女は嬉しそうな顔をしてこう言った。
「そっか。嬉しい」
どういうことだ?嬉しい?何を言っているのか全く分からない。
「どういうこと?」
と俺が聞くと今度は悲しげな顔をして、
「私、一年前に死んだの」
だってさ。冗談かと思ったよ。でも、君の目は真剣だった。そして、続けてこう言った。
「私はあなた以外の人には見えないみたい」
何故、彼女の姿が見えるのが俺だったのかは分からない。
「それで、俺にどうしろと?」
「………」
近くでランニングをしている人たちの視線が冷たい。
「何で一人で話してるのかしら」
「気持ち悪い」
そんな声が飛び交っている。
「ごめんね。私のせいで」
また悲しげな顔をしている。
「大丈夫。あのさ、君の名前教えてもらってもいい?」
「私は佐倉飛鳥。あなたは?」
「俺は田中祐希」
「そう。じゃあお互い下の名前で呼び合おう」
「うん、分かった。で、さっきの話に戻るんだけど質問してもいい?」
「いいよ」
「飛鳥の姿が俺以外に見えないのは何で?」 
俺がそう聞くと、飛鳥は全てを話してくれた。

一年前──。
大好きな本を買いに、近くの本屋さんへ足を運んだ帰り。赤信号を無視した車に私は轢かれた。
「おい!救急車だ!!」
「大丈夫かあの子…」
「助からないかもね…」
そんな声が飛び交う中、私の意識は徐々に薄れていった。
「おい、車が逃げるぞ!!」
捕まるのが怖かったのだろう。私を轢いた車は、周りの人の目や声なんて気にせずに猛スピードで逃げていった。
「警察も呼ぼう」
「でも、逃げられたんじゃおしまいだ」
「あ、俺が犯人のナンバープレートの写真撮っておきました」
「よし、警察に出そう」
そんな会話がうっすらと聞こえる中、私の目の前は遂に真っ暗になった。次に目を開けた時には道路ではなかった。
「目を覚ましたか」
後ろを振り返ると、そこに立っていたのは一人の男の人。男の人といっても髪も髭も白くてかなり歳をとっているようだ。
「あなたは?」
「名前なんて忘れたさ。それより君、まだ若いのう。可哀想な子じゃ」
「私は…」
「死んださ。ただ、まだやり残したことがあるだろうから’’一年’’だけ時間をやろう」
「本当ですか!?」
「ただし、今まで通りの生活はできない」
「え?」
「運命の相手にしか君の姿は見えない」
「どういうことですか?」
「君の恋の相手にしか君の姿は見えないということだよ。だから家族にも友達にも姿は見えない」
「そんな…。でも、私の運命の相手って一体…?」
「見つけるんじゃよ。お主の力で」
「…分かりました。」
「ただし、一年経ったら君は消えてまたここに戻ってくることになる」
「…はい」
「だから、あまり恋をしすぎないようにするんじゃよ。恋人との別れほど辛いものはないさ」
「分かりました」
こうして私は運命の相手を探すために、毎日歩き続けた──。

話し終わった飛鳥の頬には一滴の涙が伝っていた。俺はその涙は拭わずに、
「つまり、俺が運命の相手…ってこと?」
そう聞いた。すると、飛鳥はコクリと頷いた。あまりにも悲しく、辛そうだったから背中をさすろうとした。が──、俺の手は飛鳥の背中に触れることはなかった。
「私は死んでるから触れることはできないみたい」
「そっか。余計、辛くさせちゃったね。ごめん」
「大丈夫」
「何かしてほしいことはない?」
「私に与えられた時間はもう一年もない。だからその時間を私と一緒に過ごしてほしい」
「分かった。これからずっと一緒にいよう」
「ありがとう」
そして、俺は飛鳥を部屋に連れ込んだ。親は二人とも仕事の関係で当分は家にいないし、好都合だった。
「眠い…」
飛鳥がそう言ったから
「じゃあ、寝るか」
と言った。ふと時計に目をやるとまだ20:00だった。少し早いが歩き疲れてたみたいだし、寝ることにした。
「俺は親の部屋で寝るからここで寝ていいよ」
「私、祐希と一緒に寝たい」
「え?」
「お願い」
そう言われて断れる筈もなく、一緒に寝ることになった。 

’’ピピピピ ピピピピ ピピピピ’’
アラームの音で目を覚ました。飛鳥の方を見るとまだ寝ていたから、急いでアラームを止め、起こさないようにゆっくりと布団から出た。
「にしても、飛鳥の寝顔かわいいな…って何考えてんだ俺」
俺は台所に行き、朝食を作っていた。階段をおりる音が聞こえ、目をやると
「おはよう」
飛鳥はそういった。
「おはよう。もうすぐでご飯作り終わるから座ってて」
「私…」
「あれ?ご飯も食べられない…?」
「うーん…どうだろう。でもベッドでは寝られたし、できるかも」
「そっか。だとしたらできないのは人の体に触れること…か」
「そうだね」
そんなたわいもない話をしている間に朝食を作り終えた。
「どう?」
「平気…かも」
飛鳥の手には箸があった。
「箸は持てるのか」
「そうみたい」
「良かったな。味はどう?」
「おいしい!笑」
そう言って見せてくれた笑顔に俺は惹かれた。
「どこか行きたいところはある?」
「でも祐希が変な目で見られちゃうよ笑」
「俺は平気だよ。小声で話すから笑」
「ありがとう。…じゃあ、本屋さん」
「え?本屋…さん?」
「うむ。」
「ははは笑」
「え?何?笑」
「デートで本屋さんに行くんかい!」
「だってこの部屋、漫画しか置いてないんやもん〜」
「分かった分かった。じゃあ、行こっか笑」
出会ってから時間はそんなに経っていないのにもう打ち解けていた。
次の日、また次の日・・・と俺たちは毎日いろんなところに出掛けた。
だけどある日、俺は思ったんだ。
夏休みが終わったらどうするんだろうって。
そのことを聞いてみると
「じゃあ、学校着いていく〜」
って言うから他の人には見えないし問題ないかと思い、許可をした。
「やった〜!!ありがとう」
俺はいつしかその笑顔を見るのが大好きになっていた。でも、同時に一緒にいられる時間は僅か…そう思うようにもなってきていた。


第2章 「嫉妬」

始業式、久しぶりに幼馴染の麻衣に会った。
「ひっさしぶりぃ〜!」
笑顔で飛びついてくる。でも、俺は何も感じない。麻衣とは幼馴染であって、恋人の関係ではないから。
「麻衣、離してぇ」
途端にものすごい視線を感じ、振り返ると飛鳥が目を細め、口を尖らせ、こちらを見ていた。口パクで「ご・め・ん」って言うと飛鳥はぷいと横を向いてしまった。

そして放課後、
「祐希〜帰ろう」
と麻衣に言われたが飛鳥に全く構ってあげられていなく、ずっと俯いて後ろを着いてきていたから流石に可哀想で
「ごめん、用事ある」
そう言って断った。麻衣は
「じゃあ、またね〜」
そう言って走って帰っていった。
「飛鳥、帰ろ」 
小声でそう言うと
「もう、寂しかったんだからね」
と、頬を膨らませて言った。
「ったく、かわいいな飛鳥は笑」
「馬鹿にしないでよ〜」
「してないしてない、よし帰ろ!」
「飯だ飯だ〜帰ったら祐希のうまい飯が食えるぞー!」
「いつからそんなに言葉遣い荒くなったんだ笑」
「申し訳ございません。以後、気をつけます」
「口悪い方が好き」
「なら、いいや」
「そうだ、飛鳥って足速いの?家まで競走しようよ」
「いいよ、じゃあ賭けしようよ」
「賭け?」
「うん、私が勝ったら祐希は一日ら私の言うことを聞いてもらう。祐希が勝ったら私は一日、祐希の言うことを聞く。どう?」
「おお、いいね!俺、足には自信あるんだわ」
「よーいどんぐり!」
「えっ、ちょ、どんぐりってなんだよ!」
飛鳥は思いっきりフライングをしたが、俺はすぐに抜かして家に着いた。
「飛鳥、遅くねぇか?」
しばらくすると、走る音が聞こえた。
「ゆうきぃぃ〜つかれたぁ…」
「飛鳥の負けね〜」
「で、何をしてほしいの〜?」
「一日中、何でもお願いしていいんだよね?」
「うん、いいよ!」
「じゃあ、また今度とっておく笑」
「また今度?」
「こうして飛鳥といられるのってあと何日だろう…」
「んー、あと丁度300日」
「300日か…」
「うん、そんなこと気にせず飯だ飯!」
「あ、そうだった。すぐに作るよ笑」
こうして月日は流れ──、

飛鳥がいなくなるまで残り’’200日’’

「祐希〜今日も学校?」
「今日は休みだよ。でも宿題提出してくる!飛鳥も来るか?」
「本読んでる〜あともう少しで読み終わりそうなんだ」
「分かった〜すぐ戻ってくるからね」
「はーい」
その時、俺は飛鳥の笑顔が引きつっていることに気が付かなかった。


第3章 「恋心」

祐希が出掛けてから数時間が経った。
「すぐ戻ってくるって言ったのに遅いなぁ…にしても頭痛い…」
ソファに寝転がっていたが、体を起こそうとするとふらついた。
「あれ…おかしいな…体も熱いし」
途端に激しい頭痛に襲われ、しまいには思うようにも体が動かなくなかった。


「先生の世間話、長すぎる。3時間も経っちゃったよ…飛鳥に怒られる〜」
そんなことを思いながら走って家に帰った。

「ただいま〜」
返事がない。
「ただいまー!!」
さっきより大きな声で言ってみた。が、返事はない。
「やっぱり怒ってるか」
恐る恐る扉を開けると、ソファの方から荒い息遣いが聞こえた。
「飛鳥!?」
ソファの方に回ると、飛鳥はソファから落ちていた。
「おい、飛鳥?大丈夫か!?」
大量の汗をかき、小刻みに震えていた。
「救急車…」
咄嗟に判断したが、飛鳥は
「ゆう…き、他の人には…わたしのこ…と…見えない…よ」
小さな声でそう言った。
俺にできることは限られていた。ただ傍にいてあげることしかできなかった。10分経っても荒い息遣いのまま汗をかき、小刻みに震えていた。
「飛鳥…大丈夫か?」
「…くる…しい」
「頑張れ飛鳥」
風邪だろうか。だとしたら症状が重すぎるような気がした。
30分程経つと、飛鳥は眠り息遣いも元に戻った。

「よし、お粥作ろう」
俺が台所で調理をしていると、壁に捕まりながら飛鳥が来た。一旦、作業を辞めて飛鳥の方に行った。
「飛鳥、大丈夫?」
「…傍にいてほしい」
弱々しい声でそう言った。
「分かった」
ソファに戻り、俺は聞いた。
「どうしたんだ?飛鳥」
「実はね…私まだ生きていた頃ガンだったの」
「…ガン?」
「うん…」
「そんな…」
「でも大丈夫だよ。発作が出るだけで命に別状はないって言われてたし…」
「そっか。ごめんな。何もできなくて」
「祐希が傍にいてくれたらそれでいい」
「ずっと傍にいるよ」
「…ありがとう」

次の日
「飛鳥、具合はどう?」
「ん〜もう治った!」
「良かった〜よし!ご飯食べよ」
「飯だぁ〜」
満面の笑みを浮かべる飛鳥。
「やっぱり飛鳥は笑ってないとな」
「…/////」
「照れんなよ笑」
「ごめん」
「はははっ笑」

俺は気づいたんだ。

『飛鳥に恋をしていること』を。


第4章 「残された時間」

「飛鳥〜デート行こ」
「え?デート?」
「だって二人きりじゃん笑」
「それに伝えたいこともあるし」
「そっか!行こ!」

飛鳥がいなくなるまで残り’’143日’’

「よっしゃ!乗るぞ〜遊園地なんて久しぶりだわ」
「はしゃぎすぎだよ祐希」
「嫌か?」
「ううん。かわいいよ幼稚園児みたい」
「おい!笑」
「早速乗ろ〜う」
「飛鳥もはしゃいでんじゃん!」
「いいのいいの!」
「まず、お化け屋敷な!」
「…え?」
「何、飛鳥ちゃん怖いんですかぁ?」
「怖くないよ全然」
「じゃあ行こう」

中に入った途端、飛鳥は俺の裾を掴んだ。
「怖がりじゃん。かわいいな」
「…うるさい/////」
「手、繋ぐ?」
「…うん」

それからいろいろな乗り物に乗り、満喫した。
「飛鳥…最後に観覧車乗らない?/////」
「…うん!乗りたい」

俺はこの日に伝えると決めていた。自分の想いを。

「今日も楽しかったなぁ」
「私は出掛けなくても祐希といれるだけで幸せだよ」
「それは俺も同じ」
そしてあっという間に頂上に着いた。
「飛鳥こっち向いて」
「…?」
「伝えたいことがあるんだ」
「…うん」
「飛鳥のことが大好きです。付き合ってください」
「…私も祐希のこと大好き…だから付き合いたい」
「…ありがとう笑」
「…/////」
「俺の初恋は飛鳥だよ」
「本当?」
「ああ」
そしてその瞬間に俺は唇を重ねた。
「…祐希/////」
「恥ずかしいな笑」
「だね」
「それと、プレゼント」
「…え?いいの?」
「うん、もちろん」

「…指輪だ!かわいい〜」
「俺たちはずっと繋がってるって意味を込めて」
「…大好き」
「俺もだよ」
そしてもう一度、唇を重ねた。今度はさっきよりもずっと長く──。

飛鳥がいなくなるまで残り’’62日’’


第5章 「やり残したこと」

その日は二人でテレビを見ていた。何となくチャンネルを変えると映っていたのは新婚さん。結婚式の様子であった。

「いいなぁ…」
飛鳥がそう呟く。俺は決心した。飛鳥に残された時間は本当に僅かだ。だから飛鳥が望むことは全てやってあげる、と。


そして、その日をきっかけに飛鳥は俺に隠れてウエディングドレスの写真などを見るようになった。結婚式を挙げたい気持ちは山々だ。ただ、飛鳥は俺以外には見えない。

「二人だけの結婚式…か」


飛鳥がいなくなるまで残り’’46日’’


初めてあった時から月日は流れ、春が来た。
飛鳥は学校に毎日着いてきている。
飛鳥と話せるのは休み時間だけ。
「飛鳥、屋上行こっか」
と、小さい声で言う。
「うん。お腹空いた」

「ほれ、弁当作ってやったぞ」 
「やったー!絶対おいしいよおおお」
「ははは笑」
「笑いすぎ」
「こうやって人の目を気にせずに笑えるのは屋上だけだわ」
「屋上っていっつも人いないもんね〜」
「不思議だわ」
「よし!飯だ飯!」
死んでいるからだろうか。飛鳥はかなりの大食いだが、体はとても華奢だ。
「おい、飛鳥食べ過ぎだって笑」
「いいじゃん〜太らないしぃ」
「まぁかわいいからいいんだけどさ」
「えへへ…/////」
  

飛鳥がいなくなるまで残り’’12日’’


「また出掛けるの〜?着いていく」
「ダメだよ〜飛鳥はお留守番!」
「なんでぇぇぇ…」
少し可哀想だが着いてこられちゃ困る。なんてったって、サプライズだから。

飛鳥は自分がもうすぐいなくなると分かっていながらも、そういう話は一切しないし毎日笑顔でいてくれる。



「飛鳥やりたいことない?」
そう聞くと飛鳥は毎回
「ないよ。全部やってもらったから」
そうやって満足そうな笑みを浮かべる。
けれど、飛鳥が結婚式をやりたがっているのは知っている。無理だと分かっているから言わないのだろう。
『やり残したこと』が一つもない状態で別れをしたい。

そのためにも、飛鳥に隠れてバイトをしてお金を貯めている。結婚式場を借りる時はいろいろと問い詰められた。ご家族は呼ばないんですかとか招待状はいらないのかとか。

大変だけど飛鳥の笑顔のためなら頑張れる。


飛鳥がいなくなるまで残り’’3日’’

「飛鳥、本当にやり残したことはない?」
「…うん」
「ごめんな。守ってやれなくて」
「仕方ないよ…私はもう死んでるんだから」
「…」

「もう死んでいる」
その言葉を聞く度に胸が締め付けられた。
代わってあげれることなら代わってあげたい。今までにない感情が俺にはあった。

その日は飛鳥がいつも通り過ごしたいと言ったから家でダラダラと過ごした。


次の日。
「明日…か」
「あっという間だったね」
「うん…」
「祐希…」
「飛鳥…」
そしてその日は何度も唇を重ねた。
いつも以上に激しく。
体に触れることはできないのに、唇を重ねることはできる。何故かは俺にも飛鳥にも分からない。『愛の力』だろうか。それとも『偶然』?いや、『必然』?言葉の意味なんてそんなに分からないが、考えた。

二人でソファにもたれかかる。
「こうやって二人で何かするのも、もうすぐできなくなっちゃうんだね」
飛鳥は、初めて俺の前で『別れ』の話をした。俺よりも辛いのは飛鳥の方だ。分かっているけど、俺の胸は締め付けられるばかり。飛鳥がいなくなったらどうすればいいのだろう。飛鳥がいなくなった世界で生きる意味って何なんだろう。幼馴染の麻衣だって、もう一緒にいてくれなくなった。理由は分からない。これじゃあ本当に一人だよ。親も友達もいない。苦しいことがあったら一人で抱え込んで、嬉しいことがあっても共有する相手なんていない。俺が「飛鳥と一緒にいたいから死ぬ」なんて言ったら怒るだろうな。
飛鳥は一緒にいたいけれど、いつかはまた会えるからその時まで待とう、そう言ってくれた。自分の情けなさに腹が立った。飛鳥を少しでも楽しませてあげるのが俺の使命なのに、俺がこんなに辛くなって飛鳥に迷惑をかけてしまうのならいっそのこと別れた方が飛鳥のためなのかな、なんて馬鹿なこと考えた時もあった。そんな時に隣にいてくれたのはいつも飛鳥だった。飛鳥に出会った一年間は俺が生きてきた中で一番濃く、楽しく、苦しく、切ない時間だった。


飛鳥がいなくなるまで残り’’1日’’


「よし、飛鳥出掛けるぞ!」
「はーい」
いつものように言葉を交わした。数十分で会場に着いた。飛鳥は知っている訳もないから驚いていた。
「祐希…ここは?」
「結婚式場だよ」
「…え?」
「彼氏だぞ。彼女の考えていることくらい分かるよ」
「……」
飛鳥は目に涙を浮かべていた。
「二人だけの結婚式。始めようか」
そして、俺たちは二人だけでドレスとスーツに着替えた。お互いに確認し合い、
「似合ってる?」
「ああ、綺麗だよ。飛鳥と出会えてよかった」
「私も。祐希と出会えてよかったよ」
こうして二人だけの結婚式が始まった。牧師さんも当たり前だがいない。けれど飛鳥は満足そうだった。そして、俺たちは誓のキスをした──。

「楽しかったよ」
「そう言ってもらえて嬉しい」
「わざわざありがとう。バイトまでしてくれてたなんて…」
「飛鳥のためならなんだってするからね」
「何それ笑」
二人で笑い合いながらも、俺は時計を確認する。時刻は二十二時五十二分。残された時間をどう過ごそうか考えた。
「飛鳥、やり残したことは?」
「ないよ…結婚式までやってもらったし/////」
「そっか。飛鳥は幸せだった?」
「もちろん。幸せだったよ」
「俺も幸せだった。今まで生きてきた中で一番」
「このまま、ずっと一緒にいれたらいいのにね…」
飛鳥が涙を流す。拭いたくても俺の手は頬をすり抜ける。
俺たちは方を並べて残りの時間を過ごした。 

飛鳥がいなくなるまで残り’’1分’’

「……ぐすっ」
「………泣」
飛鳥は俺の胸の中で泣いていた。これでもかってくらい。
「飛鳥、今までありがとう」
「お礼を言わなきゃいけないのは私の方だよ…いきなり現れて困惑してた筈なのに、私のこと受け入れてくれて…嬉しかったよ、ありがとう」
「飛鳥……」
「祐希…大好きだよ」
「俺も…大好きだ」
俺はできないと分かっていながら飛鳥を抱きしめた──が、その手はすり抜けなかった。
驚いている暇なんてなかった。飛鳥を抱いて、キスをした。手から温もりが消えていく。飛鳥はもういなかった。

「…飛鳥」


この世界は平等ではない。平等である筈がない。何をするにも不平等だ。不平等だけど、俺は幸せだった。君が笑うだけで嫌なことなんて全て忘れられた。君がいなくなった世界でどうやって生きればいいのだろうか。俺はその答えを今日も探す。

また出会えた時に告げられるように──。

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