話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

やがて忘却の川岸で

作者 ピヨピヨ

僕を知っている人 1

雨の音がした。

でも、寒くない。

生暖かい湿気の満ちた路地裏で、灰色の建物の間から注がれる豪雨を浴びていた。

これは、多分夢だ。

昔の…俺の夢?

俺は両手で汚い布に包まれた”何か”を抱きしめて、路地裏で倒れていた。その布の中身は見えないけど、大事な…俺にとってとても大事な宝物が入っていることは知っていた。

血の匂いがした。

俺の腹から血が流れて、その赤を雨が洗い流してくれた。

まるで、捨て猫が力尽きて路地で死ぬみたいに…
まるで、戦争孤児が神様に見捨てられたみたいに…

不幸な、不幸な最後だった。

多分これは、俺が人間だったころの最後の記憶だ。
こんな死に方をするくらいだから、きっと、俺は酷い人間だったんじゃないかな?
だったら死んで正解、こんな可哀想な最後で大正解。
ひとりぼっちで死ぬ。
可哀想な、可哀想な人間。

それなのに、俺は幸せな気持ちでいっぱいだった。
やっと、死ぬことができる喜び?なのかな…自殺願望があったのかもね。
大事そうに”何か”を抱きしめて、眠るように命の灯火を終えようとした。

その瞬間



神様の声がした。



見上げると、目の前に誰かがいた。
誰かが、俺に手を伸ばして、頬を優しく撫でている。
俺はその手をずっと昔から知っていた気がした…たぶん、知っている、俺はこの人を。

「僕の望みはね、君とずっと一緒にいることだよ。」

そう神様は俺に”願った”。おかしい話だよね、神様なのに、なんでもできる神様が、死にかけの人間に願うなんて…

「ずっとそばにいて。」

月色の瞳、白雪姫のような肌、灰色の銀髪に俺は目を奪われる。
素敵な声だった、その声がひどく嬉しそうで、なんだか俺も嬉しくなった。

やっと俺はこの人を”救って”あげられる。
その喜びに、俺は笑って頷いたんだ。




夢はそこで醒めた、短い夢だった。
身を起こせば、誰もいない暗い闇の川で一人ゴンドラが揺れた。
ルーアはいない、誰もいない。
ずーっと続く闇と無音の世界。
多分、それが俺の罪の証だった。
それだけのことを、俺はしたのだろう。

だから、いいんだ。

でも、少し寂しくて、俺は立てた膝に顔を埋める。すると白い蛇ちゃんが現れて、慰めるように俺の腕に絡んだ。

「可愛いなぁ……お前。」

そう言うと蛇は嬉しそうに舌を出して、そして口をかぱっと開けて、オギャア…と泣いた。

まるで赤子の鳴き声みたいな変な声だった。





弔い人、カロンがいると言われる森は、あの魔女のいた森とは違い、雪はなく比較的暖かい森だった。
しかしながら、昔は人が使っていたであろう道は荒れ果て、代わりに獣が作った乱雑な獣道と、木々が生い茂り、容易に人を立ち入らせないような、異様な空気を感じた。

「離れないようにね…」

手を繋いだままのセシリアと言うと、セシリアは緊張した面持ちのまま頷いた。
とはいえ…どこから入るべきか…

迷っていたら、頭上でコロコロッと何か楽器のような音がした。

「…ムゥ…?カロン?」

見上げると可愛らしいどんぐり帽を被った小さな木霊がこちらを見ている。
丸い白い穴のような目と目が合うと木霊は首を傾げた。

「アレ…?チガウ…違うナ?ダレ?ダレダ?」
「…僕らは森に入りたい…手を貸して欲しいんだけど…」
「ん〜?コノコエ…このコエは…う〜ん??」

木霊は何かを思い出そうとするみたいに何度も何度も首をコテコテ傾げ、やがてあっと声をあげて僕を指差した。

「ルーア!!ルーアだ!!」
「……僕は…君に会ったことあるっけ?」
「オカエリ!おかえり!ハイッていいヨ!コダマ、アンナイする!」
「………?…ありがとう…」

おかえり?
一体なんのことだろう…僕は初めてここに来たのに、変な感じだ。
木霊は僕の肩に飛び乗り「あっち!」と元気よく向こうを指差す。するとその場所にあったはずの木々がわさわさと裂けて、道を作った。
これにはセシリアも僕も驚く。この木霊…見た目によらずかなりの魔力を持っているようだ。

「ルーアは…どこいくノ?かろん?カロンのイエ?」
「うん…まぁ…」
「ソノ子はダレ?オンナノコ?食べてイイ?」
「ダメだよ…食べては。」
「エェ〜〜〜…」

なんだか妙に馴れ馴れしい木霊を肩に、僕らは鬱蒼とした森の中に入っていった。

この先に、弔い人、カロンがいる。
セシリアを殺して、エリーサを唯一殺せる存在。
苦しむ魔物を救う唯一の救世主…

本当に会えるのか?

いや、それよりも僕は確かに違和感を感じていた。

この道…この空気、この肩の重さに。

身覚えがあるのだ。

「……大丈夫…」

口に出して平常を保とうとすると、ぎゅっとセシリアの小さな手が震えた。
セシリアはさっきから緊張している…当たり前だ、これから殺されるのだから。
僕はその手を握り直した。

「大丈夫……だよ。」

ただそれだけを彼女に送った。


そうして、しばらく歩き森の深くまで入ると、ついにその時が来た。
開けた場所に、小さな民家が建っている。
日差しが入る暖かな場所、外に水場、白いシーツが干された物干し…

そこで男が斧を持って薪を割っていた、見た目からしてまだ20代ほどに見える。

体型は僕より細いが筋肉質で、肩まで伸びた黒髪を後ろで無動作に結わえている。

ーーガコッ

薪が斧を咥え込んでいたのを足で取り、また薪を並べる…どうやらこちらに気づいていないようだが…まさかあの人が?
普通の人間にしか見えない。

「カロン!カーローン!!カァーーローーンゥーー!!」
「うるさいぞ、木霊…聞こえてる。」
「オキャクサン!」
「分かってる、今行く…」

ぶっきらぼうに答えた男…カロンが振り返り、僕を目に入れた瞬間、カロンは目を丸くした。
瞳の色は…かなり珍しい紫色の虹彩だった。
綺麗だ。

「お前は……久しぶりだな。」

あぁ、まただ。僕はこの人を知らない、知らないはずなのに、この人はまるで僕を知っているかのように話しかけてくる。
一体なんなんだ…?
誰かと、間違えているのだろうか…

「まぁ、中に入れ…その獣人も一緒にな。」

カロンはそう言って、立てた薪に斧を振り下ろす。
薪は軽い音を立てて、真っ二つに割れた。

「やがて忘却の川岸で」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く