やがて忘却の川岸で
わがままな女の子の話 1
最近、ルーアから鏡をもらった。
掌サイズの化粧用の蓋つきのやつ。
結構小さいやつだけど、初めて見る物に興奮しながら、俺は蓋を開けてそれを覗き込むと、中には見知らぬ男が驚いたような顔で俺のことを見ていた。
驚いていると、ルーアが教えてくれた。
鏡は鏡が見ているものを反射して、人にそれ見せてくれるための物なんだって。
なるほどねぇ〜、やっぱり外の世界は広いなぁ…
そう思いながら、再び鏡の中の自分を見る。
歳は(人間に置き換えると)大体20代くらいに見える。
顔は割と整ってる方かもしれない、でもまつげの長い目付きとか、キリッとした輪郭…おまけに三つ編みの長い髪で女の人にも見える気がする。
意外にも中性的な見た目で驚いたけど、さらに目を引いたのは、その髪色と瞳の色だ。
両方とも、血のように真っ赤な赤色だった。
血の色なら昔から見慣れてた。
昔、僕が医者をしていた頃たくさん見たからだ。
とは言え、まさかこんな場面に出会すとは珍しい。
暗い森の中、ランタンの光で辺りを照らしながら、僕は目の前に横たわる女の遺体に視線を注いでいた。
その遺体の周りは赤いペンキをその場で、でたらめに撒き散らしたような血溜まりがあちらこちらに散乱している。
して、女の遺体の方はというと、これまた酷いもので、首がポッキリ折れてしまっている。血は女の割かれた腹から今もドロドロと溢れている。
誰がどう見ても(医者だった僕が見ても)明らかに死んでいた。
「……これは…ひどい。」
さて、どうしようか…?
せっかく久々の仕事で迎えに来たが、まさかこんなに事件性があるものとは思わなかった。これはどう見ても故意に殺されてる。
それに迎えに来た死者がどこにも見当たらない、まぁ、珍しくもないけど…
色々、面倒なんだよね…
「仕方ない、久々に使うか……」
そう言って、僕はランタンにしまっていた蝶々を取り出す。
これは僕の魔力からできている、つまり死神の力になる使い魔みたいなものだ。よく死者が迷子になった時に見つけ出してくれる。
意思はあるかどうかわからない。
別にあってもなくても、どっちでもいいけど…
蝶は手に止まったまま、しばらく何回か羽を動かしたあと、ひらっと薄い紙みたいに風に乗って飛び始めた。
蝶は体の一部だ、樹々に隠れてしまっても本能的にどこに行ったのか分かる、まるで自分の魂を感じ取った肉体みたいに。
死者は遺体から少し離れたところにいた。
金髪の長い髪が印象的で、細い体をかがめて何かをずっと探しているように、一生懸命に草むらをかき分けていた。
「ここにもない…どうしよう…困ったわ。」
「…何を探してるの?」
「つけてたペンダントを落としてしまったのよ、とても大事なものなの。」
というか貴方は誰?と彼女はきっと僕を睨みつける。
若葉色の瞳の切れ長な目だった。
「僕は君を迎えにきた死神だよ…君がいつまで経ってもこちらに来ないから…」
「当たり前じゃない、大事なものをなくしてしまったんだから。それとも何?探してたら何か悪いの?」
「悪くはないと、思うけど……あまり長くここに留まると魂が消滅するから、良くもない。早く僕と一緒においで…」
魂の消滅と聞いて彼女はぎょっとしたように目を丸くしたが、僕が差し出した手を振り払って強気に言い返した。
「アレがなきゃそっちに行く気はないわ!大事なものなの、とっても高いのよ!?ダイヤもサファイアもついてる高価なものなんだから!私の宝物なの!!」
「……。」
「なによ、その目は。魂の消滅?そんなのこの私に関係ないわ、豚の餌にでもしてしまいなさいな。」
上品な仕草で彼女は立ち上がり、服の裾を手で払う。
あぁ、なるほど、お嬢様なのか。
「でも君は死んでる…。」
「そうよ、私は死んだわ。だから何?」
「死んでもそのペンダントが欲しいの?」
「当たり前よ、何度も言わせないで頂戴。」
彼女は頑と譲らない姿勢で、僕より低い位置から僕を見下す(本当は位置的に見下されてないけど、何故かそんな気がした)中々に手強い相手な気がしてきた。
仕方ない、これも仕事。
僕にも大切なものぐらいある。高価なものではないけど、手放せない大事なモノ。
探すくらい手を貸していいだろう。
「…じゃあ…僕も探すよ。」
「ふん!…初めからそう言いなさいよ、大体、レディに物探しなんてあり得ないのよ、全く。」
ぷいっと彼女はそっぽを向く、でも明らかに険しかった顔が緩んで、緊張がほぐれたような安心感が伝わってきた。
あぁ、そう、本当は手伝ってもらいたかったんだ。
「僕の名前はルーア…君の名前は?」
「…エミリアよ、以後お見知り置きを、死神さん。」
エミリアは白いドレスの端を持って華麗にお辞儀をする。結構様になっている…ドレスが血だらけになってなかったらの話だけど。
珍しい死者もいたものだと思う…あんなに無残に殺されていながら、こんなにハツラツとしているのは。
死体を見ていないわけでもないだろうに…
「何じろじろと憐み深い目で見てくるのよ?失礼だわ。」
「…あぁ…ごめん。」
「まぁいいわ、謝ってくれたから許してあげる。」
「それで…僕はどの辺を探せばいい?」
「森の中に決まってるじゃない。」
「……どの辺…」
「森の中に入って失くしたのよ?森の中にあるはずなの。いちいち落とした場所なんて覚えてないわ。」
……それは随分と…広い。
少なくとも1ヶ月以上はかかるような気がする。
「…そう。」
仕事だから仕方ないとは言いつつ、流石にこれは効率が悪い。こちらにも川岸で待つ友を飢え死にさせるわけにはいかない。
「君を殺した犯人は誰だっけ…」
「…狼よ、とても大きな狼。人狼だと思うわ。」
「人狼…。」
なるほど、あの遺体のえぐったような傷口は獣物によるものか…
「そういえば……君の遺体は、首元に噛み跡があった……この辺りを探してないのなら…その狼が持っていったんじゃないかな…?」
「…!…確かにそうかも…!」
「…なら、そっちを見つけよう……はぁ…」
思わずため息が出てしまった。
でも気にする様子もなく、彼女は僕を期待の眼差しで見上げる。
それもじろじろと…さっき人をじろじろ見るのは失礼って言ってたのに…
「貴方って頭がいいのね…!感謝してあげる!」
「あげる………ね…」
「こうしてみると貴方って結構整っているわね、イケメンって言うのかしら?良かったわ、これで私も一人前ね。」
「……うん。」
何故か自信満々になった彼女は、胸を張って威張り散らした。
掌サイズの化粧用の蓋つきのやつ。
結構小さいやつだけど、初めて見る物に興奮しながら、俺は蓋を開けてそれを覗き込むと、中には見知らぬ男が驚いたような顔で俺のことを見ていた。
驚いていると、ルーアが教えてくれた。
鏡は鏡が見ているものを反射して、人にそれ見せてくれるための物なんだって。
なるほどねぇ〜、やっぱり外の世界は広いなぁ…
そう思いながら、再び鏡の中の自分を見る。
歳は(人間に置き換えると)大体20代くらいに見える。
顔は割と整ってる方かもしれない、でもまつげの長い目付きとか、キリッとした輪郭…おまけに三つ編みの長い髪で女の人にも見える気がする。
意外にも中性的な見た目で驚いたけど、さらに目を引いたのは、その髪色と瞳の色だ。
両方とも、血のように真っ赤な赤色だった。
血の色なら昔から見慣れてた。
昔、僕が医者をしていた頃たくさん見たからだ。
とは言え、まさかこんな場面に出会すとは珍しい。
暗い森の中、ランタンの光で辺りを照らしながら、僕は目の前に横たわる女の遺体に視線を注いでいた。
その遺体の周りは赤いペンキをその場で、でたらめに撒き散らしたような血溜まりがあちらこちらに散乱している。
して、女の遺体の方はというと、これまた酷いもので、首がポッキリ折れてしまっている。血は女の割かれた腹から今もドロドロと溢れている。
誰がどう見ても(医者だった僕が見ても)明らかに死んでいた。
「……これは…ひどい。」
さて、どうしようか…?
せっかく久々の仕事で迎えに来たが、まさかこんなに事件性があるものとは思わなかった。これはどう見ても故意に殺されてる。
それに迎えに来た死者がどこにも見当たらない、まぁ、珍しくもないけど…
色々、面倒なんだよね…
「仕方ない、久々に使うか……」
そう言って、僕はランタンにしまっていた蝶々を取り出す。
これは僕の魔力からできている、つまり死神の力になる使い魔みたいなものだ。よく死者が迷子になった時に見つけ出してくれる。
意思はあるかどうかわからない。
別にあってもなくても、どっちでもいいけど…
蝶は手に止まったまま、しばらく何回か羽を動かしたあと、ひらっと薄い紙みたいに風に乗って飛び始めた。
蝶は体の一部だ、樹々に隠れてしまっても本能的にどこに行ったのか分かる、まるで自分の魂を感じ取った肉体みたいに。
死者は遺体から少し離れたところにいた。
金髪の長い髪が印象的で、細い体をかがめて何かをずっと探しているように、一生懸命に草むらをかき分けていた。
「ここにもない…どうしよう…困ったわ。」
「…何を探してるの?」
「つけてたペンダントを落としてしまったのよ、とても大事なものなの。」
というか貴方は誰?と彼女はきっと僕を睨みつける。
若葉色の瞳の切れ長な目だった。
「僕は君を迎えにきた死神だよ…君がいつまで経ってもこちらに来ないから…」
「当たり前じゃない、大事なものをなくしてしまったんだから。それとも何?探してたら何か悪いの?」
「悪くはないと、思うけど……あまり長くここに留まると魂が消滅するから、良くもない。早く僕と一緒においで…」
魂の消滅と聞いて彼女はぎょっとしたように目を丸くしたが、僕が差し出した手を振り払って強気に言い返した。
「アレがなきゃそっちに行く気はないわ!大事なものなの、とっても高いのよ!?ダイヤもサファイアもついてる高価なものなんだから!私の宝物なの!!」
「……。」
「なによ、その目は。魂の消滅?そんなのこの私に関係ないわ、豚の餌にでもしてしまいなさいな。」
上品な仕草で彼女は立ち上がり、服の裾を手で払う。
あぁ、なるほど、お嬢様なのか。
「でも君は死んでる…。」
「そうよ、私は死んだわ。だから何?」
「死んでもそのペンダントが欲しいの?」
「当たり前よ、何度も言わせないで頂戴。」
彼女は頑と譲らない姿勢で、僕より低い位置から僕を見下す(本当は位置的に見下されてないけど、何故かそんな気がした)中々に手強い相手な気がしてきた。
仕方ない、これも仕事。
僕にも大切なものぐらいある。高価なものではないけど、手放せない大事なモノ。
探すくらい手を貸していいだろう。
「…じゃあ…僕も探すよ。」
「ふん!…初めからそう言いなさいよ、大体、レディに物探しなんてあり得ないのよ、全く。」
ぷいっと彼女はそっぽを向く、でも明らかに険しかった顔が緩んで、緊張がほぐれたような安心感が伝わってきた。
あぁ、そう、本当は手伝ってもらいたかったんだ。
「僕の名前はルーア…君の名前は?」
「…エミリアよ、以後お見知り置きを、死神さん。」
エミリアは白いドレスの端を持って華麗にお辞儀をする。結構様になっている…ドレスが血だらけになってなかったらの話だけど。
珍しい死者もいたものだと思う…あんなに無残に殺されていながら、こんなにハツラツとしているのは。
死体を見ていないわけでもないだろうに…
「何じろじろと憐み深い目で見てくるのよ?失礼だわ。」
「…あぁ…ごめん。」
「まぁいいわ、謝ってくれたから許してあげる。」
「それで…僕はどの辺を探せばいい?」
「森の中に決まってるじゃない。」
「……どの辺…」
「森の中に入って失くしたのよ?森の中にあるはずなの。いちいち落とした場所なんて覚えてないわ。」
……それは随分と…広い。
少なくとも1ヶ月以上はかかるような気がする。
「…そう。」
仕事だから仕方ないとは言いつつ、流石にこれは効率が悪い。こちらにも川岸で待つ友を飢え死にさせるわけにはいかない。
「君を殺した犯人は誰だっけ…」
「…狼よ、とても大きな狼。人狼だと思うわ。」
「人狼…。」
なるほど、あの遺体のえぐったような傷口は獣物によるものか…
「そういえば……君の遺体は、首元に噛み跡があった……この辺りを探してないのなら…その狼が持っていったんじゃないかな…?」
「…!…確かにそうかも…!」
「…なら、そっちを見つけよう……はぁ…」
思わずため息が出てしまった。
でも気にする様子もなく、彼女は僕を期待の眼差しで見上げる。
それもじろじろと…さっき人をじろじろ見るのは失礼って言ってたのに…
「貴方って頭がいいのね…!感謝してあげる!」
「あげる………ね…」
「こうしてみると貴方って結構整っているわね、イケメンって言うのかしら?良かったわ、これで私も一人前ね。」
「……うん。」
何故か自信満々になった彼女は、胸を張って威張り散らした。
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