やがて忘却の川岸で
わがままな女の子の話 3
彼女と歩きながら、僕はエリーサのことを思い出していた。
彼は今頃何をしているのだろう?
本でも読んでいるかもしれないし、あげた手鏡で遊んでいるかもしれない。
最近はあまり構ってあげられなかったから、帰ったらしばらくはお喋りに付き合ってあげてもいい。
何よりあそこはとても心地よい場所だ。
ここは暗すぎる。
「ここは教会?初めてくる場所だわ。」
僕がそんなことを考えている間に、森の開けた場所に着いた。
そして目の前には朽ちかけた教会が影た立ち振る舞いでそこに佇んでいた。
酷すぎる有様だ、窓は割れ、壁は崩れかけ、柱が割れて骨組みが丸見え、挙句に全体的にかなり傾いている。
屋根先にある十字架のおかげで、かろうじて教会だと分かったが、無かったら僕らはそれが何かわからなかっただろう。
「でも一応、教会としては機能してるのか…」
「何か言った…?」
「いや……何も…。」
彼女の問いに嘘で返しながら、僕は森から教会の扉に続く引きずったような血の跡を目にする。
そして僕は扉に手をかけ、その血のありかを知ろうとした。
が、僕は扉に触れることができなかった。
ーーーーバチッ………!!!!!!
ドアノブに触れた瞬間、強い光が閃光のように走り、僕の手を強く弾いた。
触れた箇所である手の先には軽い火傷ができていた。(痛みは感じないが…)
教会には特殊な魔法がかけられている。
昔、人間が魔物から逃げる為に作ったからだ。並大抵の魔物では中に入ることは困難を極める。
「あなた、大丈夫なの?凄い音がしたけど…」
「ちょっとだけ、火傷した。」
「やっぱり…?変なものがついてる気がしたのよね、触らなくて良かった。」
「……君はすごいね…」
「え?……何が?」
僕は黙ったまま、教会の裏手に回る。
彼女はそんな僕に苛立ったのか、どこか不満そうについてくる。
あたりをぐるっと一周してみると、窓も扉も閉まっていた、しかし中から微かに鉄錆のような匂いがする。
きっと中にいるんだろう。
「どうやって中に入るの?閉まっててどこも空いてないわ。」
例え窓が割れていても、教会が閉まっている状態なら入れることはない。そう、並大抵の魔物は入ることはできない。
僕は再び教会の扉に手をかける、後ろで静止する声を無視して、扉に触れた。
バチッバチッバチッーーーー!!!!
花火のような閃光と強く弾くソレを無理やり押さえつけ、奥に力強く扉を押した。
まるで薄くて硬い膜を破ったような感触の後、扉はあっけない程安く開いた。
「え?……ええ!?!?」
「……うるさいな…」
「え、だって…なんで開いたの?なんで?」
「…さぁ、なんでだろう…」
もちろん教会の魔法は完璧だった、並大抵の魔物は入れないようにできてる。
単純な話、僕は並大抵の魔物ではないからだ。さっきは火傷はしたくないからあたりで入れるところを探したけど、なかったから仕方がなかった。
手が爛れるから嫌なんだよね。
「なんでだろう…じゃないわよ!!誤魔化さないでよ!!馬鹿にしてるの?!」
はいはいと答えながら僕は教会に入る、血生臭い、変な匂いが鼻についた。
やっぱりここにいるんだろう。
その時僕の横からスルッと蝶が飛び出す。
それはひらひらと花びらのように教会の奥に入っていくと、教会の十字架の下、怯えたように座り込む一つの影にひたり…と止まった。
蝶の青い光に照らされた、その子の髪は金色に見えた。
「さぁ、狼を退治しなきゃ…いきましょう?死神さ」
「…君さ…本当は死んでないよね?」
僕の一言に後ろの気配がピタッと止まる。
「何を言ってるの?私は死んでるわ。」
「いや、死んでるはずない……
だって霊体は実態を持たないただの精神だ…ものに触れられないただの意思、ただの空気。でも君は僕に触れられたし、手も繋げている…」
「…何が言いたいのよ…」
「ここにある血糊は引きずられたような跡がある…でも遺体は向こうにあった。狼がここに運んできたなら、この跡は不自然じゃない…でも向こうにあるなら、これは不自然なんだ。でも初めからここに死体があって、人狼があそこまで運んでいったなら話は別…なぜそうしたかはわからないけど…」
「何も言ってるかわからないわ。」
僕は淡々と続ける。
「つまり死体は初めからここにあった、なんであそこまで運んだかはわからない。
けど、多分それが正しいよね………
エミリア。」
暗闇の影がその名前にピクッと反応したのを確認した後、僕は振り返って後ろの彼女を突き飛ばした。
かなりの速さでの動きだったからか、拍子抜けたような顔のまま、彼女は教会の外に追い出される。
間髪入れずに僕は扉を閉じて、中から施錠する。
これで締め出すことができた。
外から何やら怒鳴るような声が聞こえてくるが、もう人語のようには聞こえない。
まるで猛獣のようなけたたましい唸り声に近かった。
「……これでもう大丈夫…出てきていいよ。」
奥の影にそう言うと、影は怯えながら月明かりの下に出てきた。
金髪の長い髪、新緑色の瞳を持った色の薄い少女だった。
さっきの死体と、わがままな少女にそっくりな容姿だ。
「あ、あの……姉は…セシリアは…」
「大丈夫、後でなんとかするから…それより君は大丈夫かい?ずっとここにいたんだろ?」
「私は大丈夫です…それより、姉は?姉は一体どうしたんでしょう?いきなり襲いかかってきて…私…ほんとによく分からなくて…」
「彼女は君の本当の姉妹…?人狼だったけど…」
「私もわからないんです、セシリアが人狼だったことも、なんで襲われたかも…」
彼女から話を聞くと、彼女は一ヶ月前にセシリアに呼ばれてここまでやってきたらしい。
しかし辿り着いた教会で、彼女はセシリアに襲われてしまい絶命。
その後、魂まで喰らおうとしたセシリアから逃れるべく、何度か教会から追い出したらしい。
「その時、セシリアが死体を咥えて出て行ったので…死体はそのせいで向こうに。」
「なるほどね……彼女はペンダント欲しがっていたけど…」
「ペンダント…?」
これのこと?と言いながらエミリアはペンダントを取り出す。
サファイアもルビーも付いていないただのペンダントだ。
「これしかなかったの?」
「え、ええ…セシリアが落としたんです。」
「それ、僕にくれるかい?」
「はい…私には入りませんから……」
エミリアから受け取ったペンダントをポケットにしまう。見たところ普通のペンダントだ。
魔力もない。
何故セシリアはこんなものに執着しているんだろうか。
「……とにかく、君は早くここから出るべきだ…僕があの子を引きつける、その隙に裏手に逃げると良い。」
「………それって…あなたは?」
「僕は大丈夫……死なないから、いざって時にはちゃんと反撃する。」
「…殺すんですか?」
エミリアは胸にあった手を握りしめる。
「場合によっては……」
「それはやめてほしいです…姉を殺さないでください。」
「なんでだい?君はあの子に殺されたんだろ……?庇う必要ないじゃないか。」
大体の死者は自分を殺した犯人を責める。
中には僕に報復してほしいと頼んでくる奴らもいるくらいだ。
そういう時は大抵無視して無理やり連れてくけど…
「だって遅かれ早かれ私は死ぬ人間だったんです…だから殺されようが喰われようが変わりはありません。」
「………。」
「それに私の姉のことです、わがままなんですよ、だからいいんです……だって病気で死ぬほうがきっと苦しかったから。」
この子は違うみたいだった。
なるほど…なら、出来るだけこの子の要望には答えよう。
きっとそのほうがいい。
「…………お願いします。」
「…分かった、なんとか撒いてみるよ。」
「ありがとうございます。」
エミリアは慈悲深いお辞儀をした。
綺麗な形のお辞儀だった、セシリアと同じくらい上品で。
これで死んでなかったら、良かったんだけどな…
彼は今頃何をしているのだろう?
本でも読んでいるかもしれないし、あげた手鏡で遊んでいるかもしれない。
最近はあまり構ってあげられなかったから、帰ったらしばらくはお喋りに付き合ってあげてもいい。
何よりあそこはとても心地よい場所だ。
ここは暗すぎる。
「ここは教会?初めてくる場所だわ。」
僕がそんなことを考えている間に、森の開けた場所に着いた。
そして目の前には朽ちかけた教会が影た立ち振る舞いでそこに佇んでいた。
酷すぎる有様だ、窓は割れ、壁は崩れかけ、柱が割れて骨組みが丸見え、挙句に全体的にかなり傾いている。
屋根先にある十字架のおかげで、かろうじて教会だと分かったが、無かったら僕らはそれが何かわからなかっただろう。
「でも一応、教会としては機能してるのか…」
「何か言った…?」
「いや……何も…。」
彼女の問いに嘘で返しながら、僕は森から教会の扉に続く引きずったような血の跡を目にする。
そして僕は扉に手をかけ、その血のありかを知ろうとした。
が、僕は扉に触れることができなかった。
ーーーーバチッ………!!!!!!
ドアノブに触れた瞬間、強い光が閃光のように走り、僕の手を強く弾いた。
触れた箇所である手の先には軽い火傷ができていた。(痛みは感じないが…)
教会には特殊な魔法がかけられている。
昔、人間が魔物から逃げる為に作ったからだ。並大抵の魔物では中に入ることは困難を極める。
「あなた、大丈夫なの?凄い音がしたけど…」
「ちょっとだけ、火傷した。」
「やっぱり…?変なものがついてる気がしたのよね、触らなくて良かった。」
「……君はすごいね…」
「え?……何が?」
僕は黙ったまま、教会の裏手に回る。
彼女はそんな僕に苛立ったのか、どこか不満そうについてくる。
あたりをぐるっと一周してみると、窓も扉も閉まっていた、しかし中から微かに鉄錆のような匂いがする。
きっと中にいるんだろう。
「どうやって中に入るの?閉まっててどこも空いてないわ。」
例え窓が割れていても、教会が閉まっている状態なら入れることはない。そう、並大抵の魔物は入ることはできない。
僕は再び教会の扉に手をかける、後ろで静止する声を無視して、扉に触れた。
バチッバチッバチッーーーー!!!!
花火のような閃光と強く弾くソレを無理やり押さえつけ、奥に力強く扉を押した。
まるで薄くて硬い膜を破ったような感触の後、扉はあっけない程安く開いた。
「え?……ええ!?!?」
「……うるさいな…」
「え、だって…なんで開いたの?なんで?」
「…さぁ、なんでだろう…」
もちろん教会の魔法は完璧だった、並大抵の魔物は入れないようにできてる。
単純な話、僕は並大抵の魔物ではないからだ。さっきは火傷はしたくないからあたりで入れるところを探したけど、なかったから仕方がなかった。
手が爛れるから嫌なんだよね。
「なんでだろう…じゃないわよ!!誤魔化さないでよ!!馬鹿にしてるの?!」
はいはいと答えながら僕は教会に入る、血生臭い、変な匂いが鼻についた。
やっぱりここにいるんだろう。
その時僕の横からスルッと蝶が飛び出す。
それはひらひらと花びらのように教会の奥に入っていくと、教会の十字架の下、怯えたように座り込む一つの影にひたり…と止まった。
蝶の青い光に照らされた、その子の髪は金色に見えた。
「さぁ、狼を退治しなきゃ…いきましょう?死神さ」
「…君さ…本当は死んでないよね?」
僕の一言に後ろの気配がピタッと止まる。
「何を言ってるの?私は死んでるわ。」
「いや、死んでるはずない……
だって霊体は実態を持たないただの精神だ…ものに触れられないただの意思、ただの空気。でも君は僕に触れられたし、手も繋げている…」
「…何が言いたいのよ…」
「ここにある血糊は引きずられたような跡がある…でも遺体は向こうにあった。狼がここに運んできたなら、この跡は不自然じゃない…でも向こうにあるなら、これは不自然なんだ。でも初めからここに死体があって、人狼があそこまで運んでいったなら話は別…なぜそうしたかはわからないけど…」
「何も言ってるかわからないわ。」
僕は淡々と続ける。
「つまり死体は初めからここにあった、なんであそこまで運んだかはわからない。
けど、多分それが正しいよね………
エミリア。」
暗闇の影がその名前にピクッと反応したのを確認した後、僕は振り返って後ろの彼女を突き飛ばした。
かなりの速さでの動きだったからか、拍子抜けたような顔のまま、彼女は教会の外に追い出される。
間髪入れずに僕は扉を閉じて、中から施錠する。
これで締め出すことができた。
外から何やら怒鳴るような声が聞こえてくるが、もう人語のようには聞こえない。
まるで猛獣のようなけたたましい唸り声に近かった。
「……これでもう大丈夫…出てきていいよ。」
奥の影にそう言うと、影は怯えながら月明かりの下に出てきた。
金髪の長い髪、新緑色の瞳を持った色の薄い少女だった。
さっきの死体と、わがままな少女にそっくりな容姿だ。
「あ、あの……姉は…セシリアは…」
「大丈夫、後でなんとかするから…それより君は大丈夫かい?ずっとここにいたんだろ?」
「私は大丈夫です…それより、姉は?姉は一体どうしたんでしょう?いきなり襲いかかってきて…私…ほんとによく分からなくて…」
「彼女は君の本当の姉妹…?人狼だったけど…」
「私もわからないんです、セシリアが人狼だったことも、なんで襲われたかも…」
彼女から話を聞くと、彼女は一ヶ月前にセシリアに呼ばれてここまでやってきたらしい。
しかし辿り着いた教会で、彼女はセシリアに襲われてしまい絶命。
その後、魂まで喰らおうとしたセシリアから逃れるべく、何度か教会から追い出したらしい。
「その時、セシリアが死体を咥えて出て行ったので…死体はそのせいで向こうに。」
「なるほどね……彼女はペンダント欲しがっていたけど…」
「ペンダント…?」
これのこと?と言いながらエミリアはペンダントを取り出す。
サファイアもルビーも付いていないただのペンダントだ。
「これしかなかったの?」
「え、ええ…セシリアが落としたんです。」
「それ、僕にくれるかい?」
「はい…私には入りませんから……」
エミリアから受け取ったペンダントをポケットにしまう。見たところ普通のペンダントだ。
魔力もない。
何故セシリアはこんなものに執着しているんだろうか。
「……とにかく、君は早くここから出るべきだ…僕があの子を引きつける、その隙に裏手に逃げると良い。」
「………それって…あなたは?」
「僕は大丈夫……死なないから、いざって時にはちゃんと反撃する。」
「…殺すんですか?」
エミリアは胸にあった手を握りしめる。
「場合によっては……」
「それはやめてほしいです…姉を殺さないでください。」
「なんでだい?君はあの子に殺されたんだろ……?庇う必要ないじゃないか。」
大体の死者は自分を殺した犯人を責める。
中には僕に報復してほしいと頼んでくる奴らもいるくらいだ。
そういう時は大抵無視して無理やり連れてくけど…
「だって遅かれ早かれ私は死ぬ人間だったんです…だから殺されようが喰われようが変わりはありません。」
「………。」
「それに私の姉のことです、わがままなんですよ、だからいいんです……だって病気で死ぬほうがきっと苦しかったから。」
この子は違うみたいだった。
なるほど…なら、出来るだけこの子の要望には答えよう。
きっとそのほうがいい。
「…………お願いします。」
「…分かった、なんとか撒いてみるよ。」
「ありがとうございます。」
エミリアは慈悲深いお辞儀をした。
綺麗な形のお辞儀だった、セシリアと同じくらい上品で。
これで死んでなかったら、良かったんだけどな…
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