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やがて忘却の川岸で

作者 ピヨピヨ

寒いところの話 3

死神は変なやつばかりなのかもしれない。

僕はトナカイの背を撫でながら、そんなことを考えていた。
目の前には怪物が大口を開けているような森の入り口がある、もうかれこれ3時間は経ってるかな。
あの人、本当に大丈夫かなぁ。

だってさ、いくら死神とは言えあんな薄着で雪山に登って、挙げ句の果てには体中、凍るなんてありえない。
…というかあの人には常識がないのか?
ぼーっとしてるし、割と色々大事なとこが雑すぎるし。
まぁ、死神だったらそれなりに長寿なのは間違い無いし、まさか作戦なしに行動しないだろうけど…多分。

「はぁ…なんでこんなことに。」

ため息をつきながら、トナカイを見上げると、トナカイは妙な顔をして森の奥を凝視している。
なんとなく視線を追うと、森の暗い場所に微かに気配を感じる。

なんだろう…まさかさっきの人かな。

立ち上がって、森に近づこうとしたその時。
今まで大人しかったトナカイが、怯えたような悲鳴を上げて雪原に向かって走り出した。

「え?ち、ちょ…っはぁ!?」

今まで僕が命令を出さなきゃ、ご飯も食べなかったトナカイの血相を変えた様子に驚いて、振り返る。
すでにトナカイは雪原の向こうに走り去っている。
まずい…あいつがいないと僕帰れないんだけど!?

その時、焦る僕の背中に、微かに足音が聞こえた。
思わずひっと情けない声が出る。
背中にぞわりと伝わる悪寒、全身の筋肉が固まり、心臓が凍る。
だんだんと近づく足音に加えて、なんとも言えない恐怖が襲う。

「あらやだぁ〜、思っていたよりかわいい子じゃない?それにお家から近いところにいてくれるなんて、もしかして私のこと待っててくれたの?」

場違いなほど嬉しそうな猫撫で声だ。
ぁぁぁぁぁぁぁあ!!どうしようどうしよう!?こんなことなら迎えを待つんじゃなかった!!
心中で叫ぶが、それが喉を通ることはなく。パンク寸前のタイヤみたいに胸を膨らませる。
恐る恐る振り返ると、目の前に赤い唇の美しすぎる女性の満面の笑みが目一杯に広がる。

「ヒッ…!!」
「まあ!可愛らしい声だこと。ぜひその喉を引き裂いて私の愛楽器にしてしまいましょう。ねぇ?素敵な声もっと聞かせて頂戴。」

その口がパックリと傷口みたいに開く、その口の中は人の形とはとても言えない。
黒々とした口内にはびっしりと歯が生えているのだ、まるでサメの牙のようなそれは僕を飲み込もうと眼前に広がる。

「…っッッ!!うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

足がガクブルしてたって仕方ない!僕の中の生物本能が逃げろと警告を上げた。
叫びながら森の中に逃げ込む。
少なくとも歩きにくい雪原に逃げるより全然マシだ。
でもそんな、なけなしの理性じゃ初めしかまともな行動はできない。

森の奥は真っ暗で、走っても走っても灯ひとつない。
何度も腕が木に当たって、笹くれみたいな木皮が体に刺さる。
痛くて痛くて今すぐ止まりたかったけど、背後から迫る異様な笑い声が、足を動かす原動力になった。

何なんだっ何なんだよ!これっっ!!
泣きそうになりながら、走り続ける。
すると急に開けた場所に出た。
目の前には黒々とした洋館、そして枯れた花達。

「ここに逃げ込めば……っがはッ!!!」

空いていた扉の中に入ろうとしたとき、足に鋭い痛みが走った。
その衝撃も酷く、僕はそのまま床に体を打ちつけるように倒れ込んだ。
足を見ると鋭い氷のようなナイフが深々と刺さり、血が溢れ出している。
ボコボコと溢れる血に恐怖しながら、寄ってきた魔女を絶望の眼差しを向ける。

「あ……ぁ…ぅ…。」
「逃げるなんて…当然追いかけちゃうじゃない?あぁ、その目最高。怯え切って恐怖に染まった素敵な瞳。食べちゃいたい。」

舌舐めずりする魔女の声。
サディスティックな視線に体の震えが止まらない。でも、逃げようにも足が動かない。

「それじゃあ、いただきまぁす。」

女の白い手が僕の首をキツく掴み上げる。
視界がチカチカした。
目の前で真っ黒な色をした口内が広がる。
食べられるんだ。
しかも生きたまま…頭から。
僕は怖くなって目を固く閉じた。

ゴキッーーーー

骨が鈍く折れる音があたりに静かに響き渡る。
初めは僕の首の骨が折れたかと思った。

でもすぐに違うことに気づいた。

頬に当たるこそばゆい感覚にうっすら目を開ける。
僕の頬には青く光る光の蝶がとまっていた。

「キャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァアア!!!!!!」

途端耳を突き刺すような咆哮が鼓膜を激しく揺らした。声元に視線を移すと目の前の魔女が苦渋の表情で叫びを上げている。
ぐらりと視界が揺らぎ、僕の体は床に落とされる。

軽く咳き込みながら魔女を見上げると、彼女は首元を掻きむしりながら、金切り声を上げ続けている。
そして魔女がなぜ喉を掻き毟るのか、理由がわかった。
首を締め上げる腕を必死に剥がそうとしているんだ。
しかもその腕は宙から出現し、その空中との境界に無数の青い蝶が群がっている。

そしてその蝶は渦を巻くように数を増し、やがてあの死神が姿を現した。
魔女は混乱したように、恐怖の色に染まった瞳をカクカクと震わせる。

なんで?この人がここにいるの?

その疑問にたどり着く前に、その人は冷めた表情で魔女の首を絞め続けた。

「アッ…がぁ…っ!なんでぇ?さっき、バラバラに…ッ!」
「……。」

死神は無言のまま、魔女を首を掴んで思い切り床に叩きつける。

「んがぁぁぁあッ…!!」

魔女はその手に爪を立て、深く傷を刻み込む。
やがて傷口から黒い血が溢れ、腕をつーっと重力に従い伝う。
見たことのない、色の血だ。
死神はその痛みに喘ぐようすもなく、そのまま一呼吸置いた後、魔女の体を何度も何度も床や壁に叩きつける。
その異常なほどの怪力と叩きつけられるたび飛び散る血飛沫に、僕は身を震わせる。
あんなに無機質に暴力を振るい、表情一つ変えない異常さから、本当のバケモノをみたような気分だった。

「アガッ……!!」

魔女は最後に醜い声を喉から出し、絶命した。

「………。」

そしてゆっくり立ち上がる。
まるで音もなく、床ずれの音さえしない。
あたりを数匹の蝶が舞う。
やがて、彼は金色の瞳で僕を見つめた。

そのあまりに無機質な色に、僕は恐れを抱いた。
魔物とは違う、僕らとも違う、人間とも似つかない…

もっと道理に外れた生き方をする怪物だ。

そう思ったその瞬間、僕は出血多量から意識を手放した。

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