やがて忘却の川岸で

作者 ピヨピヨ

寒いところの話 2

「ほら、ここだよ。この道をまっすぐ歩いて行けば、魔女の家だ。」

エルフの男性が指差す方向を見る。
針葉樹が雪を被り日差しを遮るせいか、その道はだいぶ暗がりになっていた。
コートの中からランタンを手取り出し、中に手から生やした蝶を入れる。
男は物珍しそうに見てきたけど、驚きはしなかった。
もう慣れたんだな…と思った。

「じゃあ行ってくる…帰って大丈夫だよ、帰りは多分なんとかなるから。」
「いや、待ってるけどさぁ…本当に行くの?帰ってこれないよ?」
「………どうせ、死ぬわけじゃないし。」

そう言って歩き出す。男は「5時間は待ってるからな。」と後ろで言っていた。

森の中はだいぶ暗く、生き物の気配はなかった。
あたりはまるで夜のようだ、しかし手持ちの懐中時計を見てもまだ昼にもなっていない。
どこか視線を感じる。
たぶん、魔女なのだろう。
警戒されてるかと思ったけど、違うようだ。どちらかというと興味ある視線みたいだ。
警戒されてないだけマシだ。
気にせず、歩を進めた。


しばらくするとすこし明るい開けた場所に来た、暖かい暖炉の灯りが見える、なんだか不思議な黒い館だ。
白い景色に黒々としている。
その庭には寒いところでは咲かない花が、色をつけたまま雪をかぶって寒がっていた。
なんだか見ていて可哀想になったけど…それが魔女の趣味なんだろう。
仕方がない。

その庭園を通って玄関前の階段を数段登る。
雪を払って、黒いドアをノックしようと手を伸ばす。
しかし、そのドアは軋んだ音を上げ、僕の手から逃げた。途端明るい光が流れてきた。

「いらっしゃい、待ってたわよ。」

声の主を見ると黒い喪服のようなドレスを着込んだ女性が、悪戯っぽく笑いながら僕を見上げている。
アイシャドーの赤い目がとても印象的だ。
たぶん、これが冬の魔女なのだろう。

「あら、あなたやっぱり良い顔してるじゃない。やっぱりイケメンは遠くより近くで見たほうがいいわねー、ふふ。」
「…こんにちは。」
「声も素敵じゃない、低くて落ち着いてる枯れ葉みたいで…ほらほら、中にいらっしゃい、外は寒かったでしょ?」

やっぱりさっきから見てたのか…と思いつつも、中に通される。玄関を入ってすぐにあちこちにバラの花や動物の頭(人間のもあった気がする)がたくさん壁に飾られてた。
こういう綺麗なものが好きなんだろう…あまり趣味は合わないかもしれない…

「私の名前はリューセン、あなたの名前は?」
「…ルーア。」
「んーっ!素敵!月ね?ルーアさんは何しに私のところに来たのかしら?もしかして退治しにきたり?」

僕は暖炉のある書斎で椅子に座って魔女と話した。
暖炉の灯りだけだから、だいぶ暗く、魔女と僕の黒い影は大きく壁に揺らめいた。

「退治じゃないよ…薬を探しにきたんだ。」
「薬?不治の病のお薬かしら?高く付くわよ?」
「……人間になれる薬を探してるんだ。」

僕の言葉に一瞬魔女は動きを止めた。

「人間?あんなのになりたいの?せっかくこんなに綺麗なのに?」
「僕じゃないよ、友達のために探してるんだ。」
「ふーん……できなくはないけど、ね。」
「できるの?」
「でも、タダじゃないわ…お代は。」

そう言って魔女はゆっくりとした仕草で立ち上がると、僕の前までまるで猫みたいに擦り寄ってきた。そのまま僕の膝の上に乗り、肩にスルッと顔を乗せる。
それはとても女性的な動きだった。
魔女は耳元で囁いた。

「あなたの体で払ってほしいわ。」

そう言われて僕はとても困った。
この女性は僕の好みではない、ましてやこの身体では性的な意味で興奮することはできないのだから、困った。
僕の前にある魔女の顔が舌舐めずりする。
その時、彼女の真っ黒の髪の毛が目に止まった。
艶々していて長い。思わず手でその髪を撫で付ける。
薔薇の香水の良い香りがした。

「綺麗な黒髪だ。」

懐かしい。

「黒髪が好きなの?。」
「…うん。」
「そう、それは良かったわね。」

魔女の指が、僕の唇を横になぞる。







その時、腹部に鋭い衝撃が走った。

まぁ、だいたい見なくても分かる。

刺されたんだろう。

「言ったでしょ?身体で払ってもらうって。」

魔女が嬉しそうに頬を赤らめた。
それはもう、濡れた熟女のように。

「あなたの体面白そうなんだもん、死神って水からできてるのよね?
だったらその血はどんな味か気になるでしょう?肉の味も骨髄の味もしっかり味わいたいの!
あはっ、きっと最高よね??最高よね!?美味しいんだわ!!でも美味しくなくても!あなた綺麗だから!!あなたの体を食べたらきっと私も綺麗になれるはず!?あははははっ!!」

魔女はクネクネと身を踊らせながら、興奮して、僕の胸や首を容赦なくナイフで刺し続ける。
なるほど、今までこうやって捕食してきたんだろう。
痛みはしない、それは僕の神経がおかしいから。
でも体の機能は正常だ、だから動かない。
僕の血が座っていた椅子とカーペットを濡らしていく。

困ったな…治るのは時間がかかるのに…。

「…僕を食べたら、薬をくれるの?」
「薬?知らないわ!知らないわ!あんな愚かなまずい人間なんかになれる薬なんて、あるわけないでしょ⁇馬鹿じゃないの?
それより、あなた痛がんないからつまらないわ!!つまらない!!もっと痛がってよ!!あははははっっ!!」

やっぱり嘘だったんだ…はぁ。
また、あてが外れたな……まぁ、だいたい分かってはいたことだけど。
というか…ちょっとこの人うるさいな…。

「痛がる様子を見てから食べると美味しいのよ??あ!!あのエルフを痛ぶってからあなたを食べればいいわよね!?そうよ、そうだわ!!きっと最高よね?最高よね?」
「そうなんだね。」
「そうなのよ!!分かってるじゃない!?」

魔女は高笑いする。
辺りは僕の血で真っ黒になっている、せっかくの高そうなカーペットが黒く、黒く、黒ずむ。

死神の血は水の匂いがするらしいけど、僕のはだいぶ黒いんだな。
黒い水の血だ。

後で掃除が大変だろうに…
やっぱり…この人は苦手だなぁ…
僕はお掃除が出来る人が好きなのに…。

そんな僕の意識もだんだんと暗がりに落ちていく。

はぁ…







こういう時に寝れたらいいのにな…

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