異世界転移に間に合わなかったので、転生して最強になろうと思う!

八百森 舞人

閑話 少女は、売られていた。

 「学園都市ヘヴァーネに行きたい。どのくらいかかる?」


 今、俺はこのギルドの責任者……ギルドマスターと向かいあって話をしている。
 話と言っても部屋に入り、少し挨拶がてら自己紹介を行った程だが。


 俺が目的地を伝えると、ギルマス……ガレッタ・オルベイは、ほぉ? と、少し不思議がっていたが、馬車で丸二ヶ月はかかると言った。こことはほぼ正反対――王都を挟んで――だそうだ。


 「馬車の手配は出来ねぇ事は無いが、流石に遠い。お前ぇさんからのボーナスも必要にはなるだろうなぁ」


 ギルマスは大きめの湯呑みを口に近づけ、ズズズズっとお茶を飲みながら宙を見る。ボーナスは必要経費という事だろう。しかし――。


 「手持ちはあるが、一ヶ月分が精々だ」


 「あー……そーか」


 「……」


 「……」


 相手が無言になると話の種を所持していない俺は合わせて無言になる。……いや、一つ有ったな。


 「それともう一つ、連れを探している」


 「ん? 捜索依頼か? それなら俺より下の受け付けに言え。おっさん一人の人脈よりもちょいと見た目は悪いがキチンと仕事はする連中の方が早い」


 「ギルドを利用するのは初めてなのだが、普通に受付で依頼を受注すればいいんだな?」


 俺がそう言うと、少し頭痛がしたかの様にこめかみを押さえ、大きく深呼吸した後、そうだと肯定する。


 「ああ、言えば手続きしてくれるさ念のため俺の名前も出しときゃすぐだ……はぁぁ。悪いな、ちょいと眠くなっちまった。もう俺に様がねぇんだったら部屋出てけ」


 「分かった」


 俺は素直に従う事にした。今のところ、ここにはもう用はない。いや、強いていうならもう少しだけ滞在していたかったという後悔はある。
 部屋を出て、左の腕の袖を捲り、そう思う。そこには『暴食の鎧』の一部――肘から手首にかけて――が顔を出している。


 「興味深かったが、流石にリスクを背負ってまで実験……検証か? する必要は無いな。敵にしなければ良いだけの事か……」


 俺は呟きながら受け付けに向かった。




































 「それらしき二人組が誘拐された目撃情報がある……か」


 俺は王宮で、ロダオール副騎士団長から譲り受けた本、[対魔法戦での戦い方と個と多の目線]……フィスプ・マルフルトという民間……更に無名の個人が発行したにも関わらず、騎士団の教科書がわりにも抜擢されている為になる本をギルド内の椅子に座り、読んでいた所、数時間もしないうちに報告書と纏められた紙束を渡され、それに目を通し一番有力であるとされている二人の行動は。……で、あった。


 「流石にここまで早いとは……」


 纏められた報告書には誘拐犯の目星からその所在まで書かれていた。


 これが事実か、いや、そうでなくてもここの職員は凄腕なのだろう。




 ――因みに、この時の俺は知り得なかった話なのだが、当時はあまり休みがなく、受付や事務員にストレスが溜まっていたそうで、そこへやって来たのはギルド長からの依頼――と、誤認したそうだが――だった。……それはもうやる気にみちあふれていたそうだ。しんどすぎて一週回った様に。ここまでギルド長の依頼でために頑張ったのだから休みをくれと、そう糾弾する為に。
 ――更に因みにだが、後日、受付にギルド長が立つという異様な光景が数日あったらしい――。


 まぁ、そんな事が裏で起こっていたとは知らず、俺は誘拐犯のアジトへと乗り込みに向かった――。










 「どこだここ?」


 残念なことに報告書には地図が載っていなかった。
 いや、正確には道案内なら載っていたのだが、右に曲がると書かれている場所で、案内上では道が一本なのに対し、二本有ったり、道を外れれば戻ることも出来ず、今に至る。この報告書は駄目だ。手抜きだ。悲しい。誰か道を……。


 そんな悲壮感を抱え、漂う様に歩き、たどり着いたのはスラムにある一角、他は埃を被ったり、崩れている建物が多いのに対し、大きな天幕に包まれた建物であった。モンゴルの住居、ゲルの巨大バージョンを思い浮かべると良い。もしくはサーカスの色とりどりの天幕を脱色し、白一面に張り替えた様、とでも言えば良いか。


 まぁとにかくそんなでっかい天幕を見ていると、中から一人の小綺麗な男が出てくる。少し太りぎみな男だが、全体を等してきっちりと清潔感があるのに対し、目だけは汚い……汚れ、こびりついたようなギラついた目をしていた。
 その男が俺の腕を掴み、中へと引きずり込む。


 入ってすぐ中は小さな小部屋だった。奥へ続く扉があることや左右に着席する警備員の様な男たちを見ても、ボディーチェックを受ける為の部屋だと予想する。


 「だめですよお客さん。店の前で立ち止まられちゃ、ささ、もうショーは始まってますよ。げひひ」


 「いや、俺は――」


 俺の言い分は聞き入れず、半ば強引に奥の扉の中へ入る。そこは……。


 「奴隷の……オークション……」


 ほぼ暗闇と言って良いほどの会場にある一つだけの照明、それが照らすのは段々下へと下がっていく観客席の一番下。ステージである。


 そこにいるのは首を鎖で繋がれ、項垂れ、絶望した様子の人……否、『奴隷』であった。








 『そぉぉれではぁぁ!! 次に紹介するのはこの


 そこらじゅうに魔法で拡声するスピーカーが置かれているのだろう、反響して耳が痛い。


 ――まずは見えない所から。始めに自分の命を。


 コツコツコツ……騒音の中で俺にも聞こえない足音がなる。


 『この屈強な体、身体中を覆う汚らわしい体毛、凶暴な目付き……そう、獣人でぇぇすっっ!』


 ――次に手と足。次に命を屠る手と足を。


 カシャカシャカシャ……鎧のような、獣の様な足音がなる。


 『でぇぇは次ぃぃ! おおっとぉ申し訳あぁりませんがぁ……最後に一匹、今日入ったばかりの雌をご紹介させて頂きましょぉぉう!!』


 ――それから顔と頭。誰にも見えない様に顔を、誰にも悟らせない為に頭を。


 ――――――――……もう、足音は聞こえない。


 『今日、その日が姉と別れたその日……そんな絶望に染まった顔は嗜虐心を揺さぶるでしょぉぉう!! 涙さえ枯れたその心、満たすか壊すか、あなた次第ぃぃぃ!! ……んぁ? ここには入っちゃダメですよぉぉお客様ぁぁふふ、あっはっはっは』


 ――そう、ついでに心も覆う事にしよう。知った顔を助ける心が折れない様に。


 「『喰い散らせ、暴食の鎧』」


 次の瞬間、マイクを握るその人は居なくなり、血と悲鳴が場を支配した。


 喰え、喰え、喰え、喰いたければ喰え。口に運ぶのが億劫なら俺が手伝おう。魔力を差し出そう。肉を差し出そう。喰え喰え喰え。


 鎧は暴れ、獣となり、肉を喰らう。男を、女を。向かう者も去る者も、喰らう喰らう、肉を喰らう。鎖を喰らう音を喰らう。気を喰らう。




 ――マダ、タリナイノニ、クエルノニ。


 鎧は言う。


 ――もう餌は無いぞ、犬っころ


 俺は言う。




 場は鉄の匂いが充満しており、吐きそうだ。でも、まだ鎧は脱いでいない。
 俺は最後に指を指された少女を掴む。


 「……ぇ?」


 本当に驚いた様だ。何も見えて、聞こえていなかったかの様にキョトンとする。


 「……ぃ……くぞ」


 俺は声を出そうとするが、掠れた音しか出ない。腹を喰われたのだろうか。
 少女は辺りを見回す。目に入るであろうものは、血と骨位だ。本当に吐きそうになる。
 が、少女は俺より強かったのだ。


 「……あ……ありが……とう」


 涙を目に一杯溜めて、俺を見てそう言った。


 「ぃ……くぞ……カハッ……外に」


 「うん。ありがとう」


 気管に血が入っていたか、血を吐いたが、呼吸が少し楽になった。恐らく鎧が修復してくれているのだろう。自分で喰った腹を自分で治すって。


 まだ少し嗚咽する少女を後ろに従え、外に出る。外は入って来た時同様に、埃が舞っている位で、人はいない。
 しかし、騒ぎになれば厄介なので、その場を後にする。


 「ごめんなさい。勝手に離れて」


 後ろから声が掛かる。必要最低限しか言葉を発しなかったイメージしかないので驚く。


 「喋れんじゃ……ねーか」


 俺がまだ少し途切れる息と共に突っ込むと、少し声を小さくする。


 「私も、お姉ちゃんも……その……人見知りだから」


 「はは……けほっけほっ……んぁぁ。ちょっと休憩する」


 少し歩いてもう建物も見えなくなったので、その場に座り込む。


 「そういや姉はどうした?」


 「……っ……お姉ちゃんは……買われた」


 震える声で言う。奴隷が着るために作ったかのようなぼろ布のワンピースを来ている少女は裾を握って、涙を堪えている様に見える。


 「誰に買われたか覚えてるか?」


 少女は横に首をふる。


 「そうか……」


 俺は目を瞑る。


 少女の姉を救うにはどうすれば良いか。


 買った後、連れて帰るなら家だ。オークションの会場に居たのは裕福そうな身なりをした者ばかりだった。つまり十中八九貴族、もしくは富豪だ。つまり家は貴族街にあるのだろう。
 問題はその人物が誰、貴族街がどこにあるか、だ。

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