姉さん(神)に育てられ、異世界で無双することになりました

トキノサエズリ

プロローグ 旅立ち

「おーい、矢代やしろっ! カラオケ行こうぜ! カラオケ!」
 その日の放課後。クラスメートからカラオケに誘われることから始まった。といっても、クラスメートから誘いがかかるときの行き先はたいていカラオケである。
 俺が通う高校の周辺は田んぼと畑ばかりで、娯楽施設なんてものはなかった。自転車で三十分かけて行く大型スーパー店にあるゲームコーナーが一番の娯楽と言ってもよかった。それが、どういうわけか、同じく田んぼの真ん中にカラオケBOXがオープンした。そのため、俺たちのクラスメートの大半はなにかあるたびにカラオケボックスに行っていた。学割もあったし。
「悪い、俺、今日は本殿の雨漏りの修理をする約束してるんだ」
「そっか。おんぼろ神社の跡取り息子も大変だな」
「本人を目の前に、おんぼろ神社って言うな」
 俺はノートを丸めてクラスメートの頭を叩いた。
 まぁ、おんぼろ神社であることを否定はしないが。

 俺、矢代天使やしろてんしの実家は神社である。
 女神神社。
 奈良時代に建立された歴史ある神社らしいけれど、俺にとっては雨漏りはするし、柱は腐りかけているし、耐震強度要検を満たしているかどうかも疑わしい問題物件だ。
 工務店に頼むほど豊かではないので、俺が修理しているのだけれども、幼いころからおんぼろ神社の修繕作業を担ってきた俺にとっては朝飯前だ。
 檀家の材木店から、売り物にならないとタダで貰った板の切れ端を置き、口に咥えていた釘を摘まみ、トンカチを振るう。
 トントントンと、トンカチで小気味のいいリズムを刻んでいると、声が聞こえてきた。
「てんちゃん! お風呂の準備できたよ!」
 梯子を掛けている方に行き、下を覗くと、巫女服を着た姉ちゃんが笑顔で手を振っていた。
 姉ちゃん――こと矢代神奈やしろかんな。年齢不詳。
 信じられないかもしれないが、弟の俺でも姉ちゃんの実年齢は知らない。教えてくれない。調べようとしたら泣かれたことがあるので調べることもあきらめた。
 ただ、俺が物心ついたときから、いまの十代後半のような外見だったので、もしかしたらもう三十路に差し掛かっているのかもしれない。
 弟基準で言っても、かなり美人なのだが、いまのところ浮ついた話はまったく耳に入ってこない。
 俺の名前が、天使てんしなので、俺のことをてんちゃんと呼んでくる。
 子供の頃はこの名前が嫌いだったけれど、高校になると慣れた。
 ただ、高校生にもなって「ちゃん」付けは辞めてほしいとは思う。
「ん……」
 俺はどう返事しようか困った。
 その不安が姉ちゃんにも伝わったらしい。
「てんちゃん、どうしたの?」
「んー」
 指で口を差す。
「もしかして、てんちゃん、お姉ちゃんのこと嫌いになったの?」
 今にも泣きそうな姉ちゃんに、俺は思わず口を開いてしまった。
「だから、釘を咥えてるから喋れないんだって――あっ!」
 口から零れ落ちる釘――そのうち二本はなんとか手に取ったけれど、残りの釘が重力に従って落ちていく。
「姉ちゃんっ!」
 釘が姉ちゃんに刺さらないかと不安になった。
 しかし、姉ちゃんは変わらぬ笑顔で、釘を受け止めていたのだ。全部口で。
 一本や二本ではない、八本はある釘を全部。
 さっきまで泣きそうな顔をしていた姉ちゃんとはまるで別人の動きだ。
 相変わらず凄い。
「てんちゃん、屋根の修理お疲れ様。お風呂の準備できたよ」
 姉ちゃんが言った。口を閉じたまま。
 まるで腹話術のように。
「あ、うん。この釘を打ち付けたら入るよ」
 俺は手にある二本の釘を使って屋根の修理を終えた。

 でも、姉ちゃん、なんで俺が落とした釘を口で受け止めたんだろ? 姉ちゃんなら指で挟んで受け止めることもできただろうに。

   ※※※

 風呂の準備、といってもそれは屋根の修理で疲れただろうから、汗を流してさっぱりして、という意味ではない。
 俺は風呂場ではなく、本殿へと向かう。
 御神体として置かれている鏡の前で、姉ちゃんが座して待ち受けていた。
「来たわね、てんちゃん。じゃあ、早速始めましょうか?」
「姉ちゃん、その前に」
「なに?」
「いい加減、釘を置いておけよ」
 姉ちゃんは釘を咥えたままだった。
「この釘はあとで糠床ぬかどこに入れるの。糠に釘って言うでしょ?」
「糠床に入れるのは錆びた釘だし錆びた釘を入れるのはナスを綺麗にするためで姉ちゃんはナスは嫌いだから胡瓜しか漬けてないしそもそもその糠床も姉ちゃんが先週腐らせたからいまは作ってないし糠に釘って諺は意味がないって意味だから全然違うし糠床に入れる目的があってもずっと咥えたままなのはおかしいだろ」
 俺はスラスラとおかしいことを言う。
 渾身のツッコミに対し、姉ちゃんは、
「てんちゃんは今日も元気ね」
 と全然堪えていない。はぁ、疲れる。
「じゃあ、てんちゃん。早速、座って《《闘気》》を纏わせて」
 闘気――それは人間ならば誰もが持つ「気」と呼ばれる力のことだ。
 もっとも、それを感じるには過酷な修行に耐えないといけず、その存在は世間一般には知られていない。
「……うん、わかった」
 俺は姉ちゃんに言われた通り、その場に正座し、体の中にある闘気を膨らませ、体全体を纏わせる。
 その俺の様子を見た姉ちゃんは、咥えていた釘を一本抜き、俺の肩目がけて振り下ろした。
 しかし、それは俺の体どころか、服にも刺さらない。
 俺を纏っていた闘気に触れた鉄の釘は先が九十度に曲がってしまった。
 これが闘気を纏うということだ。
 闘気をしっかりと纏っていれば、釘はおろか、ナイフや刀で傷つけられることはない。全身鋼鉄の鎧をまとっているようなものなのだ。
 姉ちゃんが言うには、拳銃の弾くらいなら弾き返すこともできるらしい。このように体に纏わせられるようになるのには五年以上もかかった。
 瞑想もせずに瞬時に闘気を纏えるようになったのはここ最近のことだ。
「じゃあ、てんちゃん。いまからお姉ちゃんの闘気をてんちゃんに送るから、しっかりと受け止めてね」
 姉ちゃんはそう言うと、俺の背中に手を当てた。
 途端、姉ちゃんの闘気が俺の中に流れ込んでくる。その闘気が俺の闘気と混ざり合っていくのがわかった。と同時に、安定していた闘気が、俺から抜け出そうとする。
 わかりやすく例えるのなら、側面に穴が空いているペットボトルだと思って欲しい。少量の水だったら、その穴から出ていく水の流れは緩いが、水の量が多くなると出ていく水の勢いも多くなる。当然、それを抑えるための力も多く必要になるわけだ。
「ぐっ……」
「てんちゃん、大丈夫?」
「だい……じょうぶ」
 俺はそう言って、頷いた。
 そして、闘気を無理やり自分の中に押しとどめた。大量の闘気をため込むことで、俺の闘気の容量が上がったのだ。
「よし、じゃあてんちゃん。いつものやってみよっか」
 姉ちゃんはそう言うと、闘気を膨らませ、部屋全体に纏わせた。
 俺は立ち上がると、靴下を脱ぎ、壁を見つめ、跳んだ。
 一気に十メートル跳躍し、壁に足をつけると、今度は二十メートルはある反対側の壁へと跳ぶ。その壁から再度反対側の壁に跳ぶ。
 反復横跳び――と言っていいのだろうか? これを一分続ける。
 もしも姉ちゃんが壁に闘気を纏わせていなかったら、壁は俺の脚力に耐え切れず、大きな穴を作っていただろう。
「そこまで! 記録、五十往復! てんちゃん、凄い!」
「よし、五十達成! 次の目標は六十か。」
 一分間で五十往復。一往復二十メートルだから、ざっと一キロの距離を跳んだことになる。時速換算すれば60キロだ。もっとも、まっすぐ走るだけなら、その倍くらいの速度で走ることができるだろう。
 これが、闘気の力だ。
 当然、こんなバカげた力、誰にでも使えるわけではない。
 どういうわけか、うちの女神神社でのみ代々伝わっている力なんだそうだ。
「てんちゃん、何度も言うけれど」
「わかってる。『矢代家家法条項第二条:闘気のことは誰にも言ってはいけないし、誰にも使ってはいけない。私利私欲のために使ってはいけない』」
「わかればよろしい。じゃあ、これで今日の修行は終わり」
「え? もう? 組み手とかしないの?」
 いつもならあと一時間は修業をする。
 風呂の準備というのは、この修業でくたくたになった俺が汗を流すために用意していた。
 いまはまだ汗を流すまで修業をしていない。
「うん、てんちゃん、明日、十六歳の誕生日だからね。今日は特別」
 十六歳の誕生日の前日だから修業切り上げ? 誕生日当日ならわかるけれど。
「その代わり、あとで大切な話があるから」
「大切な話? 今じゃダメなの?」
「うん、まぁ、あとのほうがいいな」
 いつも通りの笑顔なのに、心なしか寂しそうに姉ちゃんは言った。

 まぁ、あとのほうがいいなら、と俺は風呂場に向かった。
 ボロ神社には似つかわしくない綺麗な檜風呂。疲れが落ちていく。
「闘気のことは誰にも知られるな……か」
 この力を利用すれば、スポーツ選手として大成することもできて、姉ちゃんを楽させることもできるんだろうけれどな。
 と思ったときだった。
「てんちゃん、湯加減はどう?」
 姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「あぁ、うん。ちょうどいいよ」
「よかった」
 というと同時に、風呂の扉が開き、姉ちゃんが入ってきた。
 タオルで前だけ隠しているけれど、裸で。
「ちょ、姉ちゃん! 何考えてるんだよ! 『矢代家家法条項第十七条:姉と弟が一緒に風呂に入ることは禁じる』! 俺が中学に上がった時に決めただろ!」
「『矢代家家法条項第一条:家法よりも家族の絆を優先する』でしょ?」
「いい年した姉弟が一緒に風呂に入ったら、もう家族の絆云々の問題じゃないんだよ」
 思春期の男の気持ちを考えろっ!
 って、本当に何なんだ?
 今日の姉ちゃんはおかしいぞ。
 いや、いつもおかしいんだけど、でもここまで無茶してくることはなかった。
 風呂から逃げようとしたが、俺の手を姉ちゃんが掴んだ。
「お願い、てんちゃん。今日だけだから」
「……その顔はずりーよ……」
 泣きそうな顔の姉ちゃんを見て、俺はため息をつき、
「水着だけでも着てくれ」
「うんっ!」
 姉ちゃんはルンルンと、浴室を出て、そして水着姿で戻ってきた。
 なんでスクール水着なんだよ。というツッコミをする力はもう残っていない。

 その後、特別な話をすることはなく、ただの雑談をした。
 夕食も特別に豪華だった。何故か尋ねたけれど、
「だって、てんちゃん、明日誕生日だから」
 と意味不明の返答。普通、夕食が豪華なのは誕生日の当日だろ?
 なぜか、ケーキまで用意されていたし。
 二人で一ホール食べるのは苦だったぞ。
 もしかして、本気で姉ちゃん、俺の誕生日が今日だと勘違いしてるんじゃないか? いや、さっき姉ちゃんが言ったんだよな。今日が誕生日の前日だって。
 じゃあ、なんでだ?

 意味がわからないまま、俺はまた修業をしていた本殿にやってきた。
 そして、そこにいたのは――
 白い服を着た爺さんがいた。
「時間外の参拝は受け付けていないんですが」
 と俺は爺さんに声をかけた。
 が、爺さんは無言で、俺の後ろにいる姉ちゃんを見る。
 振り返ると、姉ちゃんもまた爺さんを見ていた。
 そして――
「お久しぶりです、アマツノタケ様」
「うむ、久しいの。アマツノカンナよ」
 アマツノタケ? アマツノカンナ?
 何を言ってるんだ?
 その名前は確か――

「お主、まだ坊主に何も話していないのか? もう時間はないぞ」
「……申し訳ありません。これから話すところでした」
「そうか。なら早く済ませろ」
 そう言うと、爺さんは俺に背を向けた。

 なんだ? この爺さんは、さっきから偉そうに。
 それよりも、
「姉ちゃん、なに? アマツノカンナって」
「……アマツノカンナっていうのはね、私の本当の名前なの」
「待ってくれ、アマツノカンナって、うちの神社に奉られている女神様の名前だろっ!」
「そう、私がその女神なの」
 というと同時に、姉ちゃんの頬に入れ墨のようなものが現れ、そして体から闘気とは違う光が放たれた。
「いままで黙っていてごめんね、てんちゃん」
「え? 待って、嘘だろ? 冗談だよな?」
 姉ちゃんが神? なら、俺は?
「てんちゃんは、本当は私の弟じゃないの。十六年前、この無人の神社の軒下に、へその緒もついたままの赤ん坊が置かれていた。それがてんちゃんだったの」
「俺が……捨て子? 無人の神社?」
「誰もいない神社に捨てられていた子供を、私は育てることに決めたの。今日の日のために」
 待ってくれ、話が全然頭に入ってこない。
 一度に言われても困る。
 えっと、姉ちゃんが神様で、俺が姉ちゃんの本当の弟じゃなくて、そもそもこの神社は無人で――
「てんちゃんには、これから異世界に旅立ってもらうの」
「待って、本当に話が入ってこない。え? なんで俺が異世界に行かないといけないんだ!? そもそも異世界ってなに?」
「世界っていうのはいくつも重なっていてね、こことは違う世界がいくつもあるの。私たち、神はそれらの世界を管理する存在。ある日、この世界とは別の世界――世界αって呼んだらいいのかな? とにかく、その世界αの人が、異世界の存在に気付いて、異世界からなにかを召喚しようとしたの。それで別の世界――これを世界βと言うわね――世界βの住民を召喚したの。その世界βっていうのは、ものすごく邪悪な存在で次々に仲間を呼び出して、大陸一つを占拠したの。このままでは世界のバランスが大きく崩れちゃう。これは管理者として見過ごせない事態でね。でも、神様は直接手助けをすることができないの」
 わからない。まったくわからないけど、わかってきた。
「それで、俺が、その世界αっての助けないといけないの?」
「……そう」
「姉ちゃんは、世界αを助けるために俺を育ててきたの?」
「……うん」
「わかったよ」
 俺は言った。
 姉ちゃんを恨むことはできない。
 だって、姉ちゃんの話が本当なら、姉ちゃんが俺を助けなければ、俺は死んでいたんだから。その目的がなんであれ。
「えっと、アマツノタケ様……でしたっけ? あなたも神様なのですよね?」
「そうだ。そこのアマツノカンナの上司にあたる」
 最初は神様だなんて信じられなかったけれど、この人が普通じゃないのはわかる。
 この人も今の姉ちゃんと同じく、闘気とは異なる強い気を体全体に覆っていたからだ。
 きっと、神気みたいなものなのだろう。
「そうですか。あなたが俺を異世界――その世界αに連れて行ってくださるんですか?」
「そのような名前の世界ではないが、概ねその通りだ」
「では、行きましょう。時間がないんですよね」
 俺は、アマツノタケ様に、旅立ちを促した。
「……てんちゃん」
「大丈夫だよ、姉ちゃん。あ、アマツノカンナ様って言った方がいいのかな?」
「ううん、てんちゃんが許してくれるのなら、私はいつまでもてんちゃんのお姉ちゃんでいたい」
「許すもなにも、俺は全然怒ってないから」
 俺が姉ちゃんにそう言うと、アマツノカミ様が御神体の鏡を手に取った。
 いつもは曇っていて何も移さないはずの鏡が、草原を映していた。まるでドローンで撮影したかのような光景だ。
「私の手を取りなさい、アマツカくん」
「わかりました」
 俺は頷くと、一度姉ちゃんの顔を見て言った。
「行ってきます、姉ちゃん」
 そして、アマツノタケ様の手を取った、次の瞬間、俺とアマツノタケ様ふたりがなにもない闇の中を進んでいた。

 どうやら、異世界には瞬時移動できるものではないらしい。
 無言で俺はアマツノタケ様に引っ張られていった。
 どれだけの時間が経ったのだろう。
 先に口を開いたのは、アマツノタケ様だった。
「アマツカ君。君は本来、十五歳になったと同時に異世界に旅立つはずだった。最初から、彼女とそう約束していたからだ。しかし、今日まで日を伸ばしたのは、彼女が言ったからだ。『私はてんちゃんを十五歳で異世界に送り出すと言いましたが、誕生日当日とは言っていません。必ず十五歳であるうちに異世界に旅立たせます』とね。君をできるだけ万全の状態で旅立たせたかったのだろう」
「そうか、それで今日だったんですか」
「アマツカくん、彼女は君を道具としてしか見ていなかったわけではない」
「わかっています」
 わかっている。俺を道具としてしか、異世界の問題を解決させるだけの駒としてしか見ていないことくらい。
 伊達に十六年一緒にいたわけではない。
 だから、俺は急いで異世界に行かないといけない。
「俺が、その異世界βからの侵略者とやらを倒せば、地球に戻れるんですよね」
「それは保障しよう」
「ならば、とっとと侵略者を倒して、地球に戻って、姉ちゃんを安心させてあげませんよね」
 俺はそう言って、力を込めた。
「ああ、頑張れ――では、幸運を祈る」

 アマツノタケ様が俺から手を離した。

 その直後――俺の眼下には、先ほど鏡に映っていた大草原が入ってきた。
 ただし、地上よりも何百メートルか上空にいる状態で。

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