魔王が恋に落ちたので勇者に手加減をしています

水無

魔王が恋に落ちたので勇者に手加減をしています

 こんにちは皆さん。
 お元気ですか?
 わたしは元気です。
 今日も今日とで魔王城に努め、魔王様の下で日夜世界征服のお手伝いをしております。
 今日の魔王様のご公務は帝国アルバーンを陥落なさること……だったのですが――




「どうした魔王! それが貴様の本気か! 僕の村を焼き払ったときみたいに、本気でかかってこい!」


「ハァハァ……、勇者ちゃんが! 私の勇者ちゃんが! いま目の前で私に襲い掛かってるゥ! たまらない! たまらないわ! もっと激しくして頂戴!」




 この有様です。
 急遽、勇者のアホがついに魔王城に乗り込んできたのです。
 アポイントメントも取らずに、いきなり「討ち滅ぼしてやる」って、魔王ですかあのアホは……。


 魔王様も魔王様です。
 なぜそんな恍惚とした顔で、勇者めを迎え撃っているのですか!
 もっと殲滅魔法やら破壊神やらを召喚なさって、勇者を絶望の底に叩き落してやってくださいよ!
 なんで……なんで――




「くら、食らうがいい! 勇者よ! フレイムバーストォォ!!」




 魔王様の手のひらから出てきた、業火でも業焔でもないマッチ程度の火力の火の玉が、勇者に当たり、ポフッと弾けます。
 フレイムバースト。
 その威力は絶大で、対象の実体はこの世に残ることはおろか、影すらも消失してしまうという、炎魔法。
 それがなんで――なんで、そんなに腑抜けておられるのですかァァ!!




「ぐぅぅぅっ!! くそぉ! 魔王め!」




 なんであなたも、そんなに熱そうにしているのです!
 私はスキルのひとつである『観察眼サーチアイ』で勇者のステータスを調べました。




「こ、これはぁ……ッ!!」




 驚愕。
 なんという事でしょう。
 勇者のレベルは一です。
 それにスキルや魔法も、ひとつとして覚えておりません。
 魔王城周辺だけでも、最低推奨レベル六十ですよ!?
 どうやって、こんな雑魚勇者が……それも一人でこんなところまで……待ってください……。




「そこのあなた!」


「あ、アッシでやんすか?」


「そうです、そこで暇そうにしている。ゴブリンのあなたです!」


「今すぐ、ここ最近の魔物分布図を持って来るのです!」


「いや、しかし……!」


「聞こえなかったのですか? 消しますよ!」


「は……はいぃぃぃ!! いますぐ!」




 数分後。
 ゴブリンが持ってきた資料によると、勇者の進行に応じて、その周辺の魔物が退去しているというものでした。
 ということはですよ。
 勇者ははじまりの街から、ここまでの道のりの間、一匹の魔物とも戦わなかったということになるじゃないですか!
 私は必死に資料をめくり、このバカげたことをした首謀者の名前を探しました。
 そして私の目に飛び込んできたのは「まおー」と、書かれた字。




 私は目を閉じると、再び魔王様と勇者のマヌケが繰り広げている茶番を見ました。


「くらえー! 魔王!」


「ぐ、ぐえええ。やるではないか、さすが私のかわいい勇者……食べちゃいたいくらい可愛い……たまらない……!」


「くそぉ! 放せ! 魔王!」




 なるほど、もしかして魔王様は勇者に弱み握られているのではないだろうか……?
 ははーん、なるほどな。
 そういうことでしたか。
 私はどうやら誤解していたようです。
 魔王様は悪と暴力の権化。
 そのようなお方が、あのようなクソザコナメクジ勇者に負けるわけがないのです!
 それはそうと、なんと卑劣で愚劣な勇者でしょう!
 勇者の風上にも置けません!
 魔王ですか! あなたは!


 ……そうだ。
 ここはひとつ、わたしが懲らしめてやるとしましょう!
 ふふふ、我ながら素晴らしいアイデア。
 これで私の株も爆上がりですね。




 私は目を閉じると、自分の右腕に力を集中させました。
 私が得意とするのは雷魔法。
 魔王様ほどではありませんが、あのようなムシケラ外道勇者など、一瞬で消し飛びます!




「いきますよ! 魔王様に楯突いたこと、あの世で後悔しなさい!」




 私の腕の周りに、黒い稲妻がバチバチと音を立てて弾けます。




地獄雷鳴ヘルスパーク!!」




 黒い稲妻はうねり、逆巻き、魔王城の床を抉りながら勇者に真っ直ぐ向かっていきました。
 哀れ勇者。
 あなたの冒険とも呼べない冒険はここまでです。
 大人しく、塵となって消えていなさい!




 直撃。




 さすがにこれは跡形もなく消えているでしょう。
 魔王様も私を褒めてくださるはず。




「おい」




 ほら、きました。
 魔王様が私に声をかけてきました。
 私はおもわず、スキップしながら魔王様のところへと参りました。
 しかし――


 ガシッ!!




「ふぇ!?」




 魔王様は私の口を掴んで、空中へ引っ張り上げてしまいました。
 な、なにをするのです、魔王様。
……まさか、まだ卑劣で下劣な勇者に操られておられるのですか!?
 そして、次第に砂ぼこりが晴れていきます。
 次の瞬間、私の目に衝撃の光景が飛び込んできました。


 魔王様が、勇者をかばって……血を流しておられる……!




ふぁ、ふぁへへふかな、なぜですかふぁおーふぁま魔王様


「よいか。一回しか言わぬぞ、よく聞いておれ」




 なぜか、魔王様はまるでセドニア王国を滅ぼされたときのような、ドスの利いた声で仰いました。




「私はいま、勇者ちゃんとランデブー中だ。次邪魔したら、死刑だからな……!」


「ふぁ……ふぁい……!」




 私は涙目になりながらそう答えることしかできませんでした。
 そして二人は何事もなかったように、また茶番を開始してしまいました。
 薄れゆく意識の中、私はこう思いました。
『そうだ。実家へ帰ろう』

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