憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
メルトダウン
「なあ、ルーシーよ」
「なんだ、エウリーよ」
龍空。
タカシは風を斬り、雲を追い抜き、高速で飛行するエウリーの背中に、しっかりとしがみついていた。
「なぜ、おまえは龍化せんのだ」
「いや、アレ、疲れるし。今から敵の親玉のところに行くんだ。力は温存しておかないと、なにかと厄介だろ?」
「なんだそれは、我はいいのか、我は」
「おまえは……まあ、指を咥えて見てろ。俺が王女相手に大立ち回りする様を。それで、出来る限り手を出すな」
「王女ではない。王女の皮をかぶったまがい物だ。贋作であり、忌むべき対象に他ならない。それ以上でなければ、それ以下でもない。あまりつまらないことを言うな」
「わ、わかったよ。そんなにムキになるなって」
「それと、モドキ相手には、我ら二人でかかるぞ。それでようやく互角、といったところだろう。おまえひとりには、手に余る」
「王女……モドキってそんなに強いのかよ。おまえだって、なんとか将軍なんだろ?」
「軍神だ。しかしそうだな、強い。間違いなく、龍空でも五本の指に入る」
「いやいや、そもそもそんなに神龍いないじゃん」
「そういう意味ではない。今の状態での話だ。本来、本気の王女には誰であれ敵わないのだ。しかし、久方ぶりにお見かけした王じ……モドキは、以前のような鋭さというか、威圧感のようなものをまるで感じなかった。現に、モドキの手にかかった龍たちは、重傷を負ったものの、命を落とすまでは至らなかったのだ。以前の王女なら、こうはならなかった。『本物ではないモドキだから、弱体化したのだろう』と預言者殿は言っておられたが……我はどこか……手加減していたようにも見えた……」
「手加減……?」
「いや、なんでもない。いまのは忘れてくれ。こんな非常時に迷ってなどはおられんからな。それこそ、足元を掬われかねない」
「おまえもおまえなりに、いろいろと葛藤してるんだな」
「当たり前だ。まったくの別物とはいえ、やはり外見は王女そのものだ。王女の姿に対し恨みこそすれ、また懐かしんだりしてしまうのも、仕方がなかろう」
「そうか……、そう、だよな……」
「ッ!! ルーシー、気を引き締めろ。レジスタンスの本拠地が見えてきた」
「……? なに言ってんだ? 空以外なにも見えないぞ」
「よく目を凝らしてみろ」
「はあ? ……もしかして、あのポツンと浮いてる小島みたいなのか?」
タカシが指し示した小島は、エウリーたちの遥か先。
望遠鏡を使用して、やっと見えるかどうかの位置。
タカシは魔法で眼を強化して、エウリーは肉眼で、それを捉えていた。
「よくあんなの見えるな。けど、まだまだ、先っぽいぞ」
「いや、こちらからも見えているという事は、あちらも同様に見えているということだ。常に臨戦態勢でいろ。ここから先は、何が起こっても、不思議ではない。我らは今、モドキのテリトリー内にいるのだ!」
尋常ではない口調でまくしたてるエウリーに、タカシも気圧される。
それに呼応するようにして、いくつかの影が、小島から飛び立った。
「やはり、気づかれたか……! ルーシー、しっかり掴まれ。すこし、落ちるぞ」
「え」
エウリーが翼を折りたたみ、その場で急降下した。
タカシはエウリーの首元をガシッと掴んだまま、下半身がはためかせる体勢になる。
「少しの間、息を止めていろ。そして、重力負荷に備えろ」
「へ」
――ボッ!!
突如、折りたたまれた翼膜から、バーナーのような青い炎が勢いよく噴き出す。
エウリーはそれを、すぐさま後方へ噴くように調整すると、小島に向かって急速発進させた。
その速度はまさに、タカシたちが乗っていたジェット機とほぼ同速。
タカシは生身の体で、ジェット機の側面に、素手で掴まっているような状態だった。
それに加えエウリーは、襲い掛かってくる龍たちの間を縫うようにして、不規則に飛行している。
――タカシが息を止めてから、ほんの五秒。
タカシたちの目の前には、遠くから見えていた小島……もとい、浮島が広がっていた。
レジスタンス側の龍たちは、エウリーの飛行速度に呆気をとられ、ただ茫然とタカシたちを振り返っている。
そして、浮島には赤色の芋ジャージを着た幼女――ドーラが仁王立ちで、エウリー睨みつけていた。
しかしドーラはタカシの姿を視認すると、目を見開いて、驚嘆の表情を浮かべた。
タカシはドーラを見るや否や、エウリーの背中を蹴り、いち早くそこから飛び降りた。
――その拳は固く握られている。
「る、ルーシー!? なんでここに――」
「うおおおおおおらあああああ!! 歯ァ、食いしばれえええええええええ!!」
◇
――ドゴン!!
巨大な、爬虫類のような足に人間が潰される。
まるでプレス機ように、問答無用の圧倒的な力に、トバ兵たちはなす術なく逃げ惑っている。
二体の神龍の登場。
それにより、天守閣跡防衛戦の状況が一変した。
エウリーの言った通り、龍と神龍とは全くの別種だった。
龍の鱗を容易く切り裂いていた『残心の太刀』は、神龍の鱗を切り裂くどころか、鱗の表面を削ることしかできていなかった。
神龍はすぐさま、龍たちをまとめ上げると、シノへの猛攻を指示した。
シノは『残心の太刀』による殲滅行動は諦め、自身の銘刀『賀茂』での応戦を開始した。
テシはシノの手助けとして、陰から援護を行っている。
そして、トバ皇とロンガはそれぞれ、神龍と向かい合っていた。
「なんだ、神龍というから、どんな龍か想像していたのだが……」
トバ皇が神龍の全身を見回す。
二体の神龍は、龍化してはおらず、『普段着』の姿で二人の前に立ち塞がっていた。
一体は長身で、長髪。
もう一体は中背で、髪型はツインテール。
長髪の神龍は神秘的な雰囲気を纏っており、片目が青色の前髪によって隠れていた。
ツインテールの神龍は、口をキュッと結び、不機嫌そうな表情を浮かべており、ふたりをキッと睨みつけている。
「ただの人間の……それも、娘にしか見えないな。ほんとうに、我が娘の太刀を止めたのか?」
「あのね、お兄さん。あたしたちは問答するためにここに来たわけじゃないの。いい? あんたたちを滅ぼすために来たの! わかったらさっさとその剣で、首を掻っ切って、死んで」
「いけません、アリス。いくら相手が非道極まりなく、礼節も弁えなく、無知で傲慢、自己中心的で怠惰な方でも、こちらも一緒に堕ちてはなりません。それでは、王女様の二の舞になってしまいます。ここは懇切丁寧にお願いするべきです。『どうか、その手に持った刀剣で、ご自身の命を断ち切ってください』と」
「いやよ。なんでこんなアホ共のために、そんなことやらなくちゃいけないのよ。それならカーミラさんが勝手にやればいいじゃない」
「そうですね。わかりました……。あの、どうか、その手に持った――」
「無理だ」
「そ、そんな……」
カーミラはよほどショックだったのか、その場に崩れ落ちるようにして、地面に手をついた。
「ね? 言ったでしょ? だから下手に出ても意味ないのよ。こういうときは頭ごなしに、言うのに限るのよ。こほん、いい? あんたたち――」
「無理だ」
「ガーン……!」
「おい、撃滅の、なんなんだこいつらは。コントでもやりに来たのか?」
「フッ、知らぬ。騒がしい龍共だ」
「へえ、言ってくれるじゃない……。どうせあんたら、人間でも相当強いほうの部類なんでしょ?」
「わかるか」
「ええ、とくにあなた……、どこかで見たことあるのよね」
「俺か。まあ、有名人だしな。皇やっとるし」
「ま、誰であれ、あたしたちが負けることはないんだけど、傷つくのって嫌じゃない? あたしは嫌。だって、この美貌に傷がつくなんて、考えただけでも、悍ましいの」
「そうか? 形あるものは皆、いずれ崩れ果てていく。それが世の摂理というものだ。神龍と言えど、それは絶対ではないのか」
「ふうん、言うのね。嫌いじゃないわ、その何億回も言われてきた、つまらない言い回し。ま、好きでもないけどね。そうだ、問答は結構と言っておきながら、ひとつ、あなたたちに聞いておきたい事があったのよね。いいかしら? どうやら、他のお猿さんと違って、お話しできるようだし」
「答えてやる」
「神龍教団の教徒たちはどうしたのかしら? あれほどウジャウジャいた教徒たちと、ある日、パタリと連絡が取れなくなったのよね……このことについて、何か知ってはいないかしら?」
「まどろっこしいな。その言い方、もう気づいてるんじゃないのか?」
「ふーん、あ、そう。全滅、したのね」
「あまりにも鬱陶しかったからな。それに、ゴキブリは巣から駆除せんとまた湧き出てくる可能性がある。丁寧に一団体ずつ、一人ずつ、潰していった。今度こそ、殲滅完了だ」
「へー、そうだったのね」
「……存外、キレてはいないんだな」
「ええ、そりゃそうよ。あんなの、美しいアタシからすれば、理解から程遠い存在だったもの。いくら預言者の言う通りに、同胞を殺して供物として捧げろ、なんて言われて実際にするバカ、いるかしら? ま、崇め奉られる、といった経験も悪くはなかったけど、それはそれ。いなくなった今としては、割とどうでもいいのよね」
「預言者……?」
「さ、もういいわよね。今度こそこの無駄なやりとりはお終いよ。ほら、いつまで落ち込んでいるの、カーミラさん」
「いえ、わたしは落ち込んでいるのではありませんよ。嘆いていたのです」
「フッ……なにをだ」
「あなたたちという存在が、こんなにも儚く……、脆い存在であることに――です」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
地鳴り。それに加えて地面が大きく揺れ、やがて地面に亀裂が入る。
「申し訳ありません。『炉心溶融』……これで、終わりに致しましょう」
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