憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

龍の侵攻



「さあ、どうぞ。この扉を開けて、階段をひたすら下りるの。そうすれば、あなたたちの行きたがっていた場所につくわ」


「ああ、ありがとう。……通行証持ってないのに、ここまでしてもらって悪かったな」


「気にしないで。お陰でいいヒマつぶしが――試練ができたのだから」


「……おい、オレたちがやってたのは試練なんだよな? おまえの暇つぶしに付き合ってたわけじゃねえんだよな?」


「こほん。あたりまえじゃない。むしろ、感謝してほしいくらいだわ。通行証もないのに、ここを通れるなんてね」


「確信がないせいで、強くは言えないけど、なんか釈然としないな」


「ほらほら、気張っていきなさい。ここから先は一筋縄じゃ行かないわ」


「無理矢理話題変えてきたな。……ああ、ここに来る前に、おっさんにもそう言われたからな。実際、ここも……てか、あんたも一筋縄どころじゃなかったし」


「……最初から気になっていたのだけれど、そのおっさんって誰のことかしら?」


「だから、天地分隔門の門番で、一刀斎っていう盲目のおっさんだよ」


「……やっぱり知らないわ、そんな人間。そもそもアタシが門番だって言ったじゃない」


「門番は二人いた、とか?」


「そんなわけないじゃない。それに、おっさんとなんてアタシ、仕事したくないわ」


「おおう、辛辣だな。知らないならいいけどさ、……マジで何者なんだ、あのおっさん……」


「とりあえず、中立のアタシがあなたたちに、こう言うのはおかしいけれど、『健闘を祈っているわ』」


「ん。おう、ありがとな」


「ありがとね。じゃね、門番ちゃん」


『門番さん、お世話になりました』


「………………」


「ルーシーの声は……聞こえてねえのか……?」


「え? なにがかしら?」


「やっぱりか……いや、なんでもねえよ」


「そう? あ、最後にひとつ、言い忘れていた事があったわ」


「なんだよ」


「あなたじゃないの。隣のサキュバスのお嬢さんよ」


「サキちゃん?」


「そう、あなた――の剣についてなんだけどね、特別にある機能をつけておいたわ。きっと、これからの戦いに役立つでしょう。あなたたちの健闘を讃えて、アタシからのささやかな贈り物よ」


「おお、至れり尽くせりだな。よかったな、サキ」


「おおー! いいねー、パワーアップだねー、ありがとね」


「ふふふ、礼には及ばないわ」


「ところで、その機能ってなんなんだ?」


「なに、簡単なことよ。剣の柄、あるじゃない? ちょっとでっぱっているとこ。そこにある、スイッチみたいなのを押してみなさい」


「え……と、この緑色のやつ? てか、ここで押しちゃっていいの? 爆発とかしちゃわない?」


「ええ、問題ないわ。ひとおもいにいってね」




 サキは意を決すと、緑色のボタンを押してみせた。
 すると剣から――
『ぼくのご主人様は、世界で一番かわいいニャー』
 と、門番の声が流れてきた。
 先ほどの会話である。




「………………」




 沈黙。
 タカシとサキは何とも言えない顔で、唇を噛んでいる。




「ボイスレコード機能よ。これでいつでもアタシの声をいつでも聞けるわ。どんな困難が立ち塞がっても、アタシのこの、元気が出る声で――」


「いらんわー!!」




 タカシとサキの声が、その空間に響き渡る。
 周囲で煌めていた星たちはいつの間にやら、消え失せており、その空間に再び無が訪れようとしていた。









「この……だよな……」




 門番の館。
 古い日本家屋の勝手口を入ったところにある、螺旋階段。
 その階段を下りはじめてから、六五九五段目。
 そこには、アパートの部屋と部屋とを仕切るのに使われそうな、簡素で粗雑な、アルミ扉が設置されていた。
 アルミ扉には白いテープが貼られており、その上に油性ペンで『りゅー空』と書かれていた。




「階段、長いんだけど……」


「……なあ、サキ。こういう語呂や語感のために、こういう場所六五九五段目に設置するのって、ほんとムカつかねえか?」


「ムカつきはしないけど、無意味ではあるよね。疲れるし」


「だな……てか、すごく雑だし。なんだこれ」


「そうかなー? 門番ちゃん、普段は使われてないって言ってたし、こんなモンじゃない? 門だけに」


「……まあいいや、これ以上考えても、モヤモヤするだけだしな」


「そうそう。サキちゃんみたいに、なんも考えないほうがラクでいーよ!」


「胸張って言う事でもないだろ」


「さあさあ、いざゆかん! サキちゃんとルーちゃんの冒険譚が、いま、紐解かれるのであったー! ……て、この扉の先って……」


「ん? その扉の先が、どうかしたのか?」


「あー……いやいや、なんでもないっすよー。ささ、ルーちゃん。おさきにどうぞ。レディーファースト、レディーファースト」




 サキは何かに気づいたのか、タカシの背中をぐいぐいと押し始めた。




「おお! いいのか? 太っ腹だな! じゃあお言葉に甘えて、おさきに――いくかァ!!」




 タカシはサキの腕を掴むと、扉を開け、強引にその中へと放り込んだ。
 サキは「きゃああああ」と叫びながら、扉の中へ落ちて・・・いった。




「は……? どうなってん――」




 ガシッ!
 咄嗟に伸ばされたサキの手が、タカシの腕をつかむ。




「ちょ、おま――」


 タカシはそのまま、サキに引きずり込まれるようにして、扉の中へと落ちていった。
 アルミ扉は静かにその扉を閉じると、そのままスゥ……っと消えていく。
 やがて、タカシたちが下ってきた螺旋階段も、火が付いた導火線のように消えていった。









 ――同時刻。
 鳥羽城天守閣跡。
 陽はすっかり真上へと昇っており、職人や兵たちが必死に城の修復作業に当たっている中、それ・・は起こった。


 歪み。


 水面に、小石を投げた後に起こるような波紋。
 それがいま、空中に起きていた。
 穏やかに、波紋はそこで穏やかに揺蕩う。
 しかし、それを目にしたトバ国民たちの胸中は、穏やかなものではなかった。
 それぞれが、それぞれの眼の色を変えると、其処にいた人たちは声をあげ、人を呼んだ。
 波紋が起こったことにより、騒ぎが起こり、やがて、その場に続々と兵が集結する。


 ドラゴンたちの訪れ。
 波紋は凶兆だった。
 兵たちが固唾をのんで、波紋を見守るなか――その刻は訪れた。




 ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!




 決して人間には出せない咆哮。
 それは空気を震わせ、兵たちの鼓膜を震わせ、そして脚をも震わせた。
 聞いた者の顔から、たちまち血の気が引いていく。
 やがて龍たちはその全貌を露にしていった。


 人間の兵を遥かに凌ぐ圧倒的な体高。
 見たものを灼き殺すような眼。
 触れただけで八つ裂きになりそうな爪。
 あらゆる攻撃を弾きそうな鱗。
 そして羽ばたくだけで、すべてを吹き飛ばしてしまいそうな翼。


 その全てが人間である兵たちには脅威であり、畏怖するには十分な対象だった。
 龍媒して顕現した龍とは、天と地ほどの差のある威圧感。
 生身剥き出しの御伽噺ドラゴンが、大地をその足で蹂躙し、大気をその喉笛で鳴動させている。
 すでに相対している兵たちの握る槍に、剣に、弓に、力は宿っていなかった。
『生物としての格が――次元が違う』
 先刻の神龍三姉妹の一頭が言い放った言葉が、この状況を一番的確に表していた。


「果たして、自分たちはこの生き物に叛逆していいのか? 立ち向かってしまっていいのか?」


 そのような考えが、兵士ひとりひとりの脳裏に渦巻いた。
 しかし、そこへ――




「怯むなァッ!!」




 皇の声が、龍の咆哮を掻き消すように響く。
 事実、トバ皇の一声は咆哮を掻き消し、兵たちの顔に戦意を取り戻させた。
 それを確認したトバ皇は、急遽拵えた玉座に、ドカッと座り、不敵に脚を組んだ。
 その周りにはシノ、ロンガ、テシが静かに、それでいて闘気を剥き出しにしながら、立っていた。




「ガッハッハッハ! 将棋をも知らぬ短気で下衆で、傲慢なトカゲ共め。いきなり王将を――この鳥羽を堕とすつもりらしい! 面白い……いいだろう、そこまで事を急くなら、こちらとて、其れに真っ向から対抗するは吝かではない! いい加減、余も偶像崇拝とやらに辟易していたところだ。ここらでどちらが真に優れた種族であるか、白黒ハッキリとさせる必要があるな! 貴様らトカゲ共が勝つか、我々……いや、もうこの口調はいいな。――俺たち人間が勝つか! いくぞオマエラ! 不法入国する、不躾なトカゲ共は一匹残らず、佃煮にして、保存食にしてやる!!」




 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!




 皇の号令に、兵たちが一斉に声をあげる。
 もはや、さきほどまで震えていた者など、そこには一人としていなかった。




「勇者一行の元戦士、現鳥羽皇! この国に足を踏み入れたこと、後悔させてやる! かかってこい! トカゲ共ォ!!」

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