憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

龍空よりの誘い



 白天の宝石、その破片がパラパラとゴーンの足元に、散らばっていく。
 ゴーンはぷくっと頬を膨らませると、口からゴウゴウと炎を吐いた。
 炎は宝石の破片を焼き、完全に蒸発させた。
 やがて炎を吐き終えると、床には真っ黒な焦げ跡だけが残った。




「ふふふ、ははははは……ゲエッホ、ゲエッホ、ゲホ……ふははははは!!」


「姉様、あんまりわざとらしく笑わないほうが……肺を悪くしてしまいます」


「うるさい! ……さあ、人間、これでわたしたちの国への足掛かりを失ったな。どうするのだ?」


「ねえねえ、いまどんな気持ち? ねえねえ、俺に宝石を燃やされて、どんな気持ち?」


「ゴーンよ……、おまえはなにをそんなにはしゃいでいるのだ……」


「いやぁ、なんとなく流れで……」


「違うであろう。この流れは不敵な笑みを浮かべる場面だ。ほら、我のように! ニヤリ!」


「はーあ、勝手にやってて」


「なッ!?」


「しかし、どうするのじゃ? おねえちゃん、これではほんとうにやつらの言う通り……」


「手はあるさ。というか、もともとそうする・・・・つもりだった」


「ははは! 強がるなよ、人間。こうなってしまっては、おまえたちの攻撃はわたしたちの龍空まで届かない! これより、わたしたちの一方的な虐殺が始まるのだ!」


「強がりじゃねえよ、バカトカゲ」


「な!? 姉様になんというクチの訊き方を……! 貴様、この雌猿! 許さんぞ! 其処に直れ! 天誅を下す!」


「やめろ、エウリー」


「し、しかし姉様……!」


「ほぅ、なるほど、五倍をご所望か?」


「や、やめて……、それだけは……!」


「人間よ。どうやらその顔……ハッタリや虚勢の類ではなさそうだな」


「当たり前だ。いまここで、おまえらをぶっ倒せばいいだけなんだからな! 簡単じゃねえか! そしたらおまえら、結局、人間界に顕現しないとダメなんだろ? そうなったら、ここにいるやつらが、おまえらを駆逐してくれるさ」


「クハハハハ! 言いよるわ、この猿! 我らをぶっ倒すだと? 寝言は寝て言え! なんなら、永久の眠りにつかせてやろうか?」


「姉さん、五月蠅い」


「え? なんで!?」


「龍媒しているとはいえ、わたしたちの強さは人間の比ではない。おまえのような小娘など、赤子の手をひねるよりも容易に、この世から影形も消してやれる。ここは命乞いをするところだろう。おまえたち人間は、そういう生き物・・・なはずだ。対峙しているだけでわかるだろう。この圧倒的な重圧感オーラを! そして吐き気を催すほどの威圧感オーラを!」


「はは、おまえが人間の何を知ってるかわからねえが、オレたちはトカゲごときには屈しねえ! 人間には、どんな逆境にも立ち向かう力があるんだよ!」


「クハハハハ! 吠えるではないか! 猿! よかろう! そこまで吠えるのであれば見せてくれるのであろうな! 見せつけてくれるのであろうな! 我らにおまえらニンゲンとやらの――」


「あっつ……え? なに? 人間よ、おまえそういうキャラなの?」


「あ、姉様? ちょっと――」


「いや、自分で言っててちょっと恥ずかしかった。酒飲めないけど、度数の高いやつ一気に飲みたい。記憶をなくしたい」


「猿!? それでいいのか!? いまのはなんかこう……お互いが死力を尽くして力をぶつけ合う場面だろ! もっと熱くなれよ! 我のこの――胸に滾る熱い情熱パトスを簡単に否定してくれる――!?」




 ――ヒュッ!
 音もなくエウリーに近づいていたテシが、首元めがけ小刀で斬りつけた。


「しまっ!? 油断した――」




 ――ガンッ!!
 しかし、テシの小刀はゴーンの爪に弾かれる。
 テシは舌打ちをすると、素早く後退し、ゴーンを睨みつけた。




「ちっ……、さすがにだまし討ちは効かねえか」


「姉さん、ボーっとしすぎ。いまは戦闘中」


「すまぬ、おねえちゃん。仕留めきれんかった!」


「いいや、今のはオレの落ち度だ。いい感じに挑発して、注意を引いたと思ってたんだがな……すこし、事を急ぎ過ぎた……!」


「はははは、やはり人間。小賢しい、小賢しいな!」


「ぐぬぬ……、猿共! 我の感動を返せ! 熱く滾っていた、この胸の高鳴りを返せ! だまし討ちなんて! 卑怯であろう! 見損なったぞ!」


「ちっ、さっきからうるせえな、おまえんとこの次女さんは!」


「う、うるさいだと!? この猿……! 今迄に至る、重ね重ねの無礼。八つ裂きにして、燃やし尽くしてやる!」


「テシ! どうだ!? やれるか? あいつらの言っていることはハッタリじゃねえ! さっき切り返されて、どう思った?」


「……やはり、神龍を名乗っているだけはあるのじゃ。あの反応速度、力、威圧……、まだ手が震えておるわ……!」


 そう言っているテシの腕は、青紫色に内出血していた。


「おそらく、一発でも攻撃を貰ったらワシらの体はなくなるじゃろう! まさにやつらにとって、ワシらは豆腐のように脆い!」


「――テシ、ここはオレに任せろ」


「な、なにを言っておるのじゃ……?」


「おまえはサキとシノさん、それとロンガさんを呼んで来い!」


「し、しかし……、この三人を相手にするのはいくらなんでも……無謀すぎるのじゃ。ひとりでも、勝てるかどうか……」


「だからって、おまえがここにいても消耗戦になるだけだ! 二人とも死ぬなら、オレはテシ、おまえだけは逃がしたい。だから、ここはオレに任せろ!」


「い、いやじゃ! おねえちゃんを失いたくない!」


「駄々をこねるな! おまえがここで優先すべきは、オレの命じゃねえ! この国だ! 人類だ! 聞き分けろ!」


「でも……、でもでもでも!」


「行けェッ!!」


「ッ!?」




 タカシがテシを怒鳴りつける。
 テシはビクッと体を震わせると、タカシに背を向け、駆け出した。
 その目には大粒の涙を堪えていた。




「クハハハハ! せめて、あの子猿だけは逃がそうという算段か? 舐められたものだな! いいか? おまえは殺す! あいつも殺す! いや、それだけではない。この国の……この世界の人間はもれなく――」


「うるせえな、次女」


「う、うるさいの……これ?」


「おまえらにあいつは追えねえよ。追わさねえよ。なんなら、オレを殺すこともできねえ」


「なにをのぼせている猿! 口だけならなんとでも吠えることができるだろう。よもや、おまえ――」


「なるほどな。……おまえ、どうやら人間ではないな?」


「姉さん、それはどういう? 俺には人間にしか見えないけど……」


「いいや、人間代表だよ。ただし、おまえらが想像してるのとは、全然ルーツが違うけどな!」


「面白い。あのチビを逃がしたのは、わたしたちから・・・・・・・ではなく、おまえから・・・・・ということか」


「ああ、なんせオレの技っつーのは、巻き込まないほうが難しいからな! 他に誰かがいると面倒なんだよ!」


『た、タカシさん!? もしかして……? ちょっと! ここはトバ城の地下ですよ? こんなのであんな魔法を使ったら!』


「後のことは後に考える! 今のことは今考えろ! おまえは黙って見てろ! トカゲ共! 久しぶりだから、余計に手加減できねえぞ! 丸焼きになって、串焼きになって、龍空に帰れ!」




 そう啖呵を切ると、タカシは両腕を地面に突き刺す。
「鎔けて溶けて融けて熔けろォ! 炉心溶融メルトダウン!!」




 その魔法を聞いて、スノとエウリーが目を丸くする。




「メルト……」


「ダウン……?」


「ま、まさか……ウソ、ですよね? 姉様? あの人間が――」




 地鳴り。
 地震。
 地割れ。
 タカシたちのいる空間が激しく振動し、鳴動する。
 そのあまりの衝撃に、その空間自体が潰れそうになる。
 やがて地割れから赤熱した液体が噴き出し、空間を満たす。
 タカシを飲み込み、スノを飲み込み、エウリーを飲み込み、ゴーンを飲み込む。
 水で満たされた水槽のように、そこ・・が真っ赤な液体に埋没する。


 魔力を含んだ溶岩は、触れるものすべてを溶かしてゆく。
 トバ城はまるで、地面に沈んでいくかのようにして、根元から溶けていった。





 やがて溶岩が冷え固まると、その中からズボッと、手が飛び出した。




「ぷはぁっ」


『大丈夫ですか? タカシさん』


「ああ、久ぶりだから。ちょっとハリキリ過ぎたな」


『いやいや、別にそう言う意味じゃなくてですね……』


「人類の平和は、これにて守られた! あはははは!」


『だから、こんな魔法使ったせいでトバ城が……』


「なんだ、それは問題ねえよ。トカゲ共の仕業ってことにすれば――」


「クハハハハ! あくどいな! 同胞・・! 見直したぞ!」


「ッ!? まじかよ……あれで生きてんのかおまえら!?」


『いえ、それよりもあの人たち、タカシさんを同胞って――』


「正直、この体にはかなり堪えた。もう使い物にならん。あと数秒でバラバラに崩れ霧散するだろう。この場はおまえの勝ちだ同胞。だが、本体ならば、アレは効かん。なにせ、それはわたしたちの使う、『失われた魔法ロストマジック』なのだからな」


「な、何言ってんだ。おまえら……」


「いいか同胞よ。龍空へ来い」




 スノはそう言うと、自らの爪を銃弾のように飛ばし、タカシの胸に突き立てた。
 タカシは面食らったものの、その行為に攻撃の意思はなく、その爪を手に取る。




「な、なにすんだおまえ」


「もっていろ。必要になるだろう。龍空に来る時にな」


「いや、でも、そっちには行けねえじゃねえか。おまえらが宝石を――」


「宝石は宝石だ。所詮あれは通行証に過ぎない」


「ど、どういう意味だって――」


「姉様、時間が……もう精神が分離をはじめています」


「そうだったな。……結局、エウリーのおしおきは五倍になってしまったな」


「え? ま、まだそれは継続しておられたのですか? やだやだやだ、帰りたくな――」




 そこまで言うと、三人の体は土くれのようになり、ボロボロに崩れてしまった。
 タカシは何もせず、何も言わず、ただそこで、ボーっと佇んでいた。

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