憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

神龍降臨



 トバ城地下、神龍教団本部中心部。
 タカシとテシはそこで、茫然と立ち尽くしていた。
 そこはまさに地獄そのもの。
 硬く冷たい床には、人間の肉片とおぼしき物体が、あちらこちらに散らばっていた。
 悪臭、腐臭、死臭、硫黄臭。
 いろいろな臭いが混ざり合い、溶け合い、ドロドロになってそこに横たわっている。




「オオオ、マダ、ガイダイサレニ、ヤッデギダ?」




 野太い男の声。
 男は麻の布で顔面を隠しており、手には血と油に塗れた電動鋸チェーンソーを持っていた。
 男の発する言葉には、もはや知性の欠片すらも感じられない。


 男はタカシたちを見ると、ルーティーンのように、手に持った電動鋸のスターターロープを引いた。


 ヂュイイイイイイイイイン!!


 ノイズ交じりの重低音が空気を震わせる。
 回転する電動刃が空気を切断する。


 タカシはその様子を、ただただ青ざめた顔で傍観している。




「ほ、ホラーじゃん! オレまじでダメなんだって、こういうの! 無理無理無理! こわいこわいこわい!」


『ええ!? 屍人アンデッドはよくて、これはダメなんですか? 生きてる人間じゃないですか』


「おねえちゃん! いまはとにかく、こいつを黙らせることが先決じゃ!」


「え、あ、お……、おう。じゃあテシに任せちゃおうっかな……」


『何ふざけたこと言ってんですか! テシさんがどうにかできる相手じゃないでしょう! 体格が違いすぎます!』


「なるほど、ワシにこいつの相手をさせて、自分は先に進むという作戦じゃな? そこまでワシのことを信頼してくれているとは……うむうむ、ここは任されたのじゃ!」


「お、おう! やっちまえ、テシー!」


『コラー! タカシ!!』


「来るのじゃデカブツ! ワシが相手になってやるぞ!」


「いや、もうテシはやる気満々だし……いけるっしょ、たぶん。昼間あんなに動いてたんだから」


『そ、それはそうですけど……。はぁ……、じゃあもうしょうがないです。タカシさん、ここはテシさんに任せましょう! わたしたちは先へ! タカシさんがここにいては、邪魔になるだけです!』


「おまえ、ほんと辛らつだな……、で、でも、腰が……」


『ええ……、どれだけ情けないんですか。醜態のタカシさんですね』


「仕方ないだろ! あんなの、いままでスクリーン越しにしか見たことがなかったんだからよ! うわ、心なしか、今こっちを見た気がする!」


『見てません! とりあえず深呼吸ですよ! 慌てないでください! 冷静に、クールにいきましょう! 心頭滅却すれば血まみれの大男もまた可愛し! 萌え萌えキュン。です』


「ぜんっぜん可愛くねえよ! アホか! どこに萌える要素があるんだっての! むしろおまえを燃やしてやろうか!」


『ああ、ほら、動けるじゃないですか。ぐだぐだやってないで、はやく行きますよ。って、あれ? 決着、着きそうですね』


「は?」




 大男が繰り出す緩慢な攻撃を、テシは悠々と余裕をもって躱す。
 ブンッ! ブンッ!
 大男は必死にその電動鋸を振るうが、空を切るのみ。
 まるで、酔っ払いとプロのボクサーのような戦い。
 大振りの電動鋸は、テシに全く当たる気配がなかった。
 一方、テシはアヤメから借り受けた小刀で、的確に大男にダメージを与えていた。
 指を落とし、皮膚を斬り、脇腹を裂き、肩肉を削る。
 大男は電動鋸を持つための組織、筋などをすべてテシに削られた。


 ガシャン!


 電動鋸が男の手から落ち、その場でウィィィンと、音を上げながら回転する。




「ウグ……、ググググゥ……ウァアアアアアア……!!」


「終わりじゃな。貴様も、貴様が手にかけた人たちと同じように死ぬがよい」


「ア」




 テシはすばやく大男の後ろに回り込むと、踵骨アキレス腱、大腿四頭筋太ももの裏をすばやく斬りつけた。
 物理的に立っていられなくなった大男は、その場で膝をつくようにして前かがみに崩れる。
 しかし、そこに待っているのは回転している電動鋸。
 大男は断末魔をあげながら、自らの得物に解体されていった。




「ふぅ……って、お、おねえちゃん? まだいたのか? なにをしておるのじゃ?」


「き、筋トレ……?」









 床には赤黒い血で描かれた六芒星ヘクサグラム
 その上には供物である人間の死体。
 それが綺麗に、パーツ毎に切り揃えられ、器に盛られている。
 黒いローブを被った男たちが六芒星の前で、熱心に祈りをささげていた。




「御用である! 今すぐこの行為をやめるのじゃ! このサイコ信者共め!」


「……国の狗どもが……、神聖な儀式を邪魔するかァ!」


「神聖? この血なまぐさいオフ会がか? ふざけんなよ。やりたいんなら自分の体使ってやってろってんだ、腐れ外道!」


「何を言っても、もう遅い! 儀式はすでに始まっている! 暫し終わるまでそこで見届けろ!」


「誰が待つか、ボケ! いますぐおまえらも三枚におろして、クソ龍とやらの餌にしてや――」


「来る! 来るぞ! 降臨なさるぞ! これで我々の悲願が――」




 閃光。
 あたりが眩い光に包まれる。
 タカシとテシはそのあまりの光量に一瞬、目を覆う。


 ――ゴリィ、バリバリ、ゴキ、ブチブチブチィィィッ!!


 骨が折れ、皮が裂け、肉が変形する。
 黒いローブを着た男たちの体が、次第に歪に変形していった。


「ああ……ああああ……アアアアアアアアア、アアアアアアアアアアアアアアアァァッァッァァァ……!!」


 教徒の表情は苦痛に耐えるというよりも、それを甘受しているといった表情だった。




「これで……コレデ、セカイハ――」




 やがて光が一点に収束していくと、ふたたびその場に闇が訪れた。
 闇。
 先ほどまでは違い、全くの闇。
 一点の光すら差し込まない暗黒。




「くっ……、おいテシ、気をつけろよ。何してくるかわかんねえからな」


「わかっておる。おねえちゃんも――」




 グォォォォォォォ!!


 腹の底に響くような咆哮。
 その咆哮は、明らかに人間の喉から発せられたものではなかった。




「クハハハハ……! ここが人間界か」




 闇がかき消され・・・・・、そこに――その空間に光が訪れる。
 鋭い爪、牙、大きく発達した翼。
 黒いローブを被っていた・・・・・男たちは、原型こそ残しているものの、その風体を大きく変えていた。




「な、なんなんだ、おまえらは……?」


「なんだチミたちはってか? そうです、わたしたちがドラゴンです」


「絶対ツッコまねえ! 絶対にだ!」


『ど、どうしたんですか、タカシさん? そんなに取り乱して……』


「……いや、なんでもない。それよりも、おまえらドラゴンっつったよな?」


「そうだ。我らはドラゴン。至高にして最高の種族。ゆえに貴様らホモサピエンス共とは住んでいる次元が違う。だからこうして、比較的敬虔けいけんなホモサピエンス教徒を媒介として、人間界に顕現したのだ。感謝しろ。そして敬服せよ、教徒共・・・


「ドーラはどこだ……!」


「ぬ?」


「……ドーラを返しやがれ。トカゲ野郎ォ!」


「ほう。この雌猿。なかなかおもしろいことを言うではないか。なあ、ゴーン?」


「え? そうか? 俺は笑えんがな」


「いやいや、あのな、そこは同意しておけ。皮肉なのだから」




 そのやりとりにしびれを切らしたタカシが自称ドラゴン・・・・たちに近づこうとする。
 しかしテシはそれに対して、体を張って諫めた。




「堪えるのじゃ、おねえちゃん。どうやらやつらは、さきほどのサイコ集団とはちがい、話が通じそうな様子。それに、どうやらワシらのことを教徒だと勘違いしておる。ここは一旦、情報収集に努めたほうがよさそうじゃ」


「……くっ、そうだなテシ。……悪かった。助かったよ。テシの言う通りだ」


「にゅふふ。気にしなくていいのじゃ……。それで、ドラゴンとやら……、おぬしたちはどうしてここに?」


「おい、そこなちびっ子。口の訊き方に気をつけろ。我らはそこらにいる有象無象のドラゴンとは一線を画す、神龍ゴッデスドラゴンだ。今度その生意気な口をきいてみろ。焼き殺してやるからな」


「じ、自分でドラゴンって言ったではないか……」


「さて、質疑応答の時間でも設けるか。……寛大な我らである。敬虔な教徒の質問であれば、ある程度なら聞いてやるぞ、猿共」

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