憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
勅使河原勅使の覚悟
「んあ? あれ? おねえちゃん!? その恰好は――じゃなくて、なんでここにいるのじゃ?」
「テシ!? お、おまえこそ、なんで地下に……」
「ワシか? ワシはいろいろとあってじゃな……そ、それよりも、さきほどの悲鳴を聞いたか? おねえちゃん」
「ああ。それが気になって、そこに向かおうとしていたところだったんけど――って、おまえ、大丈夫か!? その腕!」
テシはタカシに指摘されると、自らの腕をサッと背中に隠した。
「こ、これは……な、なんでもないのじゃ」
「なんでもないわけねえだろ! 血まみれじゃねえか! それに、ほっぺたも切れてるし……見せてみろ、治してやっから!」
タカシはそう言うと、強引にテシの腕をグイッと引っ張った。
テシはすこし痛がる素振りをみせるが、そのままタカシに自分の腕を預けた。
「待ってろよ……」
タカシがテシの腕に手をかざす。
暖かい緑光が、銃弾で貫かれたテシの腕を包み込んだ。
やがて治療が終わったのか、タカシはテシの腕から手を放す。
そしてそのままテシの頬に手をあてた。
テシは瞼を閉じ、気持ちよさそうに口を緩ませている。
「――こんなもんだろ、どうだ?」
「すごいのじゃ、おねえちゃん。そういえば、おねえちゃんの頬の傷もなくなっておるな……、それも自分で治療したのか?」
「ああ、大抵の――いや、ほぼ全部だな。なんなら死んでても治せる。オレの回復魔法は」
「それはすごいのじゃ! それにしても、……ほむほむ、魔法か。トバではめずらしい概念じゃな」
「そうなのか? 魔石がなくても、純粋に魔法を使える人間はいるんじゃないのか?」
「おるにはおるのじゃが……、姫より話に聞いている、エストリアの人たちほどではないかの……。おねえちゃんや、マーノン殿……他にも――」
「やめろ。その名前をだすな」
「え? あ、え? なんでそのような表情を……一体なにがあったのじゃ……」
「聞くな」
「あーっと……、とにかく、その方たちのように、魔法の素養がある者は限りなく少なくての。ちょうど、姫なんかはその中のひとりなのじゃ」
「シノさん……魔法使えたのか……」
「そうじゃ。姫の使う『残心の太刀』なんかが最たる例じゃの。あれは自身の刀筋を空間に固定するというもの。触れればたちまち、刀を振った速度の衝撃でスパッと切れてしまう……いうなれば常にそこで斬撃が行われている、ということじゃ」
「ああ、あれか。海賊を撃退するとき船の上で見たよ。あのときは適当に流してたけど、すげえよな。防御に徹したら無敵なんじゃねえの?」
「そうじゃの。じゃから、姫はほんとにすごいお方なのじゃ」
「はは、テシはほんとにシノさんが好きなんだな」
タカシがテシの頭をぐりぐりと撫でまわす。
「にゅふふふ、当たり前じゃ。なんといっても、尊敬する姉弟子じゃからのぅ!」
「……テシってなーんか、だれかに似てると思ったら、おまえだったな、ルーシー」
『そ、そうですかね……。でもわたしはこんなに、シノさんに対して盲目的じゃなっかと思いますけど……』
「へえ、こいつは驚いた。おまえ、都合の悪いことはすぐに忘れるスキルを持ってるんだな。今度教えてくれよ」
『やめてください、その皮肉。そりゃ、シノさんはなんかよくわからない事をしてきたりしますが、それでもわたしの尊敬している女性ですから。そこは譲れませんとも』
「相手してるのはオレなんだけどな……」
「おねえちゃん、とりあえず、急いだほうがいいじゃろうな」
「ああ、そうだな――っ!?」
タカシが突然、鼻と口をおさえ、眉をひそめる。
『どうしたんですか、タカシさん!?』
「くっ、キモチワリィ! 運ばれてるときも思ったんだが……、ここの臭いは尋常じゃねえ……! なんなんだこれ……!」
「これは人間の血と油の入り混じった臭いじゃ。……資料にもあったとおりじゃな。これが奴らの言う儀式なのじゃろう……」
「これが儀式ってか……胸糞悪いこと、この上ねえな」
「……しかし、これは妙じゃの……」
「妙……? どういう意味だ」
「この臭い、これはかなりものものじゃ。嗅ぐだけで、鳥肌が立ち、眩暈がして、敏感なものは嘔吐するだろう」
「ああ、そうだ。いますぐ帰りたいくらいだな」
「いやいや、そうではないじゃ。ここは地下……、加えて、ここはどうみても作られて間もない――というよりも、急ごしらえの空間。したがって、換気する装置気が回らんかったのじゃろう。そんなところで、ここまでド派手な臭いをまき散らしておれば、いずれこの臭いは外部へ漏れ出す……あやつらもそれはわかっているはずじゃ」
「もう、あいつらも止まる気はないってことか……? もう城の連中に気づかれても、構わないってとこまできてるのか? ……なんだ? 儀式ってやつはなんのための儀式なんだ?」
「わからぬ……しかし、胸騒ぎがするのじゃ……」
「…………」
「この胸騒ぎの正体が何かはわからぬが……、おねえちゃん、これより先はとくに注意して進むのぞ」
「……おう、わかってる。いくぞ、テシ」
「応じゃ」
◇
「うぐぅぁ……ッ!?」
銃弾がテシの頬、その真横を掠める。
頬に刻まれた赤い直線から、ツー……と、鮮血が流れ落ちる。
ドシャッ……!
地に伏したのはハガクレ。
テシがタカシと合流する数分前。
城内で、テシとハガクレが向かい合っていた時まで遡る。
テシは何が起こったのか、理解できずにいた。
やがて足に力が入らなくなったのか、テシはその場にへなへなと座り込んだ。
「な、なんで――」
「いっちゃん、大丈夫? 怪我はない?」
「あ、アヤメ殿!?」
「ケガ……しちゃってるのね……。ごめんなさい、わたしのところの人が……」
「いや、それはいいのじゃが……、それよりも、アヤメ殿はどうしてここに……?」
「……そうね。ホントは秘密なんだけど、こんなところを見られちゃ、もう秘密も何もないわよね。いいわ、話してあげる。数年前の――皇が神龍教団を壊滅させたのは知っているわよね」
「無論じゃ。当時はかなり話題になっておったからの」
「じつはそのとき、神龍教団は完全に潰れてなかったの」
「す、すまぬアヤメ殿。その話は知っておる」
「そ、そうなの? えと、じゃあ……どこから話したらいいのかしら……」
「では、葉隠殿のことについて話してほしいのじゃ」
「えーっと、葉隠さんは神龍教団の幹部よ」
「か、幹部……なのか?」
「そうなのよ。困ったものよね」
「困ったもの……という括りでは、済まない気がするんじゃが……」
「もう何年も所属していたみたい。……まんまと騙されていたわ」
「そうじゃったのか……それではアヤメ殿は葉隠殿を消すために?」
「じつはそうじゃないのよ。わたしの任務は尾行。葉隠さんの後についていって、アジトの場所を調べる。それがわたしの仕事……だったんだけど……」
「うう……それをワシが邪魔してしまったのか……すまぬのじゃ」
「ううん、気にしないでいいわ。それよりも、いっちゃんの命のほうが大事だからね。それに、どうやらそのアジトはこの城内にあるっぽいのよね」
「城内!? そんなことは――いや、あり得るのか……、葉隠殿がいれば……」
「そう、葉隠さん。警戒してたのかどうか知らないけれど、最近はあえて城に近づくことはしていなかったの。でも、今日になって城周辺に近づいてきてて……姿を消していたのよ」
「もしかして、あのときアヤメ殿が城の前にいたのは……?」
「そうね。まぁ、シノがいたせいで頭から任務が飛んじゃって……それで、気がついたときにはもう……」
「どれだけ姫が好きなのじゃ……」
「ち、ちち……、ちがうわよ! そんなんじゃないわ! ……ま、まぁけど、幼馴染が数年ぶりに帰ってきたんだもの。神龍教団幹部のひとりやふたり、見失っちゃうわよ」
「それはダメじゃろ……」
「まあ、でもこうして疑問は確信へと変わったわ。やっぱり葉隠さんは神龍教団教徒で、神龍教団は潰れていなくて、アジトは城にある。それだけで十分じゃない?」
「そ、そうなのじゃろうか……城とはいってもトバ城は広い。見つけるのも難しいと思うのじゃ」
「うん、たしかに問題はそこなんだけど、それにも目星はついてるのよね」
「そ、そうなのか?」
「皇との謁見のあと、わたしが別れたの覚えてる?」
「たしか『やることがある』と言っておったのじゃ」
「そう。そのとき、わたし訊いたのよ。城の人たちにね」
「なにをじゃ?」
「簡単よ。あのとき葉隠さんは二階に上がったか? ってね」
「あ」
「それで、誰一人として『二階へ向かった』とは言ってなかったわ。隠密衆なんだから、気配を消して上がったとも考えられるんだけど、そんなことをしちゃったら、余計に目立っちゃうからね」
「ということは……?」
「そう。消去法としては一階しかないってわけなんだけど、ここからが妙でね。一階にいた人たちはだれも葉隠さんを見ていなかったらしいのよ」
「ど、どういうことじゃ?」
「それが私にもわからないのよね……一階にいなかったということはあり得ないし、もちろん二階にも上がっていない……」
「むむぅ……どうなっとるんじゃ」
「そこで、絞られる――というか、残っている選択肢が地下だけなの」
「地下って、地下か? 倉庫じゃろう。あんなところ、なにもないぞ」
「でも、もうそこしか考えられないしね。実際にまだ調べてなかったし」
「うー……ん、そうじゃの。ここは思い切って倉庫を調べるしかなさそうじゃ。よし、ワシも手伝うぞ――あぐっ!? いたた……」
「ああっと、無理しないで、いっちゃん。あとはわたしがなんとか――!?」
ガバッ!
アヤメがテシに覆いかぶさるようにして、抱きつく。
直後――
パスッという銃声が響いた。
「あ……痛っ……!」
「アヤメ殿!?」
「あなたたちを……、決して地下へは行かせません。今、とてもいいところなんですよ、邪魔をしないでもら――」
ゴト……。
葉隠の手首が、持っていた拳銃ごと落ちる。
「ああ、あああぎゃ――」
葉隠が叫ぶよりもさきに、首が胴から離れ、床に転がる。
アヤメは手に持った小刀を懐にしまうと、力無くパタンと倒れてしまった。
「アヤメ殿……!?」
「ご、ごめんね、いっちゃ……ごほっ、ごほっ!」
「は、肺をやられておるのか……! いますぐ医者を――」
アヤメはテシの腕を強引に掴んで制止させる。
「な、なにを――」
「わたしは……大丈夫。……いい? いますぐ、皇でもだれでもいいから、このことを伝えて。もう、時間が……ごほっ、ごほっ……、ないかも……」
「しかし、アヤメ殿は……?」
「大丈夫。こんなのでわたしは死なないから。それよりも、お願いね」
「うう……」
「お願い。これは命令でも……ないんでも……ない。我儘な姉弟子からの……我儘なお願い。それとも……ふふ……もうわたしは……あなたの姉弟子では……ないのかしら?」
「ず、ずるいのじゃ! そんなこと言われたら、断れぬではないか……」
「じゃあ、お願いね。いっちゃん」
「うむ、わかったのじゃ……!」
「あと、これも……」
「これは……アヤメ殿の?」
「う……ん。バーゲンセールで買った……小刀。いまいっちゃん、武器ないでしょ? だからこれを代わりに使って……、毎日研いでるから、切れ味だけは……いいから」
「う、うん。ありがたく使わせてもらうのじゃ」
「ごめんね、眠い。わたし、もう、寝る……から」
「あ、アヤメ殿!?」
アヤメは目を閉じると、そのまま動かなくなってしまった。
「うう……、アヤメ殿……。ワシのせいで……」
「すー……すー……」
「って、ホントに寝ておるだけかい。……とりあえず、ここでできるだけの治療はしてから、それから行動じゃ……」
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