憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

残心の紫乃



「あれ? ルーシーちゃん元気ないかんじ?」




 船の甲板。
 そこで大の字に寝転んでいるタカシの顔を、シノが覗き込んだ。
 その手にはちょうど、海苔で巻かれたおにぎりをふたつ持っている。
 航海日数はすでに二週間目に到達していた。
 それにも関わらず、サキは遠くのほう船首に掴まって、サナギのように固まっている。




「シノさん……」


「サキちゃん、ここ何日かまったく動かないね」


「あいつなりの精神統一じゃないですかね……そもそもマーノンさんに運ばれてたときも……はぁ」


「ん? どうしたの?」


「……そうですね。元気がないというか、なにもやる気がでないというか……、いやなことを思い出してしまったというか……」


「うーん。故郷に帰る身としては久しぶりだし、そこそこ嬉しかったりするんだけど、そこまでヘコまれるとなんだか複雑かな……あはは」


「あ、すみません。そういうつもりはなかったんですけど……はぁ」


「まあ、ルーシーちゃんにもいろいろあるよね。ほい、これ食べて元気出してよ。向こうに着いたら、もっとおいしい料理出してくれる食堂紹介するからさ」


「ありがとうございます。……トバの食べ物ですか……、それはすこし楽しみですね」


「うんうん、エストリアのご飯ももちろんおいしいけど、トバのご飯もおいしいんだよ? ちなみに、これはね――」


「おにぎりですね。ありがとうございます。ちなみに、具はなんですか? 自分は梅とか、あとはおかかが好きなんですけど……。シノさんは?」


「…………」




 シノはタカシの問いかけには答えず、タカシの顔をじっと見つめた。
 タカシはそれに気づくと、口元まで運んでいたおにぎりをすっと降ろした。




「あ、あの……、なにか?」


「……エストリアってたしかおにぎり売ってないよね?」


「そ、そうでしたっけ?」


「うん、たぶん。……いや、絶対そうだよ。だって、あたしエストリアに来たときはずっと自分でご飯作ってたし」


「さ、最近できたんですよ……」


「へえ、そうなんだ? じゃあ今度行ってみようかな」


「どうぞどうぞ……、もう、閉店してるかもですけど……」


「閉店!? 最近できたばっかりなのに?」


「そ、それは……」


「うーん。ルーシーちゃん、あたしになにか隠して――」




 ドォォォォォォォォンッ!!




 轟音。
 直後、船の側面。
 海上に大きな水柱が立ち昇り、帆船が大きく揺れる。




「な、なんだ!?」


「砲弾です! それと、船体の遥か後方にうっすらですが、船影を確認!」


「うっすら? どういうことだ!」


 タカシは立ち上がると、声を上げた騎士を捕まえて詰問した。


「海賊船です! これは海賊船による襲撃です!」


 詰問されている騎士とは別の、マストで双眼鏡を持っていた乗組員が答えた。


「こ、この海域は比較的安全とのことで、ここの海路をとったのですが――」


「御託はいい。敵の情報を話せ」


「は、はい。敵はまだ肉眼では見えませんが、海賊です! 帆に骸骨のプリントが!」


「海賊……」


『なんだか、あれですね。タカシさんは「賊」とつく人たちになにやら因縁があるみたいですね』


「言ってる場合か! ……おい、肉眼では断定できないと言ったな?」


「はい。しかし敵はこちらよりもかなり精度のいい大砲を使っているようで……」


「こっちの砲撃は?」


「当たるどころか、届きもしないかと……」


「チッ……、海賊が何でそんな高性能装備を持ってんだよ」


「ここはもうトバ国近海だからじゃないかと」


「それと何が関係あるんだよ」


「ルーシーちゃん、それは後! いまはそんなこと言ってる場合じゃないよ。とにかくこの状況をなんとかしなきゃ!」


「はぁ、もうちょっといい船はなかったのか……」


「ルーシー殿、お言葉ですが、これがエストリアにて最高水準の船でして……」


「まじかよ。ったく、どうなってんだ、トバ国近郊の海賊は。……他に船影は?」


「一隻のみです!」


「後方から一隻だけか。だったらサキの魅了毒を風に乗せることで――サキ!」


「――――」




 サキはただ船首に掴まりながら、目を閉じて瞑想している。




「あいつ、いつまでああやってるつもりだ……」


「ルーシー殿、どうしましょう!」


 青銅騎士がルーシーの指示を仰ぐ。


「……サキはつかえない。だったら、賊はオレが片付ける。おまえら、船をここで一時的に停船させろ。相手が近づいてきたところを、オレがぶっ叩く!」


「いや、それはダメだよ。このままトバ国まで全速前進! 止まっちゃダメ」


「シノさん!? でもそれじゃ、いつか砲弾が命中して沈没しますよ! それに悔しいですけど、あっちのほうが色々と高性能です! だったら――」


「それでもし待ち伏せして、海賊が何か勘づいて、大砲しか撃ってこなかったら消耗戦になっちゃうでしょ? それじゃ不毛だし、それこそ沈没しちゃうんじゃない?」


「で、ですが――」


「だいじょうぶだいじょうぶ。あたしだって、考えなしでそんなこと言わないって。ここはおねーさんにどーんと、任せときなさい! あの程度の船なんか、賀茂の一振りで轟沈できるからっ!」


「……シノさんがそこまで言うなら、こっちはこれ以上何も言わないですけど……それよりも敵の船が見えるんですか? まだすこし、船影がボヤッと見えるだけですよね……」


「まあね。目は前髪に隠れてるけど、視力はいいんだ。昔からね」


「…………」


「あ、いま『それなら隠す必要なくないっすか?』って可愛い声で思ったでしょ?」


「いえ……、可愛いかどうかはべつに関係ないですけど、たしかに隠す必要はないかなって……」


「前にも言ったと思うけど、ちょっとコンプレックスがあるんだよね。まあ、これに関してはこれくらいで勘弁してよー。ははは」


「ではルーシー殿、これよりこのマジェスティックマディソンマルドゥークマゼンタ號は全速前進でトバへ目指します。それでよろしいですか?」


「ま、まじぇまじぇ……!? この船、そんな名前だったのかよ……」


『なんというか、アンさんが好きそうな名前ですね』


「はい。ちなみにマジェスティックマディソンマルドゥークマゼンタ號は十号まであります」


「まじか。計十回もめんどくさいのかよ。ちなみにオレたちがいま乗ってるのは何号なんだ?」


「第五十四号です」


「なんでだよ! 十号までじゃなかったのかよ!」


「すみません。ちょっと適当言いました」


「なんで!?」


「あの、緊急事態なんでもう行っていいですかね」


「行けよ!」


「おう!」


「お、いい返事だな! ……じゃねえよ、友達かよ! 上司! わかるか? こんなナリだけど、おまえの上司だから! 友達じゃねえから!」




 ルーシーの部下はなぜか満足したような顔をすると、急いで持ち場へとついた。




「部下の子と仲いいんだね、ルーシーちゃん」


「いやいや、いまの見てなんでそんな感想が出てくるんですか! どう見ても舐められてるでしょ」


「な、なめッ!? なんて破廉恥な! おねーさんにも舐めさせなさい!」


「や、やめっ……ちょっと、シノさん、その前にどうするんですか? 敵の海賊船はこちらより性能のいい望遠鏡、砲台を持っています。ということは、普通に考えて船のスペックも相手のほうが上ということになってきます。そんなことではどのみち逃げ切れるどころか、じり貧になって最後には砲弾を食ら――」




 ドォォォン!!


 再び轟音。
 射出された砲弾は、まっすぐ、シノめがけて飛んできた。




「シノさん、あぶなっ――!!」




 風切り音。
 そのあとにシャキン、と鉄が裁断される音。
 砲弾は一瞬でまっぷたつになると、海上にふたつの水柱を巻き上げた。




「ま……任せます」


「ほいきた!」




 シノはそう言うと、ツカツカと船尾まで移動していった。
 船の最後尾。
 シノはそこで刀を頭上に構え、腰をすっと落とす。
 切っ先をピタッとまっすぐ、海賊の船影を向けた。
 賀茂の刀身には風が逆巻き、ヒュウヒュウと唸りをあげている。
 その構えはエストリアで、アンとの戦いの時に見せたものだった。
 そして――




「一刀両断! 残心の太刀!!」


 ズバン!!
 シノは一息に刀を振り下ろした。


 静寂。
 長い静寂。


「あ、あのぅ……?」




 なにかが起こる気配はない。
 たまらずタカシは心配そうに、シノに声をかけた。




「今だよ。全速前進!」


「え? わ、わかりました!」




 タカシが合図をすると、部下が急いで帆を張り、風を受けて船が速度を上げた。
 海賊船もそれを察したのか、マジェスティックマディソンマルドゥークマゼンタ第五十四號を猛スピードで追躡ツイジョウする。




「うそだろ、相手の船、はっや!! こんなんじゃすぐ追いつかれますよ! 仕方ない……各員、戦闘態勢を――」


「大丈夫だよ。ここらであたしの見せ場も作っとかないとね」


「え? それってどういう――」




 ヂュイイイイイイィィィイイイン……!!


 チェーンソーが木材を裁断するような、甲高い音。
 突如、海賊船が中心を境に、まっぷたつに裂けて・・・いく。
 ふたつに分かたれ、浮力を失くした海賊船は、そのまま海へと沈んでいった。
 海面には直前で難を逃れた海賊たちが、なすすべなくぷかぷかと浮いている。


 静寂。
 そのあとに――
「ワーーーーーーー!!」
 と、マジェスティックマディソンマルドゥークマゼンタ第五十四號の乗組員が歓声を上げた。




「な――なにをしたんですか?!」


「あたしの二つ名は『残心の紫乃シノ』あたしの太刀筋はしばらくその場に残る・・んだよ」


「……はい?」


「あー……ごめん。よくわからないよね。うん、デモンストレーションしてみようか。ルーシーちゃん、ちょっと船を停めてくれる? すぐ済むからさ」


「あ、はい。……おい」


 タカシは部下に顎で合図を送る。


「おっけー、停めるからねー、ルーシーちゃん」


「おまえ、ぜったい舐めてるよな……あとで覚えとけよ」




 やがて船が停止すると、シノとタカシは甲板に向かう。
 そのはそこで再度、さきほどのように刀を構えた。




「むぅん……、そぉい!」
 という間の抜けた掛け声とともに、今度は水平に刀を振るった。




「ほらルーシーちゃん、ここにリンゴ投げてみてよ」




 シノは持っていたリンゴをタカシに投げて渡した。
 タカシはそれを受け取ると、じぃっと、手の中のリンゴを見つめた。




「……なんかこういうときって、必ずリンゴが被害者になりますよね……」


「えぇ……、そんなこと言われると、なんだか急にリンゴに対しての罪悪感が――」


「ほい」


「ええ!? いまのやり取りに意味は?」




 タカシは一切の躊躇なく、シノに言われた通りりんごを放り投げた。
 リンゴは綺麗な放物線を描くと、突然、空中でスパッと切れる。
 まっぷたつに切れたリンゴはポトっと甲板へと落ちた。
 タカシは落ちたリンゴを拾い上げると、シャリッと齧ってみせた。




「どうかな? 感想は」


「すっぱいです。なんというか、甘くない」


「そ、そう……」




 シノはシュンと悄気しょげると、そのまま刀を納めた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品