憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

タカシの旅立ち(幕間)





「うう、ルーちゃん。元気でね。向こうに行っても手紙はちゃんと出すのよ」
「ああ、しっかりやるんだぞ。ルーシー。おまえのためにも、そして、私たちのためにもな。……ちなみにこれは、きちんと仕送りをしてくれという意味だ」




 ルーシーの家の門前。
 タカシを見送るべく、ルーシーの家族がそこで集まっていた。




「わかってるよ。ったく……、娘が旅立つときに金の話なんてするかね……」


「しっかりやるのよ。かあさんも見てるから」


「アン、おまえは母親でもなんでもないだろうが」


「我が娘よ」


「『我が娘よ』じゃねえよ! なんでウチに母親がふたりいるんだよ! 一夫多妻制かよ!」


「そのツッコミはちょっと弱い」


「なんでオレのツッコミを否定されてんだ……」


「ルルルール・ルールルも、またね」


『う、うーん……、さっきのタカシさんの例があった手前、ダイレクトにツッコミづらい……』


「失敗を恐れないで」


『え、あ、はい。……なんか励まされた……?』


「それにしても、ドーラのやつはどこいったんだ?」


「あ、あれ? 自分は無視していく方向なんすか?」


 ルーシー一家とアンに混じって、ちょこんと立っていたヘンリーが嘆いた。


「さあ。昨日から見てない」


「そうか……、まあ、あいつのことだ。どこかで拗ねてるんだろうけどな」


「ああ……、もうガチ無視なんすね。なんだか虚しい……」


『そりゃそうですよ。だって、いきなり外国に行くからお別れなんて……。連れてってあげたらよかったのに……。ドーラちゃんの顔、見ました? すごい沈んだ顔してましたよ?』


「さすがに外国へ転勤になるのに、連れていくわけにはいかねえよ。それよりも、実家に預けてたほうが安心だろ」


『うー……ん。でも、ドーラちゃんの気持ちも、もうちょっと考えてあげたほうが良かったんじゃありませんか?』


「あいつだってしょうがないってわかってるだろ。ガキじゃあるまいし。そもそもあいつのあの言動だから忘れがちだけど、あいつ十万と九歳だからな?」


『それもそうですね。理解してくれることを祈ってましょう』


「な、なんか急にサバサバするな、おまえ……。ま、ということで、ドーラのこと、頼んだぞ。アン」


「任された。ぶいぶい」




 アンは相変わらずの無表情で、タカシにピースで応えてみせた。




「お料理も頑張る」


「そっか。実家で暮らすってことはおまえの飯も食えるってことだからな。そう考えるとドーラがちょっと羨ましいよ」


「照れる」


「ちゃんと照れろよ! 頬を赤らめたりしろよ! なんで無表情なんだよ! ……それで? 今日の献立とかは決まってんのか?」


「バカトカゲのスープに、バカトカゲのソテー」


「……おい、その材料どこで入手するつもりだ」


「ドーラからちょちょいっと」


「臆面もなく、あいつを食材にするな! バカかおまえは! いい加減仲良くしろ!」


「いや」


「なんでだよ!」


「頑張る」


「聞き分けいいな! おい!」


「でも、ちょっと残念。せっかく庭で育ててる香草がいい感じに育ったのに」


「……ちがう食材で活かせ」


「うん。いい感じに出来たらそっちに送るから」


「やめろ。トバに着くころにはその料理腐ってるから」


「これがほんとの屍人アンデッド料理」


「やかましいわ!」


「どうも、ありがとうございました」


「やめろ! なんか漫才みたくなるから! そのためにツッコんでたわけじゃねえから! 恥ずかしい!」


「タカシとわたしの漫才も完成度が高くなってきてる。僥倖僥倖」


「嬉しくねえ……。じゃあな、ヘンリー。達者でやれよ」


「え? あ、はい……あ、ありが……ありがどうございまず……! ううう……」


「な、なんで泣いてるんだよ……」


「ごべんなざい姉御……なんか無視されないのが嬉しくて……」


「不憫なやつ。……っと、そういえば、向こうにはおまえの兄貴がいるんだっけか?」


「そうっすね。たしかに兄貴はいるんですけど……」


「どうかしたのか?」


「あ、いえ……その……」


「んだよ、言えよ。気になるだろ」


「兄貴の下で働くことになるんですよね」


「そうだな。直属――とまではいかないけど、そうなるだろうな。シノさんも付いてくるみたいだし」


「気をつけてください」


「は? 何にだよ」


「兄貴は無口で何考えてるかわからないんで、冗談とかはちょっと控えたほうがいいかもしれないっす」


「まじで? ……兄弟なのにおまえとだいぶ違ってるんだな」


「そうっすね。悪いやつではないんすけど……」


「わかった。一応気には止めておくわ」


「はい。それと、よろしくと伝えておいてください」


『タカシさん、そういえばヘンリーさんって……』


「便所大臣のことか? 多分知らないだろうな。いや、大臣を降ろされたことは知ってるけど、何をやらかしたかは知らないだろうな」


『あ、それもあるんですけど……』


「ああ、ロンガさんのことか」


『はい。あの方って――あ、わたしは会ったことないんですけど、元大臣さんの息子さんだったんですよね。そんな方、大丈夫なんですか?』


「そこらへんはシノさんから話を聞いたろ。ロンガさんは今回の大臣のこととは無関係だって」


『はい、でもその際に聞いたのが――』


「まあ、さっきのヘンリーの話と食い違ってくるわな。オレたちが聞いたロンガさんの印象は気さくで優しい人だったはずだ」


『うーん、ロンガさんとは、結局どのような人なんでしょうか……。謎が深まるばかりです』


「どのみち、現地で会ったらわかるだろ。曲がりなりにも、王から『留学』を仰せつかっている身だ。いきなり斬りかかってくる変人ではないだろ」


『知ってましたかタカシさん、それ、フラグって言うんですよ』


「……知ってましたかルーシーさん、それ、野暮って言うんですよ」




『あ、あれ? あの遠くのほうに見える方ってマーノンさんじゃないですか?』


「あ」


『ちょ、ちょっと! なに一目散に逃げようとしてるんですか! せめて謝らないと! 謝って済むかどうかわからないですけど……』


「謝って済むわけがねえだろ。あの人結局、オレが埋めておいた鎧を見つけられずに、裸で帰ってきたんだぞ!? オレだったら、全権限を以てしてぶっ殺すわ!」


「こんにちは、ルーシーさん」


『ほら、もう逃げられませんよ。タカシさん』


「……おまえだって、止めなかったろ」


『それは……はい。だから一緒に謝ります』


「それ、意味ねえだろ」


「――今日、出発だったんだよね」


「は、はい……」


「トバはかなり遠い。長い船旅になると思うけど、酔い止めの薬は持ったかい?」


「あ、いえ……でも、自分そういうの大丈夫なんで……」


「へえ、ルーシーさんは三半規管も強いんだね」


「まあそこそこにですけどね……」


「? どうかしたかい? さっきから俯いて、僕の顔を見てくれないみたいだけど?」


「ちょ、ちょっと……、最近土見るのにハマってまして」


「へ、へえ……、そうなんだ」


『あれ? タカシさん、これってもしかして記憶失くしてるパター――』


「ところで……、その……」




 マーノンは急に頬を紅くさせると、ぽりぽりとかいてみせた。
 タカシはこれを妙に思ったのか、顔を上げ、マーノンの顔をおずおずと見上げた。
 マーノンはタカシの視線に気がつくと、すこし気恥ずかしそうに視線を逸らした。




「えっと……なんですか?」


「あの、僕を――僕を口汚く罵りながら、足蹴りしてくれないか!?」


「……はぁ!?」
『……はぁ!?』




 タカシとルーシーが同時に声をあげる。
 まさに開いた口が塞がらないと言った状況で、タカシはその口を開けたまま固まってしまう。
 マーノンはそれに構わず続けた。




「あの日から――僕がキミに屈辱的な仕打ちを受けた日から、僕の心の隅のほうに、小さなしこりができてしまったんだ。ストレスが溜まっているのかと、最初は思った。だから、無理を言って休暇をとったりしたんだ。けど、どこにいようと、なにをしようとそのしこりは無くなるどころか、ムクムクと膨らんでいくんだ。心の病気かと思い、精神病院にもいったが、とくに悪いところはないといわれた。そして僕はふらふらと彷徨い歩き、気がついたらエストリアの繁華街裏路地通りにいたんだ」


「た、たしかそこらへんって……」


「うん。キミの友達、サキさんのお店とかがあるところだよね。……そこで僕は見てしまったんだ」


「あの、その見たものって聞かないとダメですか?」


「男が鞭で打たれて狂喜乱舞している様を……! それはまるで雷に打たれたような衝撃だった! 僕が求めていたのはコレだったんだ! そう、僕はそう悟った。そして飛んで火にいる夏の虫、砂糖に群がる蟻、光に集まる蛾のようにそこへと吸い込まれていったんだ」


「例えが全部虫って……」


「そこで僕は尻をしばかれながら思った。『こんなんじゃない』と! キミとのあの衝撃はこんなもんじゃなかったと!」


「あの、自分、もう船の時間に遅れるんで――」


「だから頼む、ルーシーさん! トバへ行く前に! エストリアを発つ前に! ……どうか、僕の尻をしばいてくれないだろうか……! そしてどうか、蔑むような眼で見下してはくれないだろうか!」


「あ、あの……、あのことについては自分も悪かったと思ってまして……それに、図らずもなんか新しい扉を開けてしまって……申し訳ない気持ちはいっぱいなんですが……、でも、上司の尻をしばくのは……ちょっと……」


「この通りだ!」




 マーノンは流れるような所作で土下座をしてみせた。
 遠くのほうでタカシを見ていたルーシーの家族から声があがる。




「なんで!?」


「頼む、もしすまないと思っているのなら、どうか……!」


「どうかじゃねえっすよ! あんたのほうがどうか・・・してんでしょ!」


「そうだ! あの日から僕はどうか・・・してしまったみたいだ! そしてそれを鎮めてくれるのはルーシーさん、キミしかいないんだ!」


「い――」


「い……? いいのかい? ありがとう! ここだよ、ここ! こに思いっきり来てくれ!」


「いやだーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!」




 タカシは涙目を浮かべながら走り去っていった。




「あ、ちょ……!」


「ま、マーノンさん? 姉御に何言ったんすか? あんな姉御、初めてみるんすけど……」


「ちょ、ちょっと、ビジネスの話……かな」




 マーノンはゆっくりと立ち上がると、これ以上ないくらい残念そうに、その場から立ち去っていった。

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