憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

イケメン騎士の痴態



「はっ」


「どうかした? アンちゃん?」




 ルーシー宅の畑。
 アンはそこで、いままで一心不乱に振っていた鍬をピタッと止めた。
 特になにに視線を合わせることもなく、ただゆっくりと後ろを振り向く。
 それに違和感を覚えたのか、ルーシーの母親がアンに声をかけていた。




「タカシの〇圧が……消えた……」


「タカシ? 霊〇? だれなのその人、アンちゃんのお友達かなにか?」


「……ううん。ちょっと言ってみたかっただけ。気にしないで」


「そうなの……。うふふ、それもアンデッドジョークなの?」


「ちがう。これは――」


「なんだ? またバカアンデッドがなにかいってたのか?」




 籠いっぱいに入った野菜を抱えながら、ドーラが現れた。
 頬には無邪気にも土が付いている。




「ドーラの〇圧が……消えた……」


「な、なんだかわからんが、わるぐちをいわれてることだけはわかるぞ!」


「バカにはしてない」


「え、そうなのか? じゃあ、つまり……どういうことだ?」


「アホトカゲが死んだってこと」


「だれもしんどらんわ! どっちかっていうとしんでるのはおまえじゃないか!」


「いえす。あいあむ」


「わあ! これがアンデッドジョークね、うふふ」


「お、おう……」




 ルーシーの母親は笑顔で手をパチパチと叩くと、アンはそれに応えている。
 対照的にドーラは困ったような顔をすると、籠を抱えたままどこかへ消えていった。









「あ、あなたたち!? なにを……!」




 電撃の音に反応したのか、屋敷の扉が開く。
 中から出てきた妃が、驚きと嫌悪の混じった顔でマーノンを見た。




「申し訳ありません夫人。すこし大掃除をしておりまして……」


「掃除なら、あなたの国でなさってください。いますぐお引き取りを」


「それは大丈夫ですよ。もう終わりましたから」


「終わった……?」


「はい、ここで黒焦げになっている者が――」


「な、何を言っているのですか? そこにはだれもいませんが……?」


「え、なッ……!?」


「お疲れさまっしたー!!」




 タカシは油断していたマーノンの手から書簡をくすねると、そのまま振り返ることなく、その場から走り去っていった。




「な!? か、返すんだ! ルーシーさん!」


「後で返しますってば! ……ただ、そんときには効力を失ってるかもしれませんけど!」


「く……っ、僕から逃げられると――あれ?」




 マーノンが体に電気を纏おうとするが、肝心の電気が発生する様子がない。
 そしてマーノンは足元に、自分の魔石が粉々に砕かれているのを発見した。




「僕の魔石が……! くそっ、なめるな! 魔石なしでも、魔法を使えるんだ!」




 さきほどに比べ出力は劣っているものの、マーノンは電気を纏い、タカシに追いすがった。
 マーノンは必死に手を伸ばし、タカシの手の中にある書簡を取り返そうと試みた。




「おっとと……! そう簡単には取らせませんよ」


「く、取れない……!」




 右左右左。
 マーノンはすばやく交互に手を伸ばすが、タカシはそれをゆらゆらと躱し続ける。
 やがて、そのトリックが分かったのか、マーノンは狙いを書簡ではなく胴体に定めた。
 鋭い電撃を帯びた手刀が、タカシの脇腹を抉るように突き出される。
 しかしタカシはその場で急停止して、それを躱した。
 マーノンは返す手で振り返りながら、電撃を放射状に放った。


 バチバチバチィ!!


 拡散する電撃は周りの草木を容赦なく焼き払う。
 マーノンは「しまった」と声をあげるが、すぐに振り返った。
 タカシはいつの間にか、マーノンを置き去りにして走っていた。




「さすがです。ただ、そんなことやってても、一生取れないですよ」


「無駄口を叩いていないで、それを渡すんだ! これは最後通告だ」


「もう最後通告は終わってるでしょ、さっきのでも殺す気だったクセに……。それに、そんなにほしいなら奪い取ればいいでしょ?」


「……わかったぞ! その眼か……!」


「ゲ」




 マーノンは纏っている電気の出力を最大まで上げ、タカシの目をつぶしにかかった。




電撃の陽光エレクトリック・ソル!!」




 まるで太陽の光のような電光が、辺りを照射する。
 そのあまりの出力に、周囲の木や草からプスプスと焦煙があがる。




「どうだい! 目を瞑っていてもこれでは――」




 ドォゴッッッッッッ!!


 マーノンの顔面にタカシの拳がめり込む。
 タカシの拳の第三関節が、マーノンの顔にゴリゴリとめり込んでいく。
 鼻骨は折れ、上の前歯も根元から折れた。


「シッ!!」


 なおもタカシは腕の力は緩めずに、そのまま殴りぬく。
 マーノンの後頭部が地面に打ち付けられた。


 ゴドン!!


 という鈍い音が響く。




「くっ、目が……! いい加減にしないと、まじに殴りますよ!」


『タカシさん、もう殴ってます!』


「……い、いいかげんにしないと、まじに蹴りますよ」


『これ以上何かしたら死んじゃいますって!』


「すまん。なんも見えないから、マーノンさんがどうなってるかもわからん。どうなってる?」


『えと……うわぁ……む、むごい……』


「ま、まじ?」


『イケメンが台無しです』


「そんなに?」


『ご想像におまかせします』


「いやいや想像したくねえって、それにだいたいの感触でわかったし」


『そ、それでタカシさんどうしたんですか?』


「網膜……というか、眼球を焼かれた」


『ええ!?』


「瞼開けてみるか?」


『ちょ、やめてください! トラウマを植え付けようとしないでくださいよ!』


「はぁ……、ゼロ距離照射とかさすが聖虹騎士。やることがえげつねえわ……。さきに魔石ぶっ壊してなかったらどうなってたか……」


『それよりも、大丈夫ですか? なんか目から涙みたいに血が出てますけど』


「傷は治せる……とは思うけど、視力はどうだろうな」




 そう言ってタカシが手を瞼へ当てようとすると――


 バッチィィィィィン!!


 と、一筋の雷がマーノンの指から放たれた。
 雷はタカシの腹部を貫通すると、そのまま後ろにあった木々をなぎ倒していった。




『タカシさんっ!?』


「とっさに後ろに飛び退いたのに……勢いを殺せなかった……」




 マーノンは仰向けで倒れたままそう言った。




「でも、はは……、結局相討ち、かぁ……白銀の、女の子相手に……、なさけ、ない、なぁ……」




 マーノンの手がパタンと、力なく地に落ちる。




『だ……だがじざん……! じなないでくだしゃい……!』




 ひざをつき、肩で大きく息をしているタカシ。
 その頭上ではルーシーが慌てふためいている。
 ヒトダマの姿で、あっちこっちと右往左往していた。




『どーしよ、どーしよ。このままじゃ――』


「し、心配すんな。腹貫かれんのは二度目だからな。……ちょっとノスタルジックな気分に浸ってるだけだ……」


『もう、こんなときにまでそんなこと……。それに、この前とは状況が違います! 傷口も雷だから、焼き貫かれてるじゃないですか……! こんなのじゃ内臓も焼けてしまって、治せないんじゃないですか……!』


「……そ、そうだな。今度こそ――」




 タカシは手のひらを腹にあて、静かに目を閉じた。




「あ」


『え? え? どうかしましたか? なにかしてほしいことでも――』


「治ったわ」




 タカシが自分の腹をぺちぺちと軽くたたく。
 そこには焼けてボロボロになった腹などなく、とても女の子らしい、綺麗なおなかがあった。




『……ほんまや』


「これで、しばらくはへそ出しスタイルか。風邪ひかないようにしないとな。……あれ、ということは、目も治るんじゃ……」


『そ、そんなわけないじゃないですか。いくらなんでも――』


「見えるわ」


『ほんまや』




 タカシはマーノンに近づくと、崩壊している顔面に手をかざした。




『ど、どうするつもりですか、タカシさん!? マーノンさんはもう――』


「勘違いすんなって。こんなところで死なせねえ。意識が戻ったら、死にたくなるまで拷問して、いろいろと吐かせる。そのうえでまた顔面を潰す」


「いやいや、なに怖いこと言ってんですか」




 緑の光がマーノンを包み込み、傷を癒していく。
 崩壊していた顔面が、いつもどおりの整った顔に戻っていった。




「やっぱり……とりあえず、身ぐるみはがしてフルチンにさせておくか」


『うぇ? キャー! イヤー! な、なにやってんですか!』


「いやぁ、さすがにフルチンだとさっきみたいに追ってこれなくなるかなって。……それに、追ってきたら追ってきたで、それはそれで面白いだろ? ブランブランだぜ?」


『面白くないですよ!! それに、だからってそれはないですよ! ないです! あり得ないです! あ、ちょ、ほんとに脱がしてるし! なんてもん見せて――あれ、でも意外といい体して……って、なに言わせてんですか! イヤー! キャー!』


「ちっ、おまえこそ、なにひとりで盛り上がってんだよ」




 タカシは強引にマーノンの身ぐるみを剥ぐと、それらをすべて地面に埋めた。




「よし、こんなもんだろ」


『イヤー! はやくそれをしまってください! そんなもの見せないでください!』


「うっぜえな……。どうせ遅かれ早かれなあ、見ることになんだよォ!」


『や、やめ……! なに見せつけるようにして、ぶるんぶるん回してんですかっ! 汚い! ヤメテー!』


「うるせー! 社会勉強だ! ソーシャル的なスタディだ! マルチメディアでグローバリゼーションなんだ! しかとその目に焼き付けとけ!」


『股間で勉学を語らないでください! それに、こんなんじゃ勉強以前にトラウマになりますよっ! うう……、なんだか気分が悪くなってきました……悪夢です……』


「う、ううーん……ぶらぶら……ソーセージ……」


「や、やべ! 目ぇ、覚ますぞ! ずらかれ!」




 タカシはマーノンを乱雑に放り投げると、その場から一目散に立ち去った。

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