憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

終戦。そして新章へ――



 エストリア居住区。
 シノが屍人に襲われた場所。
 そこではいまだ屍人たちが山をなし、うごめいていた。
 すでに周辺の住民たちはみな、その場から離れており、あたりには屍人以外は何もいない。


 それにもかかわらず、屍人たちはいまだ何かを求め、中心へ中心へと進もうとしている。


 バリバリ


 という肉や骨が裂ける音が住宅街にコダマし、断続的に響いている。
 やがて屍人たちがピタッとその動きを止める。


 静寂。


 次の瞬間、屍人の山が歪んだ。
 歪みは次第に大きくなり、まるで鉛筆で何度も直線を引いたように、そこを境にバラバラと屍人たちが崩れていった。
 そして――


 バババッ!!


 と突然、屍人たちがミキサーにかけられたようにミンチへと変貌していった。




「よっと……」




 ミンチをビチャビチャとかきわけ、シノが山から這いずり出てくる。




「ぺっ、ぺっ、ぺっ」
 シノはその場で立ち上がると、何度もその場につばを吐いた。
「……いやぁ、ビビったビビった。……まさか、首飛ばしてもうごく――」




 シノは言いかけて止めた。
 視線の先にあるのは、屍人のミンチ。
 それらはいまだに活動を続けており、ピクピクと細かく痙攣していた。




「うわぁ、キモ……」




 シノは気持ち悪そうにそう洩らすと、懐からマッチ箱を取り出した。
 箱からマッチ棒すべて取り出すと、一気に火をつけ、ミンチの山へと放り投げる。
 火は屍人の残滓に引火するとそのまま延焼していった。


 シノが突然、口を閉じて、鼻をつまんだ。




「……くちゃい」




 そう小さく言い残すと、シノはその場から立ち去った。









「あ――」




 それがそのカライ兵の最後の言葉となった。
 デフがカライ兵最後の生き残りを盾で圧殺する。
 まるでプレス機で潰されたように、周囲にピシャッと血しぶきが飛び散る。
 同時に、デフの盾が淡い光を帯びる。
 それは「相殺の魔石」の効果が切れたことを意味していた。
 それに気づいた取り巻きのひとりが、デフに拡声器を手渡した。
 例によって、デフは懐から紙きれを取り出して、それを読み上げた。




「皆の者、ご苦労。これにより、エストリアの――」


「デフ殿、時間が……」




 そばにいた騎士がデフに耳打ちする。
 デフは「そうだった」と洩らすと、再度拡声器を口元へ持っていった。




「ただいまより帰還する。戦争は終わったが、まだ緊張状態にある事を忘れるな」


「緊張状態……? どういうことだ?」


「さぁ?」




 タカシが疑問符を浮かべる。
 サキもよくわからないといった顔で、タカシの顔を見た。




「そうだった……。まだみんなには話していなかったから、道すがらこのブーモ・・・が伝える」




「ブーモ」と紹介された黄金騎士が、事務的に頭を下げた。




「とりあえず今は、一刻も早くエストリアに戻る必要がある。荷物をまとめろ! 帰還するぞ!」









 エストリア居住区。
 エストリア大病院。
 そこは病院というよりも、もはや要塞のようになっていた。
 外敵の侵入を防ぐように木の杭が周囲に埋め込まれており、戦える者がそれの撃退にあたっている。


 大病院のなかには怪我をした者、行く当てがない者たちで、混沌としていた。
 その中にルーシーの両親とドーラ、そして顔に布をかけられ、仰向けで転がっているヘンリーがいた。




「久しぶりね、ドーラちゃん。元気かしら?」


「おっちゃんのそれ、ヘーキか? いたくないのか?」


「うん、問題ないみたい。そこまで深くなかったみたいで、出血はひどかったけど、命に別状はないって、お医者さんが言ってたわ」


「そうだったのか。よかった」


「それもこれも、アンちゃんのお陰よ」


「アン……て、あのバカアンデッド?」


「一度会ったわよね?」


「うん。あいつがどうしたんだ?」


「あの子がわたしたちを逃がしてくれたのよ」


「へえ、あいつが……それで、そのバカアンデッドはどこにいるんだ?」


「あの子は終わったら合流するって言ったきりなの。……だから、居ても立ってもいられなくて……ドーラちゃんはどう? 怪我はしてないの?」


「ケガはないぞ。ヘンリーとマエガミがあたしをマモってくれたからな。でも、けっきょくヘンリーは……」


「あの、生きてるんすけど」




 ヘンリーはムクリと上半身だけ起こすと、顔にかけてあった布をつまんでみせた。




「そう……、だったのね。ドーラちゃん、あなたのせいじゃないのよ。ヘンリーくんもこうなったことを、決して後悔はしていないと思うわ」


「あのー……」


「うん。あたし、ヘンリーのぶんもイッショウケンメイいきるから!」


「はぁ……」




 ヘンリーは再び横になると、顔に布をかけた。




『ワアアアアアアアアアアアアアアア!!』




 突然、病院の外で歓声が巻き起こる。




「あらあら、なにかしら……?」


「だいじょうぶだよ、おばさん。あたしがみてくるから」


「うふふ、あらそう? わるいわね」


「ヘンリー、ちょっとみてくるから、ここでイイコにまってるんだぞ」




 ヘンリーはドーラに声で返事はせず、手をひらひらとだけ動かした。


 すでに病院の入り口には大勢のやじ馬が外の様子を覗っていた。
 ドーラはなんとかして、野次馬をかきわけ、前へ前へと進んでいく。
 ややあって、野次馬の中からドーラが顔を出した。




「ま……、マエガミ……!?」




 歓声の中心にいたのはシノ。
 磁石に引き寄せられる砂鉄のように、屍人たちがシノに襲い掛かっている。
 シノはそれに対し自身の刀である銘刀賀茂で、応戦していた。
 前回の反省点を活かしてか、シノは目にもとまらぬ速度で、屍人ひとりひとりをコマ切れにしていた。
 そして散らばった肉片を、周りにいた騎士たちが、燃やしていっていた。
 屍人たちはその数を減らしていき、やがて、最後の一体となった。


 最後の屍人は、銀髪に紅眼の少女。
 手には血濡れた出刃包丁。
 眉ひとつ、ピクリとも動かさない無表情。
 その鮮やかな紅眼には、シノだけが映っていた。


 アンだった。


 シノがアンに他の屍人と同じように斬りかかる。
 アンは持っていた包丁で、シノの刀を防いでみせた。
 それは防いだというよりも、力を逃がしたという表現が近い。


「!?」


 刀による一撃が防がれたことに警戒したのか、シノはアンから大きく距離を開ける。


 シノは賀茂を頭上に持ってくると、切っ先をまっすぐアンに向け、大股を開き、腰を落とした。
 周囲の空気が変わり、鋭い風がシノを中心に回りはじめる。
 アンも今までにない冷ややかな目で、真っ直ぐにシノを見据え、迎撃態勢をとった。




「マエガミ! バカアンデッド! おまえたちはテキじゃないぞ!」


「あれ、ドーラちゃん?」
「あ、バカドラ」




 ドーラの声により両者の緊張状態が解ける。
 シノとアンが再び見つめ合う。


 が、突然そこでシノがふきだした。




「ぷ」


「なに」


「ごめんごめん、なんか拍子抜けしちゃって」


「というか、あなたドーラちゃんの知り合いなんだね」


「知り合いじゃない」


「え? でも確かにドーラちゃんはさっき……」


「バカドラはわたしの下僕」


「な、なんだとー? このアホアンデッド! もういっぺんいってみろ!」


「バカドラバカドラバカドラバカドラバカドラバカドラバカドラ……」


「む、むっかー! もうゆるさないからな!」


「……ここは?」




 アンは自分の肘を指さした。




「ひ、ひざ!」




 ドーラの自信満々な声がエストリアの空にコダマした。









 こうして多大な犠牲のもと、エストリアの平和は守られたのであった。
 やがてデフ率いるエストリア軍が帰国すると、国の復興が始まった。
 そして王のマーレーは今回のことで責任を問われ、牢獄へと幽閉された。
 罪状が決まるまでの期間ではあるが、エストリア王都での被害状況や屍人の監督不行き届きなど、マーレーは身に覚えのない罪をいくつかでっちあげられた。
 その他の関連などから鑑みて、マーレーの死刑はほぼ決まったも同然となってしまった。 


 かわりに大臣の座についていたラグローハが、急遽王の代理ということになり、仮ではあるものの、新エストリア政権がここに誕生した。


 タカシとサキは戦場での功績を認められ、タカシは白銀に、サキは青銅へと繰り上げられることになった。
 やがて新王であるラグローハは、友好国であるトバ(シノの故郷)との戦争に乗り出した。
 これにより聖虹騎士であったシノは捕虜となり、その地位をはく奪された。


 シノは捕虜となるとき、これにまったく異議を申し立てなかったと言われている。


 そして以降、エストリア国はエストリア帝国とその名を改めた。

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