憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

屍人の軍勢



 ドーラの咆哮。


拘束する咆哮バインドボイス


 賊は神経毒に侵されたようにして身動きが極端に制限され、動けなくなってしまった。




「あ、れ……?」


「これは、ドーラ……が、やったのか?」


「わ、わかんない……ひっしにサケんでみたらこんなことに……」




 ドーラはとてとてとヘンリーに近づいていき、一生懸命に助け起こした。




「いたっ! つつつ……」


「ごめんっ、いたかったか?」


「いや、大丈夫。すこし痛むだけだよ」




 ヘンリーはそう言って、倒れている賊に視線を落とした。
 賊にはまだ意識があり、恨めしそうに眼球だけでヘンリーとドーラを見上げている。




「さて……」


「あまりうごかないほうがいいぞヘンリー。もうボロボロじゃないか」


「いや……、まだ、やることがあるんだ……」


「やることって……あ」


「ちょっと、目閉じてろよ」




 ヘンリーは自分を抱きかかえているドーラからフラフラと離れる。
 すると倒れている賊に、ゆっくりと近づいていった。




「……よう、気分は……どうだよ」


「…………ッ!!」


「……もうなんもしゃべれないってか? それじゃあもう、なんも聞くことはできねえな……、いろいろと訊きたい事、あったんだけど」




 ヘンリーは手に持っていた剣を振りかざすと、一瞬のためらいもなく、賊を腹を貫いた。
 それを見ていたもうひとりの賊の顔面から、サー……と、血の気が引いていく。




「おまえも、どうせ話せないんだろ?」


「……! ……っ…………!」


「命乞いか? ……どうせエストリアの人たちがどんなに泣き叫んでも、見逃さなかったんだろ……?」




 賊は何か必死に訴えてはいるが、声は全く出ていなかった。




「はは……じゃあな」




 ヘンリーはまるで作業のように、淡々と残りの賊の息の根を止めた。




「……っち。……終わったよ、ドーラ」




 ドーラはヘンリーの声を聴くと、ゆっくりとまぶたを上げていった。




「……とりあえず、ビョーインにいこう! ヘンリー!」


「そうだな、悪いけどそこまで――」




「ヘンリーくん! ごめん、剣貸して!!」




 突如、二人の頭上から声が聞こえてくる。
 すると次の瞬間、シノが空から降ってきた。
 シノはヘンリーの横に、


 ズダン!


 と着地すると、半ば奪い取るようにして剣を取った。
 それに続いて、シノを追っかけていた賊の集団も現れた。




「し、シノさん……!?」
「マエガミオバケ!!」




 ヘンリーとドーラの声がかさなる。




「おいおいおい、おいおい……! 俺たちの仲間が死んでんじゃねえか!」




 賊の頭領はヘンリーが倒した賊の死体を見ると、シノに凄んだ。




「だから、知らないってば! あたしがここに来た時には――」


「ブッ殺セェェェェェェ!!」


「はぁ……両刃剣か。使ったことないけど、ないよりはマシかな……」




 頭領が怒号を発する。
 それに突き動かされるように、賊たちが一斉にシノに襲い掛かっていった。
 シノは剣を巧みに操り、山賊たちを次々に切り伏せていく。
 一方、賊の振るう武器は磁石の様にシノの体と反発し、当たる気配すらない。


 両手首を切れば手首が落ち、腹を裂けば内蔵がドロリと零れ落ちる。
 首、ふともも、肩、足首。
 シノが繰り出す流れるような剣技に、賊たちが精肉される家畜のように、肉塊へと変わっていく。




「ひ……、ひィッ!?」
「ば、バケモンじゃねえか……!」
「かかか……、勝てっこねえよ! こんな――」




 残った賊は転がっている肉塊を見て、顔面蒼白になっている。




「どうする? まだやりたい? あたしはもういいけど……」




 シノの言葉に、賊たちは互いに顔を見合わせた。




「どうした、おまえらァ!!」


「あ、兄貴ィ……、こいつぁ……やべえですぜ……」


「逃げんじゃねえぞ! 逃げたら俺がおまえらを殺すからなァ!」


「ぐ、うう……」


「うーん、下っ端もつらいねえ……」




 狼狽えていた賊はやがて決心を固めたのか、死に物狂いで、シノに襲い掛かっていった。




「やれやれ、こっちも気が重いんだけどね……」




 一閃。
 シノが大きく踏み込む。
 すると一瞬にして、賊たちの背後に立った。
 静寂。
 やがて風が吹くと、賊たちの胴体が腰からぺりぺりと離れていく。
 胴がドシャっと崩れ落ちる。
 賊は切断面からと大量の血をまき散らして息絶えた。




「す、すげぇ……っ!」




 ヘンリーがおもわず感嘆を洩らす。




「ケッ、これが聖虹騎士の力ってわけかよ。見せつけてくれんじゃねえか」




 シノは持っていた剣を縦に振った。
 剣にこびりついた血液や油が地面にピピッと、飛び散る。




「ああ、あなたは絶対逃がさないよ」


「へえ、上等じゃねえか……ッ!」




 頭領は羽織っていたマントをバサッとはためかせる。
 体には大量の魔具が装着されていた。
 剣、杖、グローブ……そのどれもが、タカシとルーシーが宝物庫で見たものだった。




「……ドーラちゃん! ちょっとお使い頼める?」


「え?」


「あたしの部屋にある、賀茂カモをとってきてくれないかな」


「か、かも……?」


「うん、あたしの大事な刀なんだけど……それがないとちょっと苦戦するかもだからさ」


「でも、ヘンリーは……」


「大丈夫だドーラ。俺は悪運が強い、放っておいても簡単に死なねーよ」


「でも、でもでも……!」


「はやく行け! ドーラ!」


「うう……」




 ドーラは目に涙を溜めながら、青銅寮の中に駆け込んだ。




「……ごめんね、ヘンリーくん。損な役回りさせちゃって」


「へへっ、そもそも俺みたいなのが、主役みたいに立ち回るのがダメなんすよ……」


「そんなことないよ。今のヘンリーくん、十分に主役級だから!」




 シノはそう言うと、頭領に斬りかかった。
 頭領は手甲でシノの剣を防ぐと、もう片方の腕でシノの顔面に掴みかかった。
 シノはその腕を紙一重で躱すと、体を捻り、腹部を水平に斬りつけた。
 しかし、刀身が腹部に当たると


 カチっ


 と音が鳴り、炎が勢いよく噴き出て、シノの服を焼き払った。
 シノは咄嗟にジグザグに、大きく後ろへと飛び退いた。




「……ヘヘハハハ……! なんだよ、その恰好似合ってるじゃねえか……!」


「ろ、露出の趣味はないんだけどね……」




 シノは焦げてしまい、今にも空中分解しそうな着物を片手で押さえた。




「お楽しみはこれからだぜ、シノさんよォ!!」









 ルーシーの実家。
 そこには大量の賊の死体と、返り血を浴びたアンが立っていた。
 賊の死体には損壊が少なく、急所の部分だけを正確に刃物で切りつけられていた。




「おじさん、じっとして」




 アンはルーシーの父親に近づいていくと、自分の服をビリビリと破る。
 アンはその布切れを負傷している部分から、体の中心に近いところでギュッと結んだ。


「ぐぬ……!」


「これは応急手当。きちんとしたところで処置したほうがいい」


「アンちゃん、あなたは一体?」




 ルーシーの母親が、震える声でアンに尋ねた。




「わたしはいいから。病院」


「……うん、わかったわ。アンちゃんはどうするの?」


「わたしはついてけない」




 アンはスッと立ち上がると、アンたちに近づいてきている群衆を見つめた。
 それは賊ではなく、屍人の群れだった。




「あ、あれは……?」


「屍人の群れ。わたしが引き留めておく」


「でも……」


「はやく行って。必ず追いつく」




 ルーシーの母親はコクンと頷くと、夫に肩を貸し、必死に歩いていった。


「あ、まって」


「ど、どうかした? アンちゃん?」


「オレ、この戦いが終わったら、結婚するんだ」


「そ、そうなの? ボーイフレンドいたんだ」


「あとは……もうすぐウチに帰れるぞ」


「おウチはここだけど……」


「いまのオレはなにがあっても、負ける気がしねえ」


「……どうかしたの? アンちゃん?」


「ふぅ、まんぞく。ごめん、ひきとめて」


「う、ううん。べつにいいけど、アンちゃんはだいじょうぶ?」


「心配ない。フラグは立てておいたから」


「そ、そうなの……? じゃあ、またあとでね」


「うん」




 アンは屍人の群衆に目を向ける。




「アー……アー……アー……アー……」




 屍人たちはうめき声をあげながら、じりじりとアンに近づいていった。
 その中には、アンが『おっさん』と呼んでいた屍人も混じっていた。




「久しぶり、おっさん」


「ウー……アー……」


「なんとなく、こういう事になってるって、わかってた」


「アー……」


「これ以上進むなら処理する」


「グギ……グ……ガ」


「……うん、わかった。終わらせてあげるから」


「ガ……ギギ……!」




 屍人が一斉に、アン目掛けて飛び掛かった。
 さきほどまでの緩慢な動きが嘘のように、まるで獣のようにアンを追いつめる。
 しかし、アンの動きはそれを上回っていた。
 音もなく背後へ回り込むと、アンは屍人のひとりの喉仏をナイフで抉る。




「……グェゲゲゲゲ!」




 切りつけられた屍人は一切ひるむことなく、アンを襲い続けた。
 切り口からは血液は全く飛び散っておらず、痛がる様子もない。
 屍人はアンに掴みかかると、次々にアンの体に噛みついていった。


「あ……っ」


 アンは必死に屍人たちを引きはがそうとするが、細腕の力では敵わない。
 アンの上に屍人の山が出来上がっていくと、そのまま動かなくなってしまった。

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