憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

アマガサキ=シノの正体



「さすがです。見事な号令でした」




 行軍中、タカシとサキは歩を止めることなく、デフの横にくっついていた。
 歩幅が違うため、ふたりは時折とてとてと、追いつくように早歩きになる。




「ああ……、ごめん。ガッカリするかもしれないけど……」




 そう言って、デフは懐から紙きれを一枚、取り出して見せた。
 紙切れには、さきほどのデフの号令文句が、一言一句違わずに記載されていた。




「これは……?」


「口下手な僕の、最終手段とっておきだよ。王様がしたためてくれたんだ」


「なーんだ、ほんとにがっかり」


「こら、サキ!」


「いやいや、いいんだよ。それに、僕たち騎士には言葉なんかいらないからね」


「おお……! いうねぇ、なんかそれっぽいじゃん」




 サキはすこし悪戯っぽくデフをからかった。




「そ、そうですよね。男は背中で語ってなんぼの生き物ですからね」


「……ルーちゃん、なんか変なモンでも食った?」


「あ? なにがだよ」


「なんかルーちゃんぽくない。ゴマすりすぎ。そんなにすってたら、ゴマの食感なくなるよ?」


「ウルセーな。オレはより粉に近いほうが好みなんだよ。それに、そのほうが白銀になるのがはやくなるだろうが!」


「ハッハッハ!」


「ど、どうかしましたか?」


「いやいや、すこしおかしくてね」


「なにか……気に障ったことでも?」


「ちがうちがう、そうじゃないんだ」


「えと……?」


「ルーシーさん、キミの実力、じつは決闘場で見させてもらってるんだ」


「そ、そうだったのですね」


「うん。たぶん会場にいなかった聖虹騎士は、ロンガくんとティーマくんぐらいじゃないかな」


「ロンガさんとティーマさん……ですか?」


「うん。ロンガくんは聖虹騎士最強にして、二つ名が撃滅の赤騎士。ティーマくんは魔法も剣も使えて、二つ名は剣魔。水色の騎士なんだ」


「ちなみに、おにーさんの二つ名は?」


「ぼ、僕かい? 僕は……はずかしいけど、不可侵って呼ばれてる……かな」


「なるほど、では今回の戦争にぴったりなのですね」


「そうかな? たしかに、言われてみればそうかもしれないね」


「それで、そのふたりはなんで来なかったの? 仕事?」


「そうだね。ロンガくんは最近ずっと、とある国にいっているんだ。こっちは仕事……というよりも、留学みたいなものかな? 簡単にいえばね」


「もうひとりの……キーマカレーだっけ? そいつも留学なの?」


「ティーマくんは……どうだろう。たぶん、億劫だったとかじゃないかな。彼、風来坊なところあるからね」


「トップクラス騎士が風来坊ですか……大変ですね……」


「実力主義だからね、エストリア騎士団の社会は。とくに聖虹騎士ともなると、命令がない限りはほとんど自由だから」


「でも結局、それがいちばんわかりやすくて、いいのかもしれませんね」


「うん、僕もそう思うよ。……おっと、脱線しちゃったね。話を戻そうか。決闘場でのサキさんもすごかったけど、キミはそれを上回っていた。一枚も二枚も」


「き、恐縮です……」


「そんなキミが、いまさら僕なんかにゴマをすらなくても、いずれ収まるべきところに収まると思うよ。とくに白銀なんて、すぐなんじゃないかな。それに僕はゴマはすらないほうが好みだから」


「ほ、ほんとうですかぁ?」


『タカシさん! 顔ですよ、顔! だらしなくなってます!』


「うん、なんなら僕の立場も危ないくらいだよ。あそこにいた聖虹騎士はなにかしら、あの決闘で感じたんじゃないかな」


「さっきからルーちゃん褒めてばっかでおもしろくなーい」


「何言ってるんだい。ルーシーさんが規格外なら、サキさんは予想外だよ。さすが偉大なご両親の血をひいてるだけはあるよ」


「えへへー、もっとほめてー」


「デフさんもご存じだったのですか?」


「あ、そうか。これは口止めされてるんだっけ」


「おいおい……あんたもか」









 軍が出発してからすでにかなりの時間が経った、エストリア王都。
 シノが謁見の間にて愚痴をこぼしていた。




「なーんであたしじゃなくてデフっちがでるかなー? ルーシーちゃんも出発したんですよね? あたしも行きたかったんですけどねー」


「まあ、そう気を落とすな。そなたは腐っても、この国にとってお客様なのだからな。万が一にでも、傷つくようなところへは行かせられん」


腐っても・・・・って……ハァ。それじゃあ、このあたしの肩書に意味はないんじゃないですか? 戦わない聖虹騎士に存在意義は?」


「そう言うな。そなたの実力に関しては、国民のだれもが知っている」


「こんなんじゃ、ロンガくんと交換留学みたいにして、こっちに来た意味ないじゃないですか。あたしは窮屈なトバを飛び出せて、外に行けるチャンスだったから、エストリアに来たのに……こんなんじゃトバにいるのとあんまり変わらないですよ」


「何を言う。そなたもそこそこエストリアを満喫しているではないか」


「たしかに、いろいろと楽しいですけど……お、女の子も可愛いですし……!」


「このようなことはあまり言いたくないが、一国の姫ともあろう者が、いつまでも剣を振り回していては、トバの王も気が気ではないだろう。父上の意思も、多少は汲んでやらなければならないぞ」


「はーい。あーあ、国王は二人になると、いつもそんな話するからツマラナイですよ」


「何を言う。あえてツマラナイ話をして、そなたがここに来ないようにしているのだ。単刀直入に言うと、そなたに構ってる暇はないのだ」


「ぶー」




 シノはいたずらっ子が叱られたときのように、頬をぷく―と膨らませた。
 それに間髪入れずに、謁見の間の扉がバンと、勢いよく開く。




「王様、すこしお耳に入れたいことが……!」


「どうやら、なにかあったようだな。……あいわかった。さて、そろそろお引き取りいただけますかな? トバ国のシノ姫様?」


「いじわる」




 シノはそう言い捨てると、つかつかと謁見の間から出ていった。









「シノおねえちゃん、こんにちは!」


「お、こんにちは。元気だねー、ボク」


「あら、シノちゃんじゃない。ほら、リンゴ、貰っていきなさい」


「あ、おかーさん。いつもありがとうございます。またこんどおかえししますね」


「おう、シノちゃん。今日もきれいだね」


「またまたー。もうそんなので顔赤くしませんからねー?」




 エストリア居住区の市場。
 シノは特にやることもなく、あてもなくぶらぶらと歩いていた。
 道行くエストリア国民が、シノを見かけるたびに、気さくに声をかけている。
 シノはそんな声に対し、丁寧にひとりずつ返事をしていた。




「今日もエストリアは平和だなぁ……」




 シノはそう呟きながら、手に持っていたリンゴをひと口齧った。




「うーん……リンゴはトバのほうが美味しいかなぁ……って、あれ?」




 シノは何かを見つけたのか、小首をかしげる。
 その視線の先には、ひとりの男が複数人に詰め寄られていた。
 なにか言い合ったのちに、男が強引に路地裏へと連れていかれる。
 シノは残っていたリンゴの果肉をすべて齧ると、手近にあったゴミ箱へ放り投げた。




「アヤシイ……」




 シノは路地裏の曲がり角まで音を殺して小走りで近づく。
 そして背中をピタッとくっつけ、上半身をけぞらせると、通路の様子を窺った。


「あ……っ」


 ふたりの男が刃物を取り出しており、それを男に突き付けている。




「ひぃっ! お金は……もってないんです! 殺さないで……!」




 男の叫び声。
 シノはそれを聞くや否や、そのまま路地裏へ突入した。




「はいはーい、そこまでね」


「……だれだぁ、てめー」




 男ふたりが、シノを睨みつける。
 しかしシノはそれに構わずにつづけた。




「その人を放しなさい。いまならなにもしないから」


「おい、こいつ、聖虹騎士のシノってやつじゃねえのか?」


「なにっ!? こいつがか?」


「……一応ね」


「……っち、分が悪いか……」




 男はそう吐き捨てると、脅していた男の尻を蹴飛ばし、シノに寄越した。




「これでいいだろ? 聖虹騎士様?」


「まあ、いいか……。大丈夫? 怪我はなかった?」


「はい! はい! 助かりました……! それもこれもシノさんのおかげ……っ!?」




 シノは脅されていた男の手首をつかむと、そのままひねり上げた。




「……なにこれ? どういうこと?」


「ぐぅっ……!? くそっ……!」




 男の手から、ナイフが零れ落ちる。
 ナイフは地面に落ちると、カランカランと鳴った。




「いやあ、ビックリしたよ。助けてあげたのに、なぜか殺気むんむんで近づいてくるんだもん。最初はあそこのふたりに向けられたものだと思ってたけど、どうやら違うみたいだね?」


「くそっ! おまえら、出てこい!」




 男が号令を発する。
 それを合図に、いままで隠れていた者たちがぞろぞろと、路地裏を塞ぐように出てきた。
 その数はどんどんと膨らんでいき、そこにいるだけでざっと三十人ほどはいる。




「へぇ……なにが目的――」


「うわああああああああああああ!!」
「いやああああああああああああ!!」




 シノが言いかけると、通りから相当数の悲鳴が聞こえてきた。




「なっ!?」




 シノは慌てて通りに戻ろうとする。
 しかしそこへ、ひとりの男がシノの前にずいっと出てきた。




「よう、残心のシノさん……ッ!!」


「あ、あなたは……ッ!」


「会いたかったぜぇ。この間はよくも俺のアジトに――」


「だれ!?」

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