憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

サキちゃんの昔話



「だからさー……」




 完全に陽の沈んだ、エストリア行政区内王城。
 謁見の間。
 頬杖をつき、もはや悪態ともとれる態度で、マーレ―がタカシとサキを睨みつけていた。




「残業代請求するぞ、まじで」


「もう口調すら隠さなくなってきましたね……、どんだけ働きたくないんですか……」


「働くのはいいんだよ、ただ時間外ってのがダメなんだよ」


「少しぐらい良くないですか……? 大目に見てくださいよ……」


「そうだよー。今度サキちゃんとこのお店来たとき、まごころ価格にしとくからさ」


「え、それまじで?」


「うん。考えとくよ」




「話を――聞こうか?」




「……いまさらカッコつけても遅いです」


「というか、そもそもの話だけどさ、緊急案件ならいいんだけどさ、たかが戦争だよ? そんなんじゃ儂のプライベートを邪魔するほどじゃないよね」


「十二分に、なんならこれ以上ないくらい緊急案件だよ! これ以上さらになにがあるんですか!」




「……何者かがクーデターを目論んでいて、この国をひっくり返そうとしている……とか?」




「……え?」


「まじかよー、そんなヤツいんのー? ゲラゲラ」


「いるかもしれないし、いないかもしれない」


「チッ……王は、そういうノリがお好きなのですね……」


「まあ、女子であるそなたには理解できん感情だろうがな」


『タカシさん……このやりとり、どこか聞いたような……』


「なんとなく、ルーシーの気持ちが分かった気がするよ」


『ふふん』


「得意げにされるとイライラする」


「とにかく、そなたから聞いた報告は二度目の報告だ」


「二度目……ですか?」


「そうだ。儂はすでにマーノンから聞いておったのだ。そなたが戦争で大活躍し、なおかつ必要最低限の犠牲でその場を治めた、とな……ほう、そうか、わかったぞ。そなたはあれか、この武勇伝を自慢しようとして――」


「ちがいますよ! ったく、帰ればいいんでしょ、帰れば! 二度ときません」




 タカシはそうまくし立てると、謁見の間からそそくさと出ていった。




「冗談なのに……」


「今のはダメよ、王ちゃん」


「やっぱり? まずったかな? ……それよりもサキちゃん、どうしたのいきなり」


「なにが?」


「いきなり騎士になりたいってやつ」


「言ったじゃーん。面白い子を見つけたって」


「ルーシーのことかな? たしかに面白いけど……、彼女は女の子だ」


「そういう意味で言ったんじゃないってばー。なんかさ、あの子から感じるもんがあんだよねー」


「……感じる? まさか、お母さんに似てるとか?」


「いやいや、それはないっしょー。性格とか全然似てねーし」


「ってことは……、お父さん?」


「かーもね」


「ドワッハッハ! まっさかー! ……え? まじで?」


「そのまさか、かもしれないから、サキちゃんがここにいるんでしょお?」


「しかし、そうだとすると……」


「半分冗談で半分本気だぜぇ」


「たしかに、なんとなく似てるっちゃ似てるかもしれないけどさ……」


「あ、それとルーシーにあんまりちょっかいかけないでよー?」


「アレは……儂の判断じゃないんだよ、サキちゃん。儂はべつにどうでもいいんだけど、大臣のやつがどうしてもな」


「ふぅん、ま、いいや。話はそれで終わりだから」


「おっけー。なんかあったら、すぐ連絡しろよ? サキちゃんには……ていうか、両親さんには返しきれないほどの恩があるからさ」


「何回も聞いたっつの。ほんじゃあね」




 サキはマーレ―にウインクすると、謁見の間から出ていった。









「ちょ、姉御。なんで涙目なんすか」


「うるせえよ。つか、なんでおまえ城の外でずっと待ってんだよ。帰れよ!」


「ちょ、いたいっすよ。……いや、最近全く会ってなかったんで……」


「会ってないから……、なんだよ」


「『会ってなかったから姉御のこと、恋しくなっちゃったんすぅぅ』ってか?」


「で、出たな! 痴女サキュバス!」


「サキか。出てくるの遅かったけど、王様と何話してたんだよ」


「なんでもないよ、ルーちゃん。ただの世間話だったよん」


「王様と世間話って……、すげえよな。この国では普通なのかどうかわからねえけど」


「普通だよ。マーくん、けっこうお店来てくれてたし」


「お店って……、サキの接待飲食店だよな?」


「そだよ。今はサキちゃん騎士やってっけどさ、ママの店だからね、看板娘やってたんだよ。いろいろな人が来てて楽しかったなー」


「そんなら、今でもサキの母さんが店を切り盛りしてんのか?」


「いやあ……、サキちゃんのママ、もういないんだよね……」


「えっと……、すまん。無神経だったか」


「あはは! いいって、いいって。べつに気にしてないよ。……旅行中だからさ」


「旅行中かよ! ややこしいな、おい!」


「サキちゃんは今いないってことしか、言ってないんだよなぁー?」


「てか、前から気になってたんだけどさ、おまえよくクイーンサキュバスの娘とか言われてるんだけど、マジ?」


「マジよー、おおマジだかんねー。ママはサキュバスたちのボスだよ。前は今みたいに、商売を前面に押し出す感じじゃなかったんだけど「サキュバスも客商売の時代だ!」って言っててさ、あの店やってるんだって」


「だって、って……実際に聞いたわけじゃないのか?」


「うちのママはあんまり、サキちゃんの前でそういう話しないんだよねー」


「へえ、普段はどんな話してんだ?」


「いろいろだね。なにが美味しかったとか、どこに店ができたーとか」


「フッツ―の、女同士の会話だな」


「そりゃあね、そりゃそうよ。……でも、サキュバスだから、ああいう話もあるよ」


「ああいうって……、コホン、いわゆるサキュバスのビジネスとかいうやつか?」


「そうそう。ルーちゃんもわかってきてんじゃん」


「そうか、おまえも客とあんなことやこんなことをやってんだもんな」


「ムムム……前にも言ったけど、サキちゃんそういうのまだ未経験だかんね?」


「……はあ? 未経験だったら、どうやって成果をあげるんだよ」




 話を聞いていたヘンリーが食い気味でサキに尋ねた。




「もともとそういう行為って、魅了も満足に使えないサキュバスが、物理的に男の人の元気・・を貰うためにするものなの。だからサキちゃんには必要ないんだよね」


「……たしかに、サキの魅了毒ヴェノムチャームは強烈だからな」


「うんうん。それにさ、ママにも『そういうことは大事な人としなさい』って言われてっしねー。ママが現役のときは今みたいな世の中じゃないときだったからさ、パパと夫婦になったとき、そのことについてすっごく後悔したんだって。それでかな、けっこう口うるさく言ってきたのは」


「パパ、か……ところで、サキの親父ってすげーよな」


「ええ? なんでいきなり?」


「おまえの父親ってことは、クイーンサキュバスの夫だろ? その人の心を射止めたって、すごいじゃねえか」


「すごいもなにも、サキちゃんのパパってユーシャだし。どちらかというと、ママがユーシャを骨抜きにしたって感じなんだよ。だからママのがすごいとおもうなー、サキちゃんは」




「……あの、ちょっとまて」




「え? なになに?」


「『ユーシャ』って言うのは、あれか? もしかして『勇者』のことか?」


「だねー。魔王をぶっ倒したんだよー」


「じゃあおまえ、もしかして。勇者とクイーンサキュバスの血を継いでるってことか?」


「そゆことー」




「ええええええええええええ!?」




 タカシとルーシー、そしてヘンリーが、驚きの声をあげる。
 あまりの大声に、周りにいた人たちも振り返った。




「あ、これ秘密なんだっけ」


「ええええええええええええ!?」




 再度三人が大声をあげる。




「ええええええええええええ!?」


「ええええええええええええ!?」


 サキがふざけて声を出すと、三人もつられて声を出した。




「いや、もういいんだよ。……てか、スラッと言うなよ、そんな話」


「だって、訊かれたんだし」


「訊かれても言うなよ……てか、この世界に勇者とかいたのかよ!」


「ええええええええええええ!?」




 今度はヘンリーだけが大声をあげた。




「いや、そのネタはもういいから」


「姉御、もしかして勇者一行を知らないんですか?」


「知らね。っていうか、この世界自体がそういうのと無縁なのかと思ってたわ」


「この世界ってなんすか……」


「それはあれだ、言葉のアヤってやつだ。言葉を着飾ってんだよ、気にすんな」


「勇者一行――それはこの世界の混沌を救うため結成された集団なんすよ。リーダーの勇者様がある日突然、どこからともなく現れ、瞬く間に頼りになる仲間たちを集めていき、最終的に邪知暴虐の限りを尽くしていた魔王を退治するっていうお話なんすよ」


「お話なのかよ!」


「あ、いえ、お話のような実話って意味っす。もちろんノンフィクションっすよ」


「てことは、サキがあの技を使えたのも納得だな……親父に教えてもらってたんだろ?」


「ちがうよ。九割が独学かなー?」


「どういう意味だ?」


「フワフワ―っとね、パパがどういう技を使うかは、ママから聞いてたからさ。こんな感じじゃねってやったら、できたんだな、これが」


「……さすが、スーパーサラブレッド。末恐ろしいよ」


「ルーちゃんには負けるけどねぇ。だって、サキちゃんよりも年下でサキちゃんより強いじゃん」


「い、いきなり持ち上げるなよ……。そういや、おまえって何歳なんだ?」


「じゅーく」


「ギリギリ違法じゃねえか!」


「だいじょぶだいじょぶ、サキちゃんは手を下さねーから」


「そういう問題か?」


「ふぅん……?」


「な、なんだよ……」


「ルーちゃんも、ついにサキちゃんに興味もっちゃったかんじ?」


「ちげえよ! なんでこの流れでそうなるんだよ! あ、触るな! 撫でるな! 舐めるな!」


「んだよー、もうちょい興味もってくれてもいーじゃん。サキちゃんはこんなにも、ルーシーを! 愛しているのにっ!」


「もうおまえには何も訊かねー……」




 タカシははやあしで二人を追い抜くと、そのまま寮へ向かっていった。




「おいおい、おまえのせいで姉御が不貞腐れちまったじゃねえか。どうすんだよ」


「……あれ、あんただけだっけ?」

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