憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

屍人の少女がおもったよりも謎だった。



 エストリア行政区、王城にある謁見の間。
 タカシはそこで、エストリア墓地にて体験した出来事を、マーレ―に淡々と語っていた。




「あいわかった。……それで、そこの屍人を操っていたという、黒い鉄の塊の破壊に成功した、と」


「はい」


「それで、そこにいた屍人の少女はそのあと、そなたに何を語ったのだ?」


「彼女は『研究』と口にしていました」


「ふむ、研究か」


「これは彼女の憶測――つまり彼女が体験した出来事を元に、彼女自身が組み立てたロジックです」


「前置きはよい」


「はい、では彼女が体験した出来事から――」









 エストリア墓地、時間帯不明。
 数多ある墓標のなかのひとつ、そこには「コードネーム『アン』」と刻まれていた。
 突然、墓前の土がもぞもぞと蠢く。
 そして土をかき分けるようにして、二本の腕がニョキッと地中から生えた。
 二本の腕は周りの土をガサゴソとかき分けると、地中に埋まっている本体を引っ張り上げた。




「ぷは」




 出てきたのはアン。
 銀髪紅眼の屍人の少女である。
 アンは髪についている土を払うと、ぐるりと周囲を見まわした。




「ここ……、どこ」




 誰に語りかけるわけでもなく、アンは独りでそう呟いた。
 周囲にはポップな音楽に合わせて踊る屍人の集団。
 アンはとくに驚いたりするわけでもなく、その集団へ近づいていった。




「ヘイヘイヘイ、ノリノリだね」




 アンは抑揚のない、フラットな声で集団のひとりに話しかけた。
 話しかけられた屍人は、アンを無視するわけでもなく、ただ黙々と踊り続けている。
 どうやらアンは屍人の眼中にないようだ。
 そして同時に、屍人からは全く意思を感じられなかった。
 屍人は一心不乱に、まるで屍人とは思えない、キレキレのダンスを披露している。




「無視……」




 アンは意思疎通するのを諦めたのか、すこし離れたところでその集団を眺めた。




「なんだい、嬢ちゃんも生き返ったクチかい?」


「え」


「て、その青い肌を見ればわかるか」




 アンに話しかけたのは、中年くらいの男性の屍人だった。




「あなたは」


「俺かい? 俺は名乗るほどのもんじゃないよ」


「そう、じゃあ訊かない」


「淡泊だねえ」


「……ねえ」


「ん? なんだい?」


「あのひとたちはなんで踊ってるの」


「さあな、……ただ今でこそ話は通じないけど、あいつらも少し前までは口訊いてたんだ。俺みたいにな。でもそれがいつの間にか、人形みたいになった。……俺たちもいずれ、ああなるのかもしれないな」


「そう」


「……なんだい、嬢ちゃんも踊りたくなってきたのかい?」


「わたし、踊れないの」


「へえ、ちょうどいいや。俺も踊れないんだよ。……ワルツ以外」


「ワルツ」


「社交ダンスってやつだな。ひとりでも踊れなくはないんだけど、踊ってると、なんか寂しくなるんだよ」


「そう」


「どうだい嬢ちゃん、おっさんが教えてやってもいいぜ。やってみるかい?」


「いいよ。暇だし」




 アンは男の手を取ると、グイッと引っ張り上げられた。









「うまいうまい。嬢ちゃん呑み込みが早いじゃないか」


「まあ」




 ふたりはポップな音楽が響く墓地で、ひたすら社交ダンスを踊っていた。
 アンは終始無表情ではあったものの、その表情はすこし柔らかくなっていた。




「短時間でここまで上達する人も、なかなか少ないんじゃないかな」


「そう」


「死ぬ前は何かやってたとか?」


「……べつに」


「おっと、ごめんよ。詮索は無粋だったね。死んでいたとしても、俺たちには秘密はある。軽々しく、あーだこーだ語るべきじゃないな」


「気になるのも、理解できる」


「……そうだな。キミは若すぎるしな。歳は見たところ……、十六、七歳くらいだろ? 俺の娘と同じくらいだ……。だから声をかけたのかもしれないけど……」


「おっさん、娘いるの」


「ああ、すっげえ可愛かったんだぜ。嬢ちゃんも可愛いけど、俺の娘ほどじゃないな」


「親バカ」


「ははは、その通り!」




 男はそう言って笑ってみせた。




「けど、色々あってな……」


「ねえ、あれ」


「とくに興味はなしかい……」


「うん」


「はぁ……ずかずか言うね。で? どうしたんだい、嬢ちゃん」




 アンの視線の先には、大量の屍人がかたまって歩いていた。
 屍人たちはひとりの人間に先導されており、どこかへと向かっていた。




「さっきまで遠くのほうで踊ってた人たち」


「そうみたいだ」


「みんなでどこ行くの」


「……妙だな、意思もなにもなかった屍人を、あれほどまでに統一しているとは……それと、墓地の区分で、俺たちを区切っていたのも気になる……」


「考え事?」


「すまない、すこし気になってきた。ちょっと訊いてくるから、ここで待っていてくれるか?」


「うん」




 男はそう言い残すと、屍人の群れの中へ歩いていった。
 そしてその中のひとりを捕まえると




「うほうほうほほうほほほほ」




 と、話しかけた。




「ゴリラ?」




 アンは遠巻きに、疑問符を浮かべた。
 男はバツが悪そうな顔をアンに向けると、先導の男がいる方向へ歩いていった。




「……あのネタ、使えそう」




 少しの時間が経ち、男がアンの元へと帰ってきた。




「おかえり、どうだった?」




 男はアンの横を素通りすると、キレキレのダンスを踊っている集団に加わった。




「無視……」




 アンはすこしだけ眉を顰めると、男のほうへ歩いていった。




「どうしたの、ワルツ以外は踊れないんじゃ――」




 アンは言いかけていた言葉を引っ込めた。
 そこには、無気力で意思のない、他の屍人と同じとなっていた男の姿があった。
 アンは何も言葉を発さなくなると、そのままひとりで、社交ダンスを踊りはじめた。









「……と、いうことでして……」


「ふむ、大体はわかった。何者かが屍人を生き返らせ、音楽で操り、どこかへと連れて行った。その少女はそれを、研究するためだと推測した」


「はい、仰る通りです」


「だが、ひとつ気がかりなことがある」


「はい、なんでしょうか」


「我が国、エストリアでは火葬が一般的化しており、土葬で葬儀を行うものは少ない」


「え?」


「であるため、墓に埋まっているのは遺骨であり、遺体ではないのだ」


「ということは……」


「そう。二種類考えられるな。遺骨を元の原型まで修復したか……、もしくは屍人はそもそもエストリア人ですらなく、他の国の者の死体だったか……」


「し、しかし王よ。ただ単に殺されて、埋められたということも……」


「たしかに、報告された人数が少なければ、そう考えていたかもしれない。だが、そなたの報告では、相当数の屍人がいたのではなかったか?」


「はい、かなりの人数でした。しかし……ですが、その数の外国の者を墓地に埋めるというほうが、あり得ない気が……」


「それが、あり得なくはないのだよ。そなたは知らぬと思うが、……例えばそなたも参加していた、カライ国との戦争があっただろう?」


「はい……」


「あれはカライ国の領土侵犯によるものなのだ。あそこで戦死したエストリア人は、のちに遺族が引き取り、本国、つまりエストリア国内で火葬される。だが、敵国の兵士については、国はノータッチなのだ。儂のあずかり知らんところになっている」


「ということは……!」


「そう。つまり、外国の者たちがエストリアの墓地に、多量に遺棄されていたとしてもあり得なくはないのだ」


「そんなことが……」


「そうだ。そなたも知っているとは思うが、我がエストリアは魔石の主要産出国であってな、昔から他国の標的になることも、しばしばあったのだ。儂らはそのたびに相手国を退けてきた。したがって、積み上がる死体も、かなりの数となってくる。いちいち、それらを関知している余裕はないのだ。だから敵国兵士の死体処理の判断は、現場に任せていたのだが……よもや、このようなことになっていたとはな……。これも儂の監督不行き届きによるものだな」


「王が自らを責める必要はありません。……しかし、このようなことをした者は、なにが目的なのでしょうか?」


「……屍人のダンスグループでも結成するのではないか?」


「それは……ない、とは言えないところが、恐ろしいところですね」




 タカシはマーレ―の顔を見ながら、苦笑いを浮かべた。




「後手後手になっている感は否めないが、このことはなるべく内密にな。だれにも話さないでほしい」


「わかりました」


「それと、もうひとつ」


「はい、なんでしょうか?」


「そなたの話にも出てきた、屍人の少女はどうなっている?」


「アンですか? 彼女はそのままにするのも忍びなかったので、親に頼んで実家に――」


『あ、ちょ、タカシさん! 今の話の流れだと……まずくないですか?』


「ふむ、実家ときたか。すこし危ないかもしれぬな……その少女は敵国の兵士だった者、かもしれぬわけだからな」


『やばいですよタカシさん、いますぐ実家に戻りましょう! このままじゃ、お父さんとお母さんが……!』


「も、申し訳ありません! 王よ! 今すぐ――」


「ああ、すぐに行ってくるがいい。その少女の処遇についてはそなたに一任する。エストリアの敵になるとしたら……わかるな」


「わかりました!」




 タカシはそう言うと、一目散に謁見の間から出ていった。

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