憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
屍人の少女がおもったよりも謎だった。
エストリア行政区、王城にある謁見の間。
タカシはそこで、エストリア墓地にて体験した出来事を、マーレ―に淡々と語っていた。
「あいわかった。……それで、そこの屍人を操っていたという、黒い鉄の塊の破壊に成功した、と」
「はい」
「それで、そこにいた屍人の少女はそのあと、そなたに何を語ったのだ?」
「彼女は『研究』と口にしていました」
「ふむ、研究か」
「これは彼女の憶測――つまり彼女が体験した出来事を元に、彼女自身が組み立てたロジックです」
「前置きはよい」
「はい、では彼女が体験した出来事から――」
◇
エストリア墓地、時間帯不明。
数多ある墓標のなかのひとつ、そこには「コードネーム『アン』」と刻まれていた。
突然、墓前の土がもぞもぞと蠢く。
そして土をかき分けるようにして、二本の腕がニョキッと地中から生えた。
二本の腕は周りの土をガサゴソとかき分けると、地中に埋まっている本体を引っ張り上げた。
「ぷは」
出てきたのはアン。
銀髪紅眼の屍人の少女である。
アンは髪についている土を払うと、ぐるりと周囲を見まわした。
「ここ……、どこ」
誰に語りかけるわけでもなく、アンは独りでそう呟いた。
周囲にはポップな音楽に合わせて踊る屍人の集団。
アンはとくに驚いたりするわけでもなく、その集団へ近づいていった。
「ヘイヘイヘイ、ノリノリだね」
アンは抑揚のない、フラットな声で集団のひとりに話しかけた。
話しかけられた屍人は、アンを無視するわけでもなく、ただ黙々と踊り続けている。
どうやらアンは屍人の眼中にないようだ。
そして同時に、屍人からは全く意思を感じられなかった。
屍人は一心不乱に、まるで屍人とは思えない、キレキレのダンスを披露している。
「無視……」
アンは意思疎通するのを諦めたのか、すこし離れたところでその集団を眺めた。
「なんだい、嬢ちゃんも生き返ったクチかい?」
「え」
「て、その青い肌を見ればわかるか」
アンに話しかけたのは、中年くらいの男性の屍人だった。
「あなたは」
「俺かい? 俺は名乗るほどのもんじゃないよ」
「そう、じゃあ訊かない」
「淡泊だねえ」
「……ねえ」
「ん? なんだい?」
「あのひとたちはなんで踊ってるの」
「さあな、……ただ今でこそ話は通じないけど、あいつらも少し前までは口訊いてたんだ。俺みたいにな。でもそれがいつの間にか、人形みたいになった。……俺たちもいずれ、ああなるのかもしれないな」
「そう」
「……なんだい、嬢ちゃんも踊りたくなってきたのかい?」
「わたし、踊れないの」
「へえ、ちょうどいいや。俺も踊れないんだよ。……ワルツ以外」
「ワルツ」
「社交ダンスってやつだな。ひとりでも踊れなくはないんだけど、踊ってると、なんか寂しくなるんだよ」
「そう」
「どうだい嬢ちゃん、おっさんが教えてやってもいいぜ。やってみるかい?」
「いいよ。暇だし」
アンは男の手を取ると、グイッと引っ張り上げられた。
◇
「うまいうまい。嬢ちゃん呑み込みが早いじゃないか」
「まあ」
ふたりはポップな音楽が響く墓地で、ひたすら社交ダンスを踊っていた。
アンは終始無表情ではあったものの、その表情はすこし柔らかくなっていた。
「短時間でここまで上達する人も、なかなか少ないんじゃないかな」
「そう」
「死ぬ前は何かやってたとか?」
「……べつに」
「おっと、ごめんよ。詮索は無粋だったね。死んでいたとしても、俺たちには秘密はある。軽々しく、あーだこーだ語るべきじゃないな」
「気になるのも、理解できる」
「……そうだな。キミは若すぎるしな。歳は見たところ……、十六、七歳くらいだろ? 俺の娘と同じくらいだ……。だから声をかけたのかもしれないけど……」
「おっさん、娘いるの」
「ああ、すっげえ可愛かったんだぜ。嬢ちゃんも可愛いけど、俺の娘ほどじゃないな」
「親バカ」
「ははは、その通り!」
男はそう言って笑ってみせた。
「けど、色々あってな……」
「ねえ、あれ」
「とくに興味はなしかい……」
「うん」
「はぁ……ずかずか言うね。で? どうしたんだい、嬢ちゃん」
アンの視線の先には、大量の屍人がかたまって歩いていた。
屍人たちはひとりの人間に先導されており、どこかへと向かっていた。
「さっきまで遠くのほうで踊ってた人たち」
「そうみたいだ」
「みんなでどこ行くの」
「……妙だな、意思もなにもなかった屍人を、あれほどまでに統一しているとは……それと、墓地の区分で、俺たちを区切っていたのも気になる……」
「考え事?」
「すまない、すこし気になってきた。ちょっと訊いてくるから、ここで待っていてくれるか?」
「うん」
男はそう言い残すと、屍人の群れの中へ歩いていった。
そしてその中のひとりを捕まえると
「うほうほうほほうほほほほ」
と、話しかけた。
「ゴリラ?」
アンは遠巻きに、疑問符を浮かべた。
男はバツが悪そうな顔をアンに向けると、先導の男がいる方向へ歩いていった。
「……あのネタ、使えそう」
少しの時間が経ち、男がアンの元へと帰ってきた。
「おかえり、どうだった?」
男はアンの横を素通りすると、キレキレのダンスを踊っている集団に加わった。
「無視……」
アンはすこしだけ眉を顰めると、男のほうへ歩いていった。
「どうしたの、ワルツ以外は踊れないんじゃ――」
アンは言いかけていた言葉を引っ込めた。
そこには、無気力で意思のない、他の屍人と同じとなっていた男の姿があった。
アンは何も言葉を発さなくなると、そのままひとりで、社交ダンスを踊りはじめた。
◇
「……と、いうことでして……」
「ふむ、大体はわかった。何者かが屍人を生き返らせ、音楽で操り、どこかへと連れて行った。その少女はそれを、研究するためだと推測した」
「はい、仰る通りです」
「だが、ひとつ気がかりなことがある」
「はい、なんでしょうか」
「我が国、エストリアでは火葬が一般的化しており、土葬で葬儀を行うものは少ない」
「え?」
「であるため、墓に埋まっているのは遺骨であり、遺体ではないのだ」
「ということは……」
「そう。二種類考えられるな。遺骨を元の原型まで修復したか……、もしくは屍人はそもそもエストリア人ですらなく、他の国の者の死体だったか……」
「し、しかし王よ。ただ単に殺されて、埋められたということも……」
「たしかに、報告された人数が少なければ、そう考えていたかもしれない。だが、そなたの報告では、相当数の屍人がいたのではなかったか?」
「はい、かなりの人数でした。しかし……ですが、その数の外国の者を墓地に埋めるというほうが、あり得ない気が……」
「それが、あり得なくはないのだよ。そなたは知らぬと思うが、……例えばそなたも参加していた、カライ国との戦争があっただろう?」
「はい……」
「あれはカライ国の領土侵犯によるものなのだ。あそこで戦死したエストリア人は、のちに遺族が引き取り、本国、つまりエストリア国内で火葬される。だが、敵国の兵士については、国はノータッチなのだ。儂のあずかり知らんところになっている」
「ということは……!」
「そう。つまり、外国の者たちがエストリアの墓地に、多量に遺棄されていたとしてもあり得なくはないのだ」
「そんなことが……」
「そうだ。そなたも知っているとは思うが、我がエストリアは魔石の主要産出国であってな、昔から他国の標的になることも、しばしばあったのだ。儂らはそのたびに相手国を退けてきた。したがって、積み上がる死体も、かなりの数となってくる。いちいち、それらを関知している余裕はないのだ。だから敵国兵士の死体処理の判断は、現場に任せていたのだが……よもや、このようなことになっていたとはな……。これも儂の監督不行き届きによるものだな」
「王が自らを責める必要はありません。……しかし、このようなことをした者は、なにが目的なのでしょうか?」
「……屍人のダンスグループでも結成するのではないか?」
「それは……ない、とは言えないところが、恐ろしいところですね」
タカシはマーレ―の顔を見ながら、苦笑いを浮かべた。
「後手後手になっている感は否めないが、このことはなるべく内密にな。だれにも話さないでほしい」
「わかりました」
「それと、もうひとつ」
「はい、なんでしょうか?」
「そなたの話にも出てきた、屍人の少女はどうなっている?」
「アンですか? 彼女はそのままにするのも忍びなかったので、親に頼んで実家に――」
『あ、ちょ、タカシさん! 今の話の流れだと……まずくないですか?』
「ふむ、実家ときたか。すこし危ないかもしれぬな……その少女は敵国の兵士だった者、かもしれぬわけだからな」
『やばいですよタカシさん、いますぐ実家に戻りましょう! このままじゃ、お父さんとお母さんが……!』
「も、申し訳ありません! 王よ! 今すぐ――」
「ああ、すぐに行ってくるがいい。その少女の処遇についてはそなたに一任する。エストリアの敵になるとしたら……わかるな」
「わかりました!」
タカシはそう言うと、一目散に謁見の間から出ていった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
768
-
-
969
-
-
381
-
-
755
-
-
221
-
-
147
-
-
1168
-
-
1978
-
-
37
コメント