憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

任務をこなしに墓地に行ったら屍人にボケ倒された。



 所変わり、再びエストリア郊外に位置する墓場。
 そこには相変わらず陽気に踊る、意思のない屍人と、バレエを踊るアンの姿があった。
 タカシはしばらくの間その光景を、遠方からじっと眺めていたが、やがて重い足取りでアンたちに近づいた。




「アン、ドゥ、トロワ、アン、ドゥ、トロワ」




 相変わらず抑揚のない、フラットな声で、バレエの動きを確認するアン。




「今度はバレエかよ!」


「あ、おっさん」


「おっさん言うな。いまは女の子だわ」


「ルーデンドルフも」


『ルーシーです!』


「久、し、ぶり」


「アンドゥトロワみたいに言うな。人と話すときは踊るのをやめろ。つか、今朝会ったばっかだろ」


「そう?」


「そうだよ。そんときはひとりで社交ダンス踊ってた」


「でもいまはバレエにハマってる」


「なんだそれ」


「ひとりでも踊れるから」


「……ところで話なんだけど」


「いや」


「まだなにも言ってねえじゃねえか」


「いいよ」


「いいのかよ!」


「話すの? 話さないの?」


「話すわ! 相変わらずだなおまえ。……まあいいや、いますぐこのポップなミュージックをストップしろ。マイキングがアングリーしないうちにな」


『なんでそんなウザい言い方を……』




 ルーシーがあきれたような声でツッコミを入れる。




「それはきけない」


「は?」


「それはきけない」


「……いや、べつに何言ってるか聞こえなかったから、訊き返してたわけじゃないんだけど……」


「ミーがこのミュージックをストップすることはキャンノット」


『か、かぶせてきた……』


「なんでだよ、今すぐ止めればいいじゃねえか」


「ノーミュージック、ノーライフ」


「おまえのライフはもうノーなんだよ! ノーモア、ノーライフ! わかる? 死んでんだよ!」


「この音楽は止められない、止めかたも知らない」


「はあ? どういうことだよ」


「この音楽は、気が付いたらずっとこんなかんじ」


「それはつまり、お前が生き返ってからか?」


「そう」


「どこから聞こえてくるのかもわかんねえのか?」


「わかる」


「……まあ、実物を見たほうが早いか……。とりあえずそこへ案内してくれるか?」


「わかった。こっち」


「案内してくれるのはありがたいけどさ、とりあえず、踊らないでくれ」


「わかった」









「ここ」




 タカシがアンに案内された場所は、大量の墓標が並べられた中心だった。




「やべえ。そういえばここ、墓じゃん」


「今頃になって、怖くなってきたの?」


「ば、バカめ。オレがこの程度で怖がるとでも――」


「わ」


「あああああああああああああああああああああいッ!?」


「わぁ、びっくりした」


「やめろォ! ううう……ころ、殺す気かァ!」


「ごめん」


「二度とすんなよ、マジで!」


「わかった」


「ったく、で、このスピーカーがそうか?」


「そう。気味が悪い」




 アンが気味が悪いと表現したスピーカーは何の変哲もない、黒い鉄の塊だった。
 スピーカーユニットなどは全く見当たらないものの、その塊からは、大音量のポップミュージックが流れている。




「べつに気味は悪くなくね?」


「やっぱり見えてない」


「……なにがだよ」


「わたしは目ではなく心で見てる。心の眼で見たらこれ、すごく不気味」


「そうなのか……て、屍人でも気味悪いって感情があるんだな」


「ある。わたしだってオバケすきくない」


「ところで、なんでこの塊を壊さないんだ?」


「無理だから」


「無理? ……ああ、たしかにすげー硬そうではあるよな」


「ううん、近づけない」


「近づけない?」


「うん。ほら」




 アンはそう言うと、黒い塊向かって歩を進めた。
 しかし決して前に進むことできず、ルームランナーの上で歩いているようだった。




「そういう意味か……。なにかが邪魔しているんだな」


「ううん。これはこういう歩法。歩いているように見せてるだけ」


「うん、わかった。で、なんで今それをした?」


「ダンス上達したから、嬉しくて」


「はぁ……」


「ホントのこと言うと、別に困ってなかった」


「ここにあることについてか?」


「うん。気持ち悪いけど、見なければいいだけ、だから」


「そうか。じゃあ、オレがこれを壊したら困るか?」


「わたしは困らない」


「わたし『は』?」


「いま踊ってる屍人たちはどうかわからない」


「おまえ、あいつらと意思疎通できるか? できるなら、ぶっ壊していいですか? って訊いてきてほしいんだけど」


「わかった。訊いてくる」




 アンはそう言い残すと、屍人の群れの中へ歩いていった。




「うほうほうほほうほほほほ」


「ゴリラかよ!」




 タカシは遠巻きにアンにツッコんだ。




『ふむふむ、アレが彼らなりの言語かもしれませんね』


「言語? 文法も文脈も、単語すらあるかどうか怪しいぞ」


『まあまあタカシさん、アンさんを信じてみましょうよ!』


「信じるも何も、今朝ここに来た時、あいつら完全にダンスを踊るだけだったと思うけど……」


『あ、戻ってきましたよ』


「なあアン。あの人たち、なんて言ってたんだ?」


「ちょっと何言ってるかわかんないっす」


「……なにをしてたんだ?」


「意思疎通」


「できてなかったな」


「面目ない」


「……まあ、いいや。交渉は決裂したんだから、強行策に移る」


「強行策?」


「ああ、こいつをぶっ壊す」


「どうやって?」


「それはだな、こうやるんだ……よっ!」




 タカシはそう言って腰の剣を抜くと、そのまま水平に塊を斬りつけた。
 しかし剣は塊に当たると、


 ガキィィィン!


 と弾かれ、刀身が真ん中から綺麗に折れた。




「チッ……」


『ああー! 支給品の青銅ソードがー!』


「うるせえな、耳元で騒ぐな」


「青銅ソード?」


『はい、青銅騎士に支給されている剣のことですよ。俗称なんですけどね』


「かっこいい……かも」


「いやいや、ダセェだろ」


「じゃあ、白銀騎士だったら白銀ソード?」


『そういうことになりますね』


「黄金騎士は?」


『黄金ソード……?』


「お、おお……かっちょいい……しびれる」


「ちょっと待て、なんでおまえ騎士の階級について詳しいんだ?」


「……失言。忘れて」


『何言ってるんですかタカシさん。なにも変じゃないじゃないですか、ここはエストリアの墓地ですよ。ということはアンさんはエストリア人です。エストリア人が知っていたとしても、なんらおかしくないじゃないですか』


「そうだそうだ」


「すげえひっかかるけど、まあいいか……てか、脆いな。青銅ソード」


『そりゃそうですよ! 誰も鉄の塊を斬るなんて想定して、作ってませんってば!』


「鉄……よりは硬そうだよなぁ……」




 タカシは中指の第二間接を曲げ、コンコン、と塊を叩いた。
 次にその場にしゃがみ込むと、折れた刃を拾い上げた。
 タカシは折れた刃と刃を、なんとかくっつけようとカチャカチャさせた。




『どうするんですか? 溶接するとか?』


「いや、溶接しても意味ねえだろ。結局、剣そのものの強度は変わらねえ」


『……溶接、いちおうできるんですね……』


「溶接の意味がねえとすれば、強化するまでだよな」


『どうやってですか?』


「もちろん、魔法でだよ」


『え?』


「まあ、見とけって」




鍛冶師ブラックスミス
 タカシがそうつぶやくと、持っていた剣から突如、白い煙が上がった。
 やがて剣は赤熱し、ドロドロに溶けてしまうとタカシの手の平から零れ落ちた。
 零れ落ちたものは、地面に落ちると自然と剣の形に形成していった。


 ガキンガキン!


 タカシはどこからか取り出したハンマーで、未だ赤熱している液体を鍛えはじめた。
 タカシがハンマーを振り下ろす度に、白い煙がモウモウと立ち昇り、火花も飛び散る。
 飛び散った火花は辺りに散らばることなく、剣へと収束していく。
 そしてタカシがまたそれを鍛える。
 三分ほどその作業を繰り返すと、タカシは唇に人差し指をあて、フーっと息を吹いた。
 息は白く変化し、ピキピキと音をたてながら、剣の温度を急激に冷ましていった。




「うん、こんなもんかな」




 打ち終えたものが完全に剣の形に形成される。
 タカシはその場でブン、と振ってみせた。
 刀身は漆黒のように深く、黒く、鈍く光を反射していた。




「どうだ、かっけえだろ。青銅ソードよりも」


「ううん」


「え」


「かっちょよくない」


「聞こえとるわ! 二回も言うな、傷つくから!」


『ど、ドンマイです! これに関しては個人の好き嫌いですからね』


「それは、フォローなのか……?」


『それよりもホラ、その剣の切れ味を試しましょうよ!』


「そうだったな。よし、いくぞ……」




 タカシは剣をバットのようにブルンと、スイングしてみせた。
 鋭い風切り音のあとに、一瞬の閃光。
 剣の軌道には一筋の漆黒。




「手応えは……ない!」


『自信満々に言わないでください!』


「でも、音楽は消えてるぞ」


『いや、でも……』


「ううん、斬れてる」




 アンが塊を人差し指でツンと突いた。
 押し出された塊は、ズズズ……と上半分がスライドしていき、ズドンと地面に落ちた。
 墓地にはじめての静寂が訪れる。




『……やった! やりましたよ、タカシさん』


「刃こぼれは……してないな。はじめてこのスキル使うから、すこし不安だったけどな」


「見て」




 アンがタカシの肩を叩き、屍人が踊っていた方向を指さした。
 屍人は全員その場に倒れており、動く気配はまったくなかった。




「やっぱ、この黒いのが原因か」


『みたいですね! これにて一件落着、です!』


「よくやったおっさん」


「いや、『よくやった』じゃなくて、なんでおまえは成仏しないんだよ」


「無宗教だったから……?」


「そういう問題かよ! ぜってえ嘘だろ!」


「わかる?」


「……ぜってーなんか知ってんな、おまえ」




 タカシの訝しむ視線に、アンはわざとらしく視線を逸らした。
 しかしタカシはすばやく、アンの視線の方向に潜り込む。
 アンも対抗心からか、その場でぐるぐると回り始めた。
 その無意味な攻防が五分ほど続いたころ、アンは観念したのか、ぽつりと洩らした。




「……研究」

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