憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

墓場に行ったら屍人がワルツを踊ってた。



 翌日の早朝。
 タカシはシノの部屋の前で立ち尽くしていた。
 シノは不在だったのか、タカシがいくらドアをノックしても出てこなかった。




「仕事行く前に、なんかヒトコト言っておこうと思ったんだけどな」


『殊勝な心掛けですね。数日前までのタカシさんとは別人みたいです』


「おまえはここ数日の間に、一段と図々しくなってきてないか?」


『なんのことでしょう?』


「はぁ……、とりあえず。まともに仕事するのは今日が初めてか」


『そうですね。何するかわかりますか?』


「『青銅とは大勢いる雑兵の手本となるべき存在である』だろ。耳にタコができるくらい聞いたよ」


『よろしい』


「よろしい……じゃなくてさ、なんかこのままになりそうだから一応聞いとくけど」


『なんですか? 改まって』


「おまえ、体返してもらわなくていいのか?」


『………………』


「ん? おーい、聞いてっか?」


『わ、忘れてた!』


「はあ?」


『ものの見事に忘れてました! どうしましょう!?』


「それを今から話し合いたい。……仕事までまだ時間はありそうだからな」


『あ、それで早く起きてきたんですね』


「まあ、それもあるな」


『それで、どうしましょうか』


「どこから聞いたものか……、そうだ、ふたつ質問がある」


『なんですか?』


「この国で墓荒らしってのは犯罪になるのか?」


『……まさか、タカシさん……?』


「そんな反応するな。これしか方法が思いつかなかったんだ」


『なりますよ! 立派な犯罪です! 死者への冒涜です! 遺族への侮辱ですよ!』


「じゃあ……、ふたつめの質問だ」


『まだ企んでるんですか?』


「それは、この国の人間以外……たとえば、国際法上で保護されている生き物にも、その罰は適応されるのか?」


『……え?』




 タカシは無言で自室の扉を、意味ありげに見つめた。




『……もしわたしが考えていることが、タカシさんの考えていることだとしたら――』


「そうオレを責めるな。おまえが体を取り戻すのを諦めるか、ドーラが墓荒らしになるかだ」


『さ、最低です』


「そう言うなって。おまえだって元の体に戻りたいだろ?」


『それはそうですけど……、でも、いくら罪に問われないからって、何も知らないドーラちゃんに、そんなことをさせるわけにはいきません! それなら、わたしひとりが被害を被っていたほうが、百倍マシです!』


「なるほど、罪に問われないんだな?」


『ちょ、タカシさん!?』


「ドーラ、起きてるか? ドーラ!」




 タカシの呼びかけに、ややあってドーラが部屋から出てきた。
 まだ眠り足りないのか、足取りはまだおぼつかない様子だった。




「むー……なんだ……ルーシー……」


「おまえにひとつ、頼みたいことができた。……やってくれるな?」


『ほ、ほんとうにやらせるんですか? タカシさん』


「うん……、ふぁぁ……いいぞ。ルーシーのたのみならきいてやる」









 エストリア王都の郊外に位置する墓地。
 まだ早朝だということもあり、墓地は薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出していた。
 そんな中、薄暗闇に紛れてひとりの少女と、ひとりの幼女が現れた。
 幼女はシャベルを手にもち、楽しそうにクルクルと回している。
 一方、少女はおっかなびっくりといった様子で、なにか音が聞こえてくるたびに小さく声を漏らしていた。




「なあ、ルーシー。ここらへんか?」


「数字を見てくれ。できるだけ、新しい数字の墓標を見つけるんだ」


「わかった。……けど、なんでルーシーはメカクシしてるんだ?」


「これか? これはな、決して霊やゴーストが怖いわけではなく、修行なんだよ」


「シュギョー……?」


「ああ、そうだ。これは感覚のひとつを遮断することによって、その他の感覚を研ぎ澄ますことができる修行なんだ。人はなんでもかんでも、視覚から得られる情報に頼りすぎている。そんなことでは、いざ敵に視覚遮断ブラインド系の攻撃を食らったり、幻術ファントムに惑わされたりしたときに、大ダメージを食らってしまう。だからこうして、あえて視覚を遮断することによって、視覚以外から入る情報量を増やし、負荷をかけて、筋力トレーニングをする要領で鍛えているってわけだ」


「へー、つまりそれはどういうことなんだ?」


「つまり、オレはお化けなんかこわくないよ。って意味だよ、ドーラ」


「ふうん。よくわかんないけど。なんかわかったきがする」


「えらいぞ、ドーラ。さっすがドラゴンだな!」


「えへへ、ルーシーに褒められちゃった……」


『あの、タカシさん。さっきからわたしの良心がズキズキと音を立てて軋むんですが……』


「そんな良心捨てちまえ! オレたちに必要なのは前に進む推進力だ! 後ろを振り返るなら、すべてが終わった後にしろ!」


『なんかいい感じに言ってますけど、実際はそれ、最低ですからね』


「なんとでも言え……そして、ドーラよ。まだ着かないのか!? そろそろ涙で目隠しが湿ってきてるんですけど!?」




 タカシは大声でまくしたてるも、その声は涙声だった。




「……あれ? ルーシー」


「なんだ、ドーラよ」


「なんかヒトのカゲがいっぱいあるぞ?」


「それは本当か?」


「うん、それになんだかオンガクもきこえてきた」


「音楽……?」


「うん。なんていうか、きいててたのしくなってくるような――」




『誰?』
「誰だァァァァァァァァァァァッ!?」




 突如発せられた声にかぶせるようにして、タカシが大声をあげた。
 その素っ頓狂な声に恐れをなしたのか、声の主は一目散に、墓場の奥へ逃げ去った。
 タカシは気配が無くなるのを感じると、腰からその場に崩れ落ちた。




「な、なななななに? いまの! なんなの!?」


「おちついてルーシー。あれはたぶん、そうちょうランニングのおっちゃんだ」


「なんでわざわざ墓場まで来てランニングしてんだよ! バッカじゃねえの?」


「それよりも、あたしはやっぱりオンガクがきになる」


「音楽音楽ってオレにはそんなもの全く聞えな――」




 言いかけて、タカシは口をつぐんだ。
 かすかにだが墓場に、ノリノリでご機嫌な、ポップミュージックが流れていた。




「な、なんだよ! なんで音楽が……!」


「まってルーシー! だれかくる! それも、おおぜいだ」


「ひぃっ! お、おおば、おばおば……!」




 腰が抜け、立てなくなったタカシはシャカシャカとゴキブリのように地面を這い、ドーラにしがみついた。




「ルーシー、くるぞ!」




 ドーラが声を張り上げる。
 それと同時に、雑踏の音と大音量のポップサウンドがタカシたちを取り囲んだ。




『キャアアアアアアアアアア!!』




 突然、ルーシーが悲鳴を上げる。




「ど、どうしたルーシー!?」


『た、たた……タカシさん……ぞぞ、ぞぞぞぞ……!』


「ぞ……? なな、なんだよ、怖がらせんじゃねえ……! なにが見えたんだ?」


『ゾンビがいますぅっ!』


「へ?」




 タカシは目を覆っていた布をグイッと上げると、固まってしまった。
 ゾンビたちは、ポップなノリに合わせるようにして、キレッキレのダンスを踊っている。
 しかしゾンビたちには、意思のようなものは感じられなかった。
 どのゾンビも、タカシとドーラを襲う素振りはなく、ただ妄信的にキレキレなダンスを踊っている。




『あの……タカシさん?』




 黙り込んだままのタカシを心配に思ったのか、ルーシーは震える声で話しかけた。




「な」


「……な?」


「なーんだ。ただのゾンビかぁ」




 タカシは「ほぅ」っと息を吐くと、胸をなでおろした。




「ルーシー? これは?」


「これは、あれだ。屍人アンデッドだよ」


「あんでっど?」


「そう。決して死なない肉体を持った死人。矛盾しているようだけど、それが多分一番的を得ていると思う」


「えっと……まだわからないぞ」


「噛み砕いて説明するとだな、こいつらは完全に死んでいて意思はない。魂は別のところにあるからな。そして、この音楽はこいつらを操るためのものだ。魂がないのに踊ってるのは、そのせいなんだよ。そしてこの音楽は魔法による仕業だ。おそらく屍術師ネクロマンサーか何かが、どこかに潜んでいるのだろう」


「へえ! ルーシーは、なんでもしっているんだな」


『……なんで、タカシさんはゾンビを怖がらないんですか?』


「なぜなら、こいつはお化けみたいな、フワフワとして捉えどころのない、非科学的なプラズマではないからだ! 何より殴ることがきるッ!」


『そういう問題ですか……』


「それにこいつらの存在は、さっき言ったみたいに説明がつくからな!」


『いまいち、タカシさんの怖がる基準が分からないんですけど……』


「そんなものは知る必要はないし、教えるつもりもない」


『なんかわたしだけ怖がってて、バカみたいじゃないですか』


「とにかく、オレがいいたいのは……」


 タカシは人差し指をススっと動かすと、ひとりだけ円舞曲ワルツを踊っている屍人を指さした。
 その屍人はタカシに気がつくと、踊るのをピタリと止めた。




「なんでこの中にひとりだけ、社交ダンス踊ってるヤツがいるんだ……ってことなんだよ」

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