憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

一人決起会で勢いづけようと思ったらサキュバスにいじられた。

「なるほどね、そういうことね……」




 シノが深刻そうな顔でそう答える。
 タカシたちは畑から場所を変え、食卓の上で、半ば会議のような雰囲気で座っていた。




「相手は雑兵でトロールのロデオ……あいつは、頭が悪いから出世できていませんが、腕っぷしだけなら、白銀レベルの騎士とも遜色なかったと思います」


「まじかよ。……て、白銀レベルってのも、いまいちよくわかんねえんだけどさ」


「人によってまちまちなんすけど、司令官クラスですからね。もちろん兵を束ねるわけっすから、それなりに戦える人たちじゃないとダメっす。ほら、こないだのオレたちを見捨てた、フレイって野郎がいるじゃないっすか。あいつがたしか白銀クラスでしたよ」


「や、悪いけど、そのときの記憶はないんだ。……けど、相手国の馬に乗った奴なら覚えてるぞ」


「それはたしか……カライのバルト将軍でしたよね」


「そうそう、そんな感じのやつだったな。で、あいつはどれくらいなんだ?」


「バルト将軍の実力は、その武勲から鑑みて、最低で白銀上位……、普通に考えて黄金騎士の中でも上位くらいじゃないですかね」


「幅広いな……。シノさん……聖虹騎士と比べてはどうなんだ?」


「そりゃもう、比べるまでもないっす。天と地ほどの差っすよ」


「おいおい、まじかよ」


「やー、ははは……なんか照れるね」




 シノは照れ臭いのか、頬を赤らめた。




「聖虹騎士。それはひとりいるだけで戦局を左右してしまうほどの、卓越した戦力を持ってるんすよ。それはもはや、人型戦術兵器なんて呼ばれてて、とにかくすごいのなんのって、まさに超人たちの集まりなんすよ」


「またまたそんなこと言って、ヘンリー君のお兄さんだって、立派な聖虹騎士じゃない。それも――」


「あ、兄貴のことは、いいんすよ!」




 シノの言葉を遮るようにして、ヘンリーは続けた。




「それよりも、今はロデオ対策してたほうが建設的っす!」


「……そうだったな」


「あー……、ごめん。ヘンリーくん」


「いえ、オレのほうこそ、なんかすんません……」


「うん、でもやっぱり相手の対策とかは、いいわ」




 タカシがきっぱりとそう言い切る。




「え、でも……」


「問題ねーって、おまえにはオレが負けるビジョンでも見えてんのか?」


「い、いえ……」


「なら大丈夫だろ。テキトーにやったって負けねーよ」


「は……、はい! 信じてますから! 頑張って下さい!」


「……あのさ、ルーシーちゃんとヘンリーくん、ちょっといいかな」


「どうぞ?」




 シノの問いかけに、タカシとヘンリーが同時に答えた。




「ふたりってどういう関係なの? ……まさか、そういうのじゃないよね?」


「なっ、ちが……っ! なんでだれもかれも、オレとコイツをそういうふうに見てんすか。全然ちげえっすよ! 気持ちワリィ!」


「そっすよ! オレが姉御となんて、畏れ多い……!」


「……おまえ、そればっかだな。もっと違う、いいわけのバリエーション増やしとけよ」


「そう? それならいいんだけどさ……、なーんか、ふたり見てたらアヤシイんだよねー」


「……アヤシイっていうか、そもそもシノさんには関係ないような気も……」


「かか、関係なくなくなくないよー! ルーシーちゃんは可愛いあたしの後輩だもの。変な輩に引っ掛かりでもしたら、それこそエストリア騎士団の損失だからねー」


「はあ、そすか」




 タカシはゴキブリを見るよう目でそう答えた。




「変な輩って、オレっすか……」


「あ、信じてないな? ……信じて、ビィィィム!」




 そう言ってシノは、おもいきりタカシを抱きしめた。




「なに、ちょ、むぐっ!? ふがっ! こ、これは……これはァ……ッ!」


「ちょっとシノさん! 姉御が窒息してしまいますって!」


「……ハァハァ、どう? ルーシーちゃん。信じてくれた?」


「ふぅ……、信じました」


「姉御!?」


「いやあ、シノさん。意外とおありなのですな」


「え? も、もう! ルーシーちゃん、なんかオヤジくさいよ? ……でも、ルーシーちゃんなら、いつでもオッケーだからね」


「ヒャッホゥ! マジっすか!?」


「うん。なんなら今晩、うちに泊まりに来る?」


「行く行く! 行きます! 是非!」


「姉御!」


「……はッ!? オレはいったい何を……?」


「あーあ、あとすこしだったのに……」


「あとすこしってなんすか! 姉御にあんまり変なことしないでくださいよ」


「まあ、いいや。今日のところは大人しく帰るね。それとルーシーちゃん、明日は頑張ってね! あなたなら出来るよ!」


「あ、はい……」




 シノは
「バイバイ」
 と短く言うと、ルーシーの家から出ていった。




「ビックリした……。催淫かとおもったわ。シノさんは夢魔かよ……」


「いや、あの人はちゃんとした、純人間っすよ」


「モノの例えだよ。ほんとに夢魔がいるとか思ってねえよ」


「いますよ?」


「ふぉ?」









『ちょっと、タカシさん。やめましょうよ! ここはわたしたちが来る場所なんかじゃないですってば!』


「男たるもの、ときには冒険をして、危険の中に身を投じるべしって、ばっちゃんが言ってた」


『ばっちゃんは女性です! そしてタカシさんも今は女性です!』




 商業地区の、大通りから外れた薄暗い路地の中。
 まだ陽は沈んでいないのにも関わらず、飲んだくれが通りで酔いつぶれていた。
 ピンクやライトブルーのネオンが行き交う人々の顔を、うっすら照らしている。




『あきらかにアダルティな区域ですよ、これは』


「ヘンリーもついてこなかったしな」


『それが普通なんです! まったく、明日は決闘なんですよ? それなのに何でこんなところで油売ってるんですか!』


「景気づけだよ。そういえばここに来てから、かわいい女の子成分が不足してたからな」


『……それって、わたしのことブスって言ってるんですか?』


「そこまでは言ってない。ただおまえには、圧倒的に色気が足りないんだよ!」


『それ、本人を前によく言えましたね』


「生憎、オレは物事を慎ましく包み隠すのは、あまり得意じゃないんでな」


『そんなことを誇られても……』


「あれ? お兄さんひとりー?」




 タカシがルーシーと軽口を言い合っていると、舌足らずな声で呼び止められた。
 タカシは振り返り、その声の主を見た。
 声の主は若い女であり、見た目はシノよりもすこし歳下。
 髪は肩までで切り揃えられており、前髪は可愛らしいピンでとめられていた。
 胸や腰回りを強調している服を着ており、その大きい瞳には、面食らっているタカシの顔が写し出されていた。




「あれ? 女の子だ。なんで男の人と間違えたんだろ?」


「も、もしかして……夢魔……さん?」


「ん? そだよー。サキちゃんはねー、サキちゃんって言うんだぜ。サキュバスなのだ。カワイイっしょ?」


「おお……これが……夢にまで見た夢魔。……夢だけに」


『もういいでしょ、タカシさん帰りますよ』


「ちょっと待て、もうすこし堪能してからだ」


「それにしてもー、女の子がひとりでこんなとこウロついてるのはぁ……おねーさん感心しないなあ?」


「ごめんなさいおねーさん、でもあたし、おねーさんに興味があって!」




 タカシが思いきり高いトーンの、猫なで声で話し始めた。




『うわっ、だれですか、あなた!?』


「へえ、お嬢ちゃん。興味あんだー? こーゆーシゴト」


「ちがいまーす、あたしが興味あるのはおねーさんでー」


「あーもしかしてソッチ系? お嬢ちゃんソッチ興味ある感じ? やだなー、サキちゃんの可愛さは同性もノックアウトしちゃう感じかー。まいっちゃうな―、まいっちゃうぜー」


「そこでなんですけど、あたしがお店を利用することって――」


「ちょっとサキちゃん。ここにいたの?」


「おあ、パイセンじゃないっすか! ちーっす。どしたんすか?」




 サキと同じ格好の女が、息を切らせて走ってきた。




「どしたんすか、じゃないよ。お客さんカンカンだよ? なんであんなことしちゃうかな」


「だって、しょうがないですよー。無理やり迫ってきて「やらせてくれー!」なんて、きっしょいトロールに言われたら、ビンタのひとつやふたつ飛んでいきますってー」


「そんなこと言って、飛んでいったビンタはひとつふたつじゃなかったでしょ? こういうところから、種族間の差別問題がひどくなったりするのよ? あとでお客様のとこ行って謝ってきなさい。病室教えておくから」


「ヤですよー。もっかいベタベタ触ってきたら、今度こそ集中治療室行になりますってば」


「もう、サキちゃん。私たちはサキュバスなんだから、そういうことは我慢しないとダメでしょ? それにあの人は上客って、知ってるじゃない」


「サキちゃんは、みーんなを平等に扱うんで、上客だろうがなかろうが、やるときゃバッシーンっていきますよ! バッシーンって!」


「まず、バッシーンっていく事自体がおかしいのよ?」


「まま、パイセン。こまけー事ばっか気にしてっと、シワ増えるっすよ」


「はぁ……、なにを言っても無駄みたいね。このことは私から、マネージャーのほうに連絡しておきます。しっかり反省しておきなさい」


「うぃーっす。おつかれーっす」




 サキの先輩はそれだけを言うと、踵を返し、来た道を帰っていった。




「そうそう! ……で、なんの話だっけ?」


「いや、もういいっす。なんか寒くなってきた……し……?」


「クンクン……、クンクンクン」




 もうすこしで唇と唇とが触れてしまうほどの距離で、サキがしきりに鼻をひくつかせた。




「ちょ、な、なにやってんすか……?」


「なーんか不思議なんだよねー。なんでこんな可愛い子から、男の精のにおいがするんだろ?」




 サキはそう言うと、ぺろりとタカシの頬を舐めた。
 頬を舐められたタカシは、ブルブルとふるえると、そのまま固まってしまった。




「もしかしてあなたビッチとか? て、んなわけないか! サキちゃんたち、そういうの敏感のビンビンだしね。……んー、そうじゃないとしたら――」


「お、オレ、もう帰りますんで」




 タカシはそう言い残すと、サキに背を向け、ものすごい速度で走り去った。




「あの娘、なーんか気になるな―」




 サキは走り去るタカシを見送りながら、悪戯ぽく言ってみせた。

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