憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
昇進を願い出たら無理難題を押し付けられた。
「な、なるほど、つまり自分はこれから査問を受ける予定……だった。ということですか」
「そうだ。しかし、シノはおぬしのことをシロだと言った。ならば儂はそれを信じるまでだ」
「あんなこと言ってるけど、ほんとは自分で決めるのが億劫なだけなんだよ」
「それはなんというか……自分にとってはありがたい限りなのですが、なぜシノさんはそんなに簡単に……?」
「ふむ理由か……。どうだシノよ、おまえの考えを聞かせてくれ」
「かわいいから」
シノはきっぱりと、ただまっすぐに言い放った。
ふたりはシノの言葉に固まってしまう。
永遠とも錯覚するほどの無の空間で、ふたりは「は?」という一言をひねり出した。
「はっ!! あたしはなにを……」
「すまぬシノよ。もう一度言ってみてくれないか?」
「自分も……聞き間違いかもしれないので、もう一度……」
「こ、コホン……あたしは彼女の眼を一目見て、確信しました。彼女がエストリアの敵となりうる可能性は、皆無に等しいと!」
「ふむ、眼ときたか。続けよ」
「はい。野心や野望を持った者の眼を、あたしはこれまでも、数えきれないほど見てきました。そのどれもが、瞳の奥に炎のようなものを燻ぶらせていた。そして、その炎はどうやっても消せないのです。本人の意識とは無関係にそれらは、心に、眼に、自然と宿ってしまう。……しかし、彼女は違います。彼女の眼はまっすぐ前だけを見据えており、己がやることをしっかりとわかっている眼です。そんな眼が邪悪に染まるはずがありません! ……って感じの理由とかじゃダメですか?」
「ぶち壊しじゃねえか!」
タカシが額に青筋を立ててツッコミを入れた。
「いいじゃん、やるじゃん」
「いいのかよ!」
「あ、ありがとうございます! やったね、ルーシーちゃん」
「え? で、でも、なんだかモヤモヤする気が――」
「ふむ。……それなら、キミは国家転覆を狙う他国のスパイくんなのかね?」
マーレ―が、これまでに見せたことのないような眼でタカシに問いかける。
空気がピンと張り詰め、その空間がマーレ―によって支配される。
あまりに突然の出来事に、タカシは生唾をゴクリと飲み込み、目を白黒させた。
「やめてください。ルーシーちゃんをいじめないでください」
「ガッハッハ! すこし意地悪が過ぎたか。すまないな、ルーシーくん」
「い、いえ……気にしてませんから……」
「ということだ。なんだかんだあったが、問題ないということだ。さて、次へ移ろうか」
「次、ですか?」
「ああ、これはノーキンスからの進言であってな。どうやらあやつが言うにはルーシー、キミの今の身分は、キミの今の実力に見合ってないのだそうだ」
「は、はぁ……」
「そこでだ。キミには選択肢を与えようと思う」
「選択肢……ですか?」
「そうだ。至極単純明快である。……昇進を望むか否か」
「昇進……」
「現在、わが国では謎の騎士人気により、騎士の総数が国内で飽和状態にあるのだ。早い話、掃いて捨てるほどにな。しかし、飽和している騎士もまた、我が親愛なるエストリアの国民であるため、実際に掃いて捨てることなどできない」
タカシは一瞬、何か言いたそうにしていたが、それを引っ込めた。
「したがって、騎士社会に階級という秩序を設けたのだ。これは、ルーシーも国民であるため知っているであろう」
「はい、たしか……雑兵クラス、青銅、白銀、黄金、聖虹という順に序列が設けられていたのですよね?」
「そうだ。ちなみに、キミの隣にいるシノは聖虹の中のひとりだ。この国に七人しかいない精鋭中の精鋭だ。昨日会ったノーキンスもそのうちの一人だな」
「はい、存じ上げています」
「雑兵という、名前も不名誉、待遇も苛烈となれば、除隊を望むものが増える。……そう考えていたのだが、これまたなぜか、騎士たちは辞めたがらないのだ」
「それほどまでに、騎士というのは人気なのですね」
「そのようだ。儂にはよくわからんがな……。話を戻すとしよう。つまり儂が訊きたいのは、青銅に上がらんか、ということだ」
「ルーシーちゃん、これは悪い話じゃないよ。青銅になれば待遇もグッと良くなるし、なんにせよ、さらに昇進できるチャンスでもあるんだ。実際のところ、雑兵と青銅とでは天と地ほどの差があってね、雑兵のまま全く昇進できず、退役してしまう人も多いの。それくらい雑兵から青銅に上がることは難しいんだよ」
「もちろん、こちらとしても無理強いをするつもりはない。いやだというのなら、そこまでの話だ。それで……どうする? ルーシーよ」
そう言われると、タカシはちらりとルーシーのほうを見遣った。
ルーシーは少しだけ考えると、ひと言だけ『なりたいです』と答えた。
「はい、謹んで拝命いたします」
「よろしい。ただ、これは形式的なものだが、一介の、それもまだ少女のおまえが、青銅に上がるともなれば、反発する者もでよう。そこでだルーシー。おまえに任務を言い渡す」
「任務……でしょうか?」
「案ずるな。そこまで難しいものにするつもりはない、のだが……」
「? どうかなさいましたか?」
「メンドくさくて考えてないんだよなぁ……」
「はい?」
「いや、そなたに見合う任が見つからなくてな……」
「あ、はい! はいはい! あたしに良い案が!」
シノが待ったましたと言わんばかりに、手を真上へ上げた。
「発言を許す」
「やったぜ! ……じゃなくて、例の炭鉱などはどうでしょうか」
「炭鉱、か……。しかしそれは雑兵騎士には、ちと厳しすぎるのではないか?」
「いざという場合にはあたしがバックアップにつきますし、なによりあの件を解決できたとなれば、ルーシーちゃ……さんの昇進に文句を言う人はいなくなると思います」
「確かにそうだが……」
「あの、すみません。自分には炭鉱と言われても、イマイチよくわからないのですが……」
「そういえばそうだな。勝手に話を進めてすまなかった。炭鉱の件というのはだな……ふむ、どこから説明したものか……」
「では、あたしから……エストリアが魔石の産出国だってのは、ルーシーさんも知ってるよね?」
「はい。それが主要産業だということも」
「うん。でね、魔石ってのは地面や山の中に埋まってたりしてて、それを掘るための採掘地がエストリアのあちこちにあるんだ。それでここからが本題なんだけど、そのうちのひとつの炭鉱が魔物に奪われちゃったんだよ」
「魔物……ですか?」
「うん、魔物。魔石を食べているのか、ただ単にその採掘場を気に入っているのかわからないんだけど、これが厄介でね。何回か騎士を派遣したんだけど、ことごとく返り討ちに遭っちゃってて、そろそろあたしたち聖虹騎士の出番かなってことになってたんだ」
「それはつまり、シノさんたちが解決に当たらなければならないほどの魔物……ということでしょうか」
「中らずと雖も遠からず……なんて言うんだろ。それがこの件の妙なところでね。実は誰も魔物の姿を見てないんだ」
「? ですがいま、返り討ちに遭ったと……?」
「うん。でも、返り討ちに遭った先遣隊はみんな無傷」
「どういうことですか?」
「恥ずかしい話、相手の姿を見る前に逃げ帰ってきちゃうんだよ」
「それは一体……?」
「それとみんなが口を揃えて言うには、ものすごく恐ろしい唸り声をあげていて、咆哮を聞いただけで脚が震え、手が震え、立っていられなくなるほど、らしいんだよね」
「それはまた……妙な話ですね」
「そうそう。だからあたしたちが直々に行って解決に当たろうかって話になったわけ」
「なるほど、そういった背景があったんですね」
「採掘場が他にもあるとはいえ、そこが使えなくなると、そこで働いてた人たちの食い扶持も潰れるし、なにより損失が出てるのに黙ってるのなんて、国としても面白くないでしょ?」
「は、はぁ……面白い面白くないという話は置いておいて……大体流れはわかりました」
「どうだ、やってみるか? もし荷が重ければ、他の任務でも問題ないが」
「いえ、やらせていただきます」
「本当に良いのだな? これを受諾すれば、取り消しはきかぬぞ」
「はい。必ずやり遂げてみます」
「あいわかった。……ではエストリア国王より騎士ルーシーに命ずる。件の炭鉱へ赴き、見事その原因を除いてみせよ」
「は!」
「あ、あれだからね? 危ないと感じたら、いつでもあたしに知らせてね? むしろ今からいっしょに行ってみる? 怖いときはあたしの胸に飛び込んできてもいいんだからね? そうだ、今から予行演習しとく? あたしの胸に飛び込んできたときの――」
「るせェー! 用が終わったんだからさっさと出てけ!!」
マーレ―はシノを怒鳴りつけると、自らが謁見の間から出ていった。
「えっと……、それじゃあ任務にいってきます」
「あ、うん、なんかゴメンね……」
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