憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

故郷に帰ろうと思ったら殴り殺されかけた。



『そろそろ見えてくる頃ですよ、タカシさん』


「エストリアか……どんな国なんだろな」




 山賊のアジトから脱出したタカシ一行は、一路エストリアを目指し、登山に励んでいた。
 登山といっても、山に急斜面などはなく、ハイキングコースという表現が近かった。
 しかしタカシのそのペースは、ハイキングのそれとは全く違っていた。
 まるで山に住んでいる動物のような足取りで、スイスイと登っていっていた。
 対してヘンリーはその速度についていく事が出来ず、息も絶え絶えといった様子で、タカシの遥か下方についていた。




「ちょ……、姉御、進むテンポ……速くないっすか。ついてくので……、精一杯、なんすけど」


「るせーな。ボヤボヤしてると、今度こそ死ぬぞ」


「このままじゃ……、マジに死んじゃうっすよ……。てか、そんな急ぐ必要……あるんすか?」


「オレの推理が正しかったら、あの山賊はまだ壊滅してねえんだよ」


「へ?」


「あいつら言ってたろ。頭領は今はいないって。頭は潰れてねえんだよ」


「えと……言ってましたっけ?」


「言ってた。それに、あそこ……いま戦地にはなんもないからな。すぐに引き揚げて戻ると思う。そいつに追いつかれでもしたら、今度こそ殺されるぞ」


「うう……、姉御はまたこんなオレを心配してくれて……」


「うぜぇな、こいつ……」


『……でも、そんなに心配なんですかね』


「なんだ、ルーシー。心配事でもあんのか?」


『いえ、なんというか……今のタカシさんを見てると、負けるとこを想像できないっていうか……向かうところ敵なしっていうか……たとえなにか来たとしても、どかーんってな具合でぶっ飛ばせちゃうんじゃないですか?』


「どかーんってなにがだよ。おまえの頭の話か?」


『なんでわたしの頭が爆発してんですか! 敵ですよ、テ・キ! ふつうに考えたらわかるでしょ、それともなんですか? わたしの頭が爆発しそうなくらい天才だって言ってくれてるんですか? どうもありがとうございます!』


「……用心するに越したことはないだろ。敵の大将の戦闘力はあくまで未知数。それに宝物庫には魔石をあしらった武具が多数……、嫌な予感しかしねえよ。早く出ることで戦闘を避けられるなら、そうするわ」


『やっぱり、魔石をはめ込んである武器って脅威なんですね……』


「やっぱり?」


『ああ、いえ、聖虹騎士団の方々もそうなんです。たしか七人全員が、それぞれの能力に見合った武器を渡されているんですよ。もちろん魔石つきの』


「へえ……てことは、それより下の位の騎士には支給されないってことか?」


『そうですね。騎士を目指す方って、基本的に魔法を使えない人たちばかりなので。魔石産出国なんですから配ればいいのに……、って思ったりはします』


「いや、それでいいと思うけどな」


『それで……とは、配らないでいいってことですか? それはまた、どうして?』


「そりゃ、さっきみたいなことになるからだろ。使い方を間違えりゃ、ぶっ倒れる。最悪自分の限界を理解してないと、死んじまうこともあるしな。だれでも使えるからこそ、危険も常に付きまとう。そこで、模範となるその……聖虹騎士団、だっけか? そいつらに持たせておけば、安心だってことなんじゃないのか? 餅は餅屋に、魔石は魔石を扱うに足る者に……て」


『それもそうですね……ていうか、あれですね。タカシさん、随分お詳しいんですね。魔石とか魔法とか。……もしかしてタカシさん、あなたは魔法使いだった! ……なんて』


「魔法を使うことで魔法使いって呼ばれるんだったら、そうかもな。それでもいいよ、もう」


『あ、適当! その反応は絶対違いますね。……むーん、そうまでしてひた隠しにしたがるタカシさんの素性……、暴いてみたい』


「べつに隠してねえよ」


『じゃあ、タカシさんは何者なんですか? わたしに乗り移る前は、何をしていた人なんですか? なんであんな魔法を使えたりするんですか? 好きな食べ物はなんですか?』


「……うどんだ」


『ウ……ドン……? それはいったい……?』


「オレの秘密はその一言に詰まっている。おまえがうどんの謎を解明せし時、オレの秘密もまた解明するであろうッ!」


『ゴクリ……、ウドンとは、それほどまでの……!』


「フッ、いずれおまえもわかるさ……うどんが何たるかを、な。そしてかき揚げの偉大さもなァ!」


『か、カキアゲ……! な、なんか急にタカシさんがかっこよく見えてきました。自分の顔なのに』


「アホか」


『アホ? アホってなんなんですか! 褒めてあげたのに!』




 タカシがいよいよ山頂に差し掛かったころ、足を止め、少し先の山頂のほうを見た。




「あ、ありがとう、ございます……! 姉御、止まってくれて……、ほんと……、まじ、きっつい……」


『おお、なんだかんだで優しいですね、タカシさんは』


「いや、ちがう。なんかいるんだけど……」




 タカシが前方を指さすと、ひとりの浅黒い大男が茂みの中から現れた。
 大男は自信に満ち満ちた表情で、タカシの前までずんずんと歩いてきた。
 その身長は二メートルを優に超えており、体を覆っている橙色鎧は、筋肉ではち切れんばかりに膨れ上がってた。




「んなっはっはっ! よく気が付いたね! 赤髪の女の子!」


「いやいや、茂みからおまえの頭が見えてたし」


「なんだって!? こりゃ一本取られたな! ぬぁっはっはっは!」


「むせるぞ……って、おまえ、よく見たらその鎧……エストリアの騎士だよな?」


「わかるかい。そうとも! 僕こそはエストリア国、聖虹騎士団がひとり――衝撃のノーキンスだ!」




 そう叫ぶや否や、ノーキンスは地面を殴りつけた。
 直後、広範囲に及ぶ爆発が起こり、地面が大きくえぐれる。
 体重の軽いタカシは、巻き上がった大量の石礫と共に宙を舞った。




「な、なんだ!?」


「ここまで来たことは褒めてあげよう! しかし、ここから先は死んでも通さないぞ! カライ国の兵士たちよ!」




 立ち昇る黒煙に紛れ、タカシの顔よりも大きい拳がヌッと現れた。
 拳がピッタリとタカシの顔面を捉える。


 再び爆音。


 瞬間、タカシはハエたたきで叩かれた蠅のように、地面へとたたきつけられた。
 汽車の汽笛が巻き上げる、煙のような土煙があがり、あたりに静寂が訪れる。
 とっさに身を潜めていたヘンリーはその光景を前に、ただただ立ち尽くしていた。
 風が吹くと土煙は晴れていき、ノーキンスの破壊のあとが見てとれるようになってきた。
 周囲の地形は大きく変化しており、木や草などはほぼ吹き飛び、土が露出していた。
 タカシがたたきつけられた場所には、まるで隕石が落下したような、大きなクレーターが出来上がっていた。




「ふむ……、どうやら、あとは君だけのようだね」


「いや、いやいやいや! 自分もエストリアの兵士で――」


「やれやれ……、どこがだい? そんな格好で信じろって言うのは、すこし無茶があると思うんだけど?」


「い、いや、姉御は普通にエストリアの鎧着てたじゃ――」


「問答無用! 覚悟!」




 ノーキンスは地面を蹴りあげる。
 すると、ジェット機のようなスピードで、ヘンリーに殴りかかった。




 しかし、その拳はヘンリーに届くことはなかった。




 拳は突如現れたタカシの蹴りによって、防がれてしまった。
 タカシはそのまま身を反転させると、ノーキンスの側頭部に、後ろ回し蹴りをたたき込んだ。
 蹴られたほうへ大きく吹き飛ぶと、丸太のような腕を地面に突き刺して踏ん張った。




「なな、なんなんだこの筋肉バカは……!」




 タカシが目を白黒させながら、驚きの声をあげる。




「いてて、あちゃー……無傷って、そりゃないよ……」




 ノーキンスが立ち上がり、独り言のようにつぶやく。
 額からは一筋の赤い血がツー……と流れていた。




「でも、僕もまだまだ本気を出したわけじゃないからな。次は、本気で行くよ!」




 ノーキンスはスッと目を細めると、腰を落とし、空手のような構えをとった。
 明らかに周囲の空気が変わり、ノーキンスの周りがピリピリと弾ける。




「いや、待て待て! これを見ろ!」




 タカシは自分を大きく見せようと、じたばたと大きく身振りをしてみせた。




「ん? ……え? ちょっと待って、それってホントにエストリアの……? それによく見ると、キミはヘンリーくん?」




 ノーキンスの顔から、サーッと血の気が引いていった。









「ごめん! 敗戦の報告を受けてたから、てっきり敵兵がここまで攻めてきてたのかと……、うわあ! やってしまった! どうしよう!」




 ノーキンスは自分の額を地面にこすりつけるようにして、タカシたちに土下座をした。




「落ち着け……落ち着いてください。筋肉ダルマさん。カライの兵士たちは……勝手にやられました……突如飛来してきた……ど、ドラゴンに」


『ちょ、ホントにその話で進めるんですか? 無理ありませんか、タカシさん』


「るせー、ルーシーは黙ってろ。……現地に赴いていただければわかるかと……、事実、あそこはいま、不毛な地と化してしまっています。あなたの頭みたいに」


「ぷ。ちょ、タカシさん。失礼ですって……うぷぷ」


「いやいや、疑ってはいないよ? でも……ドラゴン、だよね。いまどき珍しいな……とはいっても、可能性もゼロってわけじゃないし……。それにしても、君たちはよく生き残ったね」




 ノーキンスは顔をあげると、驚いたような顔でタカシを見た。




「さきほどのように魔法防壁を展開していたため、なんとか生き残ることができました」


「うん。それは僕もさっき体感して分かったよ! すごい防壁だったね! 僕の殴打でかすり傷ひとつないんだから。逆に僕のプライドが少し傷ついちゃったよ。……ただ、それだけに少し、腑に落ちない部分もあるんだよね」


「な、なんですかね……」


「君、ルーシーちゃんだよね? ……雑兵の」


「オレ……自分のことをご存じなのでしょうか」


「うん。女の子で騎士って珍しいからね。実際、知り合いだとシノちゃんぐらいじゃないかな」


「シノちゃん……というのはその……」


「うん、シノちゃん。僕と同じ聖虹騎士の。それはいいとして、そこまでの防壁を張れて、尚且つ僕に血を流させるんだからね。……そんな子が何で雑兵クラスにいたんだろ?」


「そ、それは……なぜでしょうね……ははは」


「なにかしら誤った手続きでもあったんじゃないかな? 国に戻ったら僕のほうから進言しておくよ」


「それは……いいんですか?」


「うん。こんなことで罪滅ぼしになるかわからないけど、一応罪滅ぼしに……ってのもあるけど、本音を言うと、こんな人材を埋もらせておくというのは、もったいないってとこかな」


「ありがとうございます……身に余る光栄です」


「あ、そろそろ僕の部隊もここに来るはずだよ。まあ、とりあえず一緒にもどろっかエストリアに」

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