戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

リヒトの心臓



 俺たちは息苦しかった牢屋を抜け、パトリシアの案内に従い、屋外へと出ていた。
 今いる場所は整備された芝生と、噴水のある見晴らしのいい、普通の広場。
 夜明け前だという事もあり、周囲に人影などは全く見当たらない。
 ここからすこし離れたところに、住宅街が見えるが、深夜徘徊が趣味のヘンなやつがいない限り、この時間帯に出歩いているやつはいないだろう。
 屋外は屋内よりも数段、気温が低く、吐く息が白くなり、昇っていくほど。
 本来なら、これほどの高所にいれば、これとは比べ物にならないほどの寒さや、酸欠などに悩まされたりするのだが、ここ、ネトリールはそのような心配はない。
 リヒトの心臓。
 ネトリールを天空都市たらしめるモノ――つまり、事実上、ネトリールという都市を浮かせている機関であり、このネトリールの中心にあるメインリアクター主動力炉が、そのへんの事を調節してるらしい。
 この都市を浮かせるだけでなく、日常生活の補助まで行う万能機関。最早、何でもありだ。科学のチカラってすげー。




「星が綺麗……」




 ユウがめずらしく、ため息交じりに、小さくつぶやいた。
 そんな余裕はないと言いたいところだけど、こいつにとっては初めてのネトリール。感慨に耽ってしまっても不思議ではない。
 そして俺も、ユウの言葉に導かれるようにして、天を仰いだ。
 上空には、鈍色に光る月。その周りには、小さく光る宝石のような星々が、チラチラと明滅を繰り返している。
 さすがはネトリールというべきか、普段見ている月よりも、空に近いぶん、気持ち少しだけ、大きく見えるような気がする。
 こいつユウが目を奪われるだけのことはある。
 そして、すこし視線を移動させて、ここより遥か先――地平線は既に白んできていた。
 夜明けは近い。
 モタモタしている場合ではないのだが……、久しぶりに見るその光景に、ユウ共々、思わず足を取られてしまう。




「いかがなさいましたか? ユウトさん」




 パトリシアに名前を呼ばれ、ハッとなって我に返る。
 そして自然と、視線が上空からパトリシアへ、そしてその横にいたクソ魔術師へとシフトしていく。
 クソ魔術師はさきほどのローブ姿から、ネトリール憲兵の服へと着替えていた。
 そういう俺とユウも、クソ魔術師と同じように、ネトリールの憲兵服に身を包んでいた。
 もちろん、これらは道中遭遇した、不運な憲兵たちからはぎ取ったもの。
 銃や警棒といった武装も、きちんと拝借している。
 これで先ほどよりも戦えるようになったものの、やはり、まだすこしだけ懸念点も残されている。
 俺はクソ魔術師からユウへと、視線を移動させる。
 懸念点。そのひとつが、ユウの格好である。
 俺やクソ魔術師は特に問題じゃないんだけど、女のユウには、どうしても丁度いいサイズという物がなかったのだ。女の憲兵はいるにはいるものの、その数は圧倒的に少なく、結果、仕方なく男用のもので、袖を捲ったりして代用しているのだが……。




「……おにいちゃん。そんなに見つめられると……恥ずかしい……」




 ユウが俺に視線に気付き(なぜか)照れ臭そうに、帽子のツバで顔を隠すが……、一番肝心なところ――胸が隠れていない。
 パツンパツンである。
 すこし見ただけで、ボタンが悲鳴を上げているのがわかる。




「無駄に育ちやがって……」


「おかげさまで……?」


「なに人のせいにしてんだよ。何年も、顔すら合わせてなかったろうが。それにあの時のことは……いや、やっぱり、なんでもない。それより、大丈夫か? 疲れてないか?」


「心配してくれてるの?」


「まあな。そりゃ心配するさ。主にその胸部装甲とかな。……なんてったって、今回の作戦はおまえありきで――」


「ありがとう、おにいちゃん」




 そう言って、いきなりユウが俺に抱きついてくる。
 俺は条件反射的に、ユウの肩を掴んで引きはがそうとするが――




「ちょ、相変わらずチカラ強いな!? く……、び……ビクともしねえ……ッ!」




 ユウの細腕が、まるで拘束具のように俺の胴体にガッチリとはまる。
 なんとかして引き剥がそうと試みるが、暴れれば暴れるほど、引き剥がそうとすればするほどに、腕が、胸が食い込んでくる。というか、食い込ませてくる。
 なんなんだ、こいつは……俺と同化しようとしているのか……!?
 新種のスライムか!?




「だああ! もう! うっとうしい! いちいち抱きついてくるな! 今回の作戦はおまえありきの作戦なんだ。最重要人物といっても過言じゃない。つまり、おまえがヘマすると、俺たち全員が全滅するんだよ! だからべつに、おまえの事が心配とか、そういうので言ったわけじゃねえんだよ!」


「ツンデレ……?」


「あ、あんたのことになんか、誰も心配なんてしてないんだからねっ」


「ぎゅっ……」


「もういいって……! とりあえず、さっさと俺から離れろ……!」


「まあ、これがアン様の言っていた……。なるほど、これが兄妹愛というものなのですのね……!」


「ちがいます! あの、見てないで助けて……」


「いえ、ここで水を差すのは、あまりにも無粋というもの。私、わかっておりますわ!」


「いやいや、『わかっておりますわ』じゃなくてさ……」


「私の事は気にせず、そのまま兄妹で愛を育んでくださいませ」


「ありがと。……さ、おにいちゃん、たっぷり育もうね」


「おまえのは十二分に育ってんだよ! これ以上、育む必要はないんだよ! むしろその駄肉を削ぎ落してやろうか……!」


「お願いします」


「ふふふ、とても微笑ましいですわ」


「……ッ! 歪な兄妹愛もいいですが、人影が……。誰か来ますよ……!」




 クソ魔術師が遠くのほうを、目を細めて睨みつけて言った。
 さっきは、この周囲には誰も確認できなかったが、誰か来たのだろう。でも――




「こんな時間にか……?」


「ええ。とりあえず、そこに丁度いい茂みがあります。変装していたとしても、ここで人に会うのは得策じゃない。一旦身を隠しましょう……!」


「ああ、そうだな」




 俺は頷くと、ユウを抱えたまま、近くの茂みに身を隠した。

「戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く