戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

アン王女



 ――ドンドンドンドンドン!
 ウルサイ……騒音……。
 なにか、木材を激しく叩きつけているような音。
 それが、ドアを叩いている音だと気がついたとき、ヴィクトーリアはすでに、俺の部屋に入ってきていた。




「タイヘンタイヘンタイヘンタイヘンヘンタイだ!」


「なんなんだ……一体……」




 寝起きで、焦点が定まらない。
 寝ぼけ眼に映っているのは、髪をほどき、白いネグリジェを着ているヴィクトーリアだった。
 そして、その様子は大変取り乱しており、俺の部屋を縦横無尽に「ヘンタイ」と連呼しながら、うろうろと徘徊している。 
 普段なら、こんなヴィクトーリアの、無防備な姿を目にするものなら、『エッチスケッチワンタッチ!』という呪文を叫ばれながら、睨みつけられるのだが、どうやら、今はそんな場合ではなさそうだった。




「ユウト! ああ……! ユウト! どうしよう……!」


「どうした。……て、それよりもおまえ、さっき俺の事、変態とののしらなかったか?」


「そんなことはどうでもいい!」


「え? あ、すみません」


「ちがう! ごめん……、じゃない、えっと、その……、ああ……、何と言ったら……!」


「よし、まずは深呼吸しろ。吸って吐け。ゆっくりだ。それでも出来ないなら、マウストゥマウスで、丁寧に教えてやる」


「ああ、うん! わかった! お願いする!」


「ええ!? や、やっぱ自分でやれ!」


「おーけー! すーはーすーはー……」


「……どうだ、落ち着いたか?」


「ああ、だいぶ」


「それはよかった」


「おはよう、ユウキ」


「うん、おはよう。……て、今更かよ。いやいや、いきなり落ち着きすぎだって」


「そして、おはよう、ユウ」


「うん、おはよう。ヴィッキー」


「うおい!? おまえ、いつからそこに!?」




 俺はガバッと、おもいきり布団を引きはがした。
 見ると、ユウが俺の布団に潜り込んでいた。
 鍵はかけておいたはずなのに……、そうか、だからヴィクトーリアが入ってこれたのか。
 こいつはこうやって、隙あらば、俺の布団に潜り込んでくる。
 一緒に旅をして、それなりに慣れたはずなんだが……、やっぱりまだビックリする。
 というか、こんな状況に慣れたくない。




「おちつけ、ユウト。深呼吸だ」


「お、おし、わかった。すーはーすーはー……」


「おはよう、おにいちゃん」


「ああ、おはようユウ。今日も清々しい朝だな……て、そうはならねえよ。何やってんだ、おまえは。こんな朝っぱらから」


「朝からじゃないよ。昨日の夜からだよ」


「そういう問題じゃねえって……。てか、鍵はどうしたんだ。鍵は」


「ドアノブを握って回したら、『ガギッ』て……」


「ぶっ壊してんじゃねえか。……おいおい、おまえの夜這いの為に、修理代とか払いたくねえぞ」


「き、昨日の夜から……だと……? ユウ、もしかして、アーニャの姿を見なかったか?」


「アーニャちゃん? ううん、べつに、見てないけど……」


「……おい、ちょっと待て。その言い方、アーニャがどうかしたのか?」


「そ、そうだ。そのことで来たんだ。今朝、アーニャの部屋へメンテ……起こしに行こうとしたんだ。けど、ノックしても全然返事がなくて。この時間はいつも起きてるんだけど、それでも返事がなくて……、それで気になって部屋に入ってみたら、その、これが……」




 そう言って、ヴィクトーリアが差し出したのは、封筒と、便箋びんせんだった。
 封筒には、まるっこい字で『ユウトさん、ユウちゃん、そして、ヴィッキーへ』と書かれており、可愛らしい便箋には、その続きとなるメッセージが綴られていた。




「これっておまえ……」


「いいから、そこに書いてあることを、読んでみてくれないか?」


「『ユウトさん、ユウちゃん、そして、ヴィッキーへ。突然のことで驚かせてしまい、申し訳ありません。ですが、このまま、黙っていなくなってしまうのも忍びないので、ここに筆を執らせていただきました。今までの旅、本当に楽しかったです。こうして目を瞑っていると、思い出すのは楽しかった思い出と、皆さんの笑顔ばかり。時には困難なこともありましたが、この旅で、わたしはより、人間として成長できました。身体的にも、精神的にも……。ですが、わたしの旅はどうやら、ここで終わりのようです。心配なさらないでください。べつに、なにも、思いつめたわけではありません。ただ、ひとつ申し上げるとするなら、時が来た……とだけ。わたしの旅はここで終わりますが、皆さんは、どうか、旅を続けてください。そして、できればこのまま、わたしの事は忘れてください。それが、わたしの最後の我儘です。こんなわたしに、いままで優しくしてくれて、ありがとうございました。こんなわたしに、普通に接してくれて、ありがとうございました。ただひとつ、心残りがあるとするなら、ユウちゃんのご飯を、もう食べられないことでしょうか。……なんて』……なんだよ、これ」


「わ、私にも、なにがなんだか……。どうしよう、ユウト」


「どうしようって言われてもだな……、探しに行くしかないだろ」




 アーニャが夜に出てったとなると、今は……どのへんだ?
 アーニャの足だと、そこまで遠へは行ってなさそうだが……、いや、アーニャの脚力だとかなり遠くまで行っている可能性もある。
 なんにせよ、手当たり次第にこの周辺を探しても、まったくの時間の無駄。
 そうこうしている間にも、アーニャがどこか遠くへ行ってしまう可能性のほうが大きい。




「なあ、心当たりはないのか?」


「こ、心当たりは……その……」




 そう言ってヴィクトーリアは、目を伏せる。
 よほど言いたくない事なのだろう。こんな状況だというのに。だけど――




「今はそんな事、言ってる場合じゃないだろ。おまえが何も言ってくれないと、こっちはどうすることもできない。探したくても、探せないんだ。もう事態は、おまえだけの問題じゃない。俺の……俺たちの仲間であるアーニャが消えたんだ。なら、その事情を知っていそうなおまえに訊く。それが筋だろ?」


「で、でもでも……」




 しまった。こいつは強く言いすぎるとダメなんだっけ。
 でも――




「……ねえ、ヴィッキー。あたしたちのこと、そんなに信用できない?」


「そ、そんなことは……ない! 本当だ! それに、信用してるからこそ、今こうやって――」


「じゃあ、もう無しにしない? 隠し事」


「それとこれとは……」


「大丈夫。あたしたちを信じて。ヴィッキーが信じてくれるあたしたちなんだもの。問題なんてあるかな?」


「ユウ……。うん、わかった。でも――」


「大丈夫。ほかの人には絶対、言わないよ」




 ――この間、ユウは俺の布団にくるまったまま。
 なぜその状況で、そんな、シリアスに話せるのか。
 俺はいま、こいつの神経を疑っていた。




「ね、おにいちゃん」


「あ、ああ。言わない。絶対。言わない。俺、言わない」


「でも、どこから話せば……。そうだ、まず、『アーニャ』という名前は、じつは本名ではないんだ」




 ヴィクトーリアが、切り出してきたのは、俺の予想の斜め上だった。
 アーニャが本名じゃない?
 ということは、俺たちがいままで接してきたアーニャは……?




「あ、安心してくれ。本名ではないといっても、偽名でもない。アーニャというのは所謂いわゆる、あだ名のようなものだ。本名は『アン』。彼女は――アンは、ネトリールの第一王女だ」

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