戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

旅の再開



 町が変われば人も変わる。
 人が変われば、衣食住も変わる。
 もちろん、それは魔物も例外ではない。
 草木が周囲に、数える程しかないこの荒野であっても、それは変わらなかった。
 いや、ひとつ、変わったことがあるとすれば――




「ほちゃー、はちゃー、てやー」




 アーニャが荒野特有の魔物、リザードマン相手に大立ち回りを演じていた。
 それも、一体ではなく、数十体。
 灰色の鱗に、爬虫類特有の、ぎょろりと大きい目玉、肉を切り裂くための鉤爪、そのほとんどが筋肉で構成されている、相手を痛めつけるためだけの、太い尻尾。
 およそ、人間が素手で戦うには、分の悪すぎる相手を、アーニャは俺の付与魔法なしで戦っている。
 リザードマンに論理的思考はない。
 視界に入った人間は、無差別に襲い掛かる。
 およそ迷惑極まりない魔物なのだが、しかし、それがリザードマンの弱点ともなり得る。
 なにぶん、あいつらは頭が悪いため、簡易的な案山子かかしや、デコイの類にも引っかかってしまうのだ。
 正攻法で、リザードマンを倒す実力を持っていない冒険者は、この特性を利用し、うまく立ち回るのだ……が、アーニャに対してだけは、その限りではなかった。
 リザードマンたちはまるで、親の仇のように、アーニャだけに襲い掛かっていた。
 俺たちの存在を完全に無視して。
 この場で一番、自分たちの脅威になり得る存在として、アーニャを標的化し、襲い掛かっているのではないか、と仮定してみるが、それなら逃げればいいだけの事。
 なにがそこまで、リザードマンたちを駆り立てるのだろうか。
 ……そうこう考えてる間にも、アーニャを中心に、リザードマンたちの死体が積み重なっていく。
 血しぶきが舞い、首が飛び、尻尾を千切られ、圧し潰されてもなお、アーニャに向かっていく姿は、敵ながら、涙を禁じ得ない。


 ――ひとつ変わったこと、それは最近の、アーニャの動きがすこぶるいいという事だ。
 十中八九、あのゴリラセバスチャンの動きを参考にしているのだろう。
 そういえば、アーニャに出会ってからというもの、その吸収スピードに驚かされる日々だった。戦いにしても、料理にしても、いろいろな物事にしても。
 呑み込みがものすごくいいのか、はたまた、ある程度の基礎は、俺と出会う前から『貴族の嗜み』として身についていたのか……。


 ポセミトールを出立してから、はや数か月。
 俺たちは特にやることもなかったので、日銭を稼ぎつつ、色々な街を転々としていた。
 そして、現在のこれも、そんな小遣い稼ぎ討伐依頼のうちのひとつだ。
 この時期、狂暴化してくるリザードマンの掃除である。
 こうやって、ある程度、間引いておかないと、周辺の村や街が襲われかねないのだ。
 これも立派な社会奉仕。……すこしばかり、血生臭い社会奉仕だけど。
 ……やることはないといったが、目的はある。
 海だ。
 アーニャとヴィクトーリアの、当初の目的である。
 だいぶ、色々と遠回りしてきたが、特にやることもないし、『海行こう、海』的な、軽いノリで海を目指していた。
 海なんて、大地よりも表面積が多いんだし、余裕余裕。
 ……なんて構えていたが、これが意外と、海は遠かったのだ。
 歩けども歩けども、海は見えてこず、潮の香もしてこず。
 ついには、こんな荒野までたどり着いてしまったのだ。
 最近よく思う。
 海って何だろう――と。




「おい、ユウト。なにを黄昏ているんだ」




 気が付くと、不機嫌そうな顔で、ヴィクトーリアが僕の横に立っていた。




「……なんだ、おまえ、アーニャちゃんを助けてやらんのか?」


「さ、さすがに、あの中に突っ込む勇気はない……。それより、ユウトはどうなんだ。せめて付与魔法くらい、かけないのか?」


「付与魔法を? 今のアーニャちゃんに?」


「……おまえのいいたいことはわかる。敵だとしても、あれはすこし憐れになる」


「だろ? そのぶん、『いただきます』にも、心がこもるってもんだ」


「お、おい、もしかして、今日の夕飯は……?」


「ああ、いまアーニャちゃんが解体作業してくれてるだろ? あれだよ」


「はぁ……、また私の『食べたことのない肉』の種類がひとつ減っていく……たまにはきちんとしたご飯が食べたい……」


「このまえはキメラだっけか?」


「ああ。顔はライオン、背中からはヤギが生えていて、尻尾は蛇だった。……散々だったよ」


「でもキメラの丸焼き、うまかったろ?」


「そ、それは……見た目の割にはそうだけど、特に、ヤギの部分が……、というよりも、ユウの料理の腕がよかったじゃないか」


「ありがと、ヴィッキー」




 ユウはそう言って、俺のまたぐらから、ニュっと顔をのぞかせ、ヴィクトーリアに礼を言った。
 もうツッコまないし、ビックリもしないし、そんな気力もない。
 ポセミトールのアレを境に、こいつのスキンシップ(苦笑)はとどまるところを知らなくなってきた。
 傍から見たら……、いや、どこをどう見ても変態である。




「正直、いまの私たちは、ユウの料理の腕によって生かされているといっても、過言じゃない。こちらこそ、ありがとう、ユウ」


「えへへ、なんか照れるね」


「俺の股間で照れるな」




 こんな感じで、ヴィクトーリアでさえも、ユウの奇行にツッコまなくなってしまった。
 感覚がマヒしてしまったのだろう。
 もはや、こいつにツッコんでやれるのは、俺しかいないのである。
 ……ヘンな意味ではなく。




「……まあ、嘆いてても仕方ないしさ、ここは前向きに、全種類コンプリートしようや」


「いやだ。私だってはやく、トマトが食べたいんだ」


「こんなところでトマトが採れるわけないだろ。いい加減にしなさい」


「いい加減にするのはユウトのほうだ。まったく、無難に街道伝いに行けばいいのに『こっちの方向から、潮のかほりがする……』なんて言い出して、ついていったら……、なんだ? ここは。死地じゃないか。まともな宿にも泊まれず、まともなご飯も食べられない」


「未知の路を開拓してこそ、漢の浪漫でしょうが! いまさらぐだぐだ言わないの!」


「このパーティは、七十五パーセントが女で構成されているのだが……」


「まあ、ともかく、リザードマン討伐依頼を完了すれば、次の街を目指そう。それでいいだろ」


「次、か……、ちなみに、次はどこへ向かうんだ?」


「このままだと……そうだな、ペンタローズだ。だいぶマシだろ?」


「ペンタローズ……、か」


「そ。ペンタローズ」




 ペンタローズはたぶん、ヴィクトーリアでも知っているだろう。
 本来、ネトリールの民というのは、下界の人間とは、関わり合いを持たない。それもこれも、自分たちで独自に発達してきたからなのだが、例外もある。
 天空都市ネトリールは、ひとつの場所にはとどまらない。
 それは風任せなのか、はたまた、その季節毎に適した土地を求めているのか……、とにかく、こうしている間にも、フワフワと動いているのだ。
 そして、その軌道上にある村や街とだけ、唯一、関わり合いを持っている。
 まあ、関わり合いとはいっても、観察など、主に研究の対象や、興味の対象なだけで、交流することはない。ただ、一方的に知っているだけらしい。
 とどのつまり、ペンタローズはネトリールの浮遊軌道上にある街なのだ。




「ああ、知っている。……とはいっても、名前だけだがな」


「……そういえば、この時期だとあれだな。もうそろそろ、ネトリールがペンタローズの上を通る頃じゃないのか?」




 そう言って思い出す。
 ネトリールが近づくと、なぜか、その周辺に生息している魔物の活動も、活発になるのだ。
 なるほど、リザードマンのほかにも、魔物の討伐依頼がたくさんあったのは、このためか。




「もう……、そんな時期なのか……」




 ヴィクトーリアはそう言って、すこし表情を曇らせた。




「なんだなんだ? ホームシックか? 帰りたくなってきたとか?」


「ち、ちがう! そんなことは……ない!」


「なんか……それはそれで、寂しいな。いや、でも、ヴィクトーリアはいいかもしれないけどさ、アーニャはどうなんだ? アーニャくらいの歳の女の子って、そんなに長く、家から離れたら、恋しくなっちゃうもんじゃないの?」


「それは、確かにないとは言い難いが……」


「それに、アーニャってなんとなくこう……、育ちがよさそうというか、高貴な家の出だろ、どう見ても。だったら余計に――」


「ユウト、もしかして、アーニャの事について、なにか、どこかで聞いたのか!?」




 突然、ヴィクトーリアが俺に食ってかかる。
 普段、ヴィクトーリアはこんな風に、だれかに詰め寄ったりしないので、俺はおもわず、たじろいでしまう。




「い、いや、べつに……」


「そ、そうだよな……、いきなりすまない……」




 アーニャとヴィクトーリアのことについては、出会った頃から、今に至るまでしか知らない。気になると言えば気にはなるが、本人たちにこの話題をふると、それとなく話題を変えられて終わってしまう。あまり言いたくない話題なのだろう。
 だから、俺はべつに話さなくてもいいと思っている。
 人間、言いたくないことの、ひとつやふたつなんてのは、ザラにある。
 もちろん、俺だってある。
 だから『言いたくないなら聞かない』――というスタンスは貫いている。……ものの、やっぱり、仲間内で隠し事をされると、すこし寂しくもなる。




「い、いつかは話すから、そんな顔をしないでくれ」


「え、もしかして俺、顔に出ちゃってた?」


「うん、この角度からでもわかるよ。おにいちゃん」


「……そうか。ついでにおまえは、いつ、そこから退いてくれるんだろうな」


「ここは譲れない」


「そもそも誰も取り合っていない」


「あの猫は狙ってた」


「もう、ここにあいつビーストはいねえよ!」


「ふふふ……あ、ユウト。アーニャのほうはもう、終わったみたいだぞ」




 ヴィクトーリアに言われ、アーニャのほうを見てみる。
 大量の屍の上に、血にまみれた幼女が立っていた。
 その凄惨な光景に、おもわず声を洩らしそうになったが、アーニャの顔だけを視界に収めることで、なんとか出さずに済んだ。
 アーニャは俺の視線気づいたのか、手に持ったリザードマンの首をぶんぶんと振り、『ユウトさーん!』と言いながら、俺たちのほうに駆け寄ってきた。
 おもわず、『ひえっ』と声を洩らしてしまった。




「終わりました。ユウトさん。……どうかなさいましたか?」


「や、いや、別に何でもないぞ! それよりも、……よしよし、えらいぞ、アーニャ」


「えへへ」




 そう言って、俺はアーニャの頭を撫でてやるが、効果音が「サラサラ」ではなく、「グチャグチャ」ということに違和感をおぼえた。手にはヌルヌルとした生暖かい感触。俺は恐る恐る手を見てみると、大量の返り血が掌にこびりついていた。




「う、うーん。帰ったらまず、お風呂、入ろうね」


「はい」


「あたしたちも一緒に入る? おにいちゃん」


「結構です」

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