戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

季節外れの花粉症



「ユウト! 来てくれ!」




 事が終り、しんと静まり返っていた会場内に、ヴィクトーリアの声がけたたましく響く。
 見ると、ヴィクトーリアがテッシオの傷口を、白い大きなガーゼのようなもので押さえていた。
 しかし、血はとめどなく溢れており、傷口を押さえていた白いガーゼは、すぐに真っ赤な色へと染まっていった。
 その都度ヴィクトーリアは、自身の横にある錬成陣から、白いガーゼを錬成していた。




「ユウト!」




 再び、俺はヴィクトーリアに呼ばれる。
 その声にハッと我に返った俺は、いまだに震えている脚を引きずりながら、ヴィクトーリアの元へと向かった。


「テッシオ!」


 しかし、誰よりも先に反応したのは、みっちゃんだった。
 みっちゃんは持っていた刀を投げ捨てると、一目散に、テッシオの元へと向かった。
 それから少しだけ遅れて、俺とアーニャ、ユウもそこへ合流した。
 俺の目に飛び込んできたのは、何枚も落ちている真っ赤なガーゼ、そして……、先ほどと変わらず、大きく刺し貫かれた腹部だった。




「なあ、ヴィクトーリアさん、その傷を治すことはできないのかい?」


「す、すまない。これはほんとうに、わたしにはどうしようも……、機械類のメンテナンスならまだしも、人体はわたしの専門外なのだ。いま、こうやって止血するだけで精いっぱいなんだ」


「なんか……、そうだ。腹部の代替品とか……、人体の一部だけを錬成することはできないのかい?」


「……ダメだ、アネゴ殿。出来ない。それは禁忌なんだ。」


「だ、だいじょうぶ。だれにも言やしないよ! 黙っておくから、禁忌でもなんでも、治せるなら、治してくれ……!」


「ちがうんだ、アネゴ殿。これは国や、協会に定められた法律だから禁止にされているのではなく、これは錬金術師が……、人が踏み込んではならない領域なのだ。クリムト殿から渡された本に、書かかれてあったのだ。もしそれで、何らかの副作用がかかってきたら……、今よりもさらにひどくなってしまうかもしれない」


「これよりひどい状態になんて……」


「まったく違った人間になったり、それこそ、全身がなくなったりするのだ……、軽々しく扱えるものじゃない」


「それでも……、それでも、こいつが助かるなら――」


「それに……、やろうとしても、いまのわたしには力不足なのだ……。ほんとうにすまない。わたしには力になれない」


「く……っ」




 みっちゃんはそう洩らすと、悔しそうに唇を噛んで、俯いてしまった。
 どうする……!?
 このままじゃ、どのみち助からない。ここは大きい街だ、病院もかなりの施設が揃っているだろう……、が、こんなのは医療じゃ治せない。
 それこそ、ヴィクトーリアのいう、禁断の錬金術や、極大回復魔法しか――




「いえ……、マザー……いいんすよ……ゴホッゴホッ……!」


「て、テッシオさん!?」


「テッシオ! ダメだ、もう喋るな! いますぐなんとか、その傷を治す方法を――」


「いえ……、いいんです……。マザー……」


「な!? ど、どういうことだい?」


「……このまま……、俺が……戻っても……俺は、組の……裏切り者だ……んなやつが、どのツラ下げて……帰りゃいいんすか……」


「バカ野郎! あんたはこんなにも必死に、あたしのことを――組の事を、守ってくれたじゃないか……! こんなにもなって……!」


「いえ……、どのみち、俺ぁ……マザーの下で……働く資格なんてねぇのさ……。……結局のところ、今回の事は……、俺がマザーのことを……、心の底から、『組長』として……信用してりゃ……、起きなかったことだ……」


「だから、それはあんたが、あたしの事を想ってたからで……!」


「いえ……、そこがダメだったんです……、どうしても俺ぁ……あんたを危険な目に……、立場に……、置いておくことは……置いておきたくなかった……。そのアマさは、今後また……、命取りになるんす……」


「だったらもう……、あんたはあんたのまま生きてくれ! 組を抜けて、組の事なんて忘れて……あんたの人生を歩んでくれ……! あとはあたしが全部やってやるから! だから――」


「へへ……、こんなおっさんに、いまさら……就職活動しろ……つんですか……、そりゃ……、酷ってモンでしょう」




 テッシオはそう言って力なく笑ってみせた。
 みっちゃんはただただ、泣きそうな顔でテッシオを見下ろしている。




「それに……、今更……、落とせないんですよ。ここまで……頑固なシミは……。骨の髄まで、俺は……あんたらの……、ビト組のシミが……こびりついてやがる……。こんなシミを落としちまえば……、それこそ、俺が俺でなくなっちまうってモンだ……ちがうかい?」


「ああ。わかってるよ、そんなことは……、でも、でもあたしは……!」


「へ……、見ろよ、俺の体……、どのみち、俺ぁもうダメだ。……わかるんだ。こうやって……話せてる……こと自体が奇跡だ……てこと……」


「ゆ、許さないよ! 仮にも、ビト組組長の右腕名乗ってるんだ! そんな怪我くらいで、弱気になるんじゃないよ!」


「ぐぅ……ッ!? ハァ……ハァ……、へへ……こんな怪我・・・・・ときたかい……こりゃ、一本取られたな……」


「あ、あたしはこれ以上……、目の前で大切な人が死ぬのは嫌なんだ! お願いだ! もうダメとか言わないでくれ……、兄さんや……お父さんと同じ顔で笑わないでくれ……死ぬとか……、言わないでよ……っ!」


「……だったら……、これで……、終いにすりゃあいい」


「……え?」


「俺で……終いにすりゃあ……いいんだよ。あとは……ミシェールビト……、あんたのその両の腕で……、守り通せばいい。俺には無理だったけど……あんたには……、できる。やれる。保証してやる。この、俺がな……、だから……、いつまでも……めそめそ泣いてんじゃあねえよ……」


「うう……、泣いてなんか……ない……、この……アホ……」


「はは……、それでいい。それでこそ……あの人の……子供……いや、ビト組の組長だ。……そうだ……、ひとつ、言い忘れていた……、組のやつは無事だ……あいつらは……別のところへ行かせてる……」


「じゃあ、テッシオはこうなることを……?」


「悪い予感は……した。けど……、まさかマザーが現れるなんてな……さすがに、それは予想外だったよ……最後に、ミシェール……、あんたの右腕として……逝けるなんて……思ってなかったから……な……」




 そう言って、テッシオさんは瞼をゆっくり閉じていった。




「テッシオ!」




 テッシオを呼び止めるようにして、みっちゃんが声を上げた。




「……前から、テッシオ……、あんたに言いたいことがあったんだ」




 みっちゃんはしゃくりあげながらも、必死に呼吸を整えようと、胸に手を置き、数回深呼吸した。




「……じつはね、あたしは左利きなんだ」


「フ……ハハハ……、んだよ……そりゃ……」




 テッシオはかろうじて、耳で拾えるような声量で笑って見せると、そのまま動かなくなってしまった。
 逝った……のだろう。
 しかし、その顔からは微塵も悲壮感は漂っておらず、むしろ、晴れやかなもののように見えた。
 俺は声を殺して泣いているみっちゃんに、俺の胸を貸した。
 それは意識した行動ではなく、ただ、自然と出た行動だった。
 憐れみでも、同情でもなく、ただ、心の底から出た行動だった。
 そして、その瞬間、みっちゃんは堰を切ったように、ひときわ大きな声で、わんわんと泣き出した。
 いままで気丈に振舞ってきた、みっちゃんの見せる、唯一の弱みだった。
 俺はそんなみっちゃんの頭に手を置いて、すこしだけ撫でた。




「みっちゃん、テッシオさんとの約束だろ。……ほら、泣き止まないと」


「……ひぐ……、えぐ……、じゃあ……ユウくんも……泣き止んでよ……」


「……いや、俺のはほら、花粉症だからさ……」

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