戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

ミシェール・ビト





 ガタゴトと馬車後方、キャビンが揺れる。
 俺はその揺れるキャビンの中で、みっちゃんの膝の上に頭を乗せていた。
 膝枕。
 俺は幼馴染というよりも、半分姉に近い人にされている、『膝枕』という行為に、一抹の気恥ずかしさを覚えながらも、それに甘んじていた。
 みっちゃんは俺と視線が合うと、にっこりと微笑み、やさしく頭を撫でてきた。
 その顔からはもう、ビト組組長の名残は消え失せ、ただのみっちゃんに戻っていた。




「や……、やーめーろーよー! ガキじゃねンだからよー!」


「ふふ、いいじゃない。しばらくこのままで。私、何気に嬉しかったんだから。これはそのお礼かな」


「それとこれとは話が別でしょ。それよりも、いいの? みっちゃんのほうは」


「うん? あ、この傷の事?」




 みっちゃんはそう言って、顔の痣に軽く触れた。




「あたた……。ん、でも、大丈夫だよ、ちょっと殴られたり、蹴られたりしただけだから」


「……大丈夫じゃないじゃん」


「いいのいいの。私よりも、ユウくんのほうが重傷じゃない。いまだって、動けないでしょ?」




 みっちゃんに言われて、上半身を起こそうとするが、腹に激痛が走り、力なくパタンと倒れてしまう。




「だって、あのまま当たり所が悪かったら、死んじゃってたんだよ? ……ほんと、無茶するよね」


「まあ、あの局面だと、あれが一番効果的だっただけだよ」


「だからって、思いついても、ふつうしないよ?」


「ニャーもビックリしたにゃ。イカレたのかと思ったのにゃ」




 ビーストは今、馬の代わりに、俺たちが乗っている、このキャビンを引いていた。
 実質、この馬車はすでに猫車となっていた。
 ……いや、それだと意味が変わってくるから、この場合は猫力車か。
 ちなみに、このキャビンを引いていたあの馬は、ビーストの意向で野生に返した。
 これが罪滅ぼしだ、とかなんとか言っていたが、そんなことでは、俺のこの溢れ出んばかりの怒りは収まらない。ていうか、だれに対して罪滅ぼししてるんだよ。
 俺にしろよ!
 なんで馬!?




「はぁ……おまえは黙って走っとけ」


「にゃいにゃいにゃー!」


「……話は戻るんだけど、今回の件……、つまり、みっちゃんをこんなにした黒幕って、テッシオさんでいいんだよな?」


「そう……なんだけど、そうじゃない……かもしれないの。曖昧だけどね」


「どういうこと……?」


「どうやって説明したらいいかな。……そうだね。じゃあ、順序立てて説明していくから、少しだけお話を聞いてくれる?」


「……ああ。ポセミトールまでは、まだ時間があるからね。聞くよ」


「ありがと。……じゃあ、今回の事件の前に、あのテッシオっておっさんの話をしよう」


「おっさんって……」


「――テッシオは、ビト組の中でも、かなり昔からいる、古株のひとりなの。年数だけで言えば、私が生まれるよりも前から……かな。……でも、テッシオは生まれてから、ずっとビト組にいたわけじゃなくてね、ビト組に入る前は、どこかで盗みや殺しなんかしていて、それで生計を立てていたらしいの。『悪童のテッシオ』とかなんとかって呼ばれてたんだって」


「もう、そこまでいったら、悪童じゃすまないような気が……」


「それに、そのときのテッシオの生活はもう、荒みに荒みまくってたらしいよ」


「……まあ、普通の暮らしはできないよね」


「うん。……出る杭は打たれる。悪目立ちが過ぎれば過ぎるほど、叩かれた時の衝撃は、より大きく、取り返しのつかないものになる。それが、私たちがいる世界の常。……けど、そんなある日、テッシオは、とある組に目を付けられて、殺されかけたらしいの。それで、そんなところを、先代……、私のお父さんに仲立ちしもらったんだって」


「つまり、みっちゃんトコのおっちゃんが、テッシオさんを拾ったってことか」


「そう。それで、テッシオはそのままビト組に入ったんだ。……最初は事あるごとに、お父さんに突っかかったり、組内でもめ事を起こしてた、超問題児だったみたい。……ちなみに、その時のことを話してるお父さん顔は、いっつも苦笑いだったね」


「それはまあ……、相当だったんだろうな」


「それで、ことのはじまりは、テッシオが組に入ってから、まだ一年と経ってない頃だったの。テッシオはお父さんに頼まれた大事な仕事をドタキャンして、女の子をナンパしたり、賭場に顔をだしたりして、遊興に耽ってたの。ちなみに、その大事な仕事っていうのは、他の……まあ、この際言っちゃうけど、得意先のバッジーニ組との大事な取引だったんだって」


「……こういうのはなんだけど、一年も経ってない新人に、そんなの任せるんだね」


「うん。言いたいことはわかるよ。でも、大事な仕事だといっても、べつに難しいことはなかったの。一緒にご飯を食べて、話を聞いて、あとでお父さんにその話の内容を報告するだけの、ほんとうに簡単な仕事。……まあ、他にも顔合わせやらなんやらって、目的はあったと思うけど、テッシオはただその仕事に行くだけでよかった。……だけど、テッシオはそれに行かなかった。それでもう、バッジーニの組長はカンカンだったらしくてね。なにせ、ほら、こういう商売ってメンツが命なワケだからさ。無理言って、新人を寄越されて、そのうえでドタキャンなんてされたら、どう考えてもなめられてるって思うでしょ?」


「まぁ……ね」


「しかも、その時、テッシオがナンパして連れまわしてた娘さんってのも、偶然、バッジーニさんのところの娘さんだったらしいの」


「うげ……、それは、なんというか……」


「うん。話は誰かが落とし前つけなきゃ、事態が収まらなくなるくらい、大事おおごとになったのね。もちろん、その矛先は新入りで、一ミリも使えない不真面目テッシオ。その命で、この場を納める。なんて言い出したもんだから、もう構成員のみんなは、一斉にテッシオに『死ね』と大合唱。その場に私もいたら、間違いなく参加してたと思う」


「おい」


「……でも、ひとりだけ、それに異議を唱えた人がいたの」


「おっちゃんか」


「うん。その通り。実際に落とし前をつけたのは、お父さんだった。お父さんの小指がなくなったのは、そのとき。さすがに組長の命をるワケにはいかなかったから、それで騒動は沈静化したの。でも、無駄にプライドが高くて、人一倍頭の悪かったバカテッシオは、気に食わなかったみたいだったの。なんか、お父さんに二回も命を救われたのが、いままでの生き方、すべてを否定されたみたいで、気に食わなかったんだって。……それでアホテッシオは開き直って、いまから死んでやるよ。とかなんとか言って、暴れたみたいなの。それで……」


「殴ったのか?」


「うん。指のないほうの拳で殴ったみたい。それも、何メートルも吹っ飛ぶような強さで。おもいきり」


「うわ……、強烈だな」


「それでもなお悪態をつくテッシオを前にして、お父さんはその手を、テッシオの頭に置いて、『なぁに、ガキの不始末は親の責任だ。いいことをすれば褒めてやって、悪いことをすればぶん殴る。おまえの命に比べりゃ、指の一本や二本、物の数じゃねえよ。だから、気にすんじゃねえ。だから、二度とバカを言っちゃいけねぇ。おまえの、親父との約束だ』……て、それ以来、テッシオは、生まれ変わったように組に尽くすようになって、その頃からビト組も、どんどん大きくなっていきましたとさ」


「……締め下手かよ!?」


「あとは……そうだね……、テッシオは私たちの事を、実の兄弟みたいに思ってるとかかな。これは周りから聞いた話だけど、あたしや上の兄さんたちが生まれてきたときなんか、その喜びようはすごかったらしいんだよね」


「想像できないな……。けど、それが……、今では殺すくらい憎いってわけ?」


「うん。それがね、なんでこうなったか、自分でも整理がつかなくてね。私がお父さんの跡を継ぐって言ったとき、一番喜んでくれたのがテッシオで、一番悲しんでくれたのもテッシオだったんだ」


「なんで、いまからテッシオさんぶっ飛ばそうって時にそんな話を……?」


「知っておいてほしかったから……、かな。テッシオってアホなおっさんのことを。それで……、一緒に悩んでほしかったのかも」


「……本当に、テッシオさんがこんなことをしたのかってこと?」


「……どうなんだろうね。昨日の事は憶えてるでしょ? あのあと、私とテッシオは数人の部下を連れて、喫茶店に殴り込みをかけたの。……で、気づいたら、麻袋かぶせられてて、馬車の上にいたってワケ」


「ええ……!? イキナリ!?」


「なんでだろ。喫茶店に行くところまでは覚えてたんだけど、そっから記憶がないんだよね」


「不可解な……」


「うん、ユウくんもそう思うよね……。あ、ちなみに、ユウくんがさっきローリングアタック決めてみせた人は、タタリーア組の組長ね」


「ファ!?」


「うわーお、さっすがご主人。ヤクザの頭のタマるにゃんて、さすがだにゃ」


「実行犯はおまえだろ! 俺は悪くねえ! ……でも、なんで組長がそんなところに……」


「……わからない。……ううん、たぶん、わかってはいるんだけど、繋がってないだけかも。言ってもいいんだけど、今言っても、混乱するだけだと思う」


「そうか。……ごめん。でも、やっぱり、俺からそういうのは言えない。もし、ここで俺がテッシオさんをぶっ飛ばそうって言ったら、みっちゃん、そうするでしょ?」


「そ、それは……」


「逆もまたそう。……これは、なんというか、すごく大事な事なんだと思う。聞いておいて今更なんだけどさ、たしかに、他人の意見を聞きたいってのはわかる。けど、それに左右されちゃだめだよ。これに関しては、結果がどうであれ、みっちゃんが……ミシェールが下した決断じゃないと、意味がないと思う。だから言わないし、言えない。……ごめんね」


「うん。……うん、こっちこそごめんね」


「ご主人! アネゴ! もう少しでポセミトールに着くにゃよ。でもぉ……くんくん、にゃんだか、風に乗って、血の臭いが……」


「……だってさ、みっちゃん。決断は早いに越したことはない。いける?」


「うん。任せといて、なんてったって、ビト組の組長だからね、あたし・・・




 みっちゃんはもう吹っ切れたのか、その顔からは一切の迷いが消えていた。
 ミシェール・ビト。
 いま、俺の眼前にいるのは、幼馴染で、俺の姉さんだったみっちゃんではなく、ビト組組長、その人だった。

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