戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

朝チュン兄妹



 喫茶店の地下。
 かすかに漏れる地上の光に照らし出され、両手両足を縛られている女性が、芋虫のように丸まって、床の上に転がっていた。
 女性はときおり、狂ったような、くぐもった声を洩らして、身をよじらせていた。
 異質。
 女性の発している声は、明らかに正気を失っており、聞いているだけで頭がおかしくなってしまいそうなほど。
 なんらかの薬を服用していたのは、火を見るよりも明らかであった。
 女性の下には、その女性から排泄されたであろう、血液やら尿が混じり、びちゃびちゃになっている。
 一目でただ事ではないと感じ、そして、二目でその姿に見覚えがあることに気が付いた。
 俺は脳裏によぎったそれを、瞬時に振り払う。
 しかし、俺の記憶が、本能が、そこに転がっている女性が、みっちゃんであることを告げてくる。
 俺は真相を確かめたかったのか、はたまた、『そんなこと、あるはずがない』と淡い希望を確信に変えたかったのか、おそるおそる、その、転がっている女性のほうへ歩を進めた。
 喉が渇く。
 視界が掠れる。
 足が震える。
 一歩、また一歩踏み出すたびに、目の前の光景が、現実が、俺の脳を激しく殴打してくる。
 やがて女性の垂れ流した液体に差し掛かると、俺の足音はぴちゃぴちゃと音を変えた。
 激しい吐き気が俺を襲うが、俺はそれを必死に押しとどめていた。
 俺はいつの間にか、その女性のすぐ横にまで到達していた。
 ……コレ・・はみっちゃんじゃない。みっちゃんなわけがない。
 俺は意を決すと、足元に転がっていた女性を助け起こし、顔を――









「……あれ?」




 気が付くと、俺は仰向けで寝ていた。
 覚醒して間もないからか、瞼が重くて開けられない。
 背中には床ではなく、布とスプリングの感触。
 俺は今、ベッドの上だということがわかる。
 なんだ、俺は寝ていたのか……?
 ということは、さきほどのは夢か……。


「ホ……」


 俺は胸をなでおろすと、上体を起こそうとした。


「ん……?」


 動かない。そしてなぜか、腕に感触がない。
 寝ている間に、体の下敷きになっていたのだろうか。
 あれ、嫌なんだよね、このあとぜったいシビレるし。
 最近はこの癖、治ったと思ってたんだけど……やっぱり前日に舞い上がったのがダメだったな。
 酒を飲みすぎたせいで、いまもなんか、口の中で酒の臭いが渦巻いてる。
 二日酔いだろう。
 今は目覚めたばっかりであれだけど、あとで猛烈な吐き気と頭痛に苛まれるのだ。
 そう考えただけで、気分が沈む。
 この辺に薬局かなんかあったっけ、はやいとこ二日酔いの薬でも買わないと……、今日一日、吐き気と戦わないといけない。
 ……でも、なんだ?
 片腕だけかと思ったけど、両腕に感覚がない。
 というか、なんか重い。
 何か乗っかっているのだろうか、そして心なしか、ぬくい。
 片方からは人肌を、そしてもう片方からは、もふもふとした毛皮のような感触がある。
 そしていつの間にか、上半身が裸にいなっている。
 寝ている間に脱いだのか、それとも寝る前に脱いだのか、全くわからないし記憶もない。
 どんだけ飲んだんだ、俺は。
 そして一体、今、俺に何が起こっているのだ。
 俺は昨日の晩から今に至るまで、何をしていたのだろうか。
 この閉じている瞼を開けば、それはわかるのだろうか。
 そう思い、俺はおそるおそる目を開けていく。
 ――暗闇。
 どうやら、部屋はカーテンを閉め切っており、真っ暗な状態のようだ。
 手近に明かりか何かがあったと思うが、腕がこんな状態なため、動かすこともできない。
 ただ、すこしだけ動かせることはできるみたいで、俺はずりずりと腕を動かした。




「んん……」




 俺以外の声。
 それも、すぐ近く。
 俺はすぐさま首を動かし、横、声のしたほうを見た。
 目がだんだんと、この部屋の暗闇に慣れてくる。
 ベッドで、上半身裸で寝ていた俺――
 そして、そんな俺の隣にいたのは――


 ユウだった。


 横を向いた俺の唇が、ユウの額にくっつきそうになるほどの至近距離。
 なんでここに!?
 そう思うよりも、まず目に飛び込んできたのは、こいつの格好。
 無防備にも、鎖骨と腕と肩が露出していた。
 脇で布団を挟んでいるが、どう見ても、俺と同じく上半身が裸である。
 そんなユウが、俺の横、至近距離で、俺の腕を枕にして、すやすやと寝息をたてていた。
 いや……、いやいやいや……、いやいやいやいやいやいやいやいやいや!
 え?
 なにこれ?
 一線越えたの!?
 俺が?
 ユウと?
 それはない。
 ないわ。ないない。
 昨日の事、全く覚えてないけど、思い出せないけど、思い出したくもないけど、ないわ。
 ありえないもん。
 なんで俺がこいつに、劣情を抱かなくちゃいけないんだよ。おかしいだろ。
 そりゃ、泥酔してたら、間違いくらいは起こすけどさ、いくらかわいくても、妹だよ?
 いくらいろんなトコロが、他人よりもデカくても、妹だよ?
 ユウだよ?
 ないない。ないってば。 
 ……って、あれ?
 俺……泥酔してたじゃん!
 間違い起こしかねないじゃん! 一線越えかねないじゃん!
 まじかよ。
 こんなの母さんと、親父にどう説明したらいいんだよ。
 ……いや、落ち着け、とりあえず冷静になれ。
 俺はどうやったら、今のこの状況から、抜け出せるのかを考えろ。
 ふむ……、まあ、とりあえず、こいつが起きてくる前に、服を着よう。
 こんな状態を見られたら、どう考えても冤罪は免れない。
 実際、本当のところがどうかはわからないけど、まあ、ありえないだろ。
 俺はユウの頭から、そっと腕を引っこ抜くと、再び上半身を起こそうとした。
 しかし――


「……!?」


 もう片方の腕にも、何かが乗っかっていたのだろうか。
 俺の腕は、その何かに固定される形になっており、俺は再びベッドの上に倒れこんだ。
 俺はおそるおそる、ユウとは逆サイドを見てみた。
 そこには――
 ユウと同じような体勢で――
 俺の腕を枕にしている――
 ビーストがいた。


 えええええええええええええ!?
 どんな状況!?
 どこのプレイボーイだよ!
 一晩のうちに、妹とエンドビーストに手を出すとか……、いや、もはやプレイボーイというよりも、勇者じゃん。
 やった! やったよ、親父! 俺、念願の勇者になれたよ!
 ……なんて言ってる場合か!
 どうすんだよ、マジで。
 何も覚えてないぞ。
 ていうかもう、だれが見ても、明らかじゃないかな。
 明らかに、二人の中間にいる勇者が、勇者しちゃった感じにとられるよね?
 魔王倒しちゃった感じだよね。
 いや、倒したのは魔王じゃなくて、俺のちっぽけな自尊心なわけだけど……って、そんなこと考えてる場合じゃない。
 一刻も早く、ここから、このベッドから出ていかないといけない。
 何事もなかったように、何も過ちなど犯さなかったように、自然に、自然に振舞うんだ。
『あれ? 二人して半裸で寝てたけど、なに? 暑くて寝苦しかったの? いやあ、二人がベッド使うもんだから、俺、ソファで寝ちゃったよ。はっはっは』とかでも言って、誤魔化さないと。
 そして――
 そして、決して、この光景を、ヴィクトーリアやアーニャに見られてはいけない。
 なぜなら――




『ねえ、ヴィッキー、ドアをノックしても、部屋から返事がないんだけど……』


『全く、しょうがないな。いつまで寝ているつもりだ。ユウトのやつ。アネゴ殿が昨日から、帰ってきていないというのに……』




 なに……? みっちゃんが帰ってきていない……?
 どういうことだ、……てよりも、もうすぐそこまで来てたし!
 え? どうする?
 終わり? ここで、俺の旅は終わりなのか?
 いや、考えろ、なにかこの状況を打開するキーが……鍵……、そうだ、鍵だよ!
 俺は用心深い男。
 部屋の鍵は常に、ロックされている状態でないと、安心して眠ることはできない。
 俺は今の今まで、寝ていた。
 ということは当然鍵も――


 ガチャリ。


「む? 扉が開いてしまったな」




 どうやら、昨日の俺は例外だったらしい。
 ロックすら、していなかったらしい。




「意外だね。ユウトさんがここまで不用心なんて……て、ヴィッキー!?」


「なんだ、アーニャ。入らないのか?」


「え? ……でも、いいのかな……」


「だいじょうぶだろう。たぶん」




 そのたぶんはダメだから! ダメなほうのたぶんだから!
 キィ……
 ホテルの廊下から差し込んでくる陽光が、この部屋の惨状をありありと照らし出す。
 無造作に脱ぎ捨てられた衣類、そして、当然のごとく転がっている酒瓶やワインのボトル類。
 そして、哀愁漂うブラやパンツ。
 ……え? なに? こいつら、全裸なの? 上半身だけじゃないの?
 つか、ビーストのやつ、いつのまにあんな……黒のスケスケなんて、買ったんだよ。
 おまえ、魔物だろ。必要じゃ……必要か、デカいんだし。
 嗚呼、今度こそ終わった。
 このまま一生、パーティのメンバーに軽蔑されながら、余生を惨めに生きるんだ。
 あんまりだ。
 俺が何をしたって言うんだ!
 いや、たしかにナニはしたかもしれないけど、それはこの場合、除外するものとする。


 ……いや、まだだ。まだ終わらんよ。俺たちの旅はここからだ。
 こうなったら、多少強引でも構わない。
 腕を引っ張って、すぐに服を着ればいいんだ。
 うなれ、俺の腕力!
 今使わないで、いつ使うんだァ!
 ズリズリ……。
 よし、いいぞ。このまま引っ張れば、何とか間に合うか!?
 幸い、俺の着替えは光速を超える。
 この難所さえ抜ければ、あとは、どうとでも――




「ふにゃ……、あれえ? ご主人にゃ……? にゃんで、ニャーの部屋に……。とにかくおはようなのにゃ」


「な!? ちょ、バカ! やめ――」




 目を覚ましたビーストが、寝ぼけて、俺に抱きついてきた。
 なにか、フワフワして、ポヨンポヨンしたものに包まれる。
 俺は再び、ベッドに背中から倒れこんだ。
 そして、その時が訪れた。




「おーい、ユウト。起き――ヴ!?」

「戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く