戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

怠惰の代償



「どうよ、お兄さん。いまなら、さらに『失楽園』のほかに、この目出し帽もセットだよ。これで、俺たち売人とおそろいだね。買うっきゃないね!」




 そう言って、差し出されたのは薬包紙に包まれた白い粉と、ふぁさぁっと置かれた黒い目出し帽だった。




『買うかァァァァァ! どこにおまえ売人とペアルックになりたがってるやつがいるんだよ! おまえ、それ、販売促進じゃなくて、購買意欲を減退させてるだけじゃねえか! 売る気あんの? ないよね? あったとしても、せめて、新品の目出し帽を出してくるよね? なにこれ、変なにおいするんだけど。牛乳こぼしたのを拭いた後で、さらに一週間くらい放置した臭いがするんだけど。抱き合わせ商法というか、牛乳と目出し帽抱き合わせてんじゃん。ごっしごしに抱き合わせて、もはや悪臭しかしないじゃん。そもそも悪臭とか以前に、そんなヤバい薬を、街角アンケート調査の感覚で売り付けてんじゃねえよ! どうなってんだよ! おまえんトコの管理体制はよ!』
 ――というツッコみをいれてやりたかったが、ここでそんなにハッスルしてしまうと、後々の作戦に影響を及ぼしかねないので、俺はグッと耐え忍んだ。




「……えっと、なんというか、随分とフランクな感じなんですね。バレたら困るとか、そういうのはないんですか?」


「ん? なんだよ、初心者さんか?」


「初心者……さん?」


「ああ。この街の暗黙のルールってやつだ。顔を隠して『ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ』を飲んでいるやつは、薬のバイヤーなんだが……」




 何その偶然!? そりゃ確かに、俺に薬売り付けに来るわ!




「……それを知らねぇってことは、どうやら、あんたは違うみたいだな。邪魔したな」




 男はそう言って、手に持った『ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメル ソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ』をグイっと飲み干すと、そのまま、そそくさと喫茶店を後にした。
 ……あれ? てっきり、『秘密を知られたからには、生かしちゃおけない』とか言って、襲われるかと思ったけど、そんなことはないのか……?
 でも、どのみち、あいつはこのまま放ってはおけない。
 バレないように、このまま尾行開始だな。
 幸い、隠者の布で気配は遮断できるものの、足音などは消すことができない。
 だから、それなりに俺自身の、純粋なスニークスキルは必要となってくるわけだが……、もちろん、そんなもんは俺にはない。
 それに――




「にゃおん、にゃんにゃん……にゃがにゃが……」




 しきりに体を擦り付けて、低く鳴いている、こいつビーストもいる。
 失敗するのは目に見えているのだ。
 だが、そこは男ユウト。
 ここで引き下がる男ではない。
 俺はここで、この状況を速やかに打破し、さらに次の一手を差し込む。
 それが俺に課せられた任務ミッション
 さしあたっては、今の状況において、一番優先すべきことは、アイツ売人を見失わないことだ。
 俺は強引にビーストを引っぺがし……引っぺがし……!


「ぎぎぎぎ……にににに……ぐぎぎぎぎぎ!」


 引っぺがらない・・・・・・・
 なんて力だ。
 人間か、こいつ!?
 いや、人間じゃないな。
 俺はビーストの顔面がぐにぐにと、変形するほどの力を込めているが、一向に離してくれない。というかむしろ、より強く、よりパワフルに、俺の体に豊満なビーストバディを擦り付けている。
 やめろ、ビースト。
 俺は男で、おまえは一応、魔物とはいえ、雌だ。
 そんな豊満な豊満を、俺の豊満に豊満したら、俺の豊満が殊更、豊満になってしまう!
 うん。なんというか、もう、うまく思考が働かなくなってきた。
 気のせいか、豊満がゲシュタルト豊満してきた。
 嗚呼、これが、豊満が豊満足りうる所以とでも豊満のか。
 なんだかもう、どうでもよくなってきた豊満。
 俺、頑張ったよね? 豊満?
 あれ? そもそも、なにこれ? 豊満ってなに? 友達? 幼馴染? ライバル?




「――こいつか、連絡にあったのは」




 突然の男の声に、俺はハッと我に返る。
 いつの間にか、俺は見知らぬ豊満たちに囲まれていた。
 どれもこれも、どいつもこいつも、あいつもそいつも、皆して、人相が悪い。
 なんだその人相の悪さは! 俺が怖がってると思ってんのか!?
 土下座するんで、帰ってもらっていいですか?




「あのぅ……、何か御用でしょうか?」




 俺は、俺の正面――いちばん人相の悪くない、普通そうな男に話しかけた。
 そして、今、気が付いたが、まわりにいた客も、店員も、いつの間にかいなくなっていた。
 どうなってんだ、えらく人捌けが早くないか?




「いや、なんかね。うちのやつが、迷惑をかけたみたいで、その詫びにね」




 詫び詫び詫び詫び。
 ここの人間はどんだけ、詫びって言葉が好きなんだよ。
 詫びって言ったら、なんでも許されると思ってんのだろうか!
 というか、もう逆に許してやろうか!
 それでどうか、俺を許してはくれないだろうか!
 あーあ、どうせこいつら、さっきの目出し牛乳男の仲間だろうな。
 やっぱり、見逃してくれるわけないよな。
 ビト組が取り締まりを強化してるんだし。
 ここでもし、情報がみっちゃんに渡ったら、その時点で壊滅させられるんだもんな。
 だから、『情報を知られたからには、今日は返さない』ってやつだろう。
 あれ? なんか違ったような……?
 ともあれ、この状況ではビーストは頼りにならない。
 いまでもなお、俺にへばりついてきてるからな。
 なんとかして、死に物狂いで、ここから逃げるしかないだろう。
 でも、ここって二階のテラス席だし……、どうしたもんか……。
 ここから飛び降りるったって、俺一人の体重ですら、この高さの衝撃に耐えらるかどうかわかんないのに、いまはビーストを合わせてひとりと一匹だ。
 そんな状態で、ここからスタイリッシュに飛び降りでもしたら、スタイリッシュ骨折して、そのままスタイリッシュご臨終してしまう。
 しかし、こいつらを押しのけて、丁寧に階段から降りられるってのも、無理な話だ。
 仮に全員、痛風かなんかで走れないとかなら希望はあるけど……。




「すみません、ここでだれか、痛風みたいなのを患っている方はいますかァ!?」


「な、なんで『この中にお医者様はいらっしゃいますか?』のテンションで、病人をさがしているかわからんが、俺たちはこう見えて、生粋の元スポーツマンだ。そこの男なんて、百メートル十秒フラットだぜ」


「あっ、あっ、あっ」




 終わりじゃん。
 勝てねえよ。
 ビーストがいてもいなくても、勝てねえよ。
 なにこのスポーツマンたち。
 おまえら全員陸上に転向しろ!
 何やってんだよ!
 こんなところでなに燻ってんだよ!
 おまえらには相応しいステージがあるだろうが!
 風を感じて来いよ!
 畜生!




「うう……ううう……、陸上、してろよ……!」


「さて、そろそろ侘びの時間だ。覚悟しろや」




 くそ、侘びの時間ってなんだよ。もう意味がぐちゃぐちゃになってんじゃん。
 でも、なんとか――なんとかしなければ、俺に明日はない。
 ビーストの明日はどうでもいい。
 頭を振り絞れ、ユウト! がんばれ! ユウト! 負けないで! 負けちゃダメ!




「……ふふふ」


「な、なにを笑っている!? 気でも触れたか!」


「……いえいえ、詫びなんてとんでもない。人間、だれしも間違うことはあるのです。問題は、その間違いを次にどう活かすか、ということです。それに、第一に、侘びをいれる前に、他にやることがあるでしょう?」


「他に、やること……?」


「はい。胸に手を当てて考えてください」


「こ、こうか?」


「はい。そして、目をつぶってください」


「こうかい?」




 俺はそう言うや否や、テラスの縁、欄干に手をかけ、そこから勢いよく欄干を跨ぎ、スタイリッシュダイブを決めてみせた。
 もう、これしかない。
 あとは、自分の脚が折れるか、はたまた地面が折れるか、だ。
 ビーストは相変わらず、にゃごにゃごと、俺に抱きついている。
 こんなときでも、ベロンベロンに酔っぱらっているのだ。
 いい気なもんだ。
 ……と思う反面、俺はこの状況で、悪魔的にいいことを思いついた。


 こいつを、下敷きにすれいいんじゃないか?


 いやいや、ダメだダメだ。
 こんなやつでも、一応は雌、つまり女の子だ。
 女の子にそんな真似、この騎士道精神の塊のような俺が、できるはずが――




「切歯を食いしばれェェェェ!!」




 俺は空中で体を反転させ、ビーストを抱き込むようにした。
 ちょうど、ビーストを挟んで、地面と平行に俺の体がある。
 ぐんぐんと地面が近づいていき、そして――
 バァン!
 とてつもない衝撃が全身を貫く。
 肺の空気を吐き出し、目もチカチカする。
 けど、死んで……ない?
 俺の腕の中で、フワフワした魔物が衝撃を吸収してくれている。
 ……けど、様子が妙だ。先ほどとは違って、俺に頬ずりしてこない。
 というか、むしろプルプルと震えている。
 俺はそーっと顔を上げ、ビーストの表情かおを見た。




「いまのは、痛かったにゃ……痛かったにゃー!」




 ビーストは俺ごと、ガバッと起き上がった。
 俺は身の危険を感じ、ビーストと男たちを置きざるような速さで、ポセミトールの街を疾走した。

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