戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

たまには昔話を



 目の前の、見目麗しい女性が、俺の事を知ってくれている。
 これ以上ないほどに喜ばしいことだが、それはあくまで、ヤクザ以外での話。
 ヤクザの本部。
 それも、頭目の目と鼻の先で、正体を明かしてもいないのに、自分の名前を当てられる。
 それはまさに、のど元に、剣の切っ先を突き付けられているようなもので、俺はいつの間にか、瞬きどころか、ミシェールさんから、視線を逸らすこともできなくなっていた。
 ミシェールさんも同様に、そんな俺の視線を逃さないように、まっすぐ捉えてきている。




「だんまり……ね。ふぅん、否定も肯定もしないんだねぇ」


「否定します。誰ですか、ユウトって。ホストかなんかですか? こんな布グルグルのホスト見たことありますか? 僕はお化け屋敷でしか見たことないです」


「そう焦りなさんな。あたしが言ってるのは、口での話だよ。目はしっかり、『バレた?』って、言ってたからね」


「え? いやいやいや……、え? そんなはずは……ないでしょう」


「ぷ……、あっははははは……相変わらずだねぇ、ユウ君は」


「ゆ、ユウ君……?」


「ちょっと待ってな……おい! テッシオ! まだ扉の前にいるんだろ! 目障りだから、さっさと消えなァ!」


「うーい。大将も、食われないように気をつけてなァ」


「テメェを細切れにして、魔物のエサにしてやろうか!」




 ミシェールさんとテッシオさん。互いに、憎まれ口をたたきあう。
 それから一拍置き、ミシェールさんがゆっくりと立ち上がった。
 ミシェールさんはゆっくりと部屋の端へ移動し、アンティーク調のシェルフ、その中に飾っていたカップをふたつ取った。




「……さて、ユウ君はコーヒー派? それとも、紅茶派? ミルクは入れる? 砂糖は?」


「……は? え? あれ? なにが?」




 あまりのことに、脳がこの事態についていけていない。
 さきほどのまでとは違い、いまのミシェールさんの眉間には、しわが全く寄っていない。
 とても自然体で、黒服なんか着てなかったら、それこそ綺麗なお姉さんって感じ。
 それに、なに?
 その二択。
 あ、わかったぞ。毒か。
 紅茶かコーヒーかで、俺ののちの人生が左右されるのか。
 それとも、どちらの毒がお好み? みたいな感じ?




「あれ、おーい、どうかした?」




 気が付くと、すぐ目の前にまで、ミシェールさんの顔が近づいていた。
 俺はビックリして、おもわず、「うわ」と洩らすと、尻もちをついてしまう。
 その際にハラリと、俺の頬から布が流れ落ちるのを感じた。




「あ、やばい……!」


 俺の正体が――


「うーん、ユウ君だよね……やっぱり……」


「え……と、あの……」


「ん? あ……、もしかしてユウ君、私のこと忘れちゃった?」


「わ、私……? い、いや……忘れたも何も……」




 ――って、ちょっと待って。
 さっきの、怖そうなミシェールさんとは一転して、いまのこの、大人しそうなミシェールさんの顔は、見たことがある。
 それも、かなり昔。
 記憶の片隅。
 子供のころの記憶。
 辿れ、辿れ……、たしか、あのときの、あの子の名前は――




「み……みっちゃん!?」









 ジマハリの村。
 俺の故郷にして、今は亡き勇者親父の故郷。
 今はそうでもないけど、昔は親父に世話になった連中が、よく家を訪ねてきた。
 なにせ、親父は世界を救うために旅をしていたからだ。
 定住地を持たない親父の代わりに、俺たちがなにかをしてもらう。
 そんなことは少なくなかった。
 みっちゃんこと、現二代目ビト組頭目ミシェールも、先代に連れられ、ジマハリに滞在していたとの事らしかった。
 つまり、みっちゃんと俺は幼馴染だったのだ。
 うちの親父が、どんな恩を、みっちゃんの親父さんに売ったのかは知らないけど、みっちゃんは確かに、俺が子供のころ、ジマハリの村にいた。
 だから、正確にいうと、みっちゃんは知っていたが、ヤクザの娘だったとは、これっぽっちも知らなかった。
 というか、そんな素振りなど、当時は欠片も見せてくれなかったからだ。
 俺のみっちゃんに対する印象は、俺よりもすこし年上で、優しくて、大人しいお姉さん。
 将来はお花屋さんになる……とか言っていたので、今は立派なお花屋さんになっていると思ったが、どうやら、今売っているお花は、当時、俺が思っていたものとは、百八十度ちがうモノのようだ。




「――てか、みっちゃん。あのとき、みっちゃんのお兄さんたちもいなかったっけ?」




 いつの間にか俺たちは、膝ほどの高さのテーブルを囲んで、呑気にお茶をしていた。
 みっちゃんは慣れた手つきで、ポットに入ったコーヒーを、俺のカップに注いでくれた。
 俺はそのまま、飲めもしないブラックコーヒーを、なるべく舌に当てず、口に含み、そのまま胃へと流し込んだ。
 失敗した。
 カッコつけようとしたのが間違いだった。
 苦くて飲めねえ。




「くすくす……はい、どうぞ」




 みっちゃんはそれを察したのか、ミルクと砂糖を目の前に、すっと出してくれた。
 上品に笑っている顔は、もう先ほどの『二代目ビト組頭目ミシェール』の顔ではなく、幼馴染のみっちゃんそのものだった。
 それだけに疑問なのが、なぜみっちゃんがビト家の稼業を継いでいるのか、ということだ。
 跡を継がせるなら、みっちゃんのお兄さんたちがいたはずだ。
 それをなぜ、お花屋さん志望の娘が継ぐことになったのかが、とても気になった。
 俺がそれをみっちゃんに尋ねてみると、みっちゃんは少しだけ悲しげな表情かおを浮かべ、そのままぽつぽつと語り始めた。




「ユウ君の言う通り、一番上のソン兄さんが、ビト組の……お父さんの跡を継ぐ予定だったんだ。けど、敵対してる組の罠にかかっちゃって、そのまま……」


「まじか……、それで、もう一人のお兄さんは……?」


「次男のフロド兄さんは、ソン兄さんの殺されるところを間近で見ちゃって……。それですっかり参っちゃって、心神喪失。フロド兄さん、もともとこういうの向かなかったんだと思う……優しかったし」


「それで、みっちゃんが?」


「うん。そのときやってたお花屋さんはやめて、そのまま実家に帰ったの」


「……お花屋さんにはなれたんだね」


「うん。ずっと私の夢だったからね。楽しかったな……。知ってる? お花ってね――」


「『ただずっと、そこでじっとしているようで、ほんとは泣いたり笑ったり、喜んだりしてくれているんだよ』でしょ? うん。知ってる。子供の時から言ってたよね、それ」


「あれ? そうだっけ? 私の顔は忘れてたのに……?」


「ちょ、それは……、いや、わかんないじゃん。だって、当時と百八十度ちがうんだし。天国から地獄だよ」


「ええ!? ひどっ、ユウ君それは言い過ぎだって」


「わ、わるい……」


「くすくす……冗談。……うん、でも、だからこそ、踏ん切りもついたんだと思う。この仕事に就くことに」


「踏ん切り、ね……。じゃあ、やっぱり本当は……」


「えへへ……、内緒だよ? ユウ君。しー……だからね?」




 そう言って、人差し指を口に当て、お道化てみせるみっちゃんは、やっぱりちょっと悲しそうで、でもどことなく――




「私がやらないと、何百、何千もの人たちが、路頭に迷うことになるからね。私一人、ワガママ言ってる場合じゃないんだって思ったかな。――あ、もちろん、組のみんなは、私の事を止めてくれたよ? ……けど、これは私の責任なんだって、この家に生まれたからには、逃げちゃダメなことなんだって、そう思った。それに、ほんとはお父さんも、私にだけは継がせたくなかったみたい。私が組を継いでから亡くなる直前まで、ずっとあたしに謝ってたの。だから、そこまで謝られると……ねえ?」


「みっちゃん……」


「あ、でも、今は今で、やりがいは感じてるんだよ? 相変わらずみんな怖いし、わけわかんないけど、前よりもずっと、色々なことが見えるようになってきたの。こんどユウ君にも教えてあげよっか?」


「いや、いいよ。怖いし。……それで、さっきの口調は……?」


「あー……、ふふふ……こんな仕事だからね。いつも通り、いまユウ君と話してる感じで話すわけにはいかないでしょ? だから、ユウ君が来てくれるまで、いっつもあんな感じなんだ。いまでは、あっちのほうが素なんじゃないかって、思ってるくらいなんだよ。……どうどう? ビックリした?」


「ちょ、ちょっとだけな。そこまではビックリしてないよ」


 正直、すげービビりました。


「ほうほう、そうかねそうかね? ビビりのユウ君もビックリさせられないなんて、やっぱり、まだまだですかねぇ?」


「いや、まあ、いいセンはいってるんじゃない? 俺をちょっとでもビビらせるなんて相当だしね?」


「……ふふ、そうなの?」


「ああ。これでも、色々なところ冒険したんだからな」


「ところで、ユウ君はなんだか、見慣れない子たちと一緒なんだね?」


「見慣れないって……、あの中にユウいたんだけどな……」


「あれ? そうなの? もしかして……、あのボブの子?」


「そうそう、それそれ」


「えー……、ユウちゃんあんなに成長してるの? なんか、私よりもイロイロと大きくない? ずるいなあ」


「デカけりゃいいってもんでもないでしょ。あいつはデカいだけで何も詰まってないんだから、フワフワして宙に浮いてんだから。なんならそのまま帰ってこなくていいくらいなんだから」


「あはは……、ユウちゃんに厳しいのも、相変わらずなんだね」


「……て、こっちの事見てたんなら、声かけてくれれば……は、できないか。こんな立場だしね。でも、俺だってよくわかったね。覆面してたのに」


「え? ま、まあ……ね? ユウ君だし。隠そうとしても、隠しきれないオーラみたいなのが、まざまざと、ありありと溢れてたからね。なんなら、そのオーラに溺れそうになるくらいだったよ、うん。溺死しかけたね、あれは」


「やはりなー。隠そうとしても隠しきれないもんなー、参っちゃうよ、マジでー、どうにかなんないかなー、これ」


「そうだ。あと、あの……、なんて言ったっけ? 筆頭勇者のひとたちはどうなったの?」


「ああ……それはな――」

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