戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

お客さん、ここにリンパが……



 カポッカポッと、夜の街道に馬の蹄の音が響く。
 俺たちはキバト村の人たちが売り払った、俺たちの装備品や、その他貴重品を回収すべく、馬車に乗って移動していた。
 ちなみに、この馬とキャビンはお詫びとして、村から頂いたものだ。
 キャビンのほうは、布がところどころ破けており、感じたくもない年季を感じさせてくれていた。本当は村で一番いいやつを貰えるはずだったが、アーニャ様の気遣いにより、普通のキャビンと、馬を貰った。
 正直、普通のクラスならまあ大丈夫だろ。くらいの気持ちで乗り込んでみたけど、蓋を開けたら、なにこれ? 盗賊かなんかの襲撃を受けた後ですか? みたいなのを寄越された。
 しかしまあ、こんなのでも、ないよりはマシという鋼の精神で、俺は心を無にしていた。
 そしてキャビンには、これまた村から頂戴した、安物のカンテラが、ゆらゆらと馬車の先と、キャビンの中を照らしていた。
 頼りない光ではあるが、これがなければ、辺りは完全に闇。
 ビースト以外は、何も見えなくなってしまう。
 あ、それと、もちろん村からは、俺たちの装備品を売って得た金は返してもらった。
 これがないと、買い戻すことができないからだ。
 なぜか村長は返金することに対してぐずっていたが、ビーストに喝を入れさせたら、あっさり返してくれた。
 ちなみに今、馬車を操っているのはユウだ。俺は馬の扱いとか、そういう面倒な事はできないため、かわりにユウがやってくれている。
 ユウも初心者だったが、馬主から適当な説明を受けただけで、すぐに乗れるようになった。
 我が妹ながら、飲み込みが早いというかなんというか……、ここまで何でもできると、逆に何ができないかを知りたくなってくる。ヤツの弱点を知りたくなってくる。
 炊事洗濯などの家事全般から、戦闘、馬術、魔法……数えているだけで、なんだか気が滅入ってくる。
 もういいや。
 ユウはユウ。
 俺は俺。
 みんな違って、みんないいんだ。
 ――しゃぷしゃぷしゃぷ
 どこからか、間の抜けた咀嚼音が聞こえてくる。
 ヴィクトーリアだ。
 俺の横でヴィクトーリアが、大量に積まれたキバト産のトマトを、一心不乱に食べていた。




「にゃあ……止めるにゃ。売る分が無くなっちゃうにゃ」


「む、すまない。これで最後にするから」


「いや、それさっきも聞いたんにゃけど……」




 ビーストはヴィクトーリアに苦手意識があるのか、強く出ることができないでいる。人間、そんなに簡単に苦手意識は拭えないということか。
 こいつは魔物だけど。
 そして、それを見兼ねてか、ついに聖母アーニャが、ヴィクトーリアに優しく諭し始めた。




「こら、ヴィッキー。ダメでしょ? めっ」


「いや、なんというか……やめられない止まらない……」


「それは街で売る分なんだから、食べちゃダメだよ。めっ」


「シュン……」


「……こうなってくると、どっちが年上かわからんな」


「と、年上はわたしだ!」


「わかってるよ、皮肉で言ってるんだ。この食いしん坊め」


「……しかし、アーニャには頭が上がらんのも事実だ……」




 まあ、わからんこともない。
 あんなに優しく接されたら、否が応でも興ふ――げふんげふん、こちらに非があると思ってしまう。




「ていうか、よくよく考えたら、ビースト」


「にゃ?」


「おまえ、ずっとトマト食ってたってことだろ? 飽きるとか、それ以前に、栄養とかヤバかったんじゃないか? 偏りまくりだろ? もうそろそろ、光合成とかできるようになってるじゃないのか?」


「にゃにゃ。そんなんできないにゃ。それに、もちろん、食ってたのはトマトだけじゃないにゃ。近くに川があったから、そこで魚を捕ったり、猪とか食べてたにゃ」


「生でか」


「もちろんにゃ。火を起こす技術はニャーにはないからにゃ。でも、皮や鱗、内臓は取って、血は抜いてから食べてたにゃ」


「サバイバルキャットだな。……いや、ふつうか? ワイルドキャットか」


「それにぶっちゃけ、最初の何日かは良かったんにゃが、トマトってずっと食ってると、飽きてくるのにゃ……にゃんというか、具体的に三日くらいから『あれ? もしかして光合成できるなじゃね?』ってくらいまで――」


「おい、ビースト、なにに飽きるって……?」


「にゃ……、しまった……」


「……おいおいトマトの化身ヴィクトーリア様がお怒りだぞ」


「にゃわわ……、にゃんでもにゃいよ」


「そうか。どうやらわたしの空耳のようだ。悪かったな」


「……おまえもおまえで、なんでそんなにトマト好きなんだよ」


「いや、逆に訊くが、ユウトはトマトが嫌いか?」


「好き……だけどさ」


「な?」


「その言い方ムカつくな。でも、よく言うだろ、トマトの酸味が嫌いとか、食感とか、中にある種が嫌いとか、生理的に受け付けないとか……」


「なに!? そんな者がいるのか?」


「いるいる。てか、ぶっちゃけトマトって、嫌いなやつのほうが多い食材じゃないのか?」


「な、なんと……!」


「……ご主人、ヴィクトーリアがショックのあまり、白目を剥いてるにゃ」


「よっぽどショックだったんだろうな。墓前にはトマトを供えてやろう」


「……あ、アーニャ、おまえはどうだ? トマト! 嫌いじゃないよな!?」


「え? う、うん、好きだよ。……て、ヴィッキー、わたしが好きなの知ってるじゃない」


「ユウはどうだ……!」


「え? あたし? あたしは……フツーかな?」




 ユウは馬の手綱握ったまま、振り返らずに答えた。
 って、こいつ、俺が絡んでないときは普通なんだよな。
 ヴィクトーリアに聞いたけど、俺が隣にいるときだけ、眼がなんかおかしくなるらしい。
 でも体感的には、眼だけじゃなくて、頭もおかしいんじゃないかと、俺の中でもっぱらの噂である。
 でも、それ以外の時はマジに普通の女の子らしい。
 にわかには信じられないけど、俺がいない間の、ユウの村での評判は、すこぶるいいものだった。
 まじでなんなんだ、こいつは。
 いやがらせか? 俺に嫌がらせをしてんのか?
 へこむぞ?




「な、なんなのだ、フツーって……!」


「んー……、特別好きってわけじゃないけど、嫌いでもないかな。あ、でも、料理で色々使えるのは便利だよね。単品だけだと、どうしても食べたいって気にはならないけど……。あ、サラダに入ってるのは好きだよ」


「……そういえばおまえ、子供の時、トマト嫌いだったよな? 食えるようになったのか?」


「そうだよ、おにいちゃん。おにいちゃんが好きな食べ物だからね。あたしもガンバって食べないと……って思ったんだよ。ふふ」




 ……やっぱりだ。
 俺が話しかけたときだけ、声のトーンが一段階下がって、ねちっこくなる。
 なんだこいつ。なんか怖いわ。




「そんな……この世の中に、トマトが嫌いな人間がいたなんて……」




 ヴィクトーリアはそう言うと、完全にうわの空になってしまった。
 そんなヴィクトーリアの横で、なぜかアーニャが必死に励ましている。




「……話は変わるけど、ビーストもさ、馬車の扱いを習ったほうがいいんじゃないか?」


「なんでにゃ?」


「なんでってそりゃ、取引がうまくいったら、これから馬車に乗って、いろんな所を回るんだろ?」


「にゃ、そういうことかにゃ。……心配ないにゃご主人」


「心配ない?」


「んにゃ。にゃって、ニャーが直接、これを引っ張ったほうが速いのにゃ」


「は? まじかよ」


「そうにゃ。ニャーの力は、馬にゃんかを遥かに凌ぐにゃ。逆に馬が邪魔ないくらいにゃ。なんにゃ? やろうとおもえば、今すぐ馬と代われるけど、どうするにゃ?」


「……いや、やめておこう」




 多分、馬よりも速いのは真実だろう。
 でも、多分こいつの場合、安全もクソもないと思う。
 速度と安全……そのふたつを天秤にかけるなら、俺は迷うことなく、安全を取る。
 俺はそういう男だ。




「そうにゃ? ……ほんにゃら、しばらくこの無駄を楽しむとするかにゃ」




 ビーストはそう言うと、体を丸め、猫みたいに寝てしまった。
 夜行性でも寝るんだな……。
 アーニャとヴィクトーリアは、ふたりでなにやら談笑している。トマトの事はもうすっかり、いいのだろう。
 忘れっぽいやつめ。
「………………」
 ふたりの会話に入り辛く、なんとなく手持ち無沙汰で寂しくなった俺は、ユウの横まで移動した。




「あ、おにいちゃん。どうしたの?」


「いや、……あとどれくらいで、目的地ポセミトールに着くのかなって」


「村の人に教えてもらった限りだと……、明日のお昼くらいには着くはずだよ、おにいちゃん」


「昼か……」




 結構長いな。その間、ずっと馬を走らせるわけだ。
 馬の疲労もそうだが、ユウも相当疲れるだろう。
 代わってやることもできないし、ここは――




「どうだ、ユウ。なにか手伝ってほしい事や、やってほしいことはあるか?」


「どうしたの? おにいちゃん?」


「いや、おまえだけなんか悪いかなって……」


「じゃあ……」




 ユウはそう言ってしばらく考え込んでから、改めて俺のほうを向いてきた。
「じゃあ、肩……を揉んでほしい、かな」
 そう言っているユウの表情は、いつもより妖艶で、なぜか艶めかしく、ギクリとしてしまった。
 といっても、出した言葉を引っ込めることもできず、「それくらいなら……」ということで、俺はユウの後ろへ移動して肩に触れてみた。
 もみもみ。
 擬音が不穏だが、俺はきちんと肩をもんでいる。
 ふむ、やはり女子ということもあり、男のよりも柔らかくて、か細かった。
 しかし、それでいて、戦うための筋肉はついているのか、しなやかさもあった。
 表現が不穏だが、俺は別に下ネタを言っているわけじゃない。
 俺がそんなことを考えながらユウの肩をもんでいると――
「ん……んぅ……はぁ……ん……!」
 と、押し殺したような声が聞こえてきた。
 もちろん、声の発生源はユウ。
 揉めば揉むほど、たたけばたたくほど、ユウの艶やかな声に抑えが効かなくなる。
 なんだ、こいつ。
 なんなんだ、こいつ。
 このまま止めてしまおうか、と思ったところで手が止まる。
 背後で談笑していたアーニャとヴィクトーリアの声が聞こえなくなっている。
 ――見られている。
 俺はそろそろと振り返ってみると、ビーストを含めた三人が、俺とユウの一挙手一投足に注視していた。
 皆一様に顔を赤くしており、俺の視線に気がつくと、ビースト以外が、わざとらしく視線を逸らしてきた。
 まてまて、なんか、ものすごい勘違いをされていないか?




「にゃははー……、あの、ご主人? そういうのはできるだけ、二人きりの時にやってほしいにゃ。さすがのニャーもにゃんというか……、ちょっとだけ気まずいのにゃ……」


「あ、アホか! これはただのマッサージじゃ!」


「まっさーじ……? あの、リンパを中心とした、いかがわしいあれかにゃ?」


「間違った知識を身につけるな! あれはそもそも企画もので……ちょっと、ふたりとも! こっち向いて!? 違うんだって! これはなんというか、俺の精一杯の労いっつーか……!」


「ありがとう、おにいちゃん。……すごく、きもちよかったよ」


「妙な声で、勘違いされるような内容を言う――」


「待て、オメェラ!!」




 突如、なんかよくわからん男の声に、俺の声がかき消される。
 そして次の瞬間――ドヒュン!
 キャビンを引いていた馬の脳天に、どこからともなく飛んできた弓矢が突き刺さった。
 馬はそのまま力なく、ガクンと崩れ落ちると、俺たちの乗っていたキャビンも後ろへ大きく傾いた。
 完全にくつろいでいた俺たちはゴロゴロと転がるように、キャビンの後方から外へ放り出される。
 俺はなんとかして立ち上がろうと試みていると、ぞろぞろと大量の足音が、俺たちの周りを取り囲んだ。
 俺はひっくり返ったような体勢のまま、動くことをやめ、眼球だけを動かして状況の把握に努めた。
 人数は……相当数。そして全員、なぜか顔を隠すように覆面を着用している。
 盗賊か……? いや、ちがう。それにしては、服装や動きに統一感がない。
 なんだ? ゴロツキか……?




「あへ……あへへへへへ……、おい、おまえら、動くなァ!!」




 集団の中。一人の男が、地面に這いつくばっている俺たちに向かって、声をあげた。
 案の定、ヴィクトーリアは涙目で、いまにも泣き出しそうになっている。




「いまから、この馬車の物は全部俺たちがもらう!」
「……おいおい、見ろよ。いい女もいるじゃねえか!」




 そう言った男は、覆面の上からでもわかるほど、気持ちの悪い笑みをヴィクトーリアに向けていた。
 ヴィクトーリアはその視線から逃れるように、顔を逸らした。




「こりゃあ、当たりだな……。女は全員連れて帰れ!」
「なんだ、男もいるぞ」
「……いいや、男に興味はない。殺せ」

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