戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

森林浴



「はぁっはぁっはぁ、ぜえっぜえっぜえ」




 俺は今、大自然というやつを存分に満喫している。
 魔物を退治するという大義名分を背負った俺たちは、未開の森の中をひたすらに突き進んでいた。
 手入れのされていない草木特有の青臭さが鼻腔をくすぐり、息をする度に、鬱陶しいほどのマイナスイオンが俺の肺を駆け巡る。
 まさにこの大自然は、その有り余る健全さでシティボーイである俺を、本格的に浄化しようとしていた。
 やばい。
 大自然に囲まれて死ぬのか、この俺は。
 これが文明の利器に魂を売った、男の末路だとでもいうのだろうか。
 悪い所を浄化されてしまったら、もう俺という個はいなくなってしまうというのに……!




「ユウトさん、だいじょうぶですか? 休憩しましょうか?」




 俺を気遣ってか、アーニャが草をかき分け、枝を押し退け、俺を見上げてきた。
 俺よりも遥かに発達した、文明の国の少女の顔には、一切の疲労が感じられなく、ただただ、俺を心配して見上げているだけであった。




「も、問題……ないっす……よゆーよゆー……」




 虚勢か見栄か、はたまたただのやせ我慢か、俺は掠れに掠れた声を喉から絞り出した。
 そのすぐ後方を見てみると、ヴィクトーリアとユウもなんだか俺を、死刑宣告された死刑囚を見るような目で見てきていた。
 そうすかそんなにやばいんすか……。




「ユウト、その……無理はしないほうがいいぞ」


「おにいちゃん。おんぶしてあげようか?」


「……おい、いま、なんつった……?」


「おんぶ」


「………………」


「な、なんでこっちを見るんだ!? わたしがユウトをおぶるわけがないだろう! い、いい加減にしろ!」


「フ……、休むか……」


「そんなに汗をかいて恰好つけるな」









 カリカリカリ……。
 ヴィクトーリアが黙々と、平たい石の表面に、チョークで錬成陣を描いていっている。
 円を二重に描き、円と円の間に何かよくわからない、うにょうにょとした文字。
その中に五芒星ペンタグラムと、雫のような模様。
 ヴィクトーリアはそれらを描き終わると、葉っぱで出来た器を錬成陣の中心に置き、器の中にそこら辺でもいだ雑草を入れた。
 次に懐から乳白色の液体の入った試験官を取り出すと、葉っぱの器……その中に入っている雑草に垂らした。
 ぴちょん――
 液体は雑草と交わると、錬成陣がボヤッとした光を放った。




「うん、できた」




 ヴィクトーリアそう言って、葉っぱの器を俺に差し出してきた。
 差し出された器の中には、透明の、澄んだ水が並々と注がれていた。
 ゴクリ――
 おもわず喉が鳴る。
 俺はそれを受け取ると、恐る恐る口へと運んでいった。




「どうだ? ユウト? うまいか?」




 これ以上ないほどにヴィクトーリアさんが、至近距離で俺の顔を覗き込んでくる。
 俺はこれに対して、何と言えばいいのだろうか。


『ヴィクトーリアちゃんから抽出されたお水、おいちいのー!』


 とか言ったらどうなるのだろうか。
 もちろん、そんなことは口が裂けても言えないが……ぶん殴られるのだろうか……軽蔑されるのだろうか。




「ん? どうしたユウト? ん? ん?」


「うん。……まあ、真水……だよな」


「ほんとか!? やったぁ!」




 ヴィクトーリアはとても嬉しそうに、アーニャとユウとハイタッチをしてみせた。
 その笑顔変な事プライスレス言わないでよかった
 どうやらあの老夫婦は、ヴィクトーリアの錬金用のチョークと、錬金液は盗らなかったようだ。
 まあ、端からみれば、あのふたつは高価なモノには見えないからな。
 それ自体を知っていなければ、無理もない。
 でも、それよりも、俺が驚いていることがある。
 ――この子、成長しすぎじゃね?
 いくらなんでも、物覚えが良すぎる。
 いまの錬成だって、教本なしでやってみせたのだ。
 しかも、ただの雑草から水に変えるという……なんというか、流石だとしか……。




「すごいよなヴィクトーリア。もうほとんどの物は錬金できるのか?」


「うーん、自分の役に立ちそうなものから覚えたからな。その中にたまたま、水を生成する方法があったってだけなんだ」


「いやいや、謙遜することはないって。ただでさえ錬金術師なんて少ないのに、短時間でここまで出来てるんだからさ」


「いやぁ……ははは……なんというか、もっと褒めてくれっ!」


「よしよし。いい子いい子」


「あ、頭は撫でるな。みんなが見てると……、その、恥ずかしいではないかっ」




 思わず適当に撫でてみたけど、思いのほか好感触。
 てか、みんなが見てなかったらいいのかよ……。




「おにいちゃん、おにいちゃん」




 ユウに呼ばれて、視線を向ける。
 すると、なにか物欲しそうに、頭を俺に向けてきていた。




「……よしよし」


「あ……っ」


「なんだよビックリしたような顔して」


「ううん……ありがとう」




 俺は頭をなでるふりをして、手元にあったゴムでユウの髪を全て頭頂部へと集めた。




「ぷっ」


「ちょ、ちょっと、ユウトさん……!」


「おにいちゃん……?」




 オニオンヘア。
 ユウの髪の毛という髪の毛を、すべて頭頂部へと集めてみせた、俺渾身の一作だ。
 この鬱蒼と草木が生い茂る森の中では、とてもお似合いだ。




「よく似合ってるぞ、ユウ」


「ほんと? おにいちゃん?」


「ああ、カムフラージュってやつだな。他の玉ねぎさんが、おまえを放ってはおかないだろう」


「うれしい。ありがとう、おにいちゃん」


ユウをからかうのも、ほどほどにしておけよ、ユウト」


「まあ、これで頭の血行も良くなって、すこしは人間らしい考えもするようになるだろう」


「……ひとつ訊いていいか? ユウトにとって、ユウとは何なんだ……」


「狂犬か、もしくはそれに準ずる猛獣……?」


「はぁ……、ユウが可哀想だ」


「そんなこと言って、ヴィクトーリアだって噴き出してたじゃん」


「あ、あれは……、仕方ないだろう!」


「ほらほら、みなさん。あんまりおしゃべりしている暇はありませんよ?」


「おら、アーニャちゃんの言う通りだ。私語を慎め、ヴィクトーリア」


「そ、それはユウトが……はぁ、もういいや……」


「今現在、わたしたちはキバト村を出て、北西の森へと足を延ばしているわけですが……」


「うん、まあおかしいよね。この道程をあの老人が歩いて来れたとも思えない」


「あれ? そういう話なのか? てっきり、わたしは方角の確認をしているのかと……」


「わ、わたしもなのですが……」


「うん、そっかぁ。他意はなかったのね。心が汚れていたのは、俺だけだったって話かぁ」


「大丈夫だよ、おにいちゃん。あたしはおにいちゃんの心が、清らかだって知ってるから」


「嬉しくはない。けど、ありがとな。嬉しくはないけど」


「えへへ……」


「は、話を戻しますね? 今現在、わたしたちは村から北西の森へとやってきています。距離にして、だいたい三十分くらい歩いたでしょうか」


「ええ!? まだそれだけしか歩いてないの? デジマ!?」


「……正確には、まだ三十分すら経っていないぞ。ちょっと、体力が足りないんじゃないのか?」


「ム。たぶん、顔に布を巻いているからじゃないかな。そうじゃなきゃ、こんな森、焼け野原にしてるところだからな」


「焼け野原にしてどうするんだ。焼け野原に……」


「焼け野原……」




 ユウが顎に手を当てて、なにかを考え始めた。
 どうせ碌でもないことだろうが、触らぬ神に祟りなし。
 俺はユウからそーっと視線をずらした。




「えっと、それであのおふたりから教えていただいた目安が、だいたい三時間ほどのところにあるということ。つまり、わたしたちが歩いてきた距離は単純計算で、六分の一ほど。三十分の度にこうやって休憩をとるとして、目的地に着くのはそれなりの時間になってしまいます。そのうえ、もしもの時の場合に備えて、体力を残しておかなければならないうえ、帰り道も計算にいれなければならないのです。今は大体、太陽が真上にあるので、だいたい正午前後でしょう。ですから、この――」


「ちょ、ちょっと待って、アーニャちゃん」


「へ? はい、なんでしょうか、ユウトさん」


「さっきから聞いてると、どう考えても俺が無能――」




 俺が無能な上、足手まといであると言っているように聞こえたが、なんだか、アーニャちゃんに罵られているようで興奮したから、良しとしておこう。
 というか、そもそもアーニャちゃんが俺に対して、そんな事をおもわず口にはしても、そういう風に考えているはずがないからな。……なんてったって、天使なんだから。




「どうかいたしましたか? なにか仰っていませんでしたか?」


「なんでもないよ、ハハハ」


「いえ、しかしさきほど、むの……なんとか、と……?」


「いや、ちょっと、むの……無農薬栽培の野菜が恋しいなーって」


「まあ、ユウトさんはオーガニック志向なのですね。なるほど、お体には気を遣っておられるのですね……。うふふ、とても良いことだと思います」


「ま、まあね……」




 ほんとはゴリゴリのジャンクフード好きです……。




「それはそれとして、もうこれ以降休憩は挟まなくていい。今日の目的は日暮れまでにキバト村に帰ることにしよう」


「え? ……で、ですが……」


「大丈夫」




 ホントはこれしたくなかったんだけどな……こんなところに二日もいたくないしな。




「……ユウ」


「なあに?」


「こっちに来なさい」


「……うん。わかった」




 ……なんでこいつは、頬を赤くしてんだ?
 それで、なんでヴィクトーリアは「まさか、こいつ」みたいな顔してんだ。
 ちげえよ!




「ユウ、俺に背を向けて、ちょっとしゃがみなさい」


「はい。……ねえ、おにいちゃん?」


「なんだ?」


「パンツはどうする?」


「バーカ! バーカ! 穿け! 穿いてろ! 一生脱ぐな!!」




 ……たく、ロクでもねえな、こいつ。
 杖なしだと、多少効力は落ちるけど――




「脚力強化、疾風迅雷スピードポイント




 俺はユウの大腿部をスッと撫でる。
 触れた瞬間、なぜかユウはビクッと震えたが、俺の意図がわかると、そのまま動かなくなった。




「――さて、これで大丈夫だろ」


「なんだなんだ? ユウトは一体、なにをしたんだ?」




 なぜかヴィクトーリアは食い気味で俺に問いかけてくる。
 何を期待してるんだ、こいつも。




「背に腹は代えられなからな。おぶってもらうことにした」


「なるほど……」


「俺の体重はまあ……、そんなに軽くはないけど、重いほうでもない。だから、こうやって付与魔法をかけてやれば、俺一人くらいなら重さは感じないってわけだ。まさに異心同体。……よっと。どうだ? ユウ? 重いか?」




 俺はユウに背に跨ると、後頭部越しに話しかけた。
 若干の恥ずかしさもあるけど、迷惑をかけるくらいならどうってことはない。
 さらに、付与魔法によってユウも疲れなくなるしな。




「ううん、全然重くないよ。けど……」


「けど?」


「背中に、おにいちゃんのおにいちゃんを感じる」


「ド下ネタかよ! やっぱ降り――」




 あ、脚が動かない。
 ユウは両腕で、ガシッと俺の足を固定してきていた。
 なんつー馬鹿力だこいつ! 俺の足をうっ血させるつもりか!




「ちょうどよかったです。これなら、予定よりも早く着きそうですね」


「え? マジでこれで行くの?」

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