戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

人工呼吸



 俺たち一行はアムダの神殿跡でクリムトと別れてから、一路、キバト村を目指していた。




「極上のトマトを食べる」




 ――のが、今回のヴィクトーリアさんの目的だそうだ。
 いやはや、この子の食欲には頭が上がらない(皮肉)ばかりだが、アーニャも困っている人を放っておけないということで、決定は覆らなかった。
 覆す気すらなかった。
 だって、アーニャだし。かわいいし。絶対従属だし。
 つくづく、俺はアーニャに弱いな――と思う反面、別に俺自身も、特別急いでいるわけじゃないということに、今更ながら気づいた。
 というのも、まだ魔王を討伐した、という情報が上がっていないからだ。
 まあ、そんな情報が上がっていれば、どんなに辺境にある村でも、その知らせは届く。
 それともうひとつ、これは限りなく、限られた人間にしか知らされていない情報だが、どうやら魔王という存在は、正真正銘の勇者でないと倒すことはできないらしい。
 これに関してはほんと、眉唾ものだが……、ユウキ残虐野郎の性格を鑑みると、あいつがそんなリスクを冒してまで、魔王城に特攻をかけるとは思えない。
 どうせ、今頃俺を探しているか、その真実の裏付けでもやっているのだろう。
 しかしそうなってくると、いまユウキ極悪非道に鉢合わせになるのはきつい。
 戦力的にも、ユウ的にも、だ。
 十中八九、ユウがこのままユウキ冷血野郎に会えば、間違いなく、その場所が火の海に包まれることになる。
 それほどまでに、ユウは不安定なのだ。
 というよりも、ジマハリにいたとき、一回ユウキ薄情野郎の名前を出しただけで、ユウの眼が濁ったのを覚えている。
 潜在能力ポテンシャルやら体力なんかを考えればユウに軍配が上がるが、ユウには圧倒的に経験値が足りてない。
 いまのままぶつかっても、よくて相討ちだろう。
 それも、周りを巻き込んでの。
 俺は基本的に、勝てる戦闘しかしない。それ以外は逃げの一手か、その時の状況を考慮してから逃げる。
『逃げるが勝ち』なんてのは良く言ったもんで、勝つまで逃げ回っていれば、そりゃ勝つだろうということだ。
 だから現状、あいつらに鉢合わせないでいるのは、願ったり叶ったりなんだけど……、今から行くのは、相当な強さを誇る魔物のいる場所。
 勇者の酒場の支部とはいえ、ポセミトールにはかなりの強者がいたはずだ。
 そいつらを殺さず、ただ追い返しただけ、というのだから、その魔物が相当強いのは火を見るよりも明らかなのだ。
 エンド級の魔物が出てくることはなさそうだが……、そもそも俺とアーニャで戦っていた、エンドドラゴンなんてピンキリあるエンドの中でも最下層くらいのやつだしな。
 それにあの時は、子供とはいえ、同体を相手にした後の隙をついて得た勝利だ。
 だから真正面からエンド級の魔物となんて、極力避けたいんだ。
 ――今のところは。
 最終的には、俺がいたあの外道の集まりよりも強いパーティにするつもりだが、やっぱり手順というか、順序というものがある。
 誰だって最初はスライムみたいな、低俗な魔物と戦いたい。
 それなのに、なんなんだよ、初戦がエンドドラゴンって。
 そこらへんの冒険者なんて、裸足で逃げ出すぞ。
 それを戦闘能力皆無のエンチャンターと、少女で倒したんだからな。
 もう少しゆっくりやっても、罰は当たらないと思うのです。




「どうしたの? おにいちゃん、浮かない顔して」


「……おまえが俺から離れてくれないからだよ」




 昨日も結局、こいつがべったりだったせいで、充分な睡眠がとれなかった。




「だって離れたら、またあのときみたいに……」




 ユウは悲しげな顔で俺を見上げてきた。
 ……またそれか。
 どんだけ、トラウマになってんだよ。
 まあ、あのときはぐずると思ったから、ユウに内緒してたけど、帰ってきて、ここまでこじらせるとは、思いもよらなかった。
 俺は空いた腕をユウの頭に乗せて、ポンポンと叩いてやった。




「もう消えないっての。母さんにも念を押されたんだ。中途半端なことはしねえよ」


「……おにいちゃん」


「安心しろ。きちんとおまえを精神病院に送り届けてやるからな」


「そうだね、一緒に入院しようね」




 いやです。
 ユウはにっこりとほほ笑むと、俺からパッと離れた。




「ユウトさん」




 今度はアーニャが話しかけてきた。
 すこし不安そうな顔で見上げてきている。
 どうしたのだろうか、俺と付き合いたいのだろうか。




「その、お顔に布を巻いていますけど、大丈夫なんですか?」


「ああ、これ?」




 言って、俺は自分の顔を指さす。
 今、俺は傍から見たら、不審者以外の何者でもないだろう。
 なにせ、隠者の布を顔にグルグルに巻いているからだ。
 他人から見れば、十人中八人が俺をケガ人だと呼び、残りの二人は変態だと俺を罵るだろう。
 唯一、目だけは出している。
 そうでもしないと、アーニャの顔が見れないからな。




「はい。その……、余計なお世話かもしれないのですけど、呼吸しづらかったりはしませんか?」


「ああ、そんなこと? ううん、全ぜ――」




 ふむ、待てよ……?
 隠者の布自体は、体のどこにでも巻けるよう、通気性はいいんだ。呼吸するときなんかも、なんら苦じゃない。
 ――まあ、今はそんなことはどうでもいい、些細なことだ。
 俺が言いかけて、その言葉を引っ込めた理由は、もっと別のところにある。
 いまここで俺が呼吸しづらいと言ったら、アーニャちゃんはなにをしてくれるのだろうか。
 ということだ。
 我ながら、すこしアレな思考だが、これは仕方のない事なんだ。
 うん。仕方ないよね。
 俺はフィジカル職じゃなく、ブレイン職。
 時に抑え切れなくなり、歯止めが効かなくなった、この溢れんばかりの知的好奇心を鎮めるには、もうそれを知るしかないんだからね。
 じゃあ……、やるか――




「く、苦しい……!? 息ができない……!」




 俺は喉を押さえ、苦しむようにしてその場にうずくまった。




「呼吸ができない! 呼吸ができなさ過ぎて、逆にスースーするッ!」


「そ、そんな! 大丈夫ですか!? ユウトさん!?」


「大丈夫……ではないかも……!」


「ああ……! わたしは一体、どうすれば……!」




 俺はうずくまりながら、体を反転させ、仰向けに寝転がる。
 空が青い。
 それと同時に、演技だとは悟られないように、両眼はキュッと固く瞑った。




「し……!」


「し……?」


「新鮮な……!」


「新鮮な……?」


「新鮮な空気がほしい……!」


「新鮮な空気ですね……! わかりました! けど、それはどうすれば……、そ、そうだ、ヴィッキー! 錬金術で何とか……!」


「く、空気の錬成か……? 出来ないことはないが、それをどうやってユウトに譲渡するつもりだ!? ……くっ、それにしても……まさか、隠者の布を顔に巻くと、そんなリスクがあったなんて……! なぜ事前に知らせてくれなかったのだ……! 恨むぞ、クリムト殿……!」




 すまん、クリムト。
 反省はしていないけど。
 だが、すこし思惑とは別の方向へ行きそうだな。
 ここは少し誘導しておくか。
 ……再度断っておくが、これはなにも、べつに下心があるわけじゃないんだ。こういった緊急時に、仲間はどう対処するのか、その極限での危機管理スキルを養うための、訓練に過ぎないのだ。
 人というものは、いかに訓練を行っても、こういった極限時になってしまえば、正常な思考は鈍り、狼狽えてしまうもの。
 だからこそ、普段からこういった事をしておけば、何もしないでいたときよりも、対処が出来るようになっていくのだ。
 そう。
 まさにこれは危険時における適切な行動と、判断を養う訓練なのだ。
 他意はない。
 決してな。




「で、できれば……! 美少女の吐く新鮮な空気がいい……! それを、マウストゥマウスで……!」


「び、美少女……ですか……、でも、どこに……」




 すぐそこにいます。
 まあ、この際ヴィクトーリアでも可。




「ぐ、は、はやく……! 死んでしまう……! 『おお、しんでしまうとはなさけない』とか神父に言われちゃう……!」


「――!! わ、わかりました、ここにいる中で美少女といえば……ですよね」




 そうそう。
 そういうことです。よろしくお願いしま――




「――ッ!?」




 突然、唇に柔らかい物体が当たる。
 唐突過ぎて、それが唇であることに気付くのが遅れる。
 そして間髪入れずに、甘い息が俺の口内へと流れ込んできた。
 アーニャかヴィクトーリアのどっちかは、必死に、フーフーと、息を送り続けていくれている。
 あまりにも健気なその行為に、だんだんと俺の中にあった罪悪感がムクムクと膨れていった。
 そして、若干緊張しているのか、唇が熱い。
 ……そうか、俺はこんなことで、二人のファーストキスを奪ってしまったのかもしれないのか……なんということだ。
 俺はそこまで下衆に成り下がってしまったのか?
 いや、これは治療行為だ。
 はじめてにはカウントされない。
 嗚呼、せめてもの罪滅ぼしだ。ふたりにはそう言って――




「ん?」




 俺は徐々に目を開けていく。
 しかし、目の前で俺に熱心に口づけしているのは、アーニャでもヴィクトーリアでもなく――




ふゅふゅうユウ!?」




 俺は自分でもびっくりするほどの速度で跳ね起きると、すぐさまユウから距離を取った。




「だいじょうぶ? おにいちゃん?」


「ぐはァ……! な、なんてことしてくれるんだ……! 貴様というやつは!」


「気づかれたのですね、ユウトさん」


「ふぅ……、一時はどうなるかと思ったぞ」


「は? え? なんで、ユウが!?」


「ああ、ユウが立候補したのだ。美少女だし、問題なかろうとな。実際、ユウトはこんなにも元気になったのだ。感謝するんだな」


「あたし、はじめて……だったんだ……。責任、とってくれるよね? おにいちゃん」


「とるかァ!!」

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