戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

父親との約束



 俺の実家はジマハリの郊外にポツンとある、普通の一軒家だ。
 懐かしい。家の中もあの頃のまま。なにも変わっていない。
 柱には俺の身長とユウの身長が、一年ごとに刻み込まれている。
 庭には小さな畑があり、その季節季節によって採れる野菜が違ってくる。
 俺とユウは、その野菜を食って大きくなった。
 何もかもがあの頃のまま。そして――


「はーい、みんな。おかわりもあるからねー。いっぱい食べてねー」


 母さんもだ。
 何一つとして変わっていない。
 シワも増えていなければ、体型も変わっていない。なんなら、若干若返っている気もしなくはない。
 おかしくないか? ……いや、おかしくない。あれが母さんだ。
 俺はもうとっくに、このことについて、考えるのを止めている。
 いまさら、あーだこーだと蒸し返すのはナンセンスである。
 そして唯一、変わったことがあるとすれば――


「どうぞ、皆さん。お庭で採れた野菜で作ったスープです。コンソメの他にも、出汁を使っているので、味に奥行きが出て、とても美味しいですよ」


 ユウが料理を作れるようになっている、ということだ。
 まあたしかに、前々からなんでもできるやつだったけど、料理は苦手だったはずだ。
 ものすごく努力をしたのだろう。
 ……待てよ。
 女の料理が上達したときって、その陰には必ず好きな人がいるって、ばっちゃが言ってたな。
 我が妹ながら、いっちょ前に色気づきやがって。
 嬉しい反面、なんだかすこし悲しくもある。




「……あ、ほんとうだ。これ、とても美味しいです。ユウさん」


「うむうむ、たしかにこれは美味い。……ところでトマトソースはあるか?」




 ヴィクトーリアは相変わらずトマトソースが好きらしい。
 どうなってるんだろうな、あの子の舌は。舌根が壊死しているのかもしれない。
 一度、医師に相談したほうがいいのかもしれない。
 このスープにトマトソースって……。
 いや、ちょっと待てよ。
 アーニャの杖についていたあの青や緑の液体って、調味料だったよな……。
 もしかしてあれは、ヴィクトーリアのために拵えた……、いや、考えるのはやめておこう。
 なんだか若干、眩暈がしてきた。




「え? と、トマトソースですか……?」


「そうだ。できるだけ、あまいやつがいいんだ」




 当然というか、なんというか、ユウも困惑しているようだ。
 これはまさに、完成している絵画に、泥をぶちまけるがごとくの愚行。
 世が世なら処されて然るべき案件だ。




「ごめんなさい、今切らしているみたいで……、チリソースならあるんですけど……」


「ひぃっ!? ち、チリソースこわい……!」




 ヴィクトーリアも、難儀なトラウマを植えられているみたいだ。
 すこしばかり同情してしまう。




「それにしても、ビックリしました。まさか、ユウトさんが勇者様で、勇者様だったなんて」


「うん。ごめん。ぶっちゃけ、何言ってるか、よくわかんない」


「あれだ。アーニャが言っているのは、勇者都市の救世主様で勇者勇者の血を引く勇者様なんだと思う。……しかし、わたしもビックリしたぞ。おまえがあの勇者の子どもだったとは」


「あれ? なんだ、ネトリールでも親父のことは知られてたのか」


「ああ、勇者の酒場ギルドがネトリールに出来て以来、冒険者の人たちに色々訊いたんだ。魔王のこと、勇者のこと、そして勇者の酒場の成り立ちも」


「そうだったんだ。……て、大丈夫なのか? 冒険者っていや、おまえらの生活を脅かした侵略者だろ。話してて辛くないのか?」


「たしかに、そういった目で冒険者を見ているネトリールの人は、少なからずいたな。けど、わたしのまわりにはほとんどいなかった。なにより、閉鎖されていた空間で生きていたんだ。外の世界に興味を持つのは当たり前だろ?」




 好奇心。
 あれほどの文明を作り上げた都市だ。
 恐怖心うんぬんよりも、地上世界に興味が勝ってしまったのだろう。
 それがネトリールがネトリールである所以か……。




「特に、アーニャはそうだったな。毎日のように勇者の酒場に行っては、目を輝かせながら、冒険者たちの冒険譚を聞いていたっけ?」


「そ、そうだっけ?」


「ははは、アーニャは生粋の冒険好きなんだな」


「うう……、おはずかしい限りです……」


「……ふふ、そのたびに、アーニャの父上は怒っていたっけな」


「へえ」




 確かにな。
 アーニャを見ていればわかる。いかに親に愛されていたかを。
 この年齢でここまでできた子供なんて、そうはいないだろう。それだけ、アーニャの親御さんが目をかけてきたということ。
 でも、それだけにやはり気がかりなのが、アーニャがここにいるということだ。
 おそらく、アーニャの両親はアーニャの旅に対して、賛成していたとは思えない。
 そもそも、ネトリールからなんらかの手段を用いることなく、ただ降ってきたということ自体がおかしい。あそこにはちゃんとした下界に降りる手続きも、手段だってある。
 ……だったら、アーニャを親御さんのところに返すか?


 それはない。ないな。ないない。
 だって、逸材だもん。こんな規格外な魔法使い・・・・、他にいないからな。
 ここで手放したら、絶対後悔すると思う。
 だとしたら、あれだな。極力ネトリールに近づくのは避けたほうが無難だな。
 ネトリールは浮遊都市。
 したがって決まった場所には在留せず、天候のまま、着の身着のままだ。
 たまたまドラニクスを早めに出たのが、功を奏したかもしれない。
 あのまま、あの村に滞在していたら、追手が来ていたかもしれないからな。
 ……いや、それはないか。
 あのとき、ネトリールの真下にはエンドドラゴンの巣があった。
 待てよ? ってことは、アーニャたちは決死の覚悟で、降りてきたってことか?
 それほどまで、行きたいところがあったのだろうか。もしくは、それほどの事をしなければ、都市の外へは出られなかったということか……?
 それほどまでに、行動を制限されているお嬢様……もしかして、アーニャは貴族なんかじゃなくて――いや、これは考えすぎだろう。
 そもそも、アーニャ自身も、知らないで踏み込んだって言ってたからな。
 あの時点で、アーニャが嘘をついていたなんて考えられない。
 というか、アーニャが嘘をついていた、なんてこと自体が考えられない。
 だって、あのアーニャちゃんだぜ? ありえねーよ。うん、ないない。ないな。




「……ところで、そろそろ話してくれないか。そのパーティで何があったかを」




 ヴィクトーリアは残っていたスープを一気に飲み干し、俺に問いかけてきた。
 アーニャもいつの間にか、食事の手を止め、俺の顔を見ていた。
 ユウはヴィクトーリアの空の器を見ると、ノータイムでその器にスープを注いだ。




「あ、ありがと……」


「いえいえ、まだまだありますから」




 ユウは鼻歌まじりにやっと、食卓の席に着いた。
 ヴィクトーリアは手に持った器を見て、小さく「お腹いっぱいなんて言えない……」と洩らした。




「さて、ユウもひと段落したし、話すか」









 俺は一通り話した。
 ユウキアホに誘われてパーティに入ってから、脱退したまでのこと。
 いままで、どういった風に他のパーティを蹴落として、自分たちが成り上がってきたことを。
 あいつに騙されて、エンチャンターになったこと。
 そして抜けた際に、どういう仕打ちを受けたのかを。
 すべてを三人に話したときには、すでにとっぷりと陽が沈んでおり、夜中になっていた。




「そんなことが……あったのですね……」




 もうすでにそれなりの時間で、眠くもなっているのに、アーニャは俺の話を真剣に聞いてくれていた。
 ヴィクトーリアは顎に手を当て、『むーん』と唸っている。
 母さんは席を外してくれたのか、料理を作り終えると静かに家から出ていった。
 ユウはというと、なにやらぶつぶつ言いながら、机の下でもぞもぞしている。




「ちょっと、いいかユウト。みっつほど、聞いておきたい事があるんだが……」


「ああ、俺に答えられることならなんでも」


「ひとつ、なんでおまえはそこまで勇者に固執しているんだ?」


「これは、親父との約束だ」


「! 勇者との約束か」


「ああ、今となっては断片的にしか思い出せないけど、大事なところは覚えている」


「……それは?」


「俺もかなり小さい頃の事だ。『おまえもいずれ勇者になれ、俺に追いつけ。そして、絶対に魔王を倒すんだ。なんとしても。何を犠牲にしても、な』親父はそう言ってた」


「むむ……妙だな。その言い方ではまるで――」


「親父が魔王に負けることをわかっていた。……みたいな物言いだってことだろ?」


「う、うん」


「不思議な事じゃない。現に親父が俺に会いに、この家に帰って来た時――もう魔王と七日七晩の死闘の後だったんだ」

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