戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

金魚の糞



「あれ? おにいちゃん?」




 おにいちゃん。
 この世界でただ一人。
 俺をそう呼ぶ者がいる。
 ユウだ。
 俺は母神アーニャの温もりに包まれながら、頭を働かせた。
 そして導き出した答え、それは、ユウが近くにいるのではないか、ということ。
 うん。
 理論ロジックもクソもないな!
 アーニャのなんだかよくわからない、ふわふわしたオーラのお陰で、上手く頭が働かない。




「おい、ユウト。取り込みのところ悪いが、あそこの女子がおまえのほうを見て、『おにいちゃん』と呼んでいるのだが、これはもう、どう考えても……?」


「おにいちゃん……だよね? あたしだよ、ユウだよ」


「……ワタシハ、オニイチャンデハナイ。ヒト・チガイデス」


「な、なんだと……っ!? 急にユウトの口から電子音が……! ユウト、おまえはもしかして、ロボットなのか……!? 機器人なのか……! ささ、サインをくれないか!?」




 ヴィクトーリアの声色が少々うわずっている。
 なんというか、興奮しているようにも聞きとれた。
 なんだ? ロボット好きなのか? ……て、いまはどうでもいいな。
 それよりも、この状況だ。
 俺の前方。
 アーニャを隔てた向こう側。そこにいるのは、十中八九ユウだろう。
 なんということだ。
 この場面で、一番会いたくなかったやつと、真っ先に出会ってしまうなんて。
 ユウは唯一にして、無二の俺の妹だ。
 俺が冒険に出る前までかなりのお兄ちゃんっ子で、四六時中ユウは俺にベッタリだった。
 文字通りの意味で。
 食事中から風呂に入っている時、寝ている時、用を足している時なんかも付いてきていた。
 おはようからおやすみまで、暮らしをみつめるユウ。
 そのあまりのくっつき具合に俺は『金魚の糞の金魚のほう』なんて揶揄されていた。
 なぜ俺のほうが、そう揶揄されていて『糞のほう』であるユウは揶揄されなかったのか、甚だ疑問であったが、たぶん、当時から人目を引くほど、可愛い子だったからだろう。
 だから、『糞』なんて言葉が適用されなかった(言ってて悲しくなる)。
 だったら、無理にそんな例えなど、使わなければいいのではないか。と考えていたが、俺のあだ名は変わらず『金魚の糞の金魚のほう』だった。
 その頃からだろう。
 よく、考えることを止めたのは。
 もちろん、ユウが俺にそこまでベッタリなのは、当然理由があった。
 当時、ジマハリは勇者親父の出身地で、さらにその子供である俺たちはよく、魔物に狙われていたのだ。
 ある日、たまたま母さんが出かけていて、たまたまジマハリに戦えるヤツがいなかったとき、たまたま魔物たちの襲撃があった。
 ……さすがに、そこまで『たまたま』は重ならない。
 たぶん魔物たちが、なんらかの手回しをしたからだと思うが、真相はわからない。
 そしてその時、俺とユウは最初で最後のケンカをしていた。
 今では、そのきっかけは覚えていないから、とても些細な事だったと思う。
 ユウはその時、運悪く家を飛び出しており、俺はそのあとに魔物の襲撃について聞いた。
 俺はそれを聞くや否や、知らせに来た大人の制止も聞かず、家を飛び出した。
 俺は血眼になってユウを探し、ジマハリ中を探し回った。
 そこで俺が見たのは、ユウは魔物に襲われているところだった。
 俺は必死に魔物の注意をひき、自分が囮になって、なんとかしてユウだけは逃がした。
 しかし、当時の俺はまだ子供。
 奮闘虚しく、かつ力不足だった俺はその時、死を覚悟した。


 ――目が覚めたら、俺の目の前には、涙を流して俺を覗き込んでいるユウの姿があった。
 俺はなんとか、寸でのところで助けにきてくれた、母さんに救われたらしかった。
 ユウは何度も何度も俺に謝った。
 俺は『当たり前のことをしただけ』となだめようとしたが、ユウはそれでも泣き止まなかった。
 なんとか頭を働かせて、考えついたのは『もう、二度と俺のそばを離れるな』だった。
 ユウは泣きながら何度も何度も頷いた。
 それからだ。
 ユウが『金魚の糞』になったのは。
 ……でも、よくよく考えたら、あれからもう何年も経ってるんだもんな。
 もう、あいつもいい歳だ。
 ヴィクトーリアとだいたい同い年くらいだろう。
 さすがにもう『金魚の糞』が如く、俺の後をついてくる心配もないだろう。
 しかも、その歳の女の子っていったらあれだろ、兄とか弟とか父親とか、身内の男というのはもう、侮蔑の対象としてしか見ていないだろう。
 となれば、だ。
 尚更、何ら問題はない、ただの感動の兄妹の対面シーンだ。
 俺は両手を広げ、ユウを迎え、ユウはそれを気持ち悪がって拒絶する。
 これだ。
 これが一番いい、再会の仕方だ。
 これが――これこそが、なんだか、ふんわりとした優しいかほりに包まれて出した、俺の結論だ。




「こら、ユウト! 長いぞ! 早く離れてやれ、アーニャが困っているだろう」


「あ、いえ、わたしはいいのですが……ユウトさん?」


「それと、早く返事をしてやれ。妹さんが困っているだろう」


「おにい……ちゃん?」




 俺は意を決し、アーニャから離れると、バッとわざとらしく両腕を広げてみせた。
 眼前にいるのは、ユウ……なのだろうか。
 その姿形は全く記憶にないものだった。
 声は違うし、顔も違えば、身長も違う。ましてや、胸なんかは当時の面影をフルスイングでホームランするほど、違っていた。これはたぶん、母さんの遺伝だろうな……。
 唯一、垂れていた優しげな目元だけは、なんだか昔の名残を感じさせられる。
 当時、黒のツインテールだった髪型は、肩までに切り揃えられており、ショートボブになっていた。
 手にはバスケットが握られており、中の物に赤いテーブルクロスがかけられていた。
 たぶん、近隣の村か街へ、買い出しにでも行っていたのだろう。




「い……いよう! ユウ! 久しぶりだな、おい! 元気にしてたか?」


「おにいちゃ……」




 ユウが顔を下げたまま、ずかずかと近づいてくる。
 そのせいか、表情を窺い知ることができない。




『今更、何しに帰ってきたの? なんで死んでないの? うちには帰ってこないでよね。友達といるときは兄と名乗らないで。洗濯物は別々にお願い。くさい、近寄らないで。死ね。氏ねじゃなくて、死ね』




 などと罵られるのだろうか。
 ……若干、哀しい感じもしなくはないが、それはそれ、これはこれ。
 さすがの俺も美少女とはいえ、身内の罵倒に興奮したりはしない。
 そう。
 俺は分別のできる男だっ――




「おかえりなさい……! おにいちゃん……!」




 広げた両腕にするすると収まるように、ユウ双丘が俺にぽよんと密着してくる。
 ユウはどうやら俺のことを蔑むどころか、あの頃となんら変わっていないようだった。
 というか、前よりも距離が近くなっていた。なってるよね?
 気がつくと、ユウは俺の背中に手を回し、そのままギュッと抱きしめてきていた。
 鼻腔をくすぐるのは、懐かしい洗剤のかほり。
 なんだ、うちはまだあの洗剤使ってるんだ。
 俺はなんだか事態が飲み込めず、ただただ鼻をひくひくさせていた。
 端から見たら、ドン引きだろうが、俺はいま、この時点で、鼻をひくひくさせること以外の選択肢が頭に浮かばない。
 案の定、ヴィクトーリアは……ドン引きしてはいないが、なにやら自分の体に付着した、吐瀉物を見るような眼で俺を見ていた。
 アーニャはその位置関係からか、幸いにも俺が鼻をひくひくさせているところは見えておらず、うっすらと涙を浮かべながら、手を叩いて俺と妹との再開を祝福している。
 そんなアーニャの顔を見て、俺はハッと我に返った。




「アーニャはもしかして、天使なのか……!?」




 ちがうちがう。
 危うくまた、よからぬことを口走ってしまいそうになった。




「……じゃない。おい、ユウ。いい加減離れろ。いつまでくっついてんだ」


「……もう、どこにも行かないよね?」




 消え入りそうな声。
 ……顔が確認できないため、どういう心境で言っているのか全く分からない。
 ただ俺は――




「いや、ここへは帰ってきたわけじゃない。仲間を集めに来ただけだ。それが終わったら、ここを出る」




 正直に言った。
 さすがにこの場面でふざけられるほど、俺は無責任なやつじゃない。
 俺はユウの肩を掴むと、グイッと俺から引き離した。
 ユウの目には大量の涙が、いまかいまかと、零れ落ちそうなほど溜められていた。




「……仲間? ……でも、おにいちゃんを誘惑した、あの男の姿が見えないよ?」


「それだ。聞こう聞こうと思っていたんだが……、ユウト、なぜおまえはあのパーティを離反したんだ? なにか理由があってのこと、なのか? もし、理由があったのなら、是非聞かせてほしい」




 ……まあ、そうなるわな。
 アーニャやヴィクトーリアにとって、俺はあくまで救世主パーティの一員。
 ユウにとっては……この場合、あいつら元パーティは、自分から俺を取り上げた一団というところか。
 そんな俺が、そのパーティを離反してこんなことパーティ募集をやってるなんて、不思議で仕方がないだろう。
 ジマハリにも着いたし、ここらで話しておくか……。




「なあ、ユウ。今、家に母さんはいるか?」


「いると思うけど……、おにいちゃん、やっぱり帰ってきてくれるの?」


「ああ、予定変更だ。久しぶりに実家に帰るのも悪くない」


「ほんとに? やった」


「……アーニャ」


「は、はい」


「ヴィクトーリア」


「む、なんだ」


「俺の家に招待するよ。茶くらいしか出せないけど。そこで、一旦会議……て、ほどの事でもないけどさ、俺のことについて話してなかったことを話す。……その話を聞いて、それでも俺のパーティに残ってくれるんだったら、そのあとは、今後のことについて話をしたい」


「……はい、わかりました。お邪魔させていただきますね。ヴィッキーも、いいよね?」


「ああ、無論だ。こちらとしては、話を聞けるのは願ったりかなったりだからな」


「よし、じゃあ、ユウ、俺たちを案内してくれ」


「うん。皆さん、こっちです。ついてきてください」

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