戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

怪力少女アーニャ


「――う……く……」

 寝ていた……のだろうか……?
 今現在、俺が横になっているのは分かる。
 頬には冷たく湿った石畳の感触。
 そして腕には……腕には、なぜか手枷のようなものがはめられていた。
 ……それらから導き出される場所はひとつしかない。
 牢獄……だろうな。ここは。目は開けられないものの、それだけはなんとなくわかる。
 どうなったんだ、俺。
 俺は横になりながら、目を瞑りながら、気絶する前の出来事を頑張って思い出そうとしていた。
 そうだ。たしかエンドドラゴンに運ばれて、雛に食べられかけて……それから……ん?
 なんだ?
 話し声が聞こえてくる。


「……きて……くさい……」


 いや、これは話声というよりも……語りかけてきているのか、俺に。
 それも、少女の声。
 なんて言っているか、すこし聞き取りづらいが……『くさい』とかなんとか言ってたな。
 というか俺は今、少女にくさいと罵られているのか。
 バカな。風呂にはちゃんと入っていたはずだ。三日前に。
 しかし、女という生き物は男よりも鼻が利くという。
 さきほどまで汗と涙とその他諸々の体液プラス、エンドドラゴンの唾液がハイブリッドした俺の体臭はたしかにくさいかもしれない。いや、相当に臭う筈だ。
 ……ちょっと待て、もしかして俺が今投獄されてるのってくさいからなのか?
 クサ過ぎ罪で投獄?
 たしかに色々な町や国をまわり、様々な風習や文化、習慣、もちろん法律にも触れてきた。しかし、さすがにくさすぎて投獄はあんまりだとは思わないか?
 それに、俺は好きで臭くなったわけではなく、不可抗力で臭くなったのだ。
 どうせ投獄するなら俺じゃなく、エンドドラゴンのほうを投獄してく――


「起きて……ください……」


 ああ……なんだ、ウェイクアップのほうか。
 てっきり臭いから罵られているのかと……思っていたが、残念ながら起きろと言われて起きる俺ではない。
 ここでピクリとも動けば、即刻死刑にされたりするからな。実際、それっぽいことも前にあった。だから、俺はこのまま少女がここからいなくなるのを待って――


「あひゃーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!? 起きます! 起きますから!! やめて! 死ぬ! 笑い死ぬ! ほんと……あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃー!!」


 そこまで言って、少女ははじめてくすぐるのをやめてくれた。
 強引に脇腹に手を突っ込まれ、思いきりくすぐられた挙句、変な声をあげちゃった。はずかしい。


「あ、起きましたか? 申し訳ありません、手荒なマネをしてしまって……」


 そこで俺ははじめて、涙で滲む目を開けた。
 そこには申し訳なさそうな顔で、俺の顔を覗き込んでいる美少女の顔があった。
 年のころは十歳から十二歳ほど。まごう事無き少女だ。
 しかし、無邪気そうに、子ども然としているわけではなく、その顔つきはそこはかとなく大人びており、物腰は柔らかそうで、気品を感じるようでもあった。

 貴族の娘。
 
 それが、俺がその子に抱いた印象だ。
 ウェーブのかかった綺麗な金の前髪が、時折、所在なげに揺れている。
 そしてなぜか、顔が異常なほどに近い。え? 近くね?
 その視線から逃げるように、俺は少女の手元に視線を落とすが――手には俺と同じ枷をかけられていた。
 なぜこんな娘が手錠を?
 疑問に思った俺は再び顔を上げるが――


「あ、あの、近いんですけど……」

「え? ……あ、も、申し訳ありません!」


 少女はそう言うと、ぴょんと跳ねるように俺のそばから離れた。


「気持ちよさそうに眠っていらっしゃったので、なるべく静かに起こそうと試みたのですが、起きてくださらなくて……」

「それでわき腹をくすぐったの……?」


 どういう神経してるんだこの子……と思いながら少女の顔を見ると、ある事に気が付いた。この子の影になってて今の今まで気づかなかったけど、もうひとり、ちがう女の子が倒れている。
 そして、こちらも金髪の女の子だ。しかも、今度は目の前にいる子よりも、ひと回りほど年上に見える。
 あまり似ていないけど、お姉さんか何かだろうか? 俺がそう疑問に思っていると、少女が口を開いた。


「あ、あの子はですね、わたしのじゅう……ええと、パーティの戦士さんなのです」

「パーティ? ということは、キミも冒険者なんだ?」

「はい。あ、いえ、そんなに立派な者ではないのですが……わたしたちはただ、色々なものが見たくて旅をしておりまして……」

「色々なもの……? それはそれは、なんというか……好奇心のお強いお嬢様ですね……」

「え? そうですか? ……そ、そう言われてしまうと、照れてしまいます……」



 冗談ぽく言ったのに、少女は頬を赤らめて、顔を伏せてしまった。
 かわいい。


「好奇心から色々なところを旅しに、ねえ? ……ということは、勇者になりたいとか、そういうのは……?」

「いえいえ、滅相もございません! そのような事は一切!」

「そうなんだ。えっと、じゃあ……」


 言いかけて止まる。
 そういえば、この娘の名前を聞いていなかった。


「わたしはアン……ニャと申します」

「アンニャちゃん?」

「あ、いえ、アーニャとお呼びください」

「アイエアーニャちゃん?」


 思わず意地悪が口をついて出る。
 普通なら笑って流すか相手にされないかの二択だが、目の前のアーニャはあからさまに狼狽えだした。
 なんというか、言ったすぐそばから罪悪感。だが後悔は微塵もない。


「えっと……えっと……アイエアーニャではなくて、その……」

「ごめんごめん。冗談だから。そんなに困らないで」

「まあ! そうだったのですね。……ふふ。面白い方」


 アーニャは口元に手を当て、くすくすと上品に笑ってみせた。……なんというか、幼いけど、どことなくしっかりしたところはあるよな……。


「……えっと……貴方のことは何とお呼びすれば……?」

「ユウトって呼んで」

「ユウトッテヨンデ様、と仰るのですね。よろしくお願いします」

「あのさ……」

「くすくす……申し訳ございません、ユウト様。……わたし、悪い子でしょうか」


 アーニャはそう言って口に手を当て、小さく笑っている。
 なにこの子。
 かわいい。


「それで、アーニャちゃんはどうしてこの檻に入ってるの? 悪戯したバツとして入れられてるわけじゃないよね?」


 そう言って、改めてこの檻の中を見渡す。
 鉄格子の頑丈そうな檻に、石を削り出して作られた石畳。
 部屋の隅には粗雑な木の器に、木のスプーン。
 片方の器には飲みかけのスープ……なのだろうか。
 黒い液体燃料のようなドロドロした液体が入っている。
 そしてもう片方の器は空っぽ。
 おそらく、あそこで気絶している女の子は、アレを飲んで気絶したのだろう。
 ひどい話だ。
 ここでは少女を捕えるだけでなく、こうやって拷問紛いな事もやっているのか。


「わたしたちは、えっと……大変言いにくい事なのですが、この村で崇められている、龍神様のお家に入ってしまったところを見つかってしまって……」

「龍神様? ……あー、禁足地だったんだ?」


 よくある話だ。
 村によって、或いは町、国によって神聖な場所としてまつられている場所がある。場所によっては立ち入りを許可している場所もあるが、こうやって禁足地として立ち入りを禁止している場所もある。
 よくそこへ何も知らない旅人が入って、罰せられる……という話は聞いたことがあるが――ここまでの仕打ちをするところは記憶にはない。


「……はい。もちろん、知らないで足を踏み入れた、わたしたちが悪いのですが、その……まさか、死刑にされるとは思わなくて……」

「ふうん……そうなんだ……へえー……まさか死刑にねー……って、死刑!?」

「は、はい……」


 ウソだろ?
 禁足地に入っただけで?
 それも少女を監禁し、拷問した後、死刑だと?
 どこの僻地なんだよ。未開の村にもほどがある。


「それで、ヴィクトーリア……えっと、そこにいる戦士さんが、必死に抗議したのですが、全然聞き入れてくれなくて、それで、今日……」


 そこまで言うと、アーニャは口をつぐんだ。可哀想に……肩を震わせている。
 それに、よく見ると、ヴィクトーリアと呼ばれた娘も、手のひらに血のようなものが滲んでいる。檻を必死に開けようとしたのだろう。
 そんな娘に対し、ここの住民はドロドロの……飲めもしないドス黒いスープを面白半分に飲ませたのか。
 胸糞が悪くなってくるな。
 そんな中、アーニャは健気にも俺に優しく接してくれている。
 ……俺に不安を与えないためだろう。同じく捕まった者として――


「ん? ちょっと待てくれ。俺……なんでここに捕まっているんだ?」

「えっと……看守さんが言うには、わたしたちと同じ罪らしいです」

「あれ? てことは……もしかして俺も禁足地に踏み込んでいたのか?」


 まじかよ。記憶にないぞ。だって、龍の禁足地だろ?
 俺はただ気絶していただけ……気絶している最中に動けるわけはないから……て、待てよ。『龍神』? それって、もしかして――


「エンドドラゴンのことかァーーーーーーーッ!」

「ひう!?」


 思わず我を忘れてしまい大声を出して、アーニャを怖がらせてしまった。


「ご、ごめん。アーニャちゃんは、ここの龍神様ってのを見たことある?」

「い、いいえ。ただ、その龍神様のお家はとても高い所にあると……」

「まじかよ……繋がっちゃったよ……」


 ということは、あの巣の下にこの村があったのか。そして、何かしらの幸運が重なって、無事に地面まで落ちていったら、今度は禁足地に入った異分子として、原住民にしょっぴかれた……と。
 何たる不運。いや、生きているだけ幸運なのか?
 エンドドラゴンに殺されるかと思ったら、今度は人間かよ。
 ――とにかく、こうしちゃいられない。
 一刻も早くこの集団サイコパス限界集落から抜け出さなければ、死んでしまう。


「あの……? ユウト様?」

「話は後だ。ここから脱出する。アーニャちゃんの職業はなんだ?」

「え? しょ、職業……ですか?」

「アーニャちゃんも冒険者なんでしょ? あそこにいる戦士さんが気絶しているから、もうアーニャちゃんに頼るしかないんだ」

「え? でもユウト様も冒険者では……?」

「確かに冒険者なんだけど……俺、エンチャンターなんだ」

「エンチャンター……ですか?」

「あれ? 知らない? ……簡単に言うと、モノや者を強化して戦う職業の事だね」

「モノや者……ですか……」

「簡単に説明すると、俺一人だとそこらへんで無邪気に遊んでいる子供にもやられるくらい貧弱だけど、俺の魔法を使えば、そこらへんで遊んでいる子供でも魔物を倒せるようになれるんだ」


 ……あれ?
 なんだか、自分で説明してて虚しくなってくるのは気のせいだろうか?


「ということは魔法使い……でしょうか?」

「そうだね。エンチャンターは広義で魔法使いに分類されると思うよ」

「わたしも……その……ま、魔法使い……です……。でも……」

「魔法使いか……となると、魔力強化マジックブーストだな……、ちなみに魔法を使うにあたって、なにか制約があったりするの?」

「制約、ですか?」

「うん、杖がないと魔法が使えなかったり、呪文の詠唱をしないと使えなかったり……」

「その、杖……を使うのですけど……」

「杖、かー……杖……」


 俺は周囲を見回してみるが、それっぽいものは何もなかった。


「くそ、やっぱ武器は没収されてるよな……悪いけど、アーニャちゃん。杖なしで無理やり詠唱してくれるかな?」

「え? あの、でも……」

「大丈夫。それ込みで俺のほうでうまくやってみせるからさ、安心してて」

「あ、あの……」

「あ、それでも無理、かな……?」


 そのセンは諦めるしかないか……。一を千にすることはできるけど、さすがにゼロを一にすることはできない。
 じゃあ、どうすれば……偶然ここに入り込んできたネズミや虫なんかを強化するか?
 いや、仮にできたとしても、手なずけられなければ意味が――


「あのっ!!」

「うわ、ビックリした……! え? どうかした? 俺、臭かった?」

「わたし、実はその……魔法がからっきしでして……」

「からっきし? 魔法使いなのに?」

「はい。お恥ずかしい話ですが、そうなんです」

「えっと、じゃあ、魔物とかでたときは、どうしてたの? あそこの戦士さんが助けてくれたの?」

「そ、それはですね……こう、杖でポカンと……」

「物理!? それ魔法使いじゃなくね?」

「は、はい……お恥ずかしい限りです……。あぅぅ……これじゃもうお嫁にいけません……」

「なんでそうなるかはわかんないけど……腕力にモノを言わせるタイプなら、単純な腕力強化が……」

「いえ、その必要はないと存じます……」

「は? どういう――」


 アーニャはそう言うと、おもむろに立ち上がり、鉄格子のところまでスタスタと歩いていった。そして枷のはめられた小さな手で、おもむろに鉄棒を掴むと――


 ゴガギギギギギギギギギィィィーーーーーーーーッ!!


 ものすごい不協和音をあげながら、鉄格子が曲がっていく。
 ……なんだ?
 俺は一体、何を見せつけられているんだ?
 目の前の魔法使いを自称する女の子は素の力で、鉄棒を難なく捻じ曲げている。最近の子供は成長が早いとか言われてるけど、そういうタイプの話じゃないよね。どう見ても。
 そうこう考えているうちに、人一人通れるスペースがこじ開けられた。
 アーニャは俺のほうを振り返ると、恥ずかしそうにつぶやいた。


「い、いかがでしょうか……」


 いやいや、いかがでしょうかって言われてもさ……。

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