戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

いきなりのピンチ


『すごい! ご覧、僕たちは空を飛んでいるよ』
『なんて素敵なのかしら。これが夢なら、このまま醒めなくてもいいわ』
『僕はキミと一緒なら、ここが夢だろうと何処だろうと、関係ないさ』
『ロミ男!』
『ジュリ恵!』


 ――ふと、昔に見た劇を思い出した。
 囚われの少女を少年が救い出し、いろいろな場所を冒険する活劇。
 今の今まで思い出す事すらなかったほど、取るに足らない劇だったが……俺は今、こうして思い出している。
 これはおそらく走馬燈だろう。
 奇しくも俺は現在そんな状況にいた。
 魔王城から目と鼻の先にある、人類最後の砦『ジャバンナ』
 その周辺には、百鬼夜行魑魅魍魎奇々怪々奇怪千万……様々な魔物たちが蠢き合い、ひしめき合っていた。
 無論、そんな数ある魔物の中でも、俺を咥え・・遊覧飛行に興じているこの飛竜もまた、今イチオシのご機嫌な魔物だった。
 魔物の名はエンドドラゴン。
 漆黒の竜鱗に、太く、先端にいくほど鋭く尖っている爪。今も俺を捕えて離さない、すこし肌に食い込んだだけでぷつりと血を滲ませてくる牙。泣きたくなるほど怖い深紅の眼。
 一話前の空を飛んでいる感覚は夢でも幻でもなく、ただの現実だった。つまり俺は今、この絶対的捕食者に捕食される途中にあるという事だ。
 ちなみに、エンドドラゴンなんて呼ばれてはいるが、それは正式名称ではない。勇者の酒場(通称ギルド)はおよそ、人の手に余る魔物を総称して、エンドほにゃららとつける。
 たとえばすごく強いゴブリンだったら、エンドゴブリン。
 トロールだったらエンドトロール。
 ドラゴンだったらエンドドラゴン。
 怠慢だろ!
 と、ツッコミたくなるけど、実際、こんなモンスターに遭遇して生きている確率はゼロ。まさに出会ったが最期! エンド! はい終了! ……という実に安直で、もはやツッコむ気すらなくなる、どうでもいい理由なのだ。そう、だからこの状況、普通の人間だと念仏を唱えながら来世に想いを馳せたりするのだろうが、俺はそんなことはしない。
 俺は……俺のパーティは、たとえ相手がエンドほにゃららの魔物だとしても普通に勝っていたからだ。今オレを咥えているドラゴンなんて、俺を足蹴にしてた勇者外道の一撃で沈む。したがって、俺にとってこの状況は昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものだ。
 そんなわけで、辺境にして魔境であるジャバンナ周辺の屈強な魔物たちも、俺たちのお陰で、いくらかその生態が解明されつつある。その点においては、ギルドから感謝されたりもした。

 世界を救う勇者に今、最も近い勇者・・パーティ。
 それが俺の所属していたパーティだ。
 しかし反面、光もあれば闇もある。
 俺たちが今日の地位を築くには、それなりの事もあった。結果、俺たちのパーティは、最も勇者に近いパーティでありながら、人々は手放しで俺たちを称賛することはなかった。
 それだけのことを俺たちはした。
 そしてそれは、決して許されるものではなかった。
 俺は……俺たちは、同じく勇者を志すやつらを、時に卑劣な手段を用いて妨害し、阻害し、蹴落とした。
 そんな日常に嫌気がさし、ついに俺はパーティを辞めた。
 これ以上罪を重ねたくなかったからか、或いはただ逃げたかったからか……どのみち、こんなことで罪滅ぼしにはならないし、罪の意識も消えたりはしないが、これ以上あそこに居られなくなったのは事実だ。
 ……それがパーティを脱退した理由のひとつ。
 そしてもうひとつの理由は、どれだけ頑張っても勇者になれな――


「いででででで! バカか、おまえ! 体が真っ二つに千切れたらどうすんだ!? なに? 土下座したら許してくれるの? してほしいならするから! とにかく地面に降ろしてくれ!」


 ぴー! ぴー! ぴー!
 小鳥のような泣き声が下から聞こえてくる。……いや、小鳥ほど音程は高くなく、むしろおっさんがさえずっていると錯覚してしまうほど低い。
 まさかと思い、すこし身をよじらせ、下を見る。
 雛だ。
 エンドドラゴンの。
 それが大口を開けて、餌の登場を今か今かと、心待ちにしている。
 なんてハートフルで心温まるワンシーンだろう。
 弱肉強食――雄大で荘厳な反面、自然は時に厳しい一面も垣間見せてくる。なんて素晴らしいのだろう。これが自然の摂理。世の営み。
 ……まあ、それも餌が俺でなければの話だが。
 どうやら連中は生での踊り食いがご所望のようだ。そのために俺は、生きてここまで連れてこられたのだろう。その証拠に巣の周りには調理器具をはじめ、調味料の類が一切ない。
 味付けもせず、調理もせず、そのまま踊り喰うなんて、なんてワイルドなドラゴンたちだ。
 もうおまえらワイルドドラゴンに改名しろ!
 ……なんて、突っ込んでいる暇などはない。
 けど、さきほどから、なんとかこのドラゴンの口から脱出しようと試みようとしているのだが――牙が肌に食い込んで痛い。
 ものすごく痛い。
 泣きそう。
 もうなんというか、動きたくない。
 諦めようかな。
 痛みなど死ぬよりはマシだろうと言われるかもしれないけど……確かにそうだ。死ぬよりはマシだ。
 だけど、痛いのも嫌なんだ。
 わかってくれ、俺は我儘わがままなんだ。
 かといって、このまま何の抵抗もせず、ドラゴン共の血肉になるのも嫌だ。
 なら、どうするか。
 神に祈るか?
 ……いや、この世界に神はいない。つまり策を講じる他、生き残る道はない。
 幸か不幸か、俺は肉体労働よりも頭脳労働のほうが得意だ。かけっこするよりお絵かきするほうが好きだ。
 考えるんだ。ここから脱出する方法を。
 ――そうこう考えている間にも、雛ドラゴンたちが近づいてくる。
 雛を杖で殴り倒すか?
 いや、ダメだ。いくら雛とはいえドラゴンはドラゴン。むしろ、殴った反動で俺の腕が折れてしまいかねない。
 魔法で片付けるか?
 いや、ダメだ。俺には火球や氷柱といった、気の利いた魔法ものは扱えない。俺が出せるのは自分以外・・・・にしかかけられない強化魔法と、もう出ている汗と涙と鼻水だけだ。
 万事休すか。俺も諦めて来世に想いを馳せながら、適当な念仏を唱えるしかないのか?
 ――いや、待てよ。
 本当に一か八かだが……いっそのこと、ドラゴンを強化してしまえばいいのではないか?
 そうだ! ドラゴンを強化しよう!
 ……そうと決まったら、タイミングは一瞬。
 このドラゴンが、雛たちに俺を食べさせる瞬間――つまり、口から俺を放した瞬間だ!
 その一瞬が勝負の分かれ目。
 その一瞬が生死の境目。
 見極めろ!
 集中しろ!
 ……でないと、明日にはあの雛の排泄穴からブリブリいかれてしまう。


「いやだ!」


 なぜかその様子を想像してしまい、思わず声が出る。
 そして思わず、杖を持つ手に力が入る。
 勇者クソ野郎が俺にくれた杖。
 忌々しいが、この杖は世界最高水準の杖だ。
 その点において……ただこの一点においては、勇者ボケナスに感謝してなくもない。
 行く街々、行く国々で、勇者下衆はまず俺の装備を最優先に揃えてくれた。その一点においてだけだ。
 まったくなんだってんだ。どうして俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。不公平も甚だしい。どうせならあいつらがエンドドラゴンに食われてブリブリされればよかったんだ。
 ……なんだか、思考が定まらなくなってきた。もう何も考えないでおこう。まずは目先の事だ。しくじれば死ぬ。それだけ。大丈夫。俺は何度もこういう死地を乗り越えてきた。今更エンドドラゴンが何だって言うんだ。ちょっと怖いだけだ、ちょっとだけな。

 ――エンドドラゴンが巣に降り立つ。
 バッサバッサと耳障りな羽音を止め……ドシンドシンと……雛に一歩、また一歩と近づいていく。
 ドクンドクン。
 俺の心音は最高潮まで鼓動する。
 汗は噴出し、呼吸は荒くなり、視界が極度の緊張でかすんでくる。
 雛まであと三歩……二歩……一……口が開き、俺の体が宙に浮く!
 ――今だ!!


「くらえ! 成長加速グロウブースト!!」


 杖から、青い光が放たれる。
 光は雛のうちの一体を包み込む。
 雛はすこし苦しむように唸ると、みるみるうちに成長し、俺を咥えていたドラゴンと同じくらいの体躯まで成長した。
 その姿に呆気にとられたのか、俺は雛共の口の中ではなく、巣の中心に落っこちた。


「あいて!?」


 尻に鈍痛。
 俺はその尻の痛みを我慢しつつ、素早く、跳ね起きでピョンと起き上がろうとしたが、無様に再度尻を打って悶絶した。
 なぜ俺はこの場面で格好つけようとしたのか。
 でも、タイミングは完璧。見事、俺は雛共に食われることなく巣に落っこちた。
 俺は痛む尻をさすりつつ、上を見上げる。
 俺の予想が正しければ、親のドラゴンは成長した雛の姿を見たら――


「グオオオオオオオオ!!」
「ガアアアアアアアア!!」


 ビンゴ! 両者は争いを始めるはずだ!
 あの親ドラゴンは、俺の魔法の効果に頭が追いつかず、自分の子どもを『突然現れた敵』と認識している。
 雛たちも、その争いから逃げるようにして、姿を巣のどこかへと引っ込めた。
 あとは、この混乱に乗じて、この巣から降りるだけだ。
 俺は立ち上がろうとして、巣に手をつい――ん?
 いま手にカチャリと、奇妙なモノが当たった気がした。
 俺は恐る恐る、右手に視線を移動させる。

 白骨遺体ガイコツ

 俺もこのままここに居たら、こうなっていたというわけか……想像に難くない。
 俺は気を取り直して気配を殺し、巣の縁まで移動して、下を覗く。
 ……高い。
 下が……地面が見えない。ここは雲の上か。
 そういえば気絶していたこともあり、俺は相当の距離をエンドドラゴンと一緒に旅をしていたのか。
 こんなところから落ちたらひとたまりもない。
 どうにかして降りる方法を――

 ドン!


「へ?」


 空中に浮いている。
 今度は飛んでいるのではなく、浮いていた。
 何者かが俺を咥えているわけでもなく、かといって俺自身が空を飛んでいるわけでもない。
 俺は、浮いていた。


「――あ」


 落ちてた。
 浮いているのではなく、落ちていた。
 たまに感覚が研ぎ澄まされて時間が止まった感覚になることがあるが、まさにそれだ。
 俺は腹に気持ちの悪い浮遊感を抱えながら、巣のあったほうへ視線を向ける。
 激しい親子喧嘩により、巣が崩壊していた。
 そこまではさすがに考えていなかった。うっかり。
 そんな後悔と悔恨の念を抱いている俺とは裏腹に、俺は雲を突き抜けフライアウェイどころか、雲を突き抜け急転直下。
 地面へぐんぐん近づいている。
 なに? どうすればいいの? 土下座すればいいの? 地面に?

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