戦えない俺が女の子たちに守られながら魔王と勇者を倒す

水無

龍様退治


「あの、ユウト様? どうなさいましたか……?」


 アーニャはそう言うと、心配そうな目で俺を見上げてきた。俺は思わず、その吸い込まれそうな瞳から逃れようと、視線を逸らした。


「どうなさいましたかって……、え? なんで? どうして?」

「どうして……とは、どのような意味でしょうか?」

「アーニャちゃんその鉄の棒曲げられるなら……というか、ここを自力で出られるなら、こんなところに居る必要ないよね? ……なんで捕まったままなの?」

「知らなかったとはいえ、わたしはこの村の法を犯してしまいました。それがいかなる理由であったとしても、罪は罪、バツはバツなのです。自分がやったことには、きちんと責任を取らなければならない。……わたしはそういう風に育てられてきましたので」

「言いたいことはわかる。……けど、死刑だよ? それもなんかよくわからないし」

「それでも、です」


 アーニャはきっぱりとそう言い放った。これはなんというか、俺がとやかく言っても意味がなさそうだ。
 ただ、アーニャは出る気がない……という事実が判明したことによって、ひとつ、疑問が生じることになる。それは――


「えっとさ、アーニャ? じゃあ、なんでそこの戦士さんは気絶してるのかな? アーニャたちはここから出ようとはしてないんだよね? だったらその手の傷は、ここから出ようとしてついた傷じゃないってことになるけど……」

「傷……?」


 俺が指摘すると、アーニャはわかりやすく首を傾げてみせた。


「あ、もしかして、ヴィクトーリアの手についてる赤い液体の事ですか?」

「赤い……液体……?」


 血じゃないのか?


「えっと、あれは血ではなくて……んー……なんと説明したら……」

「じゃあ、血じゃなかったら……あの手についたものは何なの?」

「スープです」

「は?」

「ヴィクトーリアはですね、いただいたスープが口に合わなかったからと、村の方にトマトソースを要求したのです」

「す、スープにトマトソース?」


 どういう味覚をしてるんだ。……というツッコミは今は置いといて、話がなんだか妙な方向へ向かっている気が……。


「はい。ヴィクトーリアはスープを持ち、鼻息を荒くしながら器を掲げ、『これをトマトスープにするんだ!』と息巻いていました。わたしはせっかくいただいた物なので、失礼に当たるのでは? と、止めたのですが、ヴィクトーリアは次の瞬間、支給されたソースをブチュウゥゥーっと、勢いよくスープの中に投入したのです。わたし、それですこし気分が悪くなってしまって……。それで少し目を離していたらと、突然ヴィクトーリアのほうから『ブフホォッ!!』と、ものすごい声が聞こえてきたのです。わたしは何事かと思い、急いでヴィクトーリアのほうを見たのですが、ヴィクトーリアはすでに気を失っていて……それで、毒の可能性も考えたのですが、わたしは無事でしたので……それで、思い切ってその……舐めて、みたのです……」


 アーニャはそう言うと恥ずかしそうに顔を赤らめ、目を伏せた。


「そ、それは、どのように舐めたんですか……!」

「……へ?」


 こんな問いだ。
 そりゃこんな感じで目を丸くして、訊き返されるよ。
 でも幸い、ものすごい早口だったから聞き取れなかったようだ。ここは変態の汚名を被るより、何もなかったことにしておこう。


「い、いや、申し訳ない。持病の発作で……それで、結局その渡されたトマトソース……らしきものの正体は何だったんですか?」

「その……じつはですね。あとから見回りに来た方が言うには、この村には『トマト』というものは存在していなかったらしいのです。いちおう、ヴィクトーリアがトマトソースを要求する際、特徴をそれとなく伝えていましたが、渡されたのが……その……辣椒醤チリソースだったのです」

「ちりそーす」

「はい。そして、それと気づかずに、甘党だったヴィクトーリアは辣椒醤が大量に入った、辣椒醤スープを口にしてしまい……」

「気絶してしまった、と」

「みたいです……」

「それはなんというか……」


 間抜けすぎる。その一言に尽きる。


「え? じゃあ、そのカラの木の器は……?」

「あ、それはわたしのものです。お豆のスープ、淡白でしたが健康的で美味しくいただきました」

「あ、そうなんだ……」


 俺はそう言うと、今もなお苦悶の表情で気絶しているヴィクトーリアさんの顔を見た。なんというか、よくよく見たら間抜けそうな顔をしていなくもない。というか、俺の関心もすでに消えかかっていた。


「……でもさ、俺は牢獄から出ていいの? アーニャちゃんの信念に反しない?」

「はい。これはあくまでわたしの信念です。決して他人に強要するものではありません。ですから、ヴィクトーリアもただわたしのワガママに付き合ってくれているだけ……なのです」


 アーニャの顔に影が差す。やっぱりというかこの二人、それなりに特殊な事情を抱えているのだろう。これ以上、俺のほうから何か訊くのは無粋だ。俺は口をつぐむと、すこし間を取った。


「そ、それに――」


 俺が気を使っていたのがバレたのか、アーニャは顔を上げると無理やり笑ってみせた。



「それに、ユウト様もなにやら訳ありのご様子。目の前で困っておられる方がいたら手を差し伸べるべし! ……というのも、わたしの信念ですので! ……あ、もしかして、余計なお世話……だったのでしょうか?」

「いやいや助かったよ、すごく。でも、やっぱり俺だけ出るのは気が引けるな……て、思ってね」

「お気になさらないでください。わたしたちなら平気です。なんとかヴィクトーリアだけでも減刑していただけるよう、頼んでみます!」


 アーニャはそう言うと、気丈に笑ってみせた。
 こんなときでも、他人の心配か。俺はこんな子を見捨てて、先へ行けるのか?
 ……無理だな。
 やっぱり、アーニャを見殺しにはできない。
 そもそも、その法律自体がおかしいだろ。なんなんだ、踏み入れただけで死刑って。
 だったらどうする? 無理やり連れていくか?
 いや、それをすると、この子の気持ちを踏みにじることになる。第一に、こんな怪力少女を力ずくで連れて行くなんて、命がいくらあっても足りない。
 ……だったら、ここはやっぱり――


「アーニャちゃん。一時的でもいいから、やっぱり俺と一緒に来てくれないか?」

「え? でも……」

「頼む。俺にはアーニャちゃんの力が必要なんだ」

「しかし……」

「そもそもさ、アーニャちゃんたちが入ったって言う禁足地って、つまりは龍神様のお家だったんだよね?」

「はい、そう聞いています」

「だったらさ、まずは龍神様に会いに行かない?」

「ええ!? ど、どういう……?」

「直接龍神様に会って謝りに行くんだよ。死刑云々はこの際抜きにしてさ、悪いことをしたらまず、直接謝りに行かないと。このまま牢屋の中で待っていたとしても、時間が来れば結局殺されてしまう。それもたぶん、龍神様と関係のない場所で。そうなっちゃったら、もう絶対に龍神様に会う事なんて出来なくなると思うんだ。それに、もしかしたら許してくれるかもしれないしね。だからさ、まずは会いに行こうよ」

「そ、そうですよね。たしかにこのまま……こちらから何の謝罪もないまま、死刑を執行されても、お互いのわだかまりは解消されないですよね……」

「そうそう。まずはこちらの誠意を示さないとね」


 ……というのはもちろん方便だ。
 この村で龍神様と呼ばれ、崇め奉られているのは間違いなく俺を咥えていたエンドドラゴン。アーニャには悪いけど、このまま龍神様を殺す役目を担ってもらう。騙しているようで気乗りはしなくもない事もないのだが、どのみちここで村人の手にかかって死ぬよりはマシだろう。


「わかりました。では、わたしもお供させていただきます」


 アーニャちゃんはそう言うと、両腕をひねり、拘束具をいとも簡単に破壊した。


「そ、それも余裕なのね。……あ、俺のも破壊してくれる?」

「はい、もちろんです」


 俺がおずおずと両手をつき出すと、アーニャちゃんは何のためらいもなく、手刀で拘束具を両断してみせた。


「すげー……」


 思わず情けない声を洩らす。
 切断面・・・がまるで、鋭い刃物で一閃されたように、ピッタリと合致する。力を振るうとき、魔力の余韻などは一切感じ取れなかった。だとすれば、この怪力は地力ということ。魔物や魑魅魍魎の類にも見えないし、一体なんなんだ、この少女は。
 自分の事を貴族と言っていたし、その系譜特有のものなのだろうか。それに、普段の佇まいといい、この立ち居振る舞いといい、ただの貴族とは思えない。
 そもそもこの子は魔法使いを自称していた。ということは、魔法使いよりも近接戦に長けている『戦士』という肩書のヴィクトーリアはこの子を凌ぐ怪力の持ち主だという事になる。
 まずいな。なんて二人組だ。
 ひととおり、目立つパーティは潰してきたと思ったけど……まだこんなパーティが残ってたとは……。


「それではいかがいたしましょう、ユウトさん」

「そ、そうだな……、とりあえず俺についてきてくれ。まずは牢屋を出ないと」

「あ、あの、ヴィッ……ヴィクトーリアは?」

「あの子はここに置いていく。そっちのほうが都合がいい」

「え? でも……」

「大丈夫。あとできちんと戻るからさ」

「し、しかし、ヴィッキーがこのまま起きてしまったら……」


 おっと、それもそうか。
 突然、アーニャがいなくなったとすれば、ヴィクトーリアはアーニャを探すことになる。その際、ふとしたことが原因でいざこざが起こり、ここの村人をねじ切ってしまう恐れがある。そうなってしまうと、話が余計にややこしくなってしまう。
 アーニャがそれを言いたかったわけか……。


「そうだね。書置きくらいは残しておこう。……でも、困ったな。紙やペンなんて気の利いたもの、持ってないぞ」

「あ、それなら、問題ないです」

「え? 問題ないって……?」


 嫌な予感がする。
 そしてアーニャは突然、ブス、ブス、ブス、と石畳に指で穴を穿ちはじめた。


「えー……と、『すこし、お散歩に行ってきます。そのうち、帰ってくるので心配しないでね』っと、どうでしょうか?」

「いいのではないでしょうか」


 満面の笑みでこちらを見てくるアーニャに対し、俺はひきつった頬と乾いた笑いで、精いっぱいに答えてみせた。


「さあ、参りましょうか。ユウトさん」

「あ、はい」

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